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掌にかかる虹  作者: 繭美
第九章 晩の虹
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 豊穣の祭の二日目。ロヅとファウラが、亜季達と合流した。

 彼らはまず、サキは森の洞穴で休んでいると、亜季に告げた。

 そして『ファウラが育った家に寄っていた』と言って、新たに持ち出した魔導書を、メジストに見せていた。


 ロヅは到着した日の夕方に『頼みごとがある』と、亜季を外に連れ出した。

 大通りまで行くと、女性や子供が多く並ぶ屋台を見つけて、足を止めた。

「金は払うから、あそこの蜜菓子を買ってきてくれ。……ファウラから頼まれてるんだ」

「いいけど。なんで自分で行かないの」

「菓子や花は、買うのが嫌だ」

「……恥ずかしいの?」

「悪いか」

「もうわかったから。お金をちょうだい」

 亜季はロヅから金銭を受け取って、蜜菓子を買った。ファウラの好物だという蜜菓子を、自分も食べてみたくなったので、頼まれた分とは別にもう一袋、買った。

 この日の晩にファウラから誘いがあって、皆で、菓子と茶を楽しんだ。


 またあくる日の夜。ヤハブも一行と再会を果たした。

 途中の合流を怪しんでいた彼だったが、行動を共にする部下達にも、イメライトの祭を見たい者が多かったらしい。

 豊穣の祭は、ヤハブが到着してから二日後が、最終日だった。


   ◇◇◇

 祭の最終日の晩。

 ヤハブは部下達と酒を飲んでいた。

 隣国のイメライトは、作物を育てる土地の条件が、ルカナーディより揃っていた。加えて、豊穣の精霊への祈り方を、魔法技術が優れたルカナーディが伝授した。

 よく出来た酒を楽しもうとする者は多く、ルカナーディの同胞達の姿も、酒場でちらほらと見受けられた。


 メジストは酒場を巡って、同胞達の様子をくまなく探っていた。

 ロヅも、ヤハブとは別行動を取っていた。年齢の近い同胞や、世話になっている測量士の者と再会したので、そちらと酒の席を共にしている。


 ヤハブがいるのは大きな酒場だった。

 酒場では、よく祭のことが楽しげに話されていた。他には農業の苦労話をする者、ただ世間話に花を咲かせる者もいた。

 そして壁際の席では、突然に戻ってきた故郷について語る、ルカナーディの者達がいた。

 ヤハブは部下達に相槌を打ちながら、彼らの話にも聞き耳を立てていた。

 帰ってきた者との想いの差を、嘆く声が、上がっていた。

 残された者達にとっては久しぶりの再会でも、突然に消えて現れた者達には、彼らが何を懐かしんでいるのか理解できない。互いを不気味に思う場合もある。

 時間のずれが、そのまま想いのずれへと繋がっていた。

『そんなことは一生会えなくなることに比べたら、嘆くことじゃないだろう』

 ヤハブはそう一言、彼らに言いたかった。

 今の所ルカナーディの消滅から逃れた者達から、死者は出ていない。……ファウラを保護していたテムサ・デクタブルを数に入れれば、そう言えないが。

 時間のずれから会えなくなった者達がいない。この事実には感謝するべきだと。神の思し召しと受け止るべきだと、ヤハブは常日頃、思っていた。

 ヤハブは家で帰りを待っていた妻と、娘に、早く会いたかった。


「お待たせいたしました」

 酒場の給士が酒と料理を運んできた。

 長机の上に慣れた手つきで、料理と、取り皿を並べていく。

 そしてヤハブに盃を渡す際――その下に、一枚の紙を隠した。

 ヤハブは紙をそっと取って、立ち上がった。

「今の奴、酒を間違えてる」

「代わりに頼んできます」傍らの部下も立とうとした。

「いいや。どんな酒があるかもう一度、聞いてみたい。だからお前達はそのまま飲んでいろ」

 ヤハブは部下達と離れ、人のいない廊下に出た。

 そして盃の下に隠されていた紙を、取り出した。それは意外な人物からの手紙だった。

 手紙を届けた者もまた、ヤハブにとって意外な人物だった。

 ヤハブは広い酒場を見回して、先ほどの給士を見つけた。客と笑い合っていた。

 給仕が厨房に戻ろうとする所を、襟首を掴んで引き止めた。

「どうかされましたか」

 給士の少年は丸襟を直しながら、ヤハブと向かい合った。

「他に酒は何がある?」

「申し訳ありませんが、まだ覚えていません。これをご覧下さい」

 給士の少年は淀みなくそう言うと、酒の品書きが書かれた紙を、手持ちのトレーに置いた。ヤハブは、品書きと少年の顔を、交互に見た。

「……手際は良いが。お前、よく雇ってもらえたな」

「や。ちょうど人手不足だったみたいで」

 割と簡単に雇ってもらえたんですよと、トレーを片手にみのりが笑った。

 ヤハブが酒場に入るのを確認してから、臨時の雇われに潜り込んだらしい。

「返事は『了承しかねる』だ」

 ヤハブは渡された手紙を、届け人のみのりに返した。

「……伝えておきます」

 みのりは返された手紙を、懐にしまった。そしてヤハブから酒の注文を聞くと、厨房にいる店主のもとに戻っていった。


 ヤハブは酒場にいる間、度々みのりの姿を追った。

 愛想は良い。談笑にすら加わる。手際も良く、注文聞きはほぼ暗記だけでこなしている。注文の量がとても多くなると、客に注文を書かせて、仕事をこなしていた。

 異国の少年は違和感なく、酒場で働いていた。


   ◇◇◇

 亜季とファウラは、祭の宴を窓から眺めて、楽しんでいた。

 亜季は宿屋で働くことをやめていた。次の満月の晩には、ルカナーディを戻す術を行うので、それまでに体調を崩さないよう、静かに過ごしていた。

 ファウラはいつも通り、色が変化する瞳を隠す為に、部屋にいた。

 祭の宴はいよいよ、終焉を迎えようとしていた。

 空中では蛍のように輝く豊穣の精霊達が、音楽に舞っている。


「あ。あの人とみのりが交代したの」

 亜季が一人の青年を、二階の窓から示した。

 その青年は、友人や恋人と共に唄って、精霊達を歓迎していた。

「楽しそうに過ごされていますね」

「あたしがあの人を見つけなかったら、みのりはヤハブさんと、お酒を飲むつもりだったみたい」

「その方法だと目立ちますね。給仕として潜り込めて、良かったです」

 ヤハブに手紙を書いたファウラが、微笑んだ。

 そして手元にある袋から、蜜菓子を一つ摘まむと、口に入れた。粉と砂糖と蜜で固められた蜜菓子は、表面は固いが中は柔らかい。

 亜季がロヅの代わりに買ってきた蜜菓子は、もう無くなろうとしていた。

「ほら亜季。見えますか? サキが、来ていますよ」

 ファウラの言葉を聞いて、亜季が窓から身を乗り出した。

 遠い山の上空に、点のように竜の姿が見えた。

 闇の中、月明かりと豊穣の精霊の光だけが頼りだったが、その竜がサキだとわかった。祭の様子を見ようとしていることも、伝わってくる。

 亜季は気づいてくれることを願いながら、サキに向かって手を振った。


 イメライトの宴を見るファウラは、とても楽しそうだった。

 こんな近くで祭を見るのは、生まれて初めてだと、周囲に話していた。

 ただし彼女は、外で宴を見ることは固く拒んだ。

 忌み嫌われている瞳のことを知られるかもしれないし、大勢の人間といるのは怖いらしい。

 それでも実に幸せそうに、窓から祭の宴を眺めていた。

 メジストに到着を知らせにいった時も、ファウラはまず祭の盛大さについて、はしゃいで語った。そんなファウラの様子に、ロヅも笑顔を見せていた。

 ロヅはイメライトの町に到着した、その翌日から、ファウラとは行動を別にしていた。

 ロヅがファウラを保護していることを知るのは、ヤハブとメジストだけだったので、ロヅは単独で行動しているものだと、同胞達には思われていた。

 再会した年の近い同胞から、イメライトにいる間は、同じ宿屋で過ごさないかと誘われた。秘密を隠すべく、ロヅはそれに応じた。

 ファウラは、亜季達やメジストと、宿屋を共にしていた。


「ただいま」

 部屋の扉の向こうから、みのりの声がした。

「お帰り」

 亜季がすぐに立ち上がり、部屋の鍵を開けた。

 扉を開けた途端、亜季はみずみずしい果物が入った籠を一つ、手渡された。

「お土産付きの労働だったよ」

「うわ、すごい。ありがとうね」

 亜季は籠に盛られた果物の香りを嗅ぎながら、みのりを部屋に迎えた。

「お帰りなさい。みのり」

 部屋の鍵が内からかけられると、ファウラもみのりの側に寄った。

 みのりは懐から手紙を取り出して、送り主であるファウラに返した。

「了承しかねる、だって」

「そうですか……。苦労をかけました」

 ファウラは返ってきた手紙を受け取ると、部屋の中央にある机へと歩いた。

 机の上には水が入った平らな器がある。その器を下にして、ファウラは呪文を唱えた。

 彼女の魔法によって、手紙の端に炎が付く。返された手紙は黒く崩れて、器の水面に浮かんだ。

「その手紙、何を書いていたの?」

 亜季は戸惑いながら聞いた。

 燃やされた手紙は煤となり、水面に散らばっている。ファウラは憂い気にそれを見ていた。

「ロヅのことです。ヤハブ様に、ロヅについてお願いしたいことがあって……それを、手紙で託したのです」

「頼みごとの返事が『了承しかねる』か。……ファウラ、残念?」

 みのりが聞くと、ファウラは「少しだけ」と、微笑んだ。


「二人とも、どうもありがとうございました」

 手紙を燃やし終えたファウラが、協力者に一礼した。

「ううん、こんなことで良いのなら。頑張ったのは、みのりだし」

「仕事を渋っている人を発見したのは、亜季の方」

 亜季とみのりはむつまじく、手柄を遠慮しあっていた。そんな様子を見て、ファウラは急に、ある望みを実行したくなった。

「もう一つ、二人にお願いしても良いですか?」

「え。何」

「背中合わせで並んで下さい」

 亜季とみのりは、ファウラの申し出を受け入れた。そして背中合わせで並んですぐに、柔らかな感触と温もりを、体の側面に感じた。

 ファウラだった。

 一度に二人の人間を、彼女は必死に抱きしめていた。

 左手を亜季の肩に、右手をみのりの胸元に回し、強く抱きしめている。

 ファウラの体温と鼓動を感じながらも、後方から異性の体温を感じることに……亜季が耐えかねて、動揺の声を上げた。

 亜季が騒ぎだすと、ファウラが二人から離れた。満足げに一息つくと、笑顔を見せた。

「サキのように人に甘えてみたいと、ずっと思っていて。……真似を、してみました」

 いつもの笑顔とは雰囲気が異なった。悪戯が成功した子供のように、照れながらも、大らかに笑っていた。


   ◇◇◇

 ヤハブが手紙を受け取った頃。サキも森で、手紙を受け取っていた。

 鱗で覆われた鳥が、手紙を落としてきた。

 手紙は紐などでくくられておらず、ただ丸めてあるだけだった。

 サキは森の洞穴で、どうにか手紙を拡げた。小さな紙を覗き込むのは、首を出来るだけ、曲げる必要があった。

 人間に化ける術を身に付けていた数年間で、サキは文字を覚えた。

 あまり難しいとまた読めなくなるのだが、送り主達はそれをわかっているらしい。手紙は簡単な文面だった。


 最初はまずロヅからの言葉が、角張った字で書かれていた。

『国には絶対に近づくな』

 ……別れる前にも散々、ロヅがサキに繰り返していた言葉だ。

 ただ手紙では、それに続きがあった。

 イメライトに近づいても大丈夫なまでの範囲が、地形を目印に、書かれていた。


 次にファウラからの言葉が、丁寧な文字で書かれていた。

『皆は元気。メジストの怪我も治ってきている。心配はいらない』

 サキの怪我も、鱗が取れた額以外は、すっかり治っていた。


『満月の夜に会えるのを楽しみにしている』

 最後はそう締めくくられていた。この言葉はファウラの筆跡で書かれていた。

 そして言葉の横に示された送り主の名前は、違う国の文字で二つ、記されていた。

 サキは片方の名前は読めた。『亜季』だ。一番好きな人間の名前だったので、文字も知っていた。おのずと、もう片方の名前が『みのり』だとわかった。


 サキは寂しくなったが、それ以上に嬉しくなり、手紙で教えられた場所まで飛んだ。

 祭が行われている国は遥か遠くで、人間の様子はちっとも見えなかったが。

 賑やかな町灯りが見られただけでも楽しかった。

 どこかで亜季が、こちらを見ているような気がした。

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