第58話 脱出への関門
俺がまず真っ先に目を付けたのは宝物の中の武具だ。
ここまでの道中にて、ほとんど破損してしまったのでちょうどよかった。
せっかくなので拝借しよう。
攻防共に症状を併用すれば割りとどうとでもなるが、装備はあっても損しないからね。
あまり肉体性能ばかりを過信するのもどうかと思うし。
こういう状況だからこそ、油断と慢心は禁物だろう。
吟味した末、俺はやたらと軽い金属の胸甲鎧と無骨な大鉈を選んだ。
鎧は黒銀色の艶のないもので、裏面には複雑な紋様がびっしりと刻み込まれている。
装飾の少ない控えめなデザインがいい。
あまりにも華美だと街でも目立ってしまう。
大鉈は刃渡りが一メートルほどもある戦闘用である。
刃はかなり分厚い。
これなら硬い魔物でも叩き斬ることができそうだ。
耐久度にも期待できる。
魔術的な品なのか、鎧と大鉈からは魔力を感じられた。
価値とかがよく分からないが、結構なレアものじゃないだろうか。
少なくとも街でこういう装備をしている者は見かけなかった。
エレナに訊いたところ、魔法の武具は効果の弱いものでも金貨が飛ぶような値段らしい。
宝物の中には他にもいくつか魔法の武具がある。
全部持って帰りたいけど、生憎と二人では厳しそうだ。
なんとか手段がないか模索しようかな。
(おっと、忘れるところだった……)
俺はフルフェイスタイプの西洋兜を被った。
これで誰かと遭遇してもホブゴブリンだと騒がれずに済む。
今度は壊さないように注意しなければ。
エレナも革と金属で拵えた軽鎧と白銀の片手剣、表面に魔法陣が描かれた丸盾を装備した。
これで生存率はそれなりに上がったろう。
既存の装備はここに置いていくことになった。
使い古した安物なので、彼女に躊躇いはない。
むしろ大幅にグレードアップした装備に舞い上がっている。
あとは瓶入りの魔法薬がダース単位であるのだが、効果が不明なので放置だ。
もしも毒だったりしたら笑えない。
加えて俺とエレナは症状で治癒できるから、回復手段には困っていなかった。
扉の向こうにいる推定ボスクラスの魔物を倒したら持ち帰ろうかな。
(他に準備しておくべきことはないか)
宝の山を見回した俺は、数冊の書物を発見する。
ぱらぱらと流し読みしたところ、どうやらそれは魔術に関する本らしかった。
何やら色々と難しいことが書いてある。
エレナが横から覗き込んできた。
「パラジットさんは、他にも魔術が使えるのですか?」
俺は否定しようとして、ふと思い出す。
数ある症状の中でも、魔術行使に直結しそうな症状があった。
具体的には【影魔術適性Ⅰ】【火魔術適性Ⅰ】【精神魔術適性Ⅰ】【精霊魔術適性Ⅰ】の四つである。
これらを発症させると、対応する魔術の習得難度や性能にプラス補正がかかるようだ。
俺は書物の中から初心者向けっぽい一冊を手に取る。
扉の向こうの存在と戦うにあたって、できるだけ対抗策を増やしておきたかった。
もし魔術が使えるのなら、付け焼き刃でもいいので習得しておきたい。
俺は自分とエレナに魔術適性系の症状を発動させながら書物を読み込む。
別に焦らずともいいので、エレナ持参の水と携帯食を口にしながら勉強した。
「よし、いけるか」
二時間ほどみっちり熟読したところで、俺は顔を上げる。
まだ素人の域は出ないものの、基礎的な知識は頭に叩き込めた。
「ふわぁ……ちょっと眠たくなってきました」
エレナが目をこすりながらふにゃふにゃとした声を出す。
熟読しているうちに睡魔に襲われたらしい。
これから戦うのでなんとか気を引き締めてほしい。
大欠伸をするエレナに苦笑しつつ、俺は書物の内容を振り返る。
まず魔術行使には三種類の方法がある。
一つ目は魔法陣。
効果に合わせた術式を視覚的に構築する方法だ。
転移魔方陣もその一例だね。
適性に左右されにくいのが利点らしい。
欠点として非常に手間がかかる上、魔法陣に不備があれば失敗するそうだ。
二つ目が詠唱。
呪文を唱えることで魔術を起動できる。
この世界で最もポピュラーなもので、魔術師はだいたいこの手法を採用するのだという。
呪文さえ覚えればいいのがメリットと書いてあった。
消費魔力も練度次第で抑えられるらしい。
適性も簡単な魔術を使う分にはあまり関係ないようだ。
そして三つめは想起式だ。
魔力を集め、起こしたい現象をイメージするだけで魔術が発動するらしい。
行使スピードはピカイチで、特別な準備や技術も必要ないのが最大の特徴である。
ただし適性に依存しており、消費魔力も多めとのことだった。
イメージに頼る関係上、性能にムラが出やすいのもデメリットだという。
体系化もできず、使い手は三種類の中で最も少ない傾向にあるそうだ。
人間より魔物が本能的に扱えるパターンの方が多いらしい。
三種類の方法をざっくりと学んだ俺とエレナは、さっそくそれぞれチャレンジしてみる。
結論から述べると、エレナはすべての魔術が使えず、俺は火魔術だけが発動できた。
手から射程二メートルくらいの炎を出せたのである。
もちろん行使方法は三つ目の想起式だ。
他の二つのように準備や技術を要するものはさすがにできなかった。
もっとも、影魔術、精神魔術、精霊魔術については俺でも発動できていない。
上手くイメージできないのもあるが、名称的に特殊なものが多いのでそれも関係あると思う。
唯一、火魔術だけが基本属性っぽいもんね。
イメージもしやすかった。
たぶん工夫次第で炎の玉を投げたりもできそうだ。
さて、準備はこれくらいでいいだろう。
目論む通りに魔術を扱えるようになった。
咄嗟に炎を出せるだけでもそれなりのアドバンテージだろう。
せっかく覚えたのだから、役に立ってくれることを祈る。
「いいか?」
「はい。行きましょう!」
俺はエレナに確認をしてから、ゆっくりと扉を開く。
そこには大きな空間が広がっていた。
天井に埋め込まれた結晶が、部屋全体に光を落としている。
床全面は石畳で統一され、壁と天井は対照的に剥き出しの岩肌だった。
そんな空間の中央に人影が立つ。
ゆっくりとこちらを振り向いたのは、ローブに身を包んだ青髪の美男子だった。




