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掌にかかる虹  作者: 繭美
第四章 掌からの道しるべ
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異様

 別世界から来たと説明された、少女と少年が訪れる前に。

 ロヅは先に、故郷ルカナーディの跡地へと着いていた。


 荒野となった故郷を見るのは気分が悪い。消滅してから季節を二つ巡った今でも、彼の気持ちは慣れなかった。この辺りには森があった筈だと、早朝に残る星から考え、唇を噛んだ。

 闇雲に動いてるなと、一人になって思う。

 故郷が無くなり、残った誰もが真相を掴めないまま、時が過ぎていた。

 焦りから、今日はルカナーディの名前が出ただけで、ここまで駆けつけてしまった。

 あの少女達の故郷への道しるべが、ルカナーディに出たからといって、手がかりを掴めるだろうか。

(いや……闇雲でも動かないと、今の状況は打ち破れない)

 迷いを振り切り、ロヅは荒野を見つめながら、他の者が来るのを待った。


 やがて上空から朱い竜が降りてきて、少年少女を背から降ろした。

 歩み寄ってくる彼らは、少し様子が変だった。

「そいつ、どうした?」

 少女の方、亜季を見やり、ロヅが尋ねる。

 亜季は真下に俯き、片手で頭を抱えていた。足元がおぼつかない。

 肩には獣毛の毛布を掛けていた。空を飛ぶ時に寒いから使用したのだろう。

「さっちゃんに酔ったのかと思ったんだけど、違うみたいで」

 少年のみのりは、亜季から目を離さずにいた。

「気分が悪いのかな」

「違うよ。みのり」亜季が顔を上げた。

 彼女は生気が薄い、呆けた表情をしていた。表情にそぐわない明快な声で、こう言った。

「霧が濃くて、前が見えないの」


 誰も、亜季の言葉を理解できなかった。

 天候は晴れている。広い荒野を覆う湿気など出ていない。

 だが彼女は、霧が濃いと言った。

「一体、何を」ロヅが聞く。

「霧でよく見えないから。だから、足元だけでも見ておかないと、怖くて」

「そうだ。こっちに掴まって」みのりが亜季に、肩を差し出した。

「はぐれるといけないから」

「助かるよ。……本当に全然、前が、見えなくて」

 言葉に従い、亜季はみのりの肩に手を置いた。

「お前も霧を見てるのか?」

 ロヅが尋ねると、みのりは無言で首を横に振った。ただ彼女に合わせて、言葉を選んだだけらしい。

 霧を見ているのは、やはり亜季だけだ。

 ロヅは、何か術を使う者が近くにいるのかと、剣を抜いた。


「構えなくていい」すぐに声がした。

 振り返ると、人間に化けたサキが、側に来ていた。

「周りには誰もいない。亜季がどうしたかはわからないけど、亜季に剣は向けないで」

 サキが凛とした調子で言い放つ。

「ロヅ。その剣で、見えないものを見てよ」

「……わかった」

 この荒野でも、何度も使った方法を試みる。

 聖水を用い、刃面を鏡面に変えて不可視の物を覗く方法。

 いつ使用してもここで映るのは、肉眼で見るのと同じ風景だった。

 今回もそうだった。剣に映っていたのは寒々しい荒野だ。

「変化が無い」と、ロヅ。

「見続けて! サキだって、何が起こってるかわからないんだから!」

 叫び、サキが亜季のもとに走った。


 亜季はなぜか、足取りを重くしていった。そうしていよいよ、動きを止めた。

「亜季。大丈夫じゃないと、嫌だよ。亜季」

 サキが揺さぶっても、掛けていた毛布が落ちても、亜季は何の反応も示さない。表情も先ほどから変わらない。

 目が虚ろな、人形のようになっていた。

 ロヅは亜季を気にしながらも、剣を見続けた。そして刃面に一瞬、彗星のような光が横切ったのを見た。

「あ」その時だけ、固まっていた少女が一言、放った。

 呟いた後で彼女は、ゆっくり両手を揃えて体の前に出していき――それから。

 その細い体を、がくりと崩した。

「……亜季っ!」冷静だったみのりが、声を荒げた。

 そして亜季の体を支える。仕方なしに、彼女を地面に横たわらせていた。


 それから、ロヅにとって信じられないことが起こった。

 剣に、鈍くではあるが、樹木が映ってきていた。かつてここに存在した、ルカナーディの森のものだ。

 肉眼ではまだ、荒野しか見えていない。

 ただならぬ予兆に、ロヅは刃面を見るのをやめ、代わりに亜季を凝視した。


 見慣れぬ異国の服を着た、短髪の、か細い少女。

 体を崩して横たわったのに、先ほどに揃えた両手はそのままの形だ。眠っている訳じゃない。虚ろではあるが、目は開いている。宙を見つめている。

(……別世界の人間?)

 不可視の物を見る魔術には、聖水が必要なように。魔法陣を書かないと結界が張れないように。人は、魔術を媒体や代償なしでは行えない。

 なのにこの少女は、呪文も唱えず、その身だけで何かを始める気だ。

 確かに少女は別世界から来た――異様の者だと、ロヅは悟った。


 倒れた少女がさらに高く、揃えた両手を掲げた。

 上空が一瞬光ったのを、少女以外の誰もが見た。


   ◇◇◇

 亜季は夢を見ていた。


 陽の下で(まぶた)を閉じた時のような、薄暗い闇が、彼女を包んでいた。そこで亜季は夢特有の、霞がかった思考に入る。

(ここはどこだろう)

 薄暗く何も無い中で、声が聞こえてきた。ざわめき声。

(何?)

 ざわめきの出所を探そうと、亜季は辺りを見回した。

 そして闇の中に並ぶ、二つの点滅を見つけた。

 星のようだと思った。

 その点滅へと歩いてみる。三歩目ですぐ点滅の側に来た。

 亜季が星だと思ったものは、穴だった。


 両手で円を作った時くらいの、小さい二つの穴。

 一つの穴からは、青色の空が。

 もう一つの穴からは、青緑色の空が見えている。


(……ざわめきは、どっちからだったのかな?)

 もうざわめきは聞こえなかった。正体を探ろうと、亜季は青い穴を覗いた。

 青い空の他に、電信柱の電線が見えた。

(そうだ。こっちが元の世界。帰ろうとしてたんだった)


 ふと、亜季は足首に柔らかな感触を得た。

 見ると一匹の小さな獣が、擦り寄ってきていた。

 昨日見た、半透明の獣だ。闇の中、銀色の毛並みがきらめいている。

 獣はしばらく亜季に懐いていたが、やがて上へと興味を示した。亜季が覗いている穴へ追いつこうと、小さな体を跳ねさせている。


「そっか」

 亜季はしゃがみ込み、小さな獣と向かい合った。獣は亜季と目が合うと、小首を傾げた。

「みのりの携帯電話から、出てきたんだっけ」

 亜季は微笑み、獣の額を撫でた。

 それから掌を揃えて台を作り、獣へと差し出す。獣が亜季の掌に乗った。

 掌の獣を穴の前へと持って行き、亜季は、こう促した。

「この大きさじゃ、あたしは通れないから。良かったらお先にどうぞ」

 半透明の獣は、一度亜季を見て、小さく鳴いた。

 そして青い穴へと飛び込んで行った。


   ◇◇◇

 瞬く間に、彼らの周囲を、白い光が包んだ。

 その場にいた全員が、眩しさに目を閉じた。

 次に彼らが目を開けた時には、風景が変わっていた。


 森林が姿を現していた。

 丁度、亜季が両手を差し出した方向に、森が出現した――先ほどまでは荒野だった場所に。

「ルカナーディの森だ」まず、サキが口を開いた。

「……本当に……?」

 ロヅが声を震わせて、森へと一歩出た。

 固唾を呑み、彼は、風景をただ眺めた。

 森の澄んだ空気が漂ってきている。懐かしい香り。幻ではない。

「滅んでなかった。一角でも、帰ってきた」

 不意にこぼれそうになる笑みを堪え、ロヅはさらに事態を理解すべく、こう言った。

「……どこまで戻ったか、確かめないと。中に人間もいるかもしれない。サキはそいつらの面倒を」

「うん! 任せてっ!」

「頼んだ!」

 サキは両手を振って、駆け出すロヅを見送った。

 亜季はみのりに支えられ、今度こそ眠っているようだった。彼女の安らかな寝息を、その場に残った両名が聞いた。

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