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掌にかかる虹  作者: 繭美
第六章 朱い竜と人間の少女
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宝物

 人間と親しくなりたかった竜と、一人の人間の、昔話の続き。


 栗色の髪の少女は、朱い竜が本当の姿を見せても、少しも怯えなかった。少女は竜の姿に、ただ感動するばかりだった。

 竜は、幼い少女に頼ることにした。

 竜は、誰にも秘密で、静かに休ませてくれと、少女に願った。

 少女は竜を『しょうがっこうのはいこうしゃ』へと案内した。


「一階の窓に、鍵が掛かっていない所があるんだよ」

 そう得意気に案内された建物は、白くて大きくて、そして確かにひと気がなかった。

 竜は、白くて大きな建物の一室に、身を潜めた。部屋は人の身では広かったが、竜の身では狭い。竜は眠る時以外は、人に化けておくことにした。

 人間の少女『亜季』が用意してくれた毛布にくるまり、仲間を独自の感覚で捜し続けた。

 仲間は見つからず、帰り道もわからなかった。


 そうして夜が明けた。竜が眠った時間は、少しだけだ。

 朝早くに、竜のもとへ亜季が来た。

 亜季はまた、花みたいな服を着ている。竜より赤い鞄を背負って、布鞄を持っている。

「おはよう。これ御飯だよ」

 亜季は竜に、半透明の容器を渡した。何か白い物が、中に入っている。

「あたし学校に行ってくる。……また放課後に来るから!」

「うん」

 ぱたぱたと小さな体を動かして、亜季は竜のもとを去った。

 竜は渡された容器の蓋を開けてみた。中に入っていたのは、予想通りの物。

 人間の食べ物だった。


「竜さん来たよっ」

 夕焼けの時。じっと過ごしていた竜のもとへ、亜季が息を切らして来た。

「食べなかったの?」

 亜季は部屋に入ると、床に置かれた容器を拾い上げた。中の食べ物をじっと見つめ、うなだれた。

「おにぎり嫌いだったんだ」

 亜季の様子を見た竜は、悲しくなって、訳を話した。

「違う」

「ん」

「わたしは人間の食べ物が食べられない。絶対に食べられない訳じゃないけれど、合わない」

「そうなんだ?」

「亜季は別の生き物の食べ物が、食べられるか」

「ええと。犬さん、猫さん……熊さん、ワニさん……」

 竜の前で亜季は、うんうんと悩み出した。

 竜の言葉を理解すると、ますますうなだれた。

「間違ってた。ごめん! 竜さんの今の格好を見て、つい作っちゃって」

 亜季が容器を、布鞄に入れようとした。

 竜が亜季の手を強く掴み、その動作を邪魔した。

「どうしたんだよ。竜さん」亜季は、手を掴まれたままだ。

「やっぱり食べる。亜季が作った食べ物だと、今はっきり知ったから」

「でも」

「食べられない訳じゃない」

「まずいってことだよね? しかも、すーごく」

「食べられない訳じゃない。亜季が作った物なら食べたい」

 竜は意見が通るまで、亜季の手を離さない気でいた。

「お腹壊さないかなぁ……。じゃ、あたしと半分こしよう」

「半分こ」


 誰も来ない一室で、栗色の髪の人間と赤い髪の竜は、食べ物を分け合った。 

 物陰で食べた。彼女達の前では夕方の光が、窓から強く差し込んでいた。その光で、宙に漂う埃が白く輝き、床に降りていた。

 竜はこの頃、人間の振る舞いをするのに慣れていなかった。人に変わる術を身に付けたばかりだったので、表情や話し方に、抑揚がつけられなかった。

 感情は強く抑揚していたが、それをどう表現すればいいのか。人間らしく見えるのか。竜はよくわからないでいた。


 竜はまずいと感じる物を食べながら、目の前の亜季を観察した。美味しそうに食べ物を頬張っている。

(表情や話し方は、この子供を真似ればいいだろうか)

「竜さんの食べ物って、何」

 亜季は竜の食事を見守りながら、首を横に傾げた。

「ここにはいない獣。動かなければ食事も少なくて済む。亜季は心配しないでいい」

 竜は無表情で答える。

「ここの壁に小さな獣がいるのを見つけた。あれを食べてもいい」

「それって鼠さんかな?」

 亜季は背後の壁を、こつこつと叩いた。

「……ね、人間は食べるの?」

「食べたくないけど食べられない訳じゃない。多分おにぎりより、美味しい」

「おにぎり、本当にまずいんだね」

 竜の代わりに亜季が、まずい物を食べている顔になった。

「鼠さんで足りなかったら、あたしを食べても……ごめん嫌だ! そんなことできないっ」

「亜季は絶対に食べない。そんなことできない」

 竜と亜季は、互いに何度もかぶりを振った。

 食べ終えると、亜季が竜に茶を勧めた。竜は茶を一口だけ飲み、あとは亜季に渡した。竜にとって初めて飲んだ茶は、まずかった。

「竜さん。やっぱり竜さんの仲間は、見つからない?」

「見つからない」

「そっか。じゃあさ、まずはあたしが仲間になったら、駄目かなぁ」

「……?」

 亜季は昨日、竜に出会った時のように、顔を輝かせていた。

「あたし竜さんの仲間に……友達に、なりたいんだ」

「……友達……」

 無表情だった竜が、亜季と同じように顔を輝かせていく。その動作は、自然に出来た。

「なる……っ。わたし、亜季の友達になる!」

「やった! あたし竜さんの友達だっ!」亜季が竜の手を取り、その場を跳ねて喜んだ。

 竜は嬉しかった。人間と親しくなりたいという、願いが叶った。

 別の願いも叶うだろうか。

「亜季を抱きしめたい」

「いいけど。なんで」

「竜の体ではできないことがしたい」

「うー。竜さんは竜さんのまま、あたしを抱っこするということは……」

 また亜季が、うんうんと悩み出した。

 そして言葉を呑み込んだ後で「そっか!」と。亜季から竜を抱きしめた。

 竜は亜季と同じように顔をほころばせて、抱きしめ返した。懐の少女は小さくて、昨日渡された毛布より暖かかった。

「亜季、大好き」

「わ。あたしも大好きだよ。……そうだ竜さん、そろそろ名前を教えてよ」

「名前は無い」

「ええ?」

 亜季はまた、竜の為に頭を抱えた。


「じゃあ『さき』。竜さんはこれから、さきちゃん! ……あたしがなりたかった名前なんだけど、どうかな? 字が一個、違うだけなんだけどさ」

 そう名付けられた時を、いつまでも覚えていた。

『亜季』とよく似た名前は竜にとって、一生の宝物になった。

第六章(終)

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