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掌にかかる虹  作者: 繭美
第八章 祭の宴
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気がかり

 町に入る前に、亜季は頭部に薄茶色の布を巻いた。額にある契約の紋様を、しっかりと隠す為だ。

 額から後頭部にかけて布を巻くと、亜季の短髪は、さらに短く見えるようになった。

 薄い体型でこの髪型では、そろそろ男の子に間違われそうだ……と、亜季は複雑な気持ちになった。

「その色で良かった?」

 布は、みのりが一足先に町に入り、彼女に買ってきた物だった。

「や。隠せれば、何でも構わないって」

 そう言いつつ、亜季は内心で、みのりに感謝していた。布の薄茶色は最近、買い物で選ぶようになった色だから。


「さて。少し別行動を取りたいから、これを渡しておくわ」

 メジストがみのりに、革袋を手渡した。袋の中には、球体の宝石が詰まっていた。

「あんた達に危害を加えそうな輩がいたら、投げつけなさい」

「これは何ですか」

「この宝石には、私の術が封じ込めてあるの。投げつけられた相手は眠ったり、大怪我を負ったりする」

「大怪我……」

 亜季が袋を覗き込み、眉をひそめた。怪我を負わせるのは紫色の球だと、メジストが言った。

「メジストさん」みのりが声を低くした。

「まさかこれにも、メジストさんの命がかかってたりしますか」

「そんな訳ないでしょう。作るのは大変だけど」

「良かった」みのりが亜季と、顔を見合わせて笑った。

 二人の様子を見て、メジストが嫌らしく笑った。

「使用者の魔力が足りなかった場合に、使用者の命を代用するだけよ。病気にかかる程度に、命を削るだけ」

「……え」

「だから亜季には使わせないで。残念ながら、重要人物だからね」

「了解です」

「では身支度が終わったら、町の入り口で会いましょう」

 みのりとメジストは、互いに笑い合っていた。目を白黒させて動揺していたのは、亜季だけだ。

 何か言いたげな亜季を後目に、メジストは一足先に、町に入って行った。

 みのりは袋から球体の宝石を取り出して、陽光に透かしている。興味深げに。

「本当なのかなぁ」

「試さないで。もう出さないで。それ、絶対に使っちゃ駄目!」

 亜季は袋ごと奪おうとしたが、試みは失敗に終わった。

 みのりは玩具を貰った子供のように、大切そうに、宝石を懐にしまった。


 亜季とみのりは町に入り、住み込んでいた宿屋に向かった。

 数えれば二十日近く、滞在した宿屋。

 留守にする日も多かったが、二人は宿屋仕事に馴染んでいた。亜季などはこの世界の料理を、宿屋の女将から教わった。

 だから離れることは、少し寂しかった。

「二人とも元気で。仲良くね」

 かっぷくの良い女将が、身支度を終えた亜季達に笑いかける。夕方の仕事の手を止めて、玄関まで見送りに来ている。

「はい。大丈夫です。色々とありがとうございました」

 みのりが笑顔で一礼した。

「本当にお世話になりました」

 亜季も同じように頭を下げた。

 女将が力強く、亜季の細い体を叩いた。

「頼りがいのあるお兄さんで良かったわね。亜季」

「……はい」

 亜季がぎこちない笑顔を見せた。

 女将は報酬の金銭を、二人に差し出した。

「少ないけれど取っといて。……それと、これも」

 金銭の上に、一枚の紙が添えられる。

「買い物を頼んだ時に、渡してもらっていた紙よ」

 それはたった一言、短い言葉が書かれた手紙だった。

 亜季とみのりは、言葉の意味を知っていた。

「そんな、こちらこそっ。服や毛布も貸していただきましたし」

「本当にどうも、ありがとうございました」

 二人は改めてもう一度、女将に頭を下げた。

「またこの町に来たら、私の所へ」

「はい! ぜひ」

 亜季とみのりは、女将と固く握手を交わした。


 メジストと待ち合わせた場所へと向かう途中。

 亜季はぼそりと、横を歩くみのりに話しかけた。

「何月生まれだったっけ」

「七月」

「誕生石はルビーだね」

「一月生まれの亜季より、半年はお兄さん」

「……でも同学年だもん。みのりがあたしのお兄さんに見えてたなんて、ちょっと心外」

「お兄さんみたいな人って意味だろ」

 それでも釈然としない。そんな呼び方してないのに。亜季はそんなことを、ぶつぶつ言って歩いていた。

「んー。俺は実際、家で兄貴だしさ」みのりが困ったような笑みを浮かべた。

「長男さんだっけ」

「そう、弟一人と妹一人。三人兄妹」

「三人か。楽しそう」

 亜季は共働き夫婦の一人娘なので、兄妹には憧れがあった。

(……兄妹と言えば)

 ふと亜季は、気がかりなことを思い出した。出会った時は、兄妹かと考えた二人のことを。


「あのさ」さらにみのりの側へと寄り、小声で話しかける。

「ロヅとファウラって、恋人同士なのかな」

「今、なんて言った?」

 みのりが、まじまじと亜季の顔を見つめた。

「恋人かなって。……あの二人を見ていたら、そう思わない?」

「信じられない。亜季は、この手の話に疎いのに」

 亜季はみのりの言動に、引っかかりを覚えた。

「そんな言い方しないでよ」

「だってさっきも……。とにかく恋愛話からは、学校でも、席を外してたじゃないか」

 久しぶりに元の世界での思い出が、二人の会話に出た。

 確かにどうにも付いていけなくて、亜季は自分からは決して、恋愛話の輪に入らなかった。

 ただそれを、今に指摘されるのは、妙に腹立たしい。

「わからないから、仕方ないじゃない。あたし、男子は髪を引っ張ってくるから、苦手だったの! ……ってそんなこと言いたいんじゃなくて……。もう、いいっ」

 亜季が外方を向いて、早足で前に出た。

「ごめん」

 すぐ、後ろからみのりの声がした。

「怒らせた。ごめん」

 真顔で謝るみのりを見て、亜季も深く反省した。

 言いたいことは他にあったのだから、そうむきにならなくても良かった。そもそもみのりの言い方には、悪意は込もっていなかったように思う。

 さっきから不機嫌な自分を、なだめてくれてたのだ。これ以上甘えてはいけない。

 亜季は足を遅め、またみのりの横に並んだ。

「こっちの方こそ、ごめんね。後でまた話すよ」


 亜季は、宿屋で二人と共に過ごす内に、気になることが出来た。

 ロヅとファウラの仲と、ルカナーディが戻ってきた後のこと。

 変化する瞳を持つファウラは、おそらくルカナーディでは暮らさないのだろうが、それではどこへ行くのだろうか。

 そしてロヅは『エルヴァ』と呼ばれていた幼少時、城内の建物で暮らしていた。

 それが亜季は、気がかりになっていた。

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