表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
掌にかかる虹  作者: 繭美
第五章 誕生石の精霊
14/47

黄昏と宵闇

 亜季達は、町の端にある宿屋へと案内された。

 場所のせいか宿泊客が少ないようで、建物内の活気も薄い。

 二階への階段を上がった所で、ロヅが二人に用件を話した。

「お前達にどうしても会いたいって奴がいてな。今は、部屋で待っている」

 ロヅが視線で、角の部屋を示す。

「だけど、そいつに会ったとは他に漏らすな。それからお前達からは、そいつに何も聞くな。これが守れないなら」

 ロヅが潜めた声で話し、亜季達を強く睨みつけた。

「すぐに帰れ」

「……どうして」亜季が尋ねる。

「そういう類を聞くのも禁止だ。……今の会話も他に話すようなら、ただじゃ置かない」

 言い放ったロヅの表情は、これまで見せていたものと違い、冷淡だった。

「サキがいない日を選んだのは、警告の邪魔がされたくなかったからだ。わかったな?」

 二人は奇妙な約束を守ることにした。


 亜季達は角の部屋に入った。ロヅが扉をすばやく閉め、中から鍵をかける。部屋には寝台の他に、四角い机と椅子があった。

 そして月明かりが差す窓辺に、深くベールを被った、小柄な人物が立っていた。

 顔半分は隠れているが、ベールに隠れていない細い首元や、体の曲線から、若い娘であると窺えた。

 その人物は鍵の音に反応し、すぐに亜季達を見た。

「………」

 人物が無言で一歩、後ずさる。

 亜季が前に出ると、彼女はもう一歩、後ろに下がった。

 そして突然、亜季達の後ろに立つ、ロヅへと走り寄った。彼の背中へと、姿を隠した。

 ロヅの腕にしがみついた指先だけが、亜季達から見えている。小さな指先は震えていた。

 ロヅは後ろを見たが、彼女がさらに身を縮ませたので、また亜季達と向かい合った。

 兄妹だろうかと亜季は考えたが、約束した手前、何も聞かなかった。


 亜季はおどおどと、ロヅに向かって言った。

「あの、その、出直しましょうか。あたしが怖がらせちゃったし」

「何も聞くなと」

「今の言葉はロヅに対してだ。亜季は約束を守ってるよ?」みのりが口を挟んだ。

「……いや、もう少し物怖じしろよ」ロヅが、呆れ顔になった。

 そんなやりとりをしていると。

 隠れた彼女がロヅの背中から、こちらを覗いてきていた。少しベールをあげていたので、金色の瞳が、亜季達に見えた。

「二人とも、あと二、三歩、近づいてくれ」

 ロヅに従うと、隠れた人物がゆっくりと、片手を伸ばしてきた。

 そしてまず、亜季の手に触れた。手の甲、指、掌と。何かを確かめるように、彼女はそっと触れてきた。みのりにも、同じことをした。

 触れ終えると、ロヅの袖を引いた。身を屈めた彼に背伸びをして、何かを耳打ちした。

「いいのか」ロヅが聞き返すと、娘はこくりと頷いた。


 ロヅは、再び亜季達に頼みごとをした。

「また明日に来い。ただし明日は夕暮れ時に」と。


 翌日の夕暮れ。空が橙色に覆われ、端から青紫色が近づいている時刻。

 亜季達は再び、ロヅがいる宿屋へと訪れた。

 ベールの人物は、昨日より柔らかい態度を見せた。部屋に入る亜季とみのりを、会釈して出迎えた。

「こんばんは」と挨拶をすると、彼女は話さないものの、口に笑みを浮かべた。

 それから手の動作だけで、亜季達に椅子を勧める。椅子の前の机には、いくつかの装飾品が積まれていた。

 装飾品にはどれも宝石がついている。宝石は無色・緑・赤・橙・黒と、様々な色が揃っていた。それぞれが夕日を反射させて、机上できらびやかに、色を重ねている。

 ロヅが宝石を目で示して、言った。

「どれでもいい。宝石に見覚えがあったら、名前を言ってくれ。……それが出来たら、次に話を進める」

「見ただけでわかるかな」みのりが頬杖をついて、装飾品を眺めた。

 亜季は一つの指輪を手に取って、それだけを見つめた。

 亜季が手にした指輪には、真紅色の宝石がついていた。小さな宝石を夕日に透かして、その色を確かめた後で、亜季が宝石の名前を言った。


「ガーネット、かな」

 周囲の人間が、亜季に視線を集中させた。亜季は視線に気がつかないまま、全ての宝石を見やる。そしてさらなる解答を口にした。

「もしかすると……全部、ガーネット」

「全部、違う色だけど」みのりが言った。

「だけど青色だけ無いじゃない」

「……ああ。本当だ」

「ガーネットは、どんな色でもある宝石なんだよ。ただ青色だけ『幻の色』なんて言われてて……青いガーネットは、マダガスカル島でしか見つかってないから、すごく珍しいの」

「よく知ってるな」

「たまたまだよ。ガーネットは一月や水瓶座の……あたしの誕生石だから。今言ったことも本で知っただけ。だから全部ってのは、あてずっぽうだけれど」

 亜季はもう一度、手にした指輪の宝石を見た。

「でもこの紅いのは、ガーネットで合ってると思う」

「――お詳しいんですね」と。

 亜季の前にいた人物がベールを脱いだ。


 無言を通していたのは、利発そうな少女だった。

 亜季達より年下か、又は、同じ年齢ぐらいに見える。あらわになった髪は金褐色。それは腰まで長く、結わずに下に垂らされている。

 瞳は丁度、亜季が手にしている宝石と同じ、深い真紅色だ。

「ええ、全て同じ宝石です。……青い色は見たことがありません。貴女の世界にはあるのですね」

 少女が声を弾ませ、亜季達に微笑みかける。

「口を利くのを許して下さいますか? 救世主と、その御友人」

 容姿より大人びた少女の口調と、変わった呼ばれ方をされたことに、亜季は戸惑った。

「救世主って」

「貴女様はルカナーディを戻したのでしょう」

「えっと、ごめん。それは嫌だ。救世主はよして」

「そうですか」

「亜季でいい。呼び捨てにしてっ」

 亜季が恥ずかしそうに言って、指輪を少女に返した。少女は指輪を大事そうに手で包み、机の上に戻した。

 それから亜季とみのりに向かい、また柔らかく微笑んだ。

「亜季、みのり。では私のことも、ファウラと呼んで下さい」


 ファウラと名乗った少女が、窓へと視線を変えた。

 四角い窓の外では、空が赤紫色へと変化していた。

 上空にいた太陽は、赤く姿を変えて、世界の端へ隠れようとしている。

「そろそろ日没だ」ロヅが言った。

 ファウラは黙って、しばらく夕日を眺めた。

 室内に静寂が続いた後、ファウラが亜季達に視線を戻した。

「ここから先は、どうぞ私の顔をよく見ながら、聞いて下さい。夕暮れ時にお呼びしたのには訳があります」

 亜季達はファウラの顔を見つめた。

「これから何かわかったら、先ほどのように申し出て」

 ファウラの真紅色の瞳が、黄昏の光によって、濃い橙色に見えていた。

「まずは昨日の御無礼をお許し下さい。ルカナーディの話は、当日の晩に戻ってきたサキから聞きました。そしてロヅからも話を聞き、私から貴方達に会うと決めたのですが……。ロヅとサキ以外にまともに誰かに会うのが、本当に、久しぶりだったもので」

 さらに太陽が姿を赤くする。ファウラの瞳は強い光に照らされ、ますます明るく、山吹色とも言える色に輝く。

「怯えてしまって……そのっ……」と。

 ファウラが言葉を詰まらせて下を向き、顔を隠した。昨日と同じように、小刻みに身を震わせている。

 亜季は彼女が心配になり、椅子から立ち上がろうとした。ロヅがそれを片手で制止した。

「放っておけ」

「だけど!」

「こいつが決めたことだ!」彼が叫んだ。

 外の太陽は完全に隠れて、宵闇の時間が訪れた。

 俯いた少女は震えたまま、自分を巡るやりとりの後も、顔を上げなかった。いつの間にか両手で、顔を押さえていた。

 全員が無言の時間が、しばらく続いた。ファウラは机に汗を落とした後、顔から両手を離した。

 そしてようやく顔を上げた。

 憔悴している少女の顔には、はっきりとした変化があった。夕日に照らされた瞳の色は、元に戻っていなかった。

 赤い太陽が隠れた、宵闇の時間。

 ファウラの瞳が真紅色から――金色へと、変化していた。

 鈍く光る両の瞳は、夜行性の獣を連想させた。

「……昨日と、同じ色になったね」みのりが呟く。

 ファウラがかすかに微笑みを戻した。

「昨日と、ですか。もう、気づいていたんですね……?」


 日没後に金色になり、日出後に元に戻る瞳。

 この目があるから、あまり表に出られないのだと。

 この目を忌み嫌わないのも「別世界から来た人間」と信じる一手なのだと、ファウラが話した。

 そしてファウラとロヅによって、ルカナーディの消滅について、仮説が話され。

 三度目の依頼が、亜季とみのりに言い渡された。

「次のルカナーディの会合の前日に付き合ってくれ」という依頼だった。


   ◇◇◇

 話は(さかのぼ)る。

 保護者である賢者の死後、隠れ育っていたファウラは、ロヅに連れられて家を出た。

 ファウラが保護者の死後より、明るくなった頃……ロヅは、今回の上司である魔術師のもとに戻る必要があると、彼女に告げた。

 賢者のもとへ向かうよう、ロヅに命じた魔術師の女。

 ルカナーディの裏で暗躍している魔術師で、別大陸の生まれである。彼女は普段は国にいない為、ルカナーディの消滅から逃れていた。

「報告は避けられない」と。

 ロヅは魔術師の女に、ファウラを紹介した。

 紹介は早朝、森で行われた。その場にはなぜか、ロヅとファウラと魔術師の女以外に、もう一人、男がいた。

 ファウラにとって会う人間が増えることは、避けたい恐怖だった。


「信用ならん」

 ファウラが在席を聞いてなかった男の、第一声だった。

 大柄でやや肥満体型の、中年の男。名はヤハブといった。

 神官業を務める男だが、今は職服である法衣を着ていない。品の無い口調も手伝って、傍目からは彼の職業はわからない。茶色の髪は白いものが混じり、赤茶色の瞳には濁りがある。

「不吉の兆しじゃないか。その瞳は」彼が険しい声で言った。

 ロヅは黙っていた。

「こいつが国を滅ぼした可能性を、ロヅはなぜ考えない?」

「そのようなことは」ファウラがかぶりを振る。

「死産と国に伝えられた第二王女よ。王家が憎くないと、言えるのか」

「……国の消滅と、私は、関係ありません!」

 ファウラが強く返す。そして鋭い視線で、ヤハブを睨み上げた。

「真実はどうあれ、こいつは王族を憎んでいる。……今、顔に出た」

「反逆者に、なりかねないと?」

 二人を見ていたロヅが、口を開いた。

「そうだ。信頼してほしくば証拠を持ってこい」

 ファウラは話の間、ヤハブを冷淡に睨み続けていた。


「日没と明け方に変化する瞳ね」

 煙管を咥えていた、若い魔術師の女が言った。

 魔術師の女は、顔と爪には隙のない化粧をしているが、他は飾り気が少ない。装飾品は髪留めのみで、暗い色の衣服と膝上まで隠れる外衣を着用している。

 そして女は亜種族で、この大陸の人間より寿命が長く、扱う魔術も異なった。外見は耳だけが違った。彼女の先端が尖った耳は、白に近い金髪から出ている。

「月の加護を受けた証で、言い伝えによれば不吉の兆し。……恐れと羨望から広まった、迷信の可能性もあるけれど」

 魔術師の女が、気丈に構えるファウラに近づく。女にしては長身な彼女に対しても、小柄なファウラは、見上げる姿勢になる。

 女の深緑の瞳が、ファウラの真紅色の瞳を捕らえた。

「両目をえぐれば、ずっと表で暮らせるんじゃない?」

 女の言葉に、ファウラが一瞬で畏縮した。

「メジスト」女の名前を呼び、ロヅが両者の間に入った。

「その方法では、この御方の無事を守るとは言いがたい」

「……冗談よ。魔力が強いのに不当な扱い。そんな娘に、ひどいことしないわ」

 魔術師の女が可笑しそうに笑った。

 そして火が付いた煙管を持ったまま、ファウラの足元にひざまずいた。

「では姫君。これから私も貴女の無事を守るようにいたします。今はルカナーディについて一同、全力を尽くしている所です。貴女の今後とも関わりますので、お待ち下さいませ」

 丁寧な言葉も、姫君という呼ばれ方も、ファウラは好ましく思わなかった。

 女はその場を去ろうと煙管の火を消した。去り際、ロヅに「サキをよこすわ」と言った。

 それでファウラの紹介の場は解散した。


「大丈夫でしたか?」

 ファウラの手をうやうやしく取り、ロヅが声をかけた。彼の背中ごしに、女に続いて大柄の男が去る姿が見える。

「メジストは、ああして人をからかう癖があるので」

「ロヅ! 私は国の消滅とは……」

「存じております」

 そのまま手を引き、ロヅは二人が去った方向と逆方向に、歩き出した。やや早足で、足元の枝を踏む音は荒々しい。

「どうして二人に、私のことを話す必要が?」

「……やってくれたな。おい」

 人目が付かなくなった場所で、ロヅが乱暴に、ファウラから手を離した。

「信頼を得なきゃいけないのは当然だ。なのにあんな顔までしやがって」

「だけど」

「言い訳なら聞かない」より厳しい声色に変わる。

 叱られていると把握したファウラは、手を後ろで組み、口を結んだ。

「ファウラにはより多くの協力者が必要なんだ。大人しく、俺と国が消えた原因を探れ」

「……はい」

「あとな」ロヅが小さく溜息をついた。


「メジストはごまかせないから。ヤハブは信用しているから話したんだ。わかったな?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ