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掌にかかる虹  作者: 繭美
第七章 朱い竜と魔術師の女
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実験

 サキとメジストは宝石の原石を発掘した後、一行がいる町へ戻った。

 そしてみのりとヤハブの二人を迎え、ルカナーディの跡地に出発した。

 ルカナーディの跡地で、宝石を代償に探知の術を施し、実験を行う為だった。

 国を戻す能力が、亜季以外にないかを調べる実験なので、亜季は、外す必要があった。

 亜季と一緒に、ロヅとファウラも宿屋に残った。


「話す言葉は同じなのに、書く文字が違うとは、どういう訳だ」

 亜季が書いた文字を見て、ロヅが言った。

「あたしに聞かないでよ。知らないよ、そんなの」

 母国語を綴った紙を手に、亜季が言い捨てた。


 亜季は宿屋で働き、その休憩時間を、ロヅとファウラの部屋で過ごしていた。今、三人は丸い机を囲んでいる。机の上には数冊の本、紙、筆記具。そして櫛と髪留めが用意されていた。

 亜季は魔法の勉強を始める前に、ファウラの髪を結うことにした。

 ファウラは自分一人では、簡単に束ねることしかできないらしい。そう聞いた亜季は、少し凝った髪型に仕上げたくなった。

 金褐色の長髪に櫛を入れながら、どのようにしようか迷っていた時。

「今日もこれを付けるのか?」

 ロヅが机の上に用意されていた、簡素な髪留めを手に取った。

「ええ」ファウラが微笑んだ。「せっかくロヅに買って貰いましたから」

 ロヅは髪留めを手で回してから、それを机に戻した。

「髪が邪魔にならない時は、外しとけよ」

「どうしてですか?」

「その方が似合ってる」

「……はい。わかりました」

 ロヅはそっけない物言いだったが、ファウラは一際、笑顔になった。

 二人の会話を聞いた亜季は、ファウラの髪を両側、耳上から後ろに向けて、細く編み込んだ。そして両側から編み込んだ毛先を、髪留めで束ねる。

 華やかながらも、ただ髪をおろしている時と印象が近い髪型に仕上げた。その髪型はファウラにもロヅにもほめられた。

「よしっ」

 亜季はささやかな達成感を得ると、はかどらない勉強に向かった。椅子に座り、ファウラの声に、耳を傾けた。


「願う結果を想像して、魔力を統一していきます。そこで見合う代償を払えば、魔法となります。亜季は夢の中で無意識に、近いことをしているかもしれませんね」

 亜季はファウラの言葉を、獣の皮をなめした紙に綴っていった。文字が読めないので、聞いたことは細かく記した。

 魔法のことを綴った紙は、表も裏も使用して、今日で十枚を超えようとしている。

「……亜季とみのりは、私達とは、魔力の流れが違うようです」

 ファウラが亜季の左手首に、そっと触れた。

「触って、わかるものなの?」

「ええ、少しは。魔力は血と共に、熱を帯びて全身を巡るものですから」

 ロヅも、亜季に触れてきた。右手首から掌まで触ると、こう言った。

「……魔力そのものが、無いんじゃないか?」

「そ、そこまで思うの?」

「魔力が無いから、魔法が使えないのかもな」

 亜季は魔法を勉強するものの、いまだに何の魔法も使えなかった。

『願う結果を想像して魔力を統一』『代償を払う』と教えられても……せいぜい願う結果を想像するまでしか、出来そうにない。

「……ねえ、さっちゃんが人間になれるのも、魔法?」

「そうだな。サキと、メジストの魔法だ」

 ロヅが亜季から手を離した。

「じゃあ、払っている代償って何」

 問いかけに、ロヅとファウラが黙り込む。二人は目配せをした後、こう答えた。

「……サキの額の紋様は、魔法の契約をしている証です。メジスト様が紋様から全身に魔力を巡らせているので、サキは変身もできるのですが……魔力を巡らされているのは、全身を支配されているのと同じです」

「能力を授かった代わりに、サキはメジストには逆らえないんだ。……そしてメジストは、契約する時に命を削っている」

「……そんな風には、見えなかったよ」

 亜季が視線を床に落とした。

「……もう何年もの付き合いで、関係は良好のようですし」

「メジストも、そう力で抑え込んでいない」

 メジストとサキは信頼でも結ばれている。ロヅ達はそう捉えていた。亜季もそれに同意し、話はサキの性格へと変わっていった。

 亜季が『出会った時のサキは無表情で、話し方も違った』と話すと、二人はとても驚いていた。


   ◇◇◇

 ルカナーディの跡地にて、昼をとうに過ぎた頃。

 メジストが探知の術の魔法陣を、地面に描き始めた。ヤハブは少し離れた場所に、魔除けの魔法陣を描いている。

 手持ち無沙汰のサキは、珍しく無口だった。亜季のことを考えていた。

「どうしたの。しょんぼりして」

 みのりがサキに声をかけた。みのりも暇だったので、ヤハブが乗ってきた四足の動物の背を撫でていた。

「あんまり亜季と、一緒にいられなかったなぁって」

 サキがうらめしそうに、メジストを見た。

「ゆっくりする理由が無いでしょ」メジストが答える。

「全くだな」ヤハブが同意した。

 サキが二人に向かって、頬を膨らませた。

「亜季と遊びたいから、ゆっくりするの!」

「さっちゃん。……それ、駄目な理由だよ」

「うー」

 サキは唸りながら、みのりの方を向いた。

 みのりは動物を撫でるのをやめて、サキの頭を撫でた。

「元気出しなよ。俺で良ければ、今、一緒に遊ぶから」

「何して遊ぶの」

「肩車でも、しようか?」

「するっ」サキが、ころりと笑顔になった。

 身をかがめた少年の肩に、サキが足を乗せる。視界が高くなると、サキは足を振ってはしゃいだ。

 ヤハブはそれを、疑問の想いで見つめた。

「図体がでかくて空を飛べる奴に、肩車って、意味があるのか?」

「あの子はああいう行為が好きなのよ。緊張感の無い風景で良いわねぇ」

 肩車で遊ぶ二人を見て、メジストが微笑んだ。

 日差しの下、サキは己で飛べる空を、人の肩から見上げた。

 サキがみのりに肩車をしてもらうのは、これで二回目だった。人に抱きつく理由を亜季から聞いたみのりが、サキに提案した遊びだった。

「みのり。みのりは優しいから、サキは大好きだよ。二番目か、三番目に好きっ」

 サキがみのりの頭髪を撫ぜ、顔を寄せる。日差しに照らされた匂いが、心地良かった。

「ありがとう」みのりが笑った。

「俺もさっちゃんが大好きだよ」

 それから彼は声を落として、こう続けた。

「でもさっちゃん。一番目の人や俺よりも、長く一緒にいる人を大事にしなよ」

「……一番目は、一番大事なんだもん」

 みのりの頭に顎を置いて、サキがふてくされた。


   ◇◇◇

 夕暮れ前に、メジストが魔法陣の準備を終えた。

 側には神官のヤハブが鏡を構え、不可視の物を映す準備をしている。

 宝石の原石を一つ使い、前回と同じように探知の術を行う。術を施すと、半透明の羽虫が現れ、光となって空に消えた。

 鏡面には何の変化もなかった。だがサキとみのりは、変化を見せた。

 両者とも、ややぼんやりとした表情になった――亜季のように。

「何か見える?」

 メジストはまず、世界を三回行き来した、竜に声をかけた。

「霧が見えるよ。白い霧」サキが棒立ちで答える。

「そう。他には」

「遠くには星みたいなのが、二つ見えるけれど。……精霊はどこにいるかわからない」

 サキがわずかに表情を歪めた。

 続いてメジストは、今回初めて世界を渡ってきた少年と向かい合った。彼も、何かが見えている様子だ。

「みのりはどうなの」

 彼はしばらく、ただ無言で座っていた。

「……霧は見えない。星もよく見えない」

「他には」

「羽虫と、さっちゃんは見える」

「精霊と……サキが見えるの?」

「はい」

 みのりは座ったまま、宙を見ていた。隣に立つサキは、視界に映っていない筈だ。

「そこから、左」

 呟き、みのりは目を伏せて後ろに倒れた。

 サキはまだ、視線が定まらない表情でいる。

「左って。見えないよ」

 言いながら、サキは左手を空に掲げた。宙に身を浮かした。


 辺りが一瞬、白くぼやけた。

 その白みが消えた時には、わずかな草原が、地面に戻っていた。

 若草の香りを含んだ草原が、平坦に広がっている。

 そして少年と、少女の姿の竜は、草の上で眠っていた。


「地面だけとは、盲点だった」

 鏡を下に向けて、ヤハブが言った。

「二人でも亜季には及ばないか。それとも原石一つじゃ、代償としては少ないのかしらね?」

「まあ、まずはこいつらを運ぶとするか」

「そうね」

 ヤハブは連れてきた四足の動物を、傍らに呼び寄せた。みのりの体を持ち上げ、動物の背に乗せる。動物が小さく鳴いた。

 メジストはその間、全く動かないでいた。

「どうした」

「ヤハブ一人で、こっちも運べそうだなと思って」と、足でサキを示す。

「……お前が非協力的なのは、なぜだ」

「力仕事は嫌」彼女は外方を向いた。

「手綱ぐらいは、引いてくれ」

 ヤハブは動物に繋いだ手綱を、協力的でない女に握らせた。そして渋い顔でサキを肩にかつぎ、歩き始めた。

 メジストは気だるげに手綱を引いて、彼の後を歩いた。

「けち」

「甘えるな」

「頼んでも駄目?」メジストが、ヤハブの二の腕に指を這わせた。

「なんだ、らしくもない。……女として扱われるのを、好まない癖に」

「……わかったような口を利かれるのは、更に好まないわよ」

 二の腕を指ではじく。そして手綱を、両手で引いた。

「気まぐれよ。愛妻家を、からかってみたかったの」

「お前なぁ……。俺は出来れば、サキに触りたくないんだぞ」

 ヤハブが、肩に負っているサキを叩いた。サキは何も反応しなかった。

「ああ、あんたも昔、サキのせいで徹夜したんだっけ?」

 メジストは、サキの寝顔を見つめた。

「そうだ。しかも未だに吠えられる。サキと、まだ幼い亜季が森にいたあの日……メジストがいてくれれば、良かったのに」

「亜季が解決してくれたんだから、良かったじゃない」

 メジストは明るく言った。目は、眠るサキから離さなかった。

「……サキが警戒を続けた原因も、亜季のようだけど」


 眠る者達を連れ、両名は、ヤハブが施した魔法陣に入った。

 眠るみのりとサキを、横たわらせると、自身も腰を降ろした。

「こいつらも半日眠るんだろうか」

 ヤハブは眠る二名を見やった。みのりは静かに寝息を立てている。サキは何かを呟きながら、あどけなく寝返りを打った。

「起きるまで待つわよ。町まで運ぶのは、ごめんだわ」

「無防備な奴を二人も、運んで歩く自信は無いな。夜道になるだろうし」

 だから魔除けを施した、と、ヤハブが地面を叩いた。

 メジストは地面の魔法陣を見つめた。魔法陣を形成する文字は、砂と、石を砕いて作った顔料が用いられている。模様は精細に描かれていた。

「大した結界ね」

 この術は専門外であるメジストが、感嘆の声を上げた。

「破られないようにしないと意味が無いからな。外からも、内からも」

「この中なら……魔術の効き目も悪くなりそう」

「一部、無効化する」

 メジストが表情を消し、側の男を見た。

 彼は水筒の蓋を開けていた。視線を気にしている様子はない。

「……呪いの類は消えて、強い攻撃の魔法は緩和される。それだけだ。サキの変身も解けていないだろう」

 ヤハブが水を飲み、話した。

「人だけじゃなく、獣が扱う魔法も緩和される。サキが一緒にいる限り、獣の類はそう襲ってこないだろうが」

「それだけでも魔術が効かない場所は、私は不愉快なんだけれど」

「あくまで休息用だ。嫌なら魔法陣の外で休め」

 ヤハブは魔法陣の効果を話した後、また水筒に口をつけた。

 メジストは無言で魔法陣の中に居続けた。彼女は夕日が落ちようという時に動き出し、まず鞄から、手燭を取り出した。

 蝋燭に魔法で火を付け、それを自分とヤハブの間に置く。

「……ここで休むわ」

 メジストが溜息交じりに言う。眠るサキを横目で見ながら、ヤハブへと話しかけた。

「ヤハブ、早くルカナーディに戻ってほしい?」

「まあな」

「愛妻家だものね」

 メジストが可笑しそうに言った。

「……他にも気になることがあるしな」

 ヤハブは夕闇の中、ルカナーディの荒地を見つめていた。

「他国に、現状況をどう見られているやら――。そう、のんびり構えられんよ」

 無情に続く平坦な荒地。遠くには、戻ってきた町の影が佇む。

 メジストはヤハブを見やり、口の端をあげた。

「……酒でも飲みたい気分ね」

 そう言って立ち上がると、メジストはヤハブの鞄を、勝手に探り始めた。ヤハブが止めるのも聞かず、鞄から緑色の酒瓶を取り出す。

「持ってきてるじゃない。飲ませなさいな」

 ヤハブは渋い顔で、己の酒瓶と、気を許した様子の女とを見比べた。

「……好きにしろ」

「ありがとう」

 メジストが酒瓶ごと持って、座っていた場所に戻る。その振る舞いから、ヤハブは酒瓶ごと返ってこないのだと察した。

 顔をしかめたヤハブに、赤紫色の酒瓶が差し出された。

 メジストが好んで飲んでいる果実酒だった。瓶には、まだ存分に酒が残っている。

「お礼よ」

 メジストが笑って、手持ちの酒をヤハブに渡した。


 月が昇っても、サキとみのりは目を覚まさなかった。メジストとヤハブは見張りを立て合い、一晩を過ごすと決めた。

 まずヤハブが見張りとなり、メジストが休息を取った。メジストが休んだ時間は、そう長くなかった。メジストは仮眠から目覚めてすぐに、ヤハブに見張りの交代を申し出た。

 見張りを交代したメジストは、ヤハブが眠るのを、静かに待った。

 自分以外の者が全員、眠った時。

 彼女はまず、ヤハブに渡した果実酒を手に取った。瓶の中身を確認した……口を付けたようだが、空にはなっていない。

 メジストは衣服の裏側から、隠れて果実酒に混ぜた品を、取り出した。

 数種類の乾燥葉をすりつぶした物を、手燭の火に振りかける。火の横に一本の香木を添える。独特の煙が、手燭から上りだす。

 メジストは煙が立つ手燭を、ヤハブの風上に置いた。

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