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掌にかかる虹  作者: 繭美
第五章 誕生石の精霊
16/47

屈託のない

「白銀色の、霧が見える」

 少女が呟いて崩れる。

 彗星が音もなく空から落ちてくる。白い光が瞬き、世界が変わる。


 魔法陣の中の装飾品が灰へと変わると、亜季はまた倒れ込んだ。

 ヤハブが用意した円形の鏡面に、ルカナーディの風景が薄く映り出し。

 亜季が掌を動かした、その後で。消えた国が少しだけ還ってきた。


 三度目の術で戻ってきたのは、町の一部と、そこで生活していた人間だった。

 予想以上の結果に、一同は感動より先に、驚愕を覚えた。誰の体もすぐに動かなかった。

 術を使ったファウラは驚きから覚めた後、まずベールを被り、顔を隠した。

 町の人間は皆「ただ生活していた」と、答えていた。


   ◇◇◇

 亜季とみのりとファウラ。そしてサキ。

 この四名は、ルカナーディの会合に参加せず、町へ帰った。

「亜季を普通の娘として扱ってやってほしい」とみのりが頼むので、亜季が町を戻した事実は隠された。

 ルカナーディの森と町は、不意に消えて不意に戻った。そういうことにされた。

 ファウラの存在を隠す為にも、それが都合が良かった。

 ルカナーディの会合に出ない者達は、明け方、近くの町まで歩いた。サキは護衛について、一緒に戻った。


 眠り続けた亜季は、サキが運んだ。

 亜季は安らかな寝顔だったし、寝言まで言っていたので、無理に起こそうとは、誰も思わなかった。

 みのりと亜季が住み込んでいる宿屋の一室で、一同は休憩を取った。

 昼、宿屋に着くと、ファウラは倒れ込むように寝た。

 一晩を外で過ごし、沢山歩いたので、疲れ果てていた。共に歩いたみのりが休憩を挟んでくれたものの、限界だった。

 みのりも眠った。そしてファウラや亜季よりも前に起きた。起きてからはサキと色々な話をした。

 亜季についての話が、多くなった。


   ◇◇◇

「ファウラ、起きて」

 サキの声で、寝台のファウラが目を覚ます。……同じ寝台で寝ている亜季は、まだ起きそうにない。

「ロヅとヤハブが来てるから」

「帰ってきたの?」窓から外を見ると、宵闇の前だった。

 軽く身を整えてベールを被った後、ファウラが部屋の扉を開けた。

「早かったのですね。会合、もう少しかかるかと」

「メジストが自分一人の方がごまかせるって言うもんで、なぁ」とヤハブ。

「途中で抜けてきた。ファウラの今後も、話しておかないとな」

「今後……」

 ファウラが身構えた。術は目論見以上に成功したが、未来を聞くのは勇気がいた。


 ヤハブがロヅより前に出た。

「まずは再確認だ。王家に戻りたいって気持ちは、無いんだな?」

「……はい」

 ファウラは本心から答えた。生まれてすぐに己を殺そうとした親とは、血の繋がりさえ煩わしいと、思っていた。

「なら、とりあえず今後も同じように隠れていてくれ。ロヅには引き続き守らせる。おそらく王宮が戻らないと、テムサ様の弟子達も戻らない。テムサ様の弟子達が帰ってきたら、最終的な今後は決める」

「はい」

「それと万が一、誰かに素性を聞かれたら。ファウラ・デクタブルと名乗れ」

「え?」

 ファウラが驚いて、ベールの中からヤハブの顔を、まじまじと見た。早朝の森で初めて会ったときよりも、澄んだ印象に思えた。

「あまり顔も、人に見せてないんだろう?」

 ファウラがはい、と返事をした。自分の顔立ちは現王妃を彷彿させるものだと、彼女は知っていた。

「じゃあ賢者テムサ様の、一人娘ってことにしとけ。ファウラはあの御方と雰囲気がそっくりだから、納得されるだろう。テムサ様の故郷に預けられていたのを、俺達が協力に迎えた。これでいい」

「お婆様は未婚ですが」

「だから『未婚で年老いてからの娘なんて、隠すだろうな』と周囲が察……」

「ヤハブ、それ以上話すとややこしそうだから。黙ってくれ」

 ファウラの表情を見て、ロヅが話を遮った。彼女は『未婚の娘』がわからないらしく、顔をしかめていた。

「まあ名字と素性を用意すれば、少しは楽だってことだ」

 ヤハブが笑顔で言い、ファウラに手を差し伸べた。

「王家には背けない。城内暮らしの俺がファウラに存分に会えるのは、多分……城が消えている今だけだ。だから今の内だけ、仲良くしとこうな」

 ファウラは一度ロヅを見やり、それから気恥ずかしそうに、好意の握手に応じた。

 ヤハブは「別の宿で休む」と、その場を去った。


「嬉しそうだね」

 部屋に戻ると、みのりが起きていた。寝台に座る彼は、穏やかな表情だ。

「はいっ」

 笑顔のファウラが、声を弾ませた。

「お婆様の姓を名乗って良いと、言われました。ファウラって名前も、お婆様から頂いたものだったのに!」

「良かったね!」

 サキがファウラを抱きしめた。二人がはしゃぐ横をロヅが通り過ぎ、みのりの隣に座った。

「喜んでるなぁ」

「……この辺りの地では、他よりも名前に強い意味を持たせるからな。ファウラにとって、新しい形見なんだろ」

 ロヅが軽く笑う。そして彼は、寝台で寝続ける亜季に気がついた。

「まだ起きないのか?」

「一回も」

 周囲の全員が、一人眠っている亜季へと、視線を集中させた。


「今はぐっすり眠っているだけだよ。亜季、きっと疲れたんだね」

 サキはファウラを抱きしめたままで言った。亜季をずっと見ていたので、今は心配しないでいいと、わかっていた。

「人を助けたかったみたいだ。……ルカナーディの人達やファウラを。ルカナーディの人達の中では特に――昔、一晩だけ世話になった子と、その家族を気にかけてたよ」

 みのりの言葉に、サキとファウラが顔を見合わせた。

 それから二人は、みのりの隣にいるロヅを見た。眉をひそめて、亜季の寝顔を見ている。

「ロヅ。私が聞いた話と違うようですが」

「なんで? なんで?」

 ファウラとサキの両者が、ロヅに詰め寄っていく。

「私には亜季のことを『友達だった』とも、言いましたよね」

「うるさい」

 ロヅがファウラから顔を背ける。そして亜季を横目で見て、小さく言った。

「……まあ、亜季だから、ファウラと会わせてみたんだ」


   ◇◇◇

(楽しい夢を見ていた気がする)

 亜季は起きてすぐ、そう思った。彼女が目覚めたのは夜だった。壁に付いた燭台が部屋を照らしていて、窓からは月明かりが注がれている。

 夢心地で身を起こした亜季は、まず空腹を感じた。

「……お腹が空いた」

「そりゃ、丸一日以上食べてないものな」

「うわ」

 独り言に相槌を打たれたので、亜季が驚いた。仄暗くて気づかなかったが、寝台の側にみのりがいた。

「ほら」

 椅子に座ったみのりが、用意していたらしい果物を一つ、亜季に差し出した。

「……ありがとう」亜季は両手を揃えて、熟した果物を受け取った。

 続いてサキが、後ろから亜季を抱きしめた。

「おはよう亜季。怖い夢は見なかった?」

「あ、うん。二人ともおはよう。夜だけど」

「やったー」サキとみのりが、にこやかに同じ言葉を言った。特にみのりが、よく笑っていた。

 亜季は渡された果物を食べることにした。サキを背中にくっつけたまま寝台から降りて、みのりの側に立つ。

「国は戻ったの?」

「無事にばっちり。会合は多分、続行中」みのりが笑顔で答える。

「良かった。……あのね。元の世界への穴が広がっていたのを、夢で見てきた。きっと、ルカナーディが元通りになったら、あたし達も帰れるよ」

「そうか。ありがとう」

 亜季が一口、果物にかじりついた。ほどよい酸味が口に広がっていく。果汁が口にある間、亜季はみのりの笑顔を見ていた。

 一口目を飲み込んだ後で、こう聞いた。

「みのり。……どうしてそんなに笑ってるの?」

「んー」

 みのりは笑顔のまま、言葉を探った。

「大変な時でも、喜ばしいことはあるものだなって。な、さっちゃん」

「……サキは亜季に謝らなきゃ駄目。余計な心配をかけちゃった」

 サキはしゅんとなった。

 亜季は果物をもう一口食べた後で、話の続きをみのりにねだった。


「ロヅが教えてくれたよ。父親のベーナさんと、あと彼のお兄さん夫婦は、国ごと消えてしまったけれど。エルヴァ君は、ずっと無事だって」

「え。本当に!」

 亜季が顔を輝かせて、果物を食べるのも止めた。

「どこから話そうか。……ああ、面白い習慣を教えてくれた。この辺りは、名前の持つ意味が強いらしくて。ルカナーディには望む力によって、名前を変える習慣もあるんだって。ロヅも目指す職業を変える時に、改名したそうだ」

「へえ」

「ロヅは父親と同じ神官を目指すべく、名前を付けられたけど。母親譲りの剣の素質が認められて、方向転換することになったんだって」

「神官さんか」

「ところで亜季、友達から『鈍い』とか言われてない?」

「たまに言われるけど」亜季が眉間にしわを寄せた。「何よ急に」

「たまにか。うん、亜季は鋭い時だってあるよな」

「それより話の続きを」

「あ、ごめん」

 みのりは話を逸らしたことを、極めて軽く詫びた。

「ロヅはそれから、思い出話も聞かせてくれた。子供の頃に森で、年上の迷子を拾ったってさ。一日しか一緒にいなかったらしいけど……その迷子が挨拶もしないで帰ったのが、腹立たしいから根に持って。会えなくても名前だけは、しっかり覚えてたって」

 亜季はどこかで聞いたような話に、胸が痛んだ。

「それでサキとロヅは、話が合って、友達になったんだけどね。……ロヅが亜季と会ってたのは、前の名前の頃だなんて、知らなかったんだよ」

「竜のサキの友達の『亜季』って言うと、そいつだろうと。いい歳してまた迷子になってるのかと、忙しくても気になって、会いに行ったけれど。あまりにも昔と変わってない姿……自分より年下になって現れたから、最初は別人だと思ったらしいよ?」

「……あれ?」

「なのに三人で野宿した時に、亜季が自分との昔話を話すものだから。……別世界から来た人間で、そして思い出の友達だって、納得したらしい。ああ『すぐ話す必要がないから、後回しにしただけだ』ってさ」

「亜季ごめん。この間に来てくれた時よりも、ずーっと時間が経っているの。サキの姿は変わってないから、説明しなきゃわからなかったんだよね」

「さっちゃん。あたし、ヤハブさんにも前に会ってる?」

「うん。ヤハブは森に来てたから。二回、会ってるよ」 

「……エルヴァ君はもう、国から一人で外に出るぐらいに大人?」

「そう。前回は子供の自分といたような、亜季だし。嘘みたいな話は俺より慣れてるだろ」

 話を呑み込もうと必死な亜季に対し、みのりは満面の笑みだった。

「……そして、あたしは根に持たれていたのか……」

 ほどよく感じた果物の酸味が、口の中で苦くなってゆく。亜季はそれを強く感じて、うなだれた。

「挨拶して帰った方が、良かったのね」

「やーい鈍感。薄情者」

 みのりは、本当に楽しそうだった。


 亜季は大急ぎで『エルヴァ』という名前だった人物に、会いに向かった。

 今日は同じ宿屋に泊まっている。早る気持ちが抑えられず、廊下を走った。

(無事で良かった、じゃ駄目だ……家族は無事じゃないんだし)

 亜季は、彼にかける言葉を考えた。

 冗談を言う余裕がない、と話していた彼に対して。

 間抜けなことを言ってしまいそうだけれど……もう、その方が良いだろう。

 部屋の扉をノックすると、少女がまず、笑顔で亜季を迎えた。

 目的の青年は表情が無い顔で、壁にもたれて立っていた。

 亜季は息を切らせながら、言葉を紡いだ。

「ひ、久しぶり……。それから前は黙って帰っちゃってごめん。本当に、ごめん!」

 両手を合わせ、亜季は彼に頭を下げた。


 そんな様子を見たせいか。もう家族も故郷も帰ってくるだろうと、希望が出たからか。

 ようやくロヅが、以前のような笑顔を、亜季に見せた。

第五章(終)

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