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掌にかかる虹  作者: 繭美
第十一章 帰還の道筋
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霧が出るまで

 空中に一つ、操る炎を出した。小さいながらも燃えさかる炎を。

 眼下の獣達を脅すにはそれで充分だった。獣たちは身を縮ませ、体の向きを変えて去って行く。

 楽に済んだ――と、サキは思った。

 去って行ったのは、数日前にメジストと共に群れを殲滅させた獣だ。二度とこの竜には近づくまいと、種族で学んだのだろう。額の紋様は消えているし、今は魔術師と共にいないのだが。


 サキは三日間、空を飛び、ある場所まで辿り着いていた。

 ルカナーディの国境と、イメライトの国境を越えた所だ。また別の国が臨める山上に、サキは来ていた。

 その国の上空は雨雲で覆われ、土地の半分に雨が降っていた。小粒の雨が、静かに降り注いでいる。

 ふとサキは奥の牙に、かすかな痛みを感じた。口の中の者が『出せ』と合図しているのだ。

 サキは口を開けた。中から小さな緑色の竜が、飛び出してくる。人の掌ほどに小さい竜は、安全の為に、強い友達の口に隠れていた。

 小さな竜は、大きな竜の額に乗った。そして耳と一本角を使って……雨の気配と、風を、感じ取った。

 ややあって、小さな竜は己の一本角を、サキの二本角の片方に合わせた。

 竜族独自の方法で意思を伝える。

 ――風向きは変わらない。雨雲はこのままルカナーディに行く。

 ――イメライトには豊穣の精霊が宿っている。奴らが長く雨を降らせようとしないから、そこの通過は早い。

 サキは片方の角から、友の竜に礼の気持ちを伝えた。

 もうすぐルカナーディに、雨雲が来る。数日後には霧が出る。

 別れの時間がやって来ることに、サキは、秘めたる情熱を燃やしていた。

 誰がこのまま帰してやるものか、と、雨雲を睨んだ。

 そんなサキの頭上では小さな竜が、魔法でつむじ風を操って、雨雲の動きを遅らせようとしている。

 雨雲を睨むだけのサキに対し、小さな竜は怒り、再び角を合わせた。

 ――もう行こう。お前は火の竜だから、雨が苦手な筈だ。

 サキはもう一度、角から礼の気持ちを送った。


 小さな緑の竜は、サキの感情を正しく理解してはいない。

 ただ『友だから』と、信頼して力を貸している。度々身を守ってもらった礼にと、今のサキでは出来ないことを、数日の間、代わりに行なった。

 サキは数日間で、この竜がますます好きになった。

 見習うべき所がある。そう痛感していた。


   ◇◇◇

 ルカナーディが帰還し、虹が現れ、宿屋で待機を始めた――次の日から。

 亜季は朱い竜の姿を、青緑の空に探した。

 その次の日から、どうにか城に行けないものかと、考え始めた。

 さらにその翌日。城に行くこと自体、相手に迷惑をかけそうなのでやめにした。

 もどかしい気持ちを抱えつつ、それから二日間を過ごした。

 森の手前まで竜を探しに行った。みのりと町を歩き、虹が現れるのを見た。

 元の世界への扉である、白銀色の雲は、毎日見た。雲は徐々に、下へと降りてきていた。

 空は低い雲が多くなっていった。まるで白銀色の雲と、合わせているかのように。


 満月の晩から六日目。

 みのりが夜中に、空を眺めていた。

 草木も眠る時間だというのに窓辺に佇み、曇り空を見ている。亜季はふと起きて、その行動に気がついた。

「どうして起きているの」亜季は布団に寝たまま、声をかけた。

「もうすぐ帰れると思うと、眠れなくて」みのりの視線は、空に集中していた。

「……そっか」

 亜季は曇り空の中に、白銀色に輝く雲を見つけた。

「早く、元の世界に帰りたいんだね」

 亜季が言うと、みのりは小さく頷き、困ったような笑みを浮かべた。


 その翌日――あの満月の晩から、七日経った日のことだった。

 七日経っても、ルカナーディではまだ、消えた箇所を戻す虹が出現していた。

 それを見ようとする人々も、増えていた。しかし騒ぎは亜季達が心配していたより、落ち着いたものとなっている。

 小さな虹が出始めた日は、不気味がる声が多くあった。……虹を確認できなかった夜間に、人々が駆けつけた城は、より陰気な雰囲気だったという。

 だが『神話の再現』である為か、崇めの対象として虹を見る者も、増えていった。そして騒ぎを治める人間達が、日に日に増えていったので。騒ぎは思いの他に明るく、陽気とも言えるものになった。

 騒ぎの中には、新たに戻ってきた人間と、待ち詫びていた人間との間を、取り成す者達がいた。

 その役目を果たしている者の中に、亜季が探していた青年がいた。


「よ、呼んでいいと思う?」

「やっちゃえ」

「……ロヅー!」

 亜季は両手を口元に添えて、離れた場所にいる彼へと呼びかけた。

 紙を片手に作業していたロヅが、亜季達の方へ振り返る。みのりが手を振って、場所を知らせた。

 二人に気づいたロヅは、すぐ側の者に何か話しかけた。ロヅは一旦作業の場から離れて、亜季達のもとに来た。


「良かった。元気そうだな」

 七日ぶりの再会になるロヅが、笑って言った。

「そっちこそ」亜季がつられて笑顔になる。

「まぁ家族に会って、一日は休んだからな」

 手短に話す、と前置きをして、ロヅは低い雲で覆われた上空を示した。

「今晩か明日の朝に、雨が降る」

「……霧が出るの?」

「おそらく」

「そうなんだ」

 霧が出るのは好ましいが、亜季は純粋に喜べなかった。もう少し猶予が欲しいと、そう思った。

「今晩、野宿できるか?」

「え」亜季が瞬きをした。

「天候は悪いが、サキが帰ってきてるから」

「ロヅの都合は」

 みのりが嬉しそうに、目を細めた。

「夜は空いてるんだ。……それに俺は、霧が出たらお前達を迎えに行けと、メジストに言われている」

「する。絶対に野宿する!」喜びのあまり、亜季は何度も頷いた。

 三人は、国の外れの森で待ち合わせをして、その場を別れた。


 晩に、雨がしとしとと降りだした。降り注ぐ雨は、少しずつ霧を作っていった。

 亜季は冷えた森の洞穴で、竜のサキと向かい合っていた。

「もう一度、聞くよ」

 亜季は両手で食べ物を持って、サキを見上げていた。

「人間の食べ物は、まずいんだよね? しかも、すごく。……体にも良くないよね?」

 亜季はサキの鼻先に、食べ物を突き付けた。

 サキはしばらく身動きをしなかったが、やがて『うん』と首を縦に振った。そしてそわそわと尻尾を振って、有害な食事が出されるのを待った。

「まずいのを食べさせたくないから。さっちゃんの前で料理するのは控えてたんだよ……」

 亜季は悔しそうな顔で、パンに干し肉を挟んだだけの料理を、サキの前に置いた。

 サキは嬉しそうに、それを一口で食べた。

「手料理をねだられるってわかっていたら、頑張って用意したのに!」

「調理器具を?」パンと干し肉を別々に食べながら、みのりが尋ねる。

「さっちゃんが『美味しい』と思う御飯を。……ロヅ、今からでも手伝ってくれない?」

「それなら調理の必要がない飯だ。あと、頼んな」

 亜季達は和やかにやりとりをしていた。


 ロヅの話に寄ると、昼を最後に虹は出なくなり、ルカナーディはもう完全に戻ったらしい。明日か、遅くとも明後日には、元の世界に帰れそうだった。

 亜季とみのりは、この世界には、ひと月以上いた。ここでの生活に馴染みも出てきたし、友達との別れは寂しい。

 こうして前夜に集まれて良かったと、亜季は嬉しく思っていた。


 暖と灯りの為に、洞窟へ到着してすぐに焚き火を行った。空気は湿気っていたが炎を操るサキが一緒なので、焚き火は容易だった。

 その焚き火で亜季とみのりは、ここでの生活品を、燃やし始めた。

 自分達が滞在した証拠を、残さずに帰れるよう。使用していた生活の品を、処分し始めた。

 元の世界への持ち帰りは一切、行わないことにした。持ち帰ることで、ルカナーディのように何かが消えてはたまらない。皆がそう考えた。

 亜季はまずは衣類から始めた。亜季はこれだけはどうしても、自分で処分したかった。

(下着だけは自分の手で)と心で呟きながら、今着用している衣服と学生服以外は、くるめて火にくべた。

 それからここでは無い国の言葉が綴られた紙の束――魔法の勉強に亜季が使った紙も、燃やすことにした。

「結局、魔法は使えないままか」

 みのりが残念そうに言う。彼はメジストから授かった宝玉の残りを、ロヅに手渡した。

「……『願いを想像して魔力を統一。そして代償を払う』」

 亜季が、魔法の基礎を暗唱した。

「やっぱり魔力が無いから、どうしようもなかったのかな」

 親身に教えてくれた相手に対して、亜季は申し訳ない気持ちになった。

「あいつのことなんだが」と。

 最後の一枚の紙を燃やした時に、ロヅがファウラのことを話した。

「今後は四つ隣の国で、暮らすことが決まった」

「それってどのくらい遠いの?」亜季が尋ねる。

「ふた月はかからない距離。次にファウラを保護する人間達……彼らが修行用に使っている場所で暮らしていく。日陰の生活に変わりはないが、隠れる場所は前より広い。あと今度は世話をする人間は四人で、交代制だ」

 淡々と話すロヅの表情とその内容に、亜季とみのりは一応、安心した。

「出発予定日とか決まってるの」

 みのりが聞くと、ロヅが急に表情を曇らせた。

「出発は怪我が完治してからだ。……あいつは家に行く時に、足に怪我を負ったんだよ」

 話を聞いた二人も、すぐに表情を曇らせた。亜季はみのりより悲しげな表情になって、俯いた。サキは微動だにしなかった。

「ただ怪我をした本人は、腹立たしいぐらいに元気で」ロヅが曇った表情のまま、懐から手紙を取り出した。

「亜季とみのり以外の、今回関わった全員と別れを済ますまでは『絶対に家から出ない』と強気の姿勢だ。俺には『次の生活の場まで送りに来い』と、さらに強気」

 ロヅが懐から出した手紙を、亜季達の前に突き出した。おのずと、手紙の送り主がファウラであるとわかった。

 サキはことの顛末を知っていたらしく、話を聞きながらのんびりと尻尾を振っていた。

「言われなくても」と呟いて、ロヅが報告の手紙を焚き火に捨てた。

 亜季が行動を非難すると、秘密のことだから証拠を消しただけだと、ロヅが不機嫌になった。

 そんなロヅに、みのりが一通の手紙を差し出した。

「これは燃やさないでほしいんだけど」そう言い、亜季を横目で見る。

「みのりと……あたしからなの。あたし達の名前以外は、こっちの国の言葉で書いてあるし。ファウラも同じ物を持ってるし」

 決まりが悪そうに、亜季が話す。

 ロヅは手紙を受け取り、すぐに中身を読んだ。読むと、丁寧に畳んで懐に入れた。

「一言だけじゃないか。こっちこそ『ありがとう』な」

「それと宛名の名前しか、書けなくて」みのりが困ったような笑みを浮かべた。

「……宛名が書けてない分もあって」

 亜季が新たに、手持ちの袋から二通の手紙を取り出した。そして宛名の文字を教えてほしいと、ロヅに頼んだ。

 手紙を書く時に手本にした、同じ一文『ありがとう』だけ書いてある、宿屋の女将からの手紙は、火にくべたくなかった。出来ることなら持ち帰りたかった。

 亜季とみのりは悩んだ挙げ句、その手紙を地面に埋めた。


 まだ宛名が書かれていない、二通の手紙。

 一通はヤハブ宛。

 彼は城内の勤務に入っており、亜季達が会うのはもう難しいらしかった。仕方なしにヤハブの分は、ロヅに預けた。

 もう一通はメジストへの手紙。

 彼女には直接会えるので、サキの分と共に渡すことにした。


 夜が明けてもしばらく、雨は霧雨となって降り続けた。

 朝食を終える頃にはその雨もやみ、落葉の季節に出る狭霧(さぎり)が、周囲を白く霞ませていた。

 元の世界へと帰る扉――白銀色の雲はずいぶんと下に降りてきており、それは霧と区別がつきがたいほどであった。

 霧が出る日が指定されたのは、白銀色の雲を隠す為であったのだが、目論見以上の結果となっていた。

 この霧は神様の仕業かもね、と、亜季が洞窟から外に出た時に、言った

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