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掌にかかる虹  作者: 繭美
第七章 朱い竜と魔術師の女
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隠蔽

 別れは、あまり考えていなかった。

 最初に出会った時の亜季は、人の身に化けた自分よりも、小さな子供で。

 その後すぐに見つけた亜季には、背丈を追い越されていたけれど。

 ルカナーディが消滅してから現れた亜季は、二回目に会った時と、そう変わらない姿だったから。


 ロヅとは、人の身に化けた自分と同じくらいの背丈の時に、出会った。

 あれは彼が名前を変えた直後だったかもしれない。

 亜季を知っている少年だったので、時折、話をしに行った。一緒に遊んだ。

 月日が経ち、ロヅは少年から青年へと、成長した。


 別世界で、時間の流れが違うからか。

 亜季の月日の経ち方は、出鱈目だった。


 人間の寿命は竜よりも短い。だから親しくなっても、別れを覚悟しないといけない。人間は竜の自分より早く死ぬ。

 だけどもしかすると、別世界にいる亜季だけは。

 また数年後、あまり変わらない姿で、再会してくれるかもしれない。そしてまたその数年後にも――。

 長く一緒にいられるような、気がしていた。


   ◇◇◇

 何かが耳に聞こえてきたので、サキは目覚めた。

 視界に星空が飛び込んでくる。冷たい夜風が頬に当たったが、体はそう寒くなかった。星明りの下、サキは誰かの腕の中にいた。

(……しまった)

 サキはメジストに横抱きされ、呪文を唱えられていた。

 血の気が引いた。急いで彼女から体を離したが、遅かった。

 サキの額の紋様に激痛が走る。悲鳴をあげて、サキは地面に倒れ込んだ。

 メジストは、サキを抱えていた両手で印を結び、さらに呪文を唱えた。痛みはより激しいものとなり、紋様を軸に全身を巡る。

「痛いよ。やめてよ!」

 懇願すると、メジストが呪文を止めた。しかし印を組んだ両手をほどく気配は無い。

(完全に油断した)

 サキは辺りを感じ取った。ずっと後ろに、ヤハブとみのりがいるらしかった。

 ヤハブが施した魔除けの魔法陣まで戻れば、メジストの魔術も無効にできるかもしれないが、魔法陣からは遠く引き離されている。


「命令する。サキ、竜に戻るな」主の口調は冷ややかだった。

「あの二人はどうしたの」

「今は夜中よ。ヤハブには薬も使って、さらに寝かせておいたけれど。みのりは勝手に、深く眠ってくれている」

「………」

「ルカナーディを戻した後、亜季がどうなってたか忘れたの?」

 サキは、亜季が術後に無防備になると、思い出した。

 亜季だけに負担をかけまいと協力したが、ここまで考えていなかった。こんな仕打ちが待っているとは、思いもしなかった。

「竜の時はもちろん、変身後でも隙を見せて寝てくれるなんて、無かったからね。丁度良い機会かと思って。さあ言いなさい、サキ」

 両手で印を結んだままのメジストが、尋問を始める。

「何に気づき、何を隠している?」

 サキが口を結んだ。


 二つの世界の間に関わりがあった時、見えなくなる空間がある。時間にも隔たりがある。

 国の消滅はこれらが関係している。

 別世界から来た少年少女の、帰還も関係している。

 別世界から来た少女の亜季は、六度も行き来した為か、最も国を修復させる力を持つ。


「サキは強いけれど本当に馬鹿なのよ。私に何を話したか覚えていない。……亜季の世界に行った時、元の世界へ帰る為の扉は移動していた。だからすぐに帰れなかった。……それでも増幅された竜の持つ感覚でどうにか見つけ出せた、と。この感覚のおかげで亜季も元の世界に戻せたのだと」

 サキは地面に這ったまま、メジストの言葉を聞いた。

「そんな昔話を私には話した。そこまで研ぎ澄まされた感覚を、私の術によって授かっているのに……なぜあの娘にサキが劣るの。なぜ今は、別世界への扉が見つけられないの」

「わからないよ!」

「いや。今日確信した。サキは何かを隠している」

 メジストが再び呪文を唱えた。サキはひきつれた叫びをあげて、うずくまった。

 痛みに耐えかねて、サキが一つの真実を口にした。

「……時間と空間の流れが、ここと亜季達の世界を、分けてるの」

「………」

「時間と空間の流れが歪んだ場所が、世界を行き来できる扉になっている。だけど今回はルカナーディが消えるほどに、その歪みがひどくなったから。糸が絡まったみたいに……扉は壊れてしまった。それで亜季とみのりは、帰れなくなっている」

「どうやってそれを知った?」

「ルカナーディの町が戻ってきた時、時間と空間の歪み――世界を行き来できる扉の欠片を見つけて、そう、気づいたの」

「扉の欠片はどこにある」

「……わからない。見えなくなった」

 メジストが呪文を口にした。言葉だけで自分を地に伏せる相手を、サキは激痛の中、睨み上げた。

「……こんなことするメジストに、すぐに言えないことがあるのなんて、当たり前だよ」

 メジストはサキを見下ろし、呪文とは違う言葉を放った。


「つまりは、亜季?」

 サキが身をびくりとさせた。

「国が戻れば、別世界への扉も元に戻り、あの娘は帰る。……まさか友と別れたくない一心で、邪魔をしているのか」

「亜季のことを、話さないで」

「疑わざるを得ないわ」

 心臓が高鳴る。ファウラの監視を頼まれたことが、サキの頭にどうしようもなく浮かんでくる。亜季は、ファウラよりもずっと弱い。あの力が特別なだけで、体を守る術などは一切持っていない。……そういう育ち方をしている。

 そして目の前の相手は、十年以上も付き合った自分にすら、躊躇せずこれだけの苦痛を与えてくるのだ。


「他に何を隠している」

「何も隠してなんかいない」これは嘘だった。

 別世界への扉の欠片を、サキは見失ってなどいなかった。

 サキは秘密を抱えながら、痛みと、何かが腹から飛び出しそうな感覚をも堪えていた。

「サキはこの間、思い出話の『杖を持った人間』が女だったかもしれないと言った。偶然にしろテムサが別世界への扉を拡げ、ルカナーディを消す道も拡げたかもしれない。……その可能性を肯定した」

「それが何」

「ファウラが不利になりかねない情報を、よく話したものね。殺しを嫌がった癖に」

「……あれは、そんなつもりで言ったんじゃない」

「どうだか。優先するものの為なら、あんたも卑怯になるでしょうよ」

 信頼は損なわれていた。サキの主人を敬う気持ちも、消えかけていた。

「異物でもあるあの二人を、還せたら、それで国は戻るんじゃないの?」

 殻を壊してでも、と付け加えられる。

「……メジストは……、亜季にもひどいことする気?」

 メジストは、自分を睨み上げるサキから目を離さなかった。

 そして告げた。

「場合によっては、いくらでも」

「場合って、何だ」

 その言葉が引き金かのように。突如、周囲に炎が現れた。柱のように燃え上がった炎が、両者を一気に囲みだす。暗闇に火の粉が舞う。

 サキが四つん這いの姿勢から立ち上がった。

「メジストなんて嫌いだ」話し方から、抑揚が潜まる。

「これ以上すれば命を取るわよ」メジストも声をより低くした。

「違う」

 力を込めて地面を蹴り、人の身のまま、宙へと浮き上がる。サキの赤い髪が、炎の熱気に煽られた。

「取られやしない。サキはサキが思うように動く。サキの方がメジストより強いから」

 言葉を浴びせられた上空へと、メジストが両手を構えた。

(わかる。この女は何年生きようが、逆らわれるのが嫌いだ。苦手だ)

(このまま挑発を続ければ、隙が作れる)

(所詮は宙から見れば、姿の小さい女だ)

 サキは不適に笑って見せた。

「強いサキが怖いから契約したんだ。そんな弱虫の言うことなんて誰が聞くもんか。絶交だ」

「人恋しさに契約に乗った分際で!」メジストが怒鳴り、続けて呪文を口にした。

 サキの体は宙で大きく跳ね、額と体の節目からは、血が出てきた。

 それでもなお、サキは挑発を続けた。

「本気を出してきてるから痛くなんかない」と。

 宙に浮いたまま、強者の笑みを浮かべた。

「……メジストに貰った体なんて、いらないもん」

 言葉を続けるのは、躊躇った。友人達を守る為とはいえ、別れたくなかった。

(だけど……この女をもっと逆上させる言葉は、こうだ)

「握られた命ならもういらない」

 雄々しい火竜が姿を現した。辺りはさらに炎上した。

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