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掌にかかる虹  作者: 繭美
第八章 祭の宴
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音色と煙

 晴天の下。両側に柵がある坂道を、亜季達は上っていた。

 途中で何台かの荷車が、側を通り抜けていった。酒瓶を積んだ荷車もあれば、収穫した穀物を積んだ荷車もあった。

 やがて坂道の向こうから、木管楽器の音が聴こえてきた。

「もう国に着くみたいね」メジストが言った。

 みのりが坂道を駆け上がった。坂上に着くと、荷物を持ったまま一人、感嘆の声を上げている。

 その楽しそうな様子につられて、亜季も坂をのぼった。

「……わあ」

 坂の下に見える国では、賑やかな宴が行われていた。


 亜季達はルカナーディの隣国である、イメライトに到着した。

 イメライトでは、豊穣に感謝する祭が行われていた。城下町は、人々と音楽で溢れている。

 町の広場には、丸い角がいくつも生えた、大きな動物の像が置かれていた。

 そして像の足元では、二人の老人が横笛を奏でている。横笛の音色に合わせて、広場にいる子供達は打楽器を鳴らし、若い娘達は歌と花びらを空に舞い上げている。

 亜季は横笛の軽やかな音色に、心を奪われた。

「これは豊穣の精霊を、音楽で出迎えているの」

 華やいだ広場を見ながら、メジストが言った。

「この音楽による迎え方は、ルカナーディが伝授したもの。だからイメライトは、祭の時期はルカナーディの民を歓迎してくれる。……辛い状況から離れて、宴を楽しみに来る連中もいるでしょう」

 メジストは広場に背を向けた。

「私はこれから酒場を回るわ」

 夜には指定の宿屋に行く、と言って、メジストが亜季達から離れた。

 一同はイメライトに来たら、町の入り口に一番近い宿屋に集まると、決めていた。

 満月の晩に向けて、万全に準備する為だ。


 亜季は花びらの舞う空を見上げた――日暮れにはまだ早い。

「あたし達はどうしようか。まだ、宿屋さんに行かなくてもいいよね」

「ん。……もう少しだけここで、お祭り見てもいい?」

 みのりは広場を見ていた。蔦で作られた大きな花の輪が、数人がかりで運ばれてきている。

「そうしよう。せっかくだし」

「やった」

 亜季とみのりは、動物像の首に花の輪がかけられるのを、見守った。花の輪がかけられた時に、一段と盛大な音楽が響いた。

 祭は今日が初日で、これから四日間続くのだと、周囲の会話から知った。


 日が傾いてきた頃に、亜季とみのりは宿屋に向かった。

 そして途中にあった露店で、食べ物を買った。大きな葉で包み焼きされた肉と、木の実の果汁。それらを味わいながら、宿屋の窓から祭の風景を眺めた。

 やがてぽつぽつと、小さな光が、宙に現れた。

 蛍のようなその光は、歓迎の音楽に舞い――月が空に輝く頃、畑の方に消えた。


   ◇◇◇

 宴は夜も続いた。しかし露店の品が売り切れるようになって、家に帰る人々も出てきた。

 その時に、メジストは宿屋の戸口をくぐった。顔に少しの赤みもなく、酒場を回ったようには見えない。彼女はつまらなそうな表情で、二階へと向かった。

「お帰りなさい」

 部屋が並ぶ二階の廊下で、亜季が待っていた。メジストは亜季を見なかったが、亜季は気にしない様子だった。メジストの後ろを歩き、そのまま部屋に入った。

「他の皆は、今日は来ませんでした」

「みのりは」

「隣の私達の部屋で、着替えています」

 亜季は話しながら、土製の壺から器へと、水を注いでいた。注ぎ終えると、その細い器を、机に置いた。

「良かったら」

 頭を下げて水を勧める。宿屋仕事が板に付いた仕草だった。

「顔色を窺ってくる奴は嫌いなんだけど」

 メジストが気だるそうに寝台に足を伸ばし、煙管に魔法で火を付けた。白い煙が室内に漂い始める。亜季は煙の匂いが苦手なようで、口を固く閉じた。

 メジストは早く、亜季を部屋から追い出したかった。

「用件があるならさっさと言えば」

「あ……そういうつもりじゃなかったんですけれど。お願いしたいことはあります」

 亜季は一度頷いて、言葉を続けた。

「メジストさん。さっちゃんがどこにいるか、わかりますか?」

「それを聞いてどうするの」亜季の態度が、メジストの(しゃく)に障った。

「会いに行ってもらえませんか」

 亜季は両手を前に揃えて、丁寧な姿勢を取っていた。

「私が?」

「はい。多分、森とかにいると思うんですけれど。あたしが行こうとすると、皆に迷惑をかけますし」

 亜季の読みは、大体当たっていた。ロヅ達が森の家に寄るだろうから、サキはその近くの洞穴あたりにいる。メジストはそう検討をつけていた。

「ロヅとファウラがこっちに合流したら、きっと心細くなると思うんです。だから、ゼロ番のメジストさんが行ってくれたら、何よりかなって」

「何よそれ」

「え」

「ゼロ番」会話に現れた単語を、繰り返した。

 亜季は瞬きをして、こう答えた。

「……さっちゃんが、ゼロ番目に好きなのはメジストさんだって、言ってたから」

 メジストの脳裏に、人間に化けた時のサキが浮かんだ。


 ――サキはよく無邪気に、亜季が一番好きだと話していた。サキが好きな者の名前は、二番目からはよく変わったが、一番目は変わらなかった。

 ゼロ番目は初めて聞いた。

 馴れ馴れしい態度から察するに、目の前の亜季はゼロを『一の上』と解釈している。無の数なのだから『該当外』と考えるべきだと思うが、過ごした時間を思い出せば。

 両方の考えを揃えたものが、サキの言うゼロ番目だ。

 サキは日によって、態度を変えてきた。

 契約を交わした当初は、大きな瞳でこちらを警戒してくるだけだった。それがある日から一転し、化けた見た目相応か、それ以下の年齢のような、幼い言動を取るようになった。

 急に抱きついて大事な思い出を語る日もあれば、触れてもこない日もあった。

 最近では殺さんとする怒りと、それを強く嘆いた涙――対極の激情を見た。

 サキの一番の少女は、側にいる時は身辺の世話をしてくる。あの時、サキによって負傷した右腕を、黙って気遣っている。

 今は大人しく立っている。ただ次の言葉を待っているのだろう――。


 メジストは亜季を一瞥して、煙管の煙を吹いた。

「機嫌取りに割く時間は無いわ。目的を忘れたの?」

「いいえ、ただ」

「サキは別れる前、元気そうにしていたでしょう」

 そう言うと、少しは考えを改めたらしい。「そうですね」と、亜季が表情を和らげた。

「大体、私は情報収集に忙しいし」

「だから酒場に行ってたんですね」

「そう。だから亜季」メジストが机の上に置いてある水を、煙管で示した。

「これは間違いよ」

 亜季がまた瞬きをして、水壺を構えた。

「少なかったですか」

「さらに間違いで、正解は酒。私が味わって飲んできたと思う? ……さっさと用意しないと、痛い目に合わせるわよ」

「す……すみませんっ!」

 亜季が紋様のある額を押さえて、酒を準備るべく、その場を去った。

 メジストは、酒の為に体を痛めつけようなどと、馬鹿らしい考えはしていない。だけども亜季は疑わずに、嘘の脅しを真に受けた。

 単純な面は好きになれるかもしれないと、メジストは思った。

 彼女は一人頬杖をついて、亜季が戻るまで、煙管を吸い続けた。

第八章(終)

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