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掌にかかる虹  作者: 繭美
第十一章 帰還の道筋
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創世の再現

 育った家。

 家族。父や母の手伝い。料理。

 生活。学校。みのりとの日々。


(……そうだ)


 宿屋で物思いにふける内に、亜季は大切なことを思い出した。

 ――腕時計の精霊を還す時に見た夢。

 青い穴は確か、もう人が通れるほどに大きかった。

 元の世界に帰る扉が、きっとどこかに開かれている。


 昼をとうに過ぎた頃。亜季は、無骨に部屋の扉を叩かれた。

「ここの二人起きてるかっ」扉の向こうから、知らない男の声。

 亜季は身動きを止めて、息を潜めた。

「もう外に行ったのかな」

「いや……おーい、起きろ!」

 扉の向こうには、複数の人間がいるらしかった。

 亜季は彼らを無視した。傍らではまだみのりが眠っている。一人で対応するのは避けた方が良いだろうし、疲れているみのりを起こす気もない。

 亜季は静かに、扉の向こうの彼らが去るのを待った。

「起きないか……」

「とんでもない物が見られるってのに」

 扉の向こうの彼らは、足音を立てて去って行った。

(一体、何の話?)

 少し前から、外が騒がしかった。大勢のどよめきが、部屋の中の亜季に聞こえてくる。

 おそらく先ほどの彼らも、この騒がしさに加わりに行ったのだろう。

 亜季は外の様子を確かめようかと考えた。今いる部屋は二階で、窓からは、空と他の建物の屋根が見えている。

 悩んだ末、亜季はただみのりの側にいた。


 ばさりと羽音がして。

 窓の外に、小さな生き物が現れた。

 現れたのは竜だった。大きなサキとは違い、窓の外の竜は掌ほどの大きさしかない。

(竜さんだ)

 その姿をよく見たくて、亜季は少しばかり窓際に寄った。

 小鳥と見間違いそうな大きさの、緑色の竜。竜は一本角でこつこつと、窓を叩いていた。

 ここを開けろと、急かしているかのようにも見える。

 亜季がそのままにしていると、緑色の竜は、険しい威嚇の声を上げた。

 そして亜季の頭に激痛が走った。

 すぐに額を押さえる。痛みは額から首まで走った。これまでに感じたことが無い痛みだったが、悲鳴はどうにか堪えた。

 痛みは声をあげない内に、治まった。亜季は、思わず押さえた部分が額の紋様であると気づいて……体をよろかせながら、竜がいる窓辺に近づいた。

 小さな竜の望み通り、窓を開けた。竜は翼を広げ、地上に降りていった。

 窓の下は人通りが少なかった。亜季の方を見ていたのは、ただ一人。

 暗い色の衣服を着たその女性は、静かに亜季に手招きをした。


「遅い」

「すみませんっ」

「痛かった?」

「いえ。平気でした」

「……生意気」

「………」

「もう一回、痛めつけようかな」

 遊ばれている。薄々そう感じつつも、亜季はメジストに「すみません」と言った。

 メジストの足元には、さっきの竜がいた。首を後足で掻いている。

「みのりは」

「眠っています」

「そう。起こせたら起こしてきて。無理だったらこの緑の竜に番をさせて、亜季は私に付いて来なさい」

「人間の味方の、竜なんですか?」亜季は身をかがめ、小鳥のような竜に触ろうとした。

 竜がすばやく反応し、鋭い一本角を振るって後方に跳んだ。亜季は拒絶されたと理解して「ごめんね」と、すぐに身を引いた。

「この通り、サキと違って人間が嫌いな竜よ。……絶対に食さないぐらいに人間嫌いだからか、サキの友達。あいつが頼み込んだから数日、助けてくれるだけ」

「さっちゃんの……」

 亜季は立ったまま、緑色の竜をよく見た。竜は水滴のような瞳で亜季を睨んでいる。

 種族が違う竜と友達なのが、実にサキらしいと亜季は思った。

「ほら早く動いて。外の騒ぎは、あんた達が見るべきものよ」

「あ、はい!」

 亜季は急いで部屋に戻り、みのりを揺すって起こした。

 緑の小さな竜はその様子を、外で唸りながら見ていた。竜はみのりが起きるのを見届けると、空高くに飛んだ。


 亜季とみのりはルカナーディの町を、メジストに付いて歩いた。

 人だかりがある方に行き、そしてその中心を見た。

 何とも不思議な光景だった。

 それは一角。石造りの建物の、地面に接している一角。そこだけが国の姿を戻していなく、荒れ地のままだった。建物は柱が見えないにも関わらず、しっかりと立っている。

 そして荒地には、無限の輝きがくすぶっていた。複数の色が、柱があるべき所にきらめいている。

「虹か?」「まただ」人だかりからはそんな声が上がっていた。

 虹といっても、円状になっているものではない。硝子や水面のあぶくなどに現れる、輪郭が定まらない虹の輝きが、そこにあった。

「亜季。夢で、虹とか見なかったか?」みのりが傍らの亜季に聞く。

「あ……今、思い出した……」


 小さな虹の輪を持っていた。

 そして窓くらいの広さになった自分の世界へと、それを還した。


「虹が今回、還した精霊だったよ」亜季は小声で言った。

「……空に出たのはあんなに小さくも、形が悪くも無かったけどね」

 メジストが呟いた。そして亜季とみのりに、しっかり眼前の虹を見るように促した。

 何者かが輝きに触れようと、前に出ていた。

 その者は輝きに近づいた途端……見えない力に大きく体をはじかれていた。彼は地面に倒れ込み、不思議そうに瞬きをしている。

「誰が近づいてもああなる」とメジストが言った。

 やがて。

 虹は瞬間、強く大きな白い光となり、小さな荒れ地を包み込んだ。

 強い光が消えた時には、石造りの建物には柱ができていた。完全な元の姿に、戻っていた。

 人だかりはいっそうざわめき、建物の中へ入る者達もいた。

 そこで亜季達は騒ぎから離れて、誰にも見られないよう路地裏へと入った。


「今、二人とも何もしなかったわよね」

 低い女の声が、路地裏に響く。亜季とみのりは無言で頷いた。

「サキの仕業でもない。あいつは朝から、ずっと空を飛んでいるもの」

 メジストが狭い路地裏から、高い空を見上げた。

「あんな風に少しだけ、戻ってない箇所があるのだけれど。こちらが何も仕掛けなくても、もう勝手に現れていってるの」

「……初めて、姿が戻ってくるのを見ました」亜季は茫然としていた。

「これはルカナーディ自身が、還ろうとする力が強いってことでしょうね」

 メジストが言い切り、布で隠された少女の額に、指を添えた。

「亜季」

「はい」

「今から、私との契約を解除する」

「え……」

「もうそこまで強大な力は必要ない筈。その紋様が無ければ、亜季が不思議な力の持ち主だとか……疑われもしない」

「そうか。そうだ」亜季は頷いた。

「これ付けて帰る訳には行かないや」と続け、頭部の薄茶色の布を取った。額に描かれた紋様がさらけ出される。

 メジストとみのりが、亜季に視線を集中させた。

「……帰るって」

「……サキが気づくことは、やっぱりあんたもわかるのね」

 形がついた前髪を指でときながら、亜季がもう一度、頷いた。

「あたしとみのりは、きっと帰れる段階だと思うんです。夢で、元の世界への穴が大きくなってるのを、見てきました」

「ええ。後でその話もするわ」

 メジストは亜季に、目を閉じるように命じた。

 亜季は主の命に従った。


「お疲れ様」

 瞼を閉じた闇の中。みのりのねぎらいの言葉が、亜季に聞こえてくる。

 続いてメジストも「ご苦労」と言った。そして彼女の爪先が額に触れる。

 知らない言語の呪文が、瞼裏の闇で響いてゆく。

「一つ質問する」

 メジストが呪文を区切った。

「夢の中で、元の世界は見た?」

「元の世界ですか」

「そう。あんた達が帰る場所は、見られたかどうか」

「………」

 亜季は瞼裏の闇の中、しばらく考えた。

 青い空が思い浮かぶ。それから電信柱と信号。

 亜季は目をつむったまま、答えた。

「はい……ここに来る前に、いた場所が見えました」

「通学路の、交差点かな」みのりの声。

「うん。やっぱりあたし達、事故に遭いかけた交差点に、帰るんだろうね」

「元通りの場所に?」メジストの声。

 亜季は「はい」と返事をした。少し間があって、再び知らない言語の呪文が、瞼裏の闇に流れた。


 亜季の額から紋様を消した後で。

 メジストは、元の世界への扉がある場所を、二人に教えた。

 彼女が示した上空には、よく見れば一筋だけ、不思議に輝く雲があった。

 昼の光の中、雪のように白銀色に輝く雲。

 その雲が、世界と世界を繋ぐあの扉だと、亜季はすぐにわかった。

「霧が出る日に迎えをよこす。それまでは以前のように過ごして」

 メジストはそう言うと、城へと向かって行った。


 紋様が無くなった日の晩から、亜季は以前のように、みのりと宿屋の手伝いを始めた。

 宿屋の従業員にも、再会を喜ぶ者がいた。彼らにゆっくりしてもらおうと、二人は自ら申し出た。

(ここの食事とも、もうお別れか)

 亜季は鍋料理をかき回しながら、そんな感慨にもふけった。

 出来あがった鍋料理を食堂に運び、客の器に注いで回る。

 その最中で亜季は、ある旅人同士の会話を、耳にした。


 それは大陸全体に伝わる創世の神話。

『創造主は初めに虹を用い、世界を創った』

 ――満月の空に現れた巨大な真円の虹と、今、昼間に現れている小さな虹。

 沢山の虹によって、姿を現してゆくルカナーディ王国は、神話の再現をした『神がかりの国』。そう噂されている。

 半年も消えていた王国は、以前より他国から一目置かれる存在となった。

 巨大な虹は他国の上空でも見られたので、噂は大陸全体に広がりつつある。


「創造主様。今日の料理も美味しいですよ」

 余った鍋料理を食べたみのりが、そんな言葉を亜季にかけた。

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