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掌にかかる虹  作者: 繭美
第九章 晩の虹
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 豊穣の精霊が田や畑に宿り、ついにイメライトの祭が終わった。

 その三日後の、晩に満月が出る日の早朝。

 サキを除く一同は、ルカナーディの荒れ地に集まっていた。一同は、最後の打合せを行っていた。

 内容は主に、イメライトに滞在している時に決めたことの、再確認だった。


 二つの世界の間に何らかの関係があった時に、見えなくなる空間がある。

 別世界から来たものを、元の世界に還せば、見えなくなった空間は還ってくる。みのりの携帯電話と、亜季が『ガーネット』と呼んだ宝石を還すことで、それは実証されている。

 具体的な手段は、物を壊して、中から精霊を呼び出す。亜季が夢を通して、精霊を自分の世界へと還すというもの。

 亜季が持ってきた腕時計から精霊を呼び出して、その精霊を亜季達の世界へと還す――そうすることによって今晩、見えなくなっていたルカナーディの王国を、可能な限り一気に戻す。


 月の加護を受けているファウラは、満月の晩が一番、魔力が高まるので、彼女が腕時計から精霊を呼び出す。

 メジストは亜季の力を、紋様を通してさらに高める。

 ヤハブとロヅの両名は、精霊を呼び出す術に助力する。

 亜季は夢の中で、腕時計の精霊を、必ず元の世界へ還す。サキとみのりは、精霊が見えたら、亜季の手助けをする。

 精霊を還した後に、亜季は眠りに就くだろうから、誰かが安全な場所まで運ぶ。サキやみのりが眠った場合も同様に。

 最も人に見つからない時間。逃げやすい場所。おのおのが行く方向。


「これも、前回の打合せ通りで良いのね?」

 メジストがファウラに聞いた。

 ロヅ以外は皆、ファウラの顔を見て、返事を待った。

「はい」問いかけに対し、ファウラは静かに答えた。

「術がよほどの失敗をしない限り、私は一人でイメライトの家まで逃げます。ルカナーディがほぼ戻れば、魔術師はメジスト様だけで、充分ですから」


 消滅していたルカナーディが、無事に還ってきたら。

 ファウラはその時は、自分が暮らしていた家まで一人で行くと主張した。

 ロヅは、真っ直ぐ城に行かせてくれと、皆に言った。賢者テムサの弟子達に会い、ファウラのことを話す為に。

 変化する瞳を持って生まれたことによって、王家から忌み子とされたファウラを、テムサは助けた。赤子のファウラを殺すように命じられたが、死を偽って、その命を救った。……そして彼女は信頼できる四人の弟子達にだけ、その事実を話している。

 ファウラの保護者であったテムサの、弟子達を探して、テムサの最後とファウラの現状を伝えたいと、ロヅは言った。

 テムサの最後の日々を共に過ごし、意思を継いでファウラを守ってきたのは、自分だけだからと。


「ファウラを一人で行かせるのは、危ないんじゃないか」

 ヤハブが小柄なファウラを見据えた。

「……術を行う場所からイメライトの家まで、二日はかかるだろう」

「大丈夫です。みのりから餞別(せんべつ)もいただきましたし」

 ファウラが革袋を取り出して、中に仕舞っていた宝玉を、ヤハブに見せた。

「それ、元は私からの餞別だけどね」

 メジストが言うと、みのりが、手元に残した二個の宝玉を、取り出して見せた。

「これだけいただきます。俺にはうまく、使えそうにないし」

「いざという時に、すぐに魔術が施せる宝玉は、心強いです」

 ファウラは意志を曲げる気配を見せなかった。

 ヤハブは自分の意見が通らないと薄々知りつつも、それを口にした。

「俺が、ファウラについて行っては駄目か」

「ヤハブでは森の獣が倒せない。足出まといになる」

 ロヅが鋭く言った。ファウラもそれに、頷いてみせた。

「治癒の術が得意なヤハブ様がいて下さると、心強いのですけれど」

「……まぁ、治癒の術が必要ないように、動けばいいだけだしね」

「ええ」

 メジストの言葉に、ファウラが微笑んだ。

 そしてヤハブと目を合わせると、柔らかく言った。

「ヤハブ様は、亜季やみのりが眠ったら、安全な所まで運んであげて下さい。……そしてどうぞ、ご家族に会いに行って」

「……わかった。ただな、ファウラ。俺は、この間の頼みは聞かない」

「そうですか。残念です」

 ファウラはヤハブに、密かに手紙を送って、頼みごとをしていた。手紙を送り届けたみのりにも、手紙の詳しい内容は知らせていない。

 メジストはヤハブが引き下がったのを見て、こう言った。

「私はサキが眠ったら、その側についているけれど。……もし、サキが眠らなかったら、私がファウラを連れて行く。それはいいわね?」

 メジストの意見は、ファウラとロヅも受け入れた。

 亜季はやりとりの間、顔を伏せて座り、ただ服の裾を握っていた。


   ◇◇◇

 夕暮れ時から、魔術の準備が行われた。

 魔術が施されるのは、イメライト側にあるルカナーディの荒れ地の端。

 国が戻ってきた時に、崖上となるであろう場所で、行うこととなった。

 測量士からそれとなく情報を聞き出したロヅが、位置を計っているその時。

 上空に、朱い竜が現れた。

 亜季が大きく手を振って、自分達の位置を知らせた。サキが颯爽と降りてくる。

 サキはまず、亜季の体に擦り寄った。亜季はとても嬉しそうな表情で、サキの体を撫でていた。みのりも同じ様に、サキとじゃれていた。

 そしてサキは、亜季達の後ろにいたメジストと目が合った。サキが黙って、額の傷を見せると、メジストも無言で右腕を見せてきた。傷が治ってきているのを確認し合うと、互いによそを向いた。

 ファウラがサキの耳元で囁いて、打ち合わせた内容を知らせた。


 そして晩。夜空には車輪のような満月が現れた。ファウラの瞳が、真紅色から金色へと変わる。

 亜季は左手に付けていた、合皮の腕時計を外して、ファウラに渡した。

 それから頭に巻いていた布を取る。風で揺れる前髪の奥に、額の紋様が見える。亜季は一度深く息を吸って、メジストの側に行った。

 ファウラが腕時計を、大きく描いた魔法陣の中央に置いた。

 魔法陣の両端では、ロヅとヤハブが手をかざして、術に取りかかろうとしている。



 金の瞳の少女は、側で構える彼らに一礼した。

 そして異なる時を刻む時計の、殻を壊して、中から精霊を呼び出した。

 時計から出てくる精霊達は沢山いて、光る球体の姿だった。

 様々な色に輝く球体は、皆、空に消えていった。

 精霊達が姿を現してゆく度に、紋様を付けた少女は、目を細めていった。

 そして精霊達が消えていった空に、変化が起きた。

 白色へと。今までわずかな間だけ輝いていた色へと、夜空の端からじわりと、変わり始めていた。

 代償の時計が、魔法陣の中で灰に変わってゆく。

 時計が全て灰になる頃には、夜空は白く変わり果て、星は見えなくなっていた。金の月だけが、空で輝いている。

 金の瞳の少女以外は、静寂を守っていた中。

 魔術師の女が、紋様の少女に問いかけた。

「白銀の霧は見えるの」

 紋様の少女はこくりと頷き、沈黙を破った。

「霧が、光ってきています」

 半開きの目で、表情を呆けさせていく。少女の後ろにいる朱い竜が心配そうに、その様子を見ている。

 少年が歩み寄り、少女の体の後ろに、右腕を構えた。

「眩しくて目を開けていられない。……あたし、今」

 少女が目を閉じて、体を崩した。

 地面への衝突は少年によって免れ、少女は仰向けに寝かされた。

 少女は地面に寝たまま、何かを言おうとしていた。額の紋様は晒け出されている。

「亜季」

 魔術師の女が、少女の上半身を片手で支えた。そして人差し指を額に添える。彩られた爪先が紋様に触れると、少女の体がのけぞった。

 女はしばらく、他の者が理解できない呪文を口にした。

 最後に皆にもわかる言葉で、少女に告げた。

「貴女の国へと、精霊達を還しなさい」

 呼応するかのように、少女が目を見開いた。


「沢山の色が見える」

 少女が白い空に向けて両手を伸ばした。

 途端に空全体が白銀色にきらめく。

 それからさらに。

 稲妻のようにめまぐるしく、空は色を変化させる。

 白銀から赤。赤から黄。黄から青。青から紫へと。

 世界の上は数え切れない色を示し、白へと戻る。

 無限の色を巡った、無彩の白の上空。

 そこには――金の満月を中心にして、大きな虹の輪が。

 地面に水平に現れていた。


 水平に出現した鮮やかな輪に、他の者が驚いている時。

 少女の傍らにいた少年が、一つの方向を指差した。

 朱い竜だけがそれを見て、彼が示した宙へと飛び上がった。


 消えた空間を包み込むであろう大きさの、水平の虹の輪。

 倒れた少女がゆっくりと、伸ばした両手を降ろしていくと。

 色鮮やかな真円も、ゆっくりと上空から降りてきた。

 ……そのまま地面に降りてくるかと思われた。

 しかし少女が導きの両手を引き、自分自身を抱えた、その瞬間。

 虹は音もなく四方八方に散りさり、光の雨粒となって、地面に降り注いだ。


 誰もが目を眩ませた。

 消えた王国が現れた、その瞬間は。

 またもや誰一人として確認できていない。

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