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掌にかかる虹  作者: 繭美
第十章 日出の時間
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 ロヅが、ファウラの保護者であった賢者テムサに出会った時。

『ルカナーディは完全に消滅した』という考えは、誰もが割と強かった。

 しかしテムサは『彼らも消えたようだが、いずれ出会うかもしれない』と。

 最も信頼していた四人の弟子達の名前を、ロヅに教えた。

 テムサは己が死んだ後の、ファウラの守りを、元々はこの四人に頼んでいた。


 亜季がルカナーディの全貌を戻した、その晩の日。

 深夜に、消滅から逃れた何人かの者が、城へと駆けつけた。

 彼らは季節がわかる物を手にして、国が消えていたと、国以外は時間が経っていると、現れた者達に必死に説明した。巨大な虹が水平に出ていたとも。

 突然の騒ぎように、現れた者達は困惑した。眠っている所を起こされた者もいた。

 賢者テムサの四人の弟子達も、困惑の例外ではなかった。

 ロヅは彼らを城内で見つけ、すぐに四人全員を一部屋に連れ込んだ。

 そして一心不乱に説明をした。


 国が消えている間に、貴方達の師匠であるテムサは、病で亡くなってしまった。

 テムサは危篤時に手紙を送り、新たな助けを求めた。手紙の重要性に気づいた魔術師メジストが、自分一人を内密に送った。

 直々の命を受け、隠し育てられた娘の守りを務めてきた。今は幻術が解けた家に、彼女一人が向かっている。自分は他の任務があってすぐには追いがたい。

 ……急に酷な話をして申し訳ない。理解できなくても当然かと思う。

 だがどうか話を信じて、一刻も早く彼女のもとに駆けつけてほしい。

 今後を決めるより先に、彼女を助けに行ってくれと。

 テムサの魔導書や日記を手に、ロヅが懇願した。


 ファウラのことを頼まれるほど、テムサと信頼を築いていた弟子達だったので。

 ……師匠の臨終に涙した後、彼らはロヅの願いを聞き入れた。

 準備を今晩に終えて明日の早朝には二人、旅立たせると、彼らは約束した。

 一つの条件を添えて。

『ただし事情は聞いていたが、彼女には会っていない』

『信頼させる材料が必要だ』

『テムサ様の弟子という証拠と、この日記は持っていく。だが、ロヅ・レグランからの使いだとわかる物も用意してくれ』

『彼女が見て貴方の持ち物だとわかる物と、……そう。手紙が欲しい』

 ロヅはすぐに手紙だけを用意して、持ち物は出発前まで待つように願った。

 そしてロヅと彼らは、深く話をした。信頼できる人物だと互いに確信した。


 真夜中には動揺している人間のもとへと、消滅から免れた同胞達と駆けつけていた。

 夜明け前、テムサの弟子二人を見送った。ファウラを信用させる材料としてロヅは、常用していた剣を、彼らに手渡した。


 国を出る森で、彼らを見送った後も、ロヅはしばらくそこに佇んでいた。

 やがて遥か世界の端から日出が始まった。朝焼けの空は、夕焼けの空と似ていた。

 一日を始めようとする日出に、ロヅは終わりの意味を見た。


「ご苦労さん」

 城門へと戻ってきたロヅに、ヤハブが声をかけた。彼は職服の法衣を着ている。

 ロヅは彼に、ここにいる理由を聞こうとしたが、やめた。

 打合せ通りに行動したのだから、ヤハブが居場所を察してくるのも、当然だった。

「……俺の今の行動は、誰かに気づかれてたか?」

「大丈夫だ」ヤハブが薄く笑う。

「皆は国が戻ったことに騒いでいて、そう他に感心なんてない。まあ、騒ぎも落ち着いてきてるがな」

「一時的なもんだろ。休息を取ったら、また騒ぎ出すに決まってる」

 ロヅはヤハブの側を通り抜け、城内に入ろうとした。

「どこへ行く気だ」ヤハブがロヅの左腕を掴む。

「武器庫」すぐに手を払いのけた。

「代わりの剣を借りに行くんだよ」

「ああ……そりゃ確かに必要かもな」

 常用の剣を手放したものの、ロヅは今も剣を携えている。

 ただし携えているのは稽古用に使用していた物なので、刃の調子はあまり良くない。

 二人は城内へと、入って行った。


「昨日はどの騒ぎでも、見かけなかったが」

 ひと気がない渡り廊下で、ロヅが重い口を開いた。

「ヤハブはどこにいたんだ」

「会いたかった人間に、会ってきた」

「……家族か」ロヅの声が低くなる。

 ヤハブは眉をひそめた。

「感情的になる方が自然じゃないのか? 俺達の行動を、隠す為にも」

「一晩いなくてもいいだろう。そんなに長く帰っていたのは、ヤハブだけだ」

「お前も今すぐ兄や父親に、会いに行ったらどうなんだ」

「うるさい」

 二人は目を合わさずに、横並びで歩いた。刺々しく言葉を交わす。

「剣だって。実家にある、母親の形見を取りに行けば良いのに」

「……形見は持ち歩かないと、知ってる筈だ」

 ロヅが苛立たしげに、大柄な体を肘で押した。

「それに向こうは時間が経っていないんだ。すぐに会うことも無い」

「ああ、わかったよ。すまなかったな」謝りつつも、ヤハブは語尾を荒げた。

「あの娘の無事がわかるまでは、気を抜きたくないんだな」

 からかうような口調で言葉を続ける。

「今だから聞くが。あの娘を俺達に会わさないで、そのまま隠そうとか、多少は考えなかったのか?」

 ロヅが足を止めた。ヤハブにも制止を促すように、彼の腕を掴む。

「確かにあの女はごまかせないだろうが。ばれた所で、命は取られんよ。まあそれがわかっていても、あの女だけじゃまずかろうと、俺も呼び出したんだろうが」

 ロヅが腕を掴む力が強くなる。ヤハブは物ともせずに、話を続けた。

「危ない橋を渡らずに、二人でいようとは考えなかったのか」

「黙れ。危なくない橋なんて、無かった」

 ロヅが側面のヤハブを睨み上げた。

「あの御方ほど守る力が、俺には無い。それからあいつにとってまともに接した人間は、あの御方の次はもう俺だ。……俺で二人目なんだ。そんな人間をまた一人で囲って、しかも前より危ないなんて」

 いっそう腕を掴む力を強め、ロヅが言葉を句切る。

「解決策じゃない」

 言い切り、ロヅがヤハブの腕を離した。

 ヤハブを放って武器庫へと急ぎ、管理者から剣を借りた。

 自室に稽古用の剣を置きに行こうと、渡り廊下に戻ると、まだヤハブがいた。そしてなお、彼は後ろを歩いてきた。

 ロヅも追い払おうとはせずに、黙って自室がある、城の左後方の建物へと向かった。


 自室の扉が見える廊下の途中で、ロヅが歩みを遅めた。向こうから一人の人物が歩いて来るのを、見つけたからだ。

 ヤハブと似たような法衣に身を包んだ、ロヅより年上の青年。

 ヤハブは彼に手を振ったが、ロヅは俯いて、青年から目を逸らした。

 ロヅの自室の前で、彼らは向かい合う形で、立ち止まった。

「どうしてこんな所に」

 ロヅが俯いたまま青年に尋ねる。押し殺したような声となった。

 青年はしばし黙っていたが、やがて「役立たずだ」と失笑した。

 そして冷静に話し出した。

「すでに一晩、国が消えていた話は聞いた。時間が経ったものも見たし、今のお前も見た。それでも半信半疑だが、眼前の騒ぎを放っておく訳にはいかない。揉めごとが起きているかどうかぐらい、代わりに、確かめて回る」

 ロヅが息を呑んだ。青年とは視線を合わさず、後ろに振り向いた。

 ヤハブが口の端を上げていた。

「城内に務めているこいつの方が、よほど適任な仕事だ。出かけることが多い、お前よりな。……もう良いから、しばらく部屋で休んでろ」

 ヤハブが前に出て、ロヅの自室の扉を開けようとする。またロヅが、彼の腕を強く掴んだ。

「まさか」

「そうだ」俯いているロヅを、真顔で見据える。

「今日、俺とどんな会話をした? 平常のロヅならこれぐらいの行動は、もっと早くに予測してくる。……今のお前は、全然なっちゃいない。使い物にならない剣と一緒だ」

「……昨日の晩から待っているんだぞ。あの人は」青年が優しく言った。

「私や」と己を示す。「自分が……死んだと考えた時期が、必ずあった筈だと。長らく国が消滅していたのなら、さぞや辛いのを我慢しただろうと心配している。母親の時のようにならなかったかとまで、ヤハブに聞いていた」

「ちゃんと言ってやったよ。『まだ完全に消滅したとは限らない』と、すばやく立ち上がった人間の一人だってな」

「それで余計、あの人は心配したんだが」

 ヤハブと青年が、笑い合っていた。

 青年は笑ったまま、俯くロヅを見た。

「母親を亡くした時に七日も泣いていた子が、無茶しすぎだ。ってな」


 ロヅはヤハブから手を離して、無言で立ちすくんでいた。顔は完全に伏せている。

 ――今は国が大変な時で、そして彼女もあの二人も、帰路が確保できていない。

 それなのに自分一人、この青年や彼に会うことが、ロヅには気がひけてならなかった。

「気にするな」

 見透かしたヤハブが、動かない肩を叩いた。

「よくやってきたんだ。胸を張って休んでこい。いっそしっかり、話を聞いてもらえ」

 ヤハブと青年は、ロヅを見守っていた。扉を開ける気配は無い。

「と、いうか。親馬鹿に孝行してやれ」

 ヤハブがロヅの代わりに扉を開けた。

 部屋に誰かいるかも、まだロヅからは確認できない。確認しようともしない。

「エルヴァ」青年が動かない腕を引き、扉の前までロヅを動かした。

「立ち会わないでやるから」

 そう言って彼は、背中を強く押すことで、ロヅを部屋に入れた。

 ロヅは、部屋の中にいる人物と目が合った。

 黙って一歩、踏み込み。……突如ロヅが部屋の奥に駆け込んだ。弱々しい「父さん」という呼び声は、扉の外の二人にも聞こえた。

 青年はそこですぐに場を去ったが、ヤハブは扉を閉める前に、静かに中を覗いた。

 二番目の息子を懐に抱いた親友と、目配せをして、彼は部屋の扉を閉めた。


 そしてヤハブもようやく、最も会いたかった妻と娘のもとへと向かった。

 時刻は朝焼けが終わり、太陽がより上を目指している頃。

 彼の妻子は城内の騒ぎに目覚めて、ヤハブの姿を探していた。

 ヤハブは妻子に出会うと、懐に抱いた。


 同時刻。ファウラは差しかかった泉で、顔を洗っていた。

 水面に映る、真紅色の瞳の自分と見つめ合う。ここからが正念場だと、彼女は気持ちを改めた。

 ファウラは懐から、密かに残していた食料を取り出した。

 子供の頃からの好物である蜜菓子。手元にあるのは、大事な人が祭の時に、嫌がりながらも用意してくれた品物。

 ファウラは最後の蜜菓子を口に含み、その甘味を味わった。

 見上げれば、天気に恵まれそうな空だった。

 休息はもう、瞳が金色の時間に取った。今日一日は沢山歩ける。

 危険を考えれば足が震えるが、無事に一人で家に着いたら。

 自立したと、天の人と彼に誇ろう。

 清々(すがすが)しい想いを根底に、ファウラは再び目的地へと、歩き始めた。

第十章(終)

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