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掌にかかる虹  作者: 繭美
第三章 三度目の世界
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夜の屋根裏

 サキは竜になって、亜季とみのりを乗せて、空を飛んだ。北西に進んだ。

 そして小高い山を越え、賑やかな町が見えた所で、二人を降ろした。

 亜季達に入り口で待つように言うと、人間に変身したサキは、町へ入っていった。


「さっちゃん、まだかな」

 亜季が、腕時計で時間を確認した。

 通りがかる人々が、物珍しげに亜季とみのりを見ている。二人は好奇の視線を浴びつつも、町の入り口でサキを待った。

「根木谷さん。思うんですけれど」地面に三角座りしているみのりがぼやく。

「うん」

「俺達は結構、目立ってます」

「……そうだね」


 目立つ原因は二人の格好だった。

 亜季は自分達が着用している学生服を、改めて見直した。

 男子はブレザーだが女子はセーラー服。共通点はネクタイを飾ることと、紺色の生地を使用していること。

 それからどちらの形状も、この世界に存在しないだろうこと。

「あまり目立つと、恥ずかしいな」

 亜季が運動靴で、足元の石を蹴った。

「目立つだけならいいけど。怪しまれて、牢屋に入れられたりしないかな」

 みのりは上着のポケットにある、携帯電話を見た。

「それ、困るね」

「うん。あまり牢屋に入りたくない」

 亜季は腕時計を、袖に隠した。みのりはポケットに入れたまま、携帯電話の電源を切った。

 好奇の視線に慣れてきた頃、サキが帰ってきて、二人を町に案内した。


 亜季達は、町の市場へと入った。

 様々な食料と人で賑わう市場。亜季は、熟した果実が束で下げてあるのを見て、唾を飲み込んだ。後で買いたいと思った。

「友達に相談したらね、とりあえず連れて来いって。亜季は別世界から来たって、サキが何度言っても、信じてくれないんだけど」

 話が信用されないからか、サキが頬を膨らませた。サキは案内を買っているにも関わらず、亜季の腕にしがみついて離れない。

「でも帰る国が見つからないって点は、心配してくれたの。……あの子もそうだからね」

「え?」

「あ、おーい」

 サキが亜季から離れ、前に走り出した。


 サキは賑やかな通りから外れ、薄暗い広場に入っていった。そこにも行商人がいたが彼らは食料以外の物――薬や、動物の血や骨を、地面に座って売っている。

 サキが走っていく方には、一人の、剣を携えた青年が立っていた。

 日焼けした服を着た、黒髪の青年。落ち着いた色の布を頭に巻いて、後頭部の髪を押さえている。年齢は亜季達より少し上のようだ。

 青年は壁にもたれながら、走ってくるサキを、煩わしそうに見ていた。

「ロヅだよっ」と、サキ。

 サキはすぐさま青年の腕へと、擦り寄った。

「紹介なんていいから。ちゃんと話してきたか」

「何だっけ」

「……もういい」

 青年が亜季とみのりに向かい合う。

「何か、お前達の国の物を出してくれ。特徴があって、壊して良い物」

「はい?」

「道しるべを出してやる。早くしろ」

 淡々とした彼の調子に、亜季は戸惑ったが、みのりはすぐに応じた。

 青年へと、電源を切った携帯電話を、差し出していた。


「それ壊して良いの?」亜季が口を挟む。

 携帯電話なんて出したら目立つのではと、心配もした。

「……でも特徴あるのって言ったら、これが一番だし。帰る為なら」

 青年は怪訝そうに携帯電話を受け取った。そしてすぐさま、腕にしがみついているサキへと渡した。

「一応お前が調べろ」

 サキは物珍しげに、携帯電話を触っていた。液晶画面に映った自分の顔を見たり、太陽にかざして、反射を楽しんだりした。

「ロヅ、これ面白いよ!」

「害が無いようなら、そこの魔術師に渡せ」

 青年のロヅが少し向こうを指した。そこには黒い布を被った老人の男が、壁を背に座っていた。男の前には魔法陣があった。

 サキはロヅにも携帯電話を触るよう勧めたが、彼は「急いでるんだ」と断った。サキはしぶしぶ、魔術師の男に携帯電話を渡した。

「探知を」ロヅが、男の前に一掴みの硬貨を置いた。

 魔術師の男は、携帯電話を戸惑った顔で見た。次に置かれた硬貨を見て、すばやく懐に仕舞った。そして彼は理解しがたい物を、魔法陣の中央に置いた。

 男が瞳を閉じて、何やら唱え始める。

 そして目を開き、魔法陣の中央の携帯電話に、呼びかけた。

「姿をあげるから出ておいで」

 魔術師の言葉に応じたように、携帯電話から、小さな獣が飛び出てきた。

 半透明の獣。透けた毛並みは、携帯電話と同じ銀色。イタチの姿に近いが、耳は兎のように長い。その半透明の小柄な獣は、しばらく魔術師の周りを回っていた。


「貴方、自分の国へと還りなさい」

 魔術師が囁くと、獣は光の玉となって、空高く飛んだ。獣が飛んだ跡は光の筋となり、空に輝いている。

 ふと亜季が魔法陣を見れば、携帯電話は無くなっていた。携帯電話のあった中央には、灰が積もっている。

「東南の方角に還りましたよ。……あの国の、跡地ですかな」魔術師が言った。

 ロヅは眉間にしわを寄せて、光の筋を見ていた。

「精霊がどこに降りたか、空から見てこよっか?」サキがロヅの顔を覗く。

「頼む」ロヅが光の筋を見つめたまま言った。

 そして亜季達へと視線を移す。彼にとっても学生服は珍しいようで、しばらく二人を無言で見ていた。

 それから亜季の正面に、歩み寄った。


「サキがよく話していた『亜季』ってのは、お前か」

「えっと、はい。あたしが亜季です」

 亜季は少し上向いて、ロヅと視線を合わせた。サキが満足げに様子を見ている。

「迷い人の上に、金も持ってないんだよな」

「そっ……そうですね」亜季は言われて気がついた。

「家事、できるか?」

「はい?」

「だから家事」

「苦手では無いかな」

「料理は大得意だろ。毎日、家族全員の弁当を作っているんだから」みのりが横から言った。

「なら今晩は宿屋の倉庫にでも、寝かせてもらえ。金の代わりに働いてな」

「はぁ」

 ロヅが亜季達に背を向けて、市場へと歩き出した。

「また明日、会うかもな」

 そう言い残し、剣を持った青年は人混みに消えた。

 亜季は事態に困惑したまま、その方向を見ていた。

「話が唐突で、お礼が言えなかったよ」

 亜季が言うと、サキは「ロヅ、良い子だよね」と笑って返した。


 そして晩。

 亜季達は食堂を兼ねた宿屋でどうにか働き、ささやかな夕飯と、屋根裏部屋にありついた。

 そろそろ寝ようかという時、一度は離れたサキが戻ってきた。

 サキは人の姿でも飛べるらしく、屋根裏の窓を叩いてやってきた。人の姿をした竜は、開かれた窓辺に小さく座った。

「さっちゃん、もっと部屋に入ったら?」

 亜季が促す。サキは首を横に振る。

「話をしに来ただけだから。サキは外で寝るしね」

 そう話す表情は、少し陰っていた。

「明日の朝、道しるべが出た所に行ってみよう。……でね。ロヅも一緒に行くって」

「あの人も?」みのりが返すと。

 サキはますます表情を陰らせた。

「道しるべはやっぱり、ルカナーディの跡地に出ていたの」

 暗い空を背に、サキが語り出した。


 ある日、突然ロヅの国は消えた。サキにとっては時々遊びに行っていた国。

 何者かに滅ぼされたという訳でなく。

 そこにまるで何も無かったように、人々も、城も、町も、全てが消え去った。

 その国が消えた跡の荒野に、今日、亜季とみのりが現れた。

 消えた国の名前はルカナーディ。

 亜季にとっては、約二年前と約十年前に、訪れた国だった。


 話を聞いた亜季がまず、脳裏に浮かべたものは。

 自分に一日、親切にしてくれた少年と、その家族達の顔だった。


   ◇◇◇

『根木谷、眠った?』

「まだ」

『寝つけないか』

「うん」

『交通事故に遭いかけたり、変なのに襲われたり。怖い思いをしたものな』

「うん」

『……根木谷が気にしているのは、消えた国のことかな』

「……うん。あたしは昔、森もお城も見たの。前は、小さな男の子にも会ってね……」


『根木谷の人生ってすごいな』

「人に信じて聞いてもらったのは、これが初めてだよ」

『まあ今いる場所が、場所だから』

「消えた国や人はどうなっているのかな。エルヴァ君達は、無事なのかな」

『………』

「あたし達も、無事に帰れるの、かな?」

『……泣いているのか?』

「泣いてなんか、いない」

『一緒に寝ようか。俺、そっちの寝床に行くよ』

「やだ。来なくていいっ」

『泣いているなら、側に行った方がいいかと思って』

「……泣き顔、見られたくない。来ないで」

『……まあ国のことはまだよくわからないようだし。大丈夫って信じて、明日は跡地に行こう。何か手掛かりを、見つけられるかもしれない』

「ん……」

『無事に帰れるかどうかも、もう、おいておこう。どんなことになっても、その時に二人で考えよう』

「………」

『とりあえず根木谷と俺は、一緒にいよう』

「そっか。一緒だよね」

『そろそろ寝ようか』

「みのり君」

『何』

「あたしのこと、亜季、でいいよ。根木谷って呼び方だと、さっちゃんが混乱してたから」

『根木谷も今、俺をみのり君って呼んだ』

「うわ、まだ戻るみたい。気をつける」

『……明日から、亜季って呼ぶ』

「あと」

『うん』

「車に轢かれる所を助けてくれて、ありがとう。言い忘れててごめん」

『もう、気にしないでいいよ』

「怪我しなかった?」

『大丈夫だよ。おやすみ』

「おやすみ……」

第三章(終)

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