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掌にかかる虹  作者: 繭美
第十一章 帰還の道筋
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 別れる前のひとときを楽しんだ亜季達は。

 朝に雨がやんだ後、ロヅによって高い搭へと案内された。

 国の端にあるその塔は円形で、灰色と赤色の煉瓦(れんが)で造られている。階層を数えると、十二もあった。

 ロヅの説明によると、主に新しい魔法を編み出す時に、使用する建物らしい。今日はメジストが嘘をついて、借りている。

 白銀色の雲は、塔の屋上と同じ高さまで降りてきていた。しかし塔から離れて宙に浮いているので、亜季達はまだ通れない。

 メジストは塔の入り口で待っていた。

 この塔の屋上で『探知の術』を行うと、彼女は言った。

 実体が無い者の、還ろうとする力を利用した術――物から精霊を呼び出して、道を探らせる『探知の術』を。ルカナーディを戻す時に使っていたものを、屋上でまた行う。

 これまで通り精霊が道筋を示したら、亜季なら不思議な力で、元の世界に帰れるだろうと。

 白銀色の雲の扉を通る為に、高い塔の屋上で、術が行われる。

 探知の術に使用する代償は『魔力の流れが違う人間の血』。

 亜季とみのりの、血液だった。


「多少の血なんて本来、探知の代償として成り立たないのだけど。……元通りになる力が強いルカナーディで、亜季がいれば、大丈夫でしょう」

「……あたし、自分で自分を送るなんて、出来るのかな」

 亜季は戸惑った表情で、己の掌を見つめた。

「今回、私は血を通して、亜季とみのりに呼びかける。元の国に帰れ、とね」

「あ、亜季を最初に呼んで下さい」みのりが手をあげて言った。

 亜季は目を丸くした。

「みのりが先の方が良くない? あたし自分はともかく、あんたは送ってあげられそうだよ」

「いや。亜季なら、扉を通れるように出来そうだから」

 メジストはみのりを横目で見て「そうね」と呟いた。

「……亜季を最初にするわ。その後にすぐ、みのりも呼ぶ」


 メジストは二本の硝子の小瓶を、外衣の下から取り出した。

 ロヅは短剣を取り出し、メジストに手渡した。

「これで駄目なら、どうする?」

「しばらく待つ。サキに乗れば、雲の近くに行けるけれど。それは最終手段にしたい」

「そうですよね」亜季が傍らにいるサキの、顎を撫でた。

 サキが誤って、亜季の世界に行くのは避けたいと、この場の全員が思っていた。

 ――ルカナーディのように何かが消えてはたまらない。

 今後は世界を行き来できる扉を見かけても、決して入ってはならない。皆がそう考えた。

 亜季とみのりは掌を上にして、片手をメジストに差し出した。もう片方の手は、学生服を持っている。

 メジストは短剣を握ると、横目でサキを見た。亜季とメジストが契約を結んだ晩とは違い、大人しく座っている。

 メジストは短剣で、亜季とみのりの掌を切った。小瓶が一杯になるまで、血を取った。

「魔法陣を完成させておくから、ロヅ、後始末お願い」

 メジストはロヅに短剣を返すと、二つの赤い小瓶を手に、塔の階段を上り始めた。ロヅは短剣についた血を拭った。


 亜季は右手から、みのりは左手から、まだ血が出ている。短剣によって傷つけられた掌は、痺れのような痛みを伴っていた。

「みのり。亜季。切られた方の手を貸せ」

 傷ついた二人の掌が、ロヅに差し出される。ロヅは身に付けていた革の水筒を外し、二人の傷を洗った。水筒から流れる水は赤い血と混ざり、地面に落ちてゆく。

 傷を洗い終えると、ロヅは二人と手を繋いだ。

 そして癒しの呪文を唱えた。

 魔法によって流血が止み、傷口が塞がっていく。サキは呪文を唱えるロヅの真後ろで、その光景を見守っていた。

「完治までは俺じゃ時間がかかるから、ここまでだ」

 傷口が半分まで塞がると、ロヅが二人の手を離した。傷はまだ残っているものの、浅いものとなり、痺れるような痛みは消えていた。

「ありがとう。前にも見たけど、すごいね」

 亜季の言葉に、ロヅは眉をひそめた。

「亜季の方がすごいだろ。……これは代償に聖水を使った、ただの魔法だ」

「俺達には出来ない魔法だから。ありがとう」みのりも礼を言った。

 ロヅは『術が終わるまで近辺を見張るから』と言って、塔の前で立ち止まった。

 互いに出来ないことをしあった彼らは、別れの挨拶を始めた。


「ロヅ、その……一回だけ、前みたいに呼んでいいかな」

「一回だけなら」

「エルヴァ君。また会えたのに、最初は気づかなくてごめんね」

 亜季が頭を下げると、ロヅが雑に、彼女の栗色の髪を撫でた。

 続いて亜季は、大好きなサキに言葉をかけようとして、動きを止めた。

「……さっちゃん?」

 サキは大きな首部を垂れて、わずかに唸っている。竜の姿のまま、涙を堪えていた。

「泣かないでよ。元気なさっちゃんでいてて」

 亜季がサキの首部を、懸命に撫でた。

 みのりもサキに近づき、首部を……紋様のあった額の部分を、撫でた。

「さっちゃん。辛い想いをさせてごめんな」

 サキは大きな涙を一粒流し、亜季とみのりの両方に、体を擦り寄らせた。

 そして大きな体を後退させて、朱い翼をはためかせる。

 強い風を周囲に起こし、サキは高い空へと飛び上がった。

「もう行くだなんて、あいつらしくないな」

 風がやんだ時に、ロヅが言った。

「会えなくなっても友達だよって、言いたかったのに」

 亜季が声をくぐもらせて、目をこすった。

 みのりも言えなかった言葉があるのか、黙ってサキが去った方向を見ていた。


「そろそろ、メジストの所に行け」

 ロヅが促すと、亜季がこくりと頷いた。

「……さようなら」亜季は顔を伏せたまま、別れの言葉を言った。

 みのりが空を見るのをやめて、穏やかな笑みを浮かべた。

「ロヅ、元気で。さっちゃんに会ったら、亜季が言いたかったことを伝えておいて」

「わかった」

「俺の分も頼む」

 亜季とみのりが階段を上ろうと、体の向きを変えた時。

「二人とも」と、引き留める声がかかった。

 亜季が振り返ると、ロヅは思いあぐねた表情をしていた。

「……無事に帰れよ」

 そう言うと、二人に軽く手を振った。

「最後までありがとう。いつまでも元気で」みのりが同じように手を振る。

「えっと」伏せていた亜季が、顔を上げて笑った。

「かぶるけど、元気でいてね」

 亜季達は階段を上っていった。

 残されたロヅは、高い塔を見上げながら、静かに両名を心配していた。


 たとえば聖水。宝石。呪文の言葉。契約。

 自分や周囲が行ってきた魔法には、常に『代償』や『媒体』が伴ってきた。

 では消えた国を戻す行為……精霊を還すことは果たして、真に何も無しで行えていたのか。

 サキは人間に変身できなくなったことが、代償になったのかもしれないが。

 あの二人は、どうだったのか。少女が悪夢を見るだけで、代償は済んだのか。


 国の消滅について、明解にされていない事柄の中。彼の最大の気がかりは、そこだった。

 国が消えた直接の原因よりも、いつの間にか気になっていた。

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