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異世界感染 ~憑依チートでパンデミックになった俺~  作者: 結城 からく


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第2話 いと短き鼠生活

 鼠の身体を借りる俺は、深い森の中を慎重に移動していた。

 このちんまりとしたサイズ感のせいで、ただでさえ大きな木々が余計にデカく思える。

 おまけにただの雑草や地面にはみ出た木の根も結構な邪魔になるのだ。


(人間の頃なら不自由なく歩けそうなのになぁ……)


 やや不便ではあるものの、実は悪いことばかりではない。

 意外とすばしっこく動けるのだ。

 小さい身体を活かして狭い隙間を括り抜けることだってできる。

 巨大な森をすいすいと進むのはなかなか面白い。


 ところで適当に散策しているうちに、あることに気が付いた。

 たぶんここは地球ではない。


 時折、見たこともない植物が生えているのだ。

 それだけならまだ俺の知識不足を疑えるものだが、決定的とも言える場面を目撃してしまったのである。


 表面の皺が人間の顔のようになった樹木が、小鳥を枝で捕えて捕食していたのだ。

 さすがにあれはモンスターだろう。

 ここがどこかのテーマパークの園内で、樹木はただの演出のための機械仕掛けという馬鹿げたオチでない限りは地球外と判断していいと思う。


 所謂、異世界というやつだ。

 まずます漫画やら映画っぽい世界になってきたね。

 ここまで超常的な体験が連続しているので、これについては割とすんなりと受け入れることができた。


(異世界転生か……余計にワクワクしてきたな)


 正直、現代の地球でウイルスになっても撲滅される可能性があるので怖かった。

 悪事を働く気はないので、できればウイルスに優しい世界であってほしいものだ。


 さて、鼠の身体に慣れるために動き回る俺だったが、それ以外にも試していることがあった。

 それはウイルスとしての能力の把握だ。


 自分が何ができるかを知っておくのは大事である。

 変なアナウンスも聞こえたし、経緯が経緯だけにただのウイルスではあるまい。

 現時点で既に鼠の身体をコントロールできているのだから、きちんと調べておくに越したことはないだろう。

 人間の頃とはすべてが違う。

 根本的な認識から変えていかなければならなかった。


 そんな俺がまず発見した能力は”ウイルスの視認”である。

 集中するとウイルスを赤い砂のようなものとして見ることができた。

 これが俺の正体なのか。

 改めて考えると不気味だよね。


 この力を利用して鼠の肉体を調べたところ、ウイルスは体内でどんどん増えていた。

 正常な細胞を利用して複製を行っているようだ。

 自分のことでなければ、素直に気持ち悪いと言ってしまうと思う。


「チュウ……」


 おっと、ため息が漏れた。

 肩をすくめるポーズもセットにしたいところだが、残念ながらこの身体では難しそうだ。

 細々とした不便さに嘆きたくなる。


 まあ、それはそれとして。

 二番目の能力は”特性と症状の発動”だ。

 あの妙なアナウンスで述べられていた内容である。


 端的に説明すると、獲得した特殊効果を自由にオンオフできるというものだ。

 感覚的にはゲームのスキルに近い。

 そういう仕様になっているのか、俺の意志一つで簡単に扱える。

 特殊効果は二種類に分類されており、特性は俺というウイルスの性能に関する効果、症状は感染対象にもたらす効果を表しているようだった。


 そして三番目の能力が”ウイルスの操作”となる。

 奇妙なウイルスに転生した俺だが、意識そのものは常に一つで分散はできず、どれだけ増殖しようが人格までは増えなかった。

 さすがにすべてのウイルスの一つひとつに意志があったら笑えない。

 収集がつかなくなることは容易に予想できる。


 では、意識が宿っていない余剰分のウイルスはどうするかと言うと、多少なら動かせるようだった。

 手足のように自由自在にはいかないものの、視界に入っている間はそれなりにコントロールできるらしい。


「チュウゥゥ……」


 俺はゆっくりと息を吐く。

 すると、口から赤い砂粒がぶわっと舞った。

 散布されたウイルスである。


 ウイルスは数秒ほど空中を漂ってから見えなくなった。

 急速にすり減っていく感覚があったので死滅したのだと思う。


 何度か試してみたところ、ウイルス自体はかなり弱いことが分かった。

 宿主がいなければすぐに死んでしまうらしい。

 呼気で散布できる範囲も二メートルが限界といった感じか。

 ただ、発動させる特性と症状を設定してばら撒けるので、利便性はそこまで悪くない印象だった。


(上手く使えば良さそうだな……)


 俺は近くに咲いていた花に目を付けて、【複製Ⅰ】と【感染力Ⅰ】を付与したウイルスを吹き付けた。

 赤い砂粒が花びらに纏わり付き、やがて定着する。

 ウイルスは死滅せず、順調に数を増やし始めた。



>症状を発現【解熱Ⅰ】

>症状を発現【鎮痛Ⅰ】



 新たなスキルが手に入った。

 どうやらウイルスを何かに感染させることによって、対応する特性や症状を獲得できる寸法らしい。

 俺が感染させた花は、たぶん解熱や鎮痛の効果がある薬用植物なのだろう。


 これで俺が体調不良の人にウイルスを忍ばせて、入手したばかりのスキルを発症させれば治療行為になるのだと思う。

 冷静に考えたら意外とすごいぞ。

 ウイルスという単語で悪い病気とかのイメージが浮かびがちだが、使い方によっては医者になれそうだ。


(色んな薬草から症状を取れば、歩く病院になれそうだ……)


 チュウチュウとテンションを上げる俺のそばで、感染した花がそよ風に揺れた。

 花粉に付着したウイルスが空を飛び、別の植物に着地する。

 すぐさま【複製Ⅰ】によって数が増えるも、なぜかあのアナウンスが流れない。


(ひょっとして、特性や症状を獲得できるのは一次感染限定なのか?)


 その後も感染した花からウイルスが飛ぶも、新たにスキルを貰えるようなことはなかった。

 なんとなく感染力が弱まっている感じがする。

 該当機能である特性が【感染力Ⅰ】とあったので、性能的に弱いのかもしれない。

 今度、ⅠがⅡになったりするのだろうか。

 してくれたら嬉しいな。


 とにかく、この分だと生物にまともに感染を広げられるのは二次感染までと考えていい。

 放っておくだけでパンデミックを起こすというのは無理そうだ。

 ちょっと楽ができるかも、と期待していたので残念である。


 他にも感染対象が近くにいれば、自由に症状を変えられることが判明した。

 つまり、ウイルスに関する症状なら急激に悪化させたり、逆に完全な無害にもできる。

 これらが俺の意志一つで実現してしまうという、なかなかに素敵な仕様であった。


(使い方には気を付けよう……いや本当に)


 ウイルスになったことで舞い上がったものの、与えられたのは相当に危険な能力だ。

 俺がその気になれば、凶悪な病気のパンデミックが手軽に起こせてしまう。

 鼠なんてまさに適役だろう。

 病気を運んで広める媒介者ベクターの代表例として挙げられるような生き物なのだから。


(世のため人のため、無理をしない範囲で頑張りたいなぁ)


 そんなことを考えながら歩いていると、周囲が急に暗くなった。

 見れば影が差している。

 獣を連想させる荒い息遣いも聞こえてきた。

 じりじりと鋭い視線も感じる。


「チュチュ……?」


 俺は恐る恐る顔を上げる。


 そこにいたのは、灰色の毛の狼だった。

 ぴんと立った三角の耳に、牙を覗かせる長い口。

 飢えを訴える獰猛な双眸は、しっかりと俺を凝視している。


(あ……もしかしてマズい状況?)


 俺は僅かに後ずさる。

 しかし、鼠の一歩なんて雀の涙ほどしかない。

 目の前の狼にとっては誤差の範囲だろう。


 ぴったりと合ったまま動かない視線。

 耐えかねて動いたのは、俺だった。


「チュチューッ!!」


 俺は踵を返して全力で走る。


 無理だ、絶対に無理だ。

 あんなのに勝てるわけがない。

 ウイルスがあるとはいえ、いくらなんでも不利すぎるだろう。

 何かを発症させる前に食われて終わりだ。


 もっとも、逃走を図ったところで大して意味はなかったらしい。

 頭上から差す影は一向になくならない。

 それどころか、気配がどんどん近付いてくる。


「ガウァッ!」


「チュッ、チュチュッ――ぷジュッ!?」


 全身を噛み砕かれる感覚と共に、俺の視界はブラックアウトした。






「ガウッ!?」


 動揺した様子の低い声。

 どうやら俺が発したものらしい。


 さっきまでと異なり、視点が随分と高くなっている。

 ただし四足歩行は健在だ。


「……ガウ」


 口内からくちゃくちゃと音がする。

 食感から推測するに、毛と生肉が合体したものを咀嚼しているようだった。

 血の臭みと濃い味が鼻を抜けていく。


 心情的には今すぐにでも吐き出したいが、これが意外と悪くない。

 むしろ美味いと感じている自分がいた。


 不思議に思いながら地面に視線を下ろすと、目の前に小さな血痕が残っている。

 さらに細かく言うなら、血に紛れて細い鼠の尻尾のようなものも落ちていた。


 ……ここまで状況が揃っていたら分かるぞ。


 どうやら俺は、食われた鼠から食った狼へと意識が乗り移ったようだ。

 弱肉強食の概念もびっくりの結果である。



>症状を発現【獰猛Ⅰ】

>症状を発現【敏捷Ⅰ】

>症状を発現【持久力Ⅰ】



 俺の意識は宿主が死んでも支障はなく、別の感染体に移動することで普通に活動できるらしい。

 この狼はウイルス塗れの鼠を捕食したせいで感染し、肉体の操縦桿を俺に奪われたというわけだ。


 まあ、なんとなくそういうことが可能な気はしていた。

 宿主を殺しても本体が死なないのは、寄生能力を持つキャラにはありがちな設定だろう。


 とは言え、食い殺されるのは怖かったけどね。

 文字通り死ぬほど痛かったし。

 あまり何度も味わいたいとは思えない。


(ちょっと身体を張った検証だったけど、試した甲斐はあったな)


 この発見は非常に大きい。

 実質、命のストックが無限にあるということだ。

 異世界で生きる上でとんでもないアドバンテージとなるのは間違いない。


 死のリスクを背負わずに済むのだから、多少は大胆な行動だって取れてしまう。

 まったく、どんどん楽しくなってくるな。

 此度の人生――否、ウイルス生は最高なものになりそうだ。


 狼の肉体を乗っ取った俺は、晴れやかな気持ちで移動を再開した。

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