第6話 生存競争
ホブゴブリン。
多くのゲーム作品では、ゴブリンの上位種とされるモンスターである。
ビジュアルとしては、ゴブリンの背丈を高くして筋肉質にした感じだろうか。
目の前にいるやつの服装は、丈夫そうなズボンに革のコートだった。
防具として胸当てを着けている。
腰巻だけのゴブリンとは大違いだ。
なぜゴブリンの巣にホブゴブリンがいるのか。
見たところ、他にはいない。
ただのマッチョなゴブリンでは説明が付かないほどに見た目が異なる。
進化とか突然変異で生まれたのだろうか。
そんなものが起きるのかという話だが、異世界に来たばかりの俺には当然分かるはずもない。
まあ、現実としてここにいるのだから、その辺りの考察に意味なんてないか。
正直どうでもいい。
かなりどうでもいいのだ。
肝心なのはホブゴブリンのサイズである。
椅子に座っているので正確な数値は分からないが、たぶん身長は百七十センチ程度。
人間だった頃の俺と同じくらいだ。
(……行けるんじゃないか?)
この体格なら、街へ行っても極端に目を引くことはない。
緑色の肌や厳つい顔がネックだが、これくらいは衣服で隠せる。
失敗しても大した痛手ではないからチャレンジしてみるべきだろう。
俺が密かにテンションを上げていると、他のゴブリンたちがボロの革袋から兎の死体や果物を取り出して、ホブゴブリンに献上し始める。
どうやら外にいたのは狩りをしていたからで、その成果を報告しているらしい。
俺が操るゴブリンも収穫を持っていたので他に倣って献上した。
「グゴォ……」
ホブゴブリンは最奥の椅子にふんぞり返ったまま収穫を見下ろす。
態度がデカいな。
それに伴って覇気というか威圧感もある。
おそらくこの巣のボスなのだろう。
「ゲエェ、ゲェ、ゲゲッ」
ゴブリンのうち一体がぺらぺらと喋りだした。
狩りに関する諸々の口頭報告だ。
あまり興味がないのでそこは聞き流す。
それよりも何よりもホブゴブリンだ。
今の俺は、眼前のモンスターに釘付けである。
さっそく呼気からウイルスをばら撒いて感染させた。
>症状を発現【馬鹿力Ⅰ】
>症状を発現【鋭爪Ⅰ】
>症状を発現【忍耐Ⅰ】
よしよし、素晴らしいぞ。
有効なスキルが手に入った。
どれも戦闘で役に立ちそうである。
俺はその勢いでホブゴブリンに乗り移った。
視界が切り替わり、背中と尻から石製の椅子の硬い感触が触れる。
目の前に立つのは五体のゴブリン。
俺が乗り移っていたゴブリンだけが、やけにオロオロしていた。
俺が肉体を使っている間の記憶は失われているようだ。
「グゴ……」
俺は軽く手を開いたり閉じたりしながら、首をポキポキと鳴らす。
ふむ、悪くない。
むしろ上々と言える。
人間の時の感覚とかなり近かった。
それに肉体にエネルギーが溢れている。
見かけ倒しというわけではないみたいだね。
これは確実に狼よりも強い。
群れのボスに君臨するだけはあるな。
「ゲェゲェッ! ゲェゲェッ!」
新たな肉体の具合を確かめていると、一体のゴブリンが駆け込んできた。
オーク共が攻め込んで来た、と叫んでいる。
「ゲェ……! グゲゲッ!」
「グゲゲェッ!」
「グゲェ、グゲェッ!」
叫びを聞いて怒り狂う周囲のゴブリンたち。
その様子を見るに、オークとやらとは犬猿の仲なのか。
一度や二度の襲撃では、このようなリアクションにはなるまい。
要するにモンスター同士の縄張り争いということなのかな。
(ちょうどいいね。試してみるか)
俺はこの身体の調子のチェックも兼ねて出陣することにした。
ホブゴブリンがどの程度の肉体性能を有しているのか知っておきたい。
戦いの練習にもなりそうだ。
俺は洞窟の外へと向かう。
「グゴォッ」
「グゲェッ!」
「グゲゲッ!」
ボスである俺が命令すると、ゴブリンたちは威勢よく付いてくる。
ほう、なかなかに頼もしいな。
忠実な奴らばかりで何よりである。
途中、ゴブリンに鋼鉄製の剣を渡された。
これを武器にしろということか。
扱った経験など皆無だが大丈夫かな。
幸いにもホブゴブリンの膂力はなかなかのもので、意外とあっさり持てる。
この分なら振り回すこともできそうだ。
俺の技量次第ということだね。
なるようになれの精神で行くしかない。
(こっちも実験しておくか……)
オークとの戦いに備えて、このウイルス塗れの肉体に【敏捷Ⅰ】【持久力Ⅰ】【器用Ⅰ】【馬鹿力Ⅰ】の四つを発症させる。
瞬時に全身が強化される感覚。
これならば問題なかろう。
ばたばたと右往左往するゴブリンたちの間を抜け、俺は洞窟の外へ出る。
そこには武器を持って集結するゴブリンたちがいた。
彼らが歯を剥いて睨む先には、豚人間とも言うべきモンスターが佇む。
鉄兜を被った豚頭。
でっぷりと太った腹。
全体的にずんぐりむっくりとした体型。
こいつらがオークらしい。
随分と戦い慣れた雰囲気を発している。
きっとあの脂肪の内には、分厚い筋肉が有るに違いない。
立派な戦士の風格を持つモンスターである。
そんなオークが二十体ほどいた。
(結構まずい状況かもしれないな……)
感覚的にオークとゴブリンを比較した場合、個体ごとの戦闘能力は圧倒的に前者の方が高い。
ホブゴブリンがようやく互角くらいじゃないだろうか。
数の上ではゴブリンが勝っているものの、このままでは押し切られて蹂躙されてしまうだろう。
まあ、そのような結末は俺が許さないのだが。
(これぞウイルスの神髄ってやつだね)
俺は周囲のゴブリンたちに仕込んだウイルスを操り、俺と同じラインナップの症状を起動させた。
これだけで戦力差はかなり縮まっただろう。
俺は剣を片手に悠々とゴブリンたちの前に出る。
そしてオークたちに向けて叫んだ。
「グゴッ、グゴォ!」
言葉が通じているか分からないが、ニュアンス的には啖呵を切る感じである。
さりげなく挑発も混ぜていた。
「プギイイィィッ!?」
「プギ、プギィッ!」
「プッギイィッ!」
一斉に激昂するオークたち。
おお、異種族なのに伝わったみたいだ。
ちなみに彼らの叫びもざっくりとした意味だけは理解できる。
まあ、無意味な罵倒や怒りの声なので流しておいた。
「プッギャアアァァッ!」
我慢できなくなったのか、ついに一体のオークが突進してきた。
真っ直ぐに俺へと向かってくる。
腕を引いて構えられた槍。
あれで俺を一突きするつもりらしい。
オークの突進速度はかなりのものだった。
ウイルス感染させても、症状を出す前に攻撃されそうだ。
というか、動きを止めるような症状は残念ながら持ち合わせていない。
もっと集めておかないといけないね。
(仕方ない、自力でやるしかないか)
俺は覚悟を決めて集中する。
放たれた槍の刺突をひらりと躱した。
かなりギリギリだったが無傷だ。
予想以上に上手く動けたのは【敏捷Ⅰ】と【器用Ⅰ】のおかげだろう。
「グゴッ」
俺は剣を頭上に掲げ、力任せに振り下ろした。
鈍色の刃が、突き出されたままだったオークの腕と槍を叩き斬る。
「プギィ、プギィィ! プギイッ!」
肘から先を失ったオークが痛みに狼狽える。
切断面から血が迸っていた。
おっと、なかなかグロい。
ただ、ここで手を止めてしまうのは駄目だ。
隙だらけの今こそ、追撃しなければ。
俺はオークの太腿を切り付けて転ばせて、仰向けになったところで胸に剣を突き立てた。
その肥えた腹を踏んで固定し、しっかり握った柄に体重をかけて剣を深く沈めていく。
「ブピィ、パァッ、ブッ……!?」
オークが喚きながら吐血する。
刺さっていく剣を引き抜こうにも、そのための両手は既にない。
間もなくオークは動かなくなった。
俺はオークから剣を引き抜き、べっとりと付着した血を振り払う。
ぴしゃり、と跳ねた飛沫が頬にかかった。
それを親指で拭い取る。
硬直するオークの面々を眺めて、俺は不敵に微笑んだ。




