第46話 救出
(えっ……そ、んな……嘘だろ……?)
俺は呆然とする。
身体に力が入らず、気付けば膝を突いていた。
頭が上手く働かない。
それでも非情な現実は目の前にある。
エレナが、下層へと落ちた。
信じられない。
本当に一瞬の出来事であった。
何か性質の悪い冗談なのかと疑ってしまうほどだ。
されど決して幻なんかではない。
無駄な現実逃避はやめよう。
俺は眼前に出来上がった穴を覗き込む。
連鎖的に崩落したようで、【夜目Ⅱ】を使っても底が見えない。
かなり甚大な被害が出ているな。
各層の断面図がはっきりと望める状態だ。
俺は緊張のあまり生じた吐き気を堪え、壁に手を突いて立ち上がった。
それからゆっくりと呼吸を繰り返して頭を冷やす。
鼓動が治まるのを暫し待った。
こういう時こそ落ち着かなければ。
俺が慌ててどうする。
現状は深刻だが最悪と呼べるものではない。
幸いにもエレナにはウイルスを感染させている。
加えて落下する際、追加の症状を出し惜しみなく発症させた。
身体能力を向上させるものや、魔物を回避するための隠密系、いち早く危険に気付くための感知系の能力など、かなり強力なラインナップだ。
素の状態よりもずっと生存率は高まったはずだろう。
エレナ単独でも、トロールくらいなら倒せるようになっていると思う。
もちろん立ち回り次第だが、それくらいの能力アップは確実だ。
本来なら成長を妨げてしまうのでこういうことはしたくないが、さすがにそうも言っていられない。
エレナが生存するためには必須なのだ。
これでなんとか生き延びてほしい。
無論、ウイルス強化があってもダンジョンの下層が危険なことには変わりない。
エレナは何の情報もないまま落ちたのだ。
すぐに助けに行かねば。
俺は穴に飛び降りた。
慎重に下りる暇もないので、各層の地面に手を引っかけながら乱暴に落下していく。
籠手が破れて出血するが気にしない。
少々の怪我はすぐに治る。
(どこだ……どこにいる?)
目まぐるしく変化する視界に意識を集中させるも、エレナの姿は見当たらない。
よりによって複雑な地形の場所も多く、分岐点も少なくなかった。
ダンジョンは下層へ行くごとに地形的な難度も高くなる傾向らしい。
平常時なら迷路みたいだと喜べそうだが、今は煩わしさしか感じなかった。
とりあえず片っ端から捜索するしかないか。
俺の持つ症状では、どこにいるか分からない個人の場所を突き止めることはできない。
こんなことならもっと能力を集めておけばよかった。
普段、万能ウイルスと己惚れながらこのザマか。
まったく我ながら情けない。
(後悔ばかりしても意味はないな……)
俺は瓦礫の上に半ば激突する形で着地する。
舞い上がる土煙にむせた。
足が少し痺れたがどうでもいい。
身体は症状によって頑丈になっていた。
これくらいの衝撃では痛くも痒くもない。
俺は穴を見上げる。
かなりの高さまで落ちたな。
ざっと数十メートルはありそうだ。
ビル何階分かと換算する程度である。
崩落はこの階層で止まっていた。
(普通なら死んでしまうだろうけど……)
俺は足元の岩を掴み、そばに見えた通路へ放り投げる。
まずは瓦礫の撤去からだ。
生き埋めになっていないかを確認しないといけない。
発症中の【気配感知Ⅰ】に反応はないが念のためである。
遺体が見つかるなんてオチだけは勘弁してほしい。
ある程度まで撤去したところで、俺は【掘削Ⅰ】を駆使して瓦礫の山を掘り進める。
数分ほど捜索したが、結局エレナは見つからなかった。
代わりに崩落に巻き込まれた魔物の死体は出てきたけどね。
素材回収はしないで放置する。
俺は全身に付いた砂を払い落とし、瓦礫の山から這い出た。
(落下した後に移動したのか……)
魔物と遭遇してやむを得ず逃げたのかもしれない。
とにかく、ここは危険だ。
いくらウイルスで強化されたといっても、新米冒険者のエレナがいられる場所ではない。
凶暴な魔物が跋扈していても不思議ではなかろう。
俺自身、この肉体のまま帰還できるか怪しいくらいである。
まあ、最悪の場合は死んでもいい。
肉体のストックは各所にある。
エレナさえ生きて地上まで戻れれば十分だ。
死ねば彼女と別れることになるだろうが、それはそれで構わなかった。
元々、俺の不注意が招いた事態だ。
もう少し警戒して動いていれば防げたであろう。
多かれ少なかれ、責任は負うつもりで考えている。
俺は戦斧を手に瓦礫の山を滑り降りる。
複数に分かれた通路のうち、適当な一本に目星を付けた。
「ごめ、ん……すぐに、助ける、から」
謝罪の言葉を呟きつつ、俺はダンジョンの深部を進み始める。




