第3話 平和な日は終わりを迎える
ファッキン。異世界。
どうも、水無 来夢です。
やっと、この世界に適応できたかと思えば、新たな無理難題に襲われた、かわいそうな少年です。
「ねねね、冒険者になれて嬉しい?」
口元をニヤニヤさせながら、席を離れ俺に近づいてくる名前も知らぬ女。
「おい、くそ女。どうゆう事だ」
そのうざってぇ女の顔を鷲掴みにし、アイアンクロー。どうせ、貴様がなにかを吹き込んだのだろう。
「い、痛い痛い!?顔掴むのやめて!なんか、出そう弾けそう!?」
このまま陥没させてやろうか。
「乙女の柔肌に傷がついたらどうするつもりなの!?」
「ハッ」
俺の目には乙女(笑)なんて美しい人は見えませんけどねぇ。生意気な女なら見えるがな!
「そんな嫌そうな顔すんなって。冒険者と言えば、小さい子供の憧れる職業だぞ?」
ククっと、溢れ出る嬉しさが止まらなく笑みをこぼすジジイには殺意しか湧かない。
この世界に来てから一番嫌悪感を示していると思うが、俺をこんな気持ちにさせてんのはお前らのせいだ。死んでくんないかな、この老害。
「嫌だ!俺は、安全な所でグダグダ暮らしていたいんだよ!ギルド職員とかが理想だな!」
ギルド職員とかになれれば、安全な場所からクエストを斡旋し、事務作業をこなせばならないが、それに見合うだけの給料も手に入る。そして、なにより高級取りと言うじゃないか。なれるもんならなってみたい。
「……あぁ、うん。そうだったな。お前はそんな夢のない奴だった」
なんだよ、そんな冷めた目で俺を見んな。
そもそも現代で暮らしていた俺が、モンスター相手に戦えるとでも?喧嘩も武術もろくにやった事がない。こんな俺がモンスターと戦った所で、殺されるに決まっている。俺はまだ死にたくないのだ。ロマン、夢、なにそれ美味しいの?
ロマンや夢だけで飯が食えたら、世話ないね。
「まぁまぁ、落ち着けって。なにもお前を殺そうとしてるわけじゃないんだぞ?……あと、そろそろ離してやれ」
「もしも、殺す気満々なら爆破してやる……」
「おぉ、怖い怖い」
戯けたように両手を上げ、首を振るクソジジイ。
恨みのこもった瞳でジジイを睨みつけると、女の顔をつかんでいた手を離す。
「い、痛かった……潰れるかと思った」
若干、白い肌に鷲掴みにした時の手の跡が残っているが、自業自得だ。
「こんなか弱い少女に暴力を振るうとか普通ならありえないよー?」
「既に俺の中ではお前をか弱い少女扱いしてないから」
「えぇっ……」
俺の好みは花も恥じらう可愛い女の子だ。リアルにそんな少女がいない事は理解しているが、夢を見るぐらいいいじゃんっ!
どうやらショックを受けているようだが、今までの言動、行動を思い出してほしい。
「とりあえず、まぁ座れや」
ジジイが先に食堂の椅子に腰を下ろし、手招きをする。
「なんで、俺がこんな事……」
ぶつくさ言いながらも、ジジイの隣に腰を下ろす。
「よし、捕まえろっ!!」
「あいさーっ!」
その瞬間見計らっていたような……というか、見計らっていたのだろう。ジジイがガッチリ俺をホールドすると、女の方も機敏な動きでいつのまにか取り出した縄で俺をぐるぐる巻きにしてきた。
「なっ!?」
ジジイのホールド自体嬉しくないのに、何をしているんだ貴様ら!?
「ふははははっ、油断したな小僧!」
「油断大敵!ブイっ」
簀巻きにされ、芋虫状態の俺をジジイは腕を組みながら、女はピースサインを満足気に突き出す。
こ、こいつらぁ………っ。
「よし、嬢ちゃん。明日はこいつをギルドに連れてくぞ」
「オーケイ、店長。明日が楽しみだ!」
「お、おい待て待て待て。なにかってに話を進めてやがる!」
やめろやめろやめろ!その殺害宣告を今すぐに!
「この縄ほどこ?ほら、今から店開くんだから」
俺がいなきゃこの店は回らないだろう?だから、この縄をほどこうぜ☆
…………解いた瞬間に逃げてやる。俺が簀巻きにされ、転がされているこの床から入り口まで5メートル。軽く見積もって、4秒くらいか。だが、目の前のジジイをどうにかしなきゃならんのがネックだな。
「あ、その事なんだがな?」
と、俺が逃走経路に頭を回していると、ジジイはにこやかな顔をし、女の方に目線をやる。それにつられ、俺も女の顔を見やり
「看板娘がうちにもできた」
「いえいっ」
ない胸を張り、堂々とする女に愕然とする。
「うそっ……だろっ……」
あの、ジジイが新たに従業員を雇うだと?
俺が何度言っても、また今度な、と言って耳を貸さなかったジジイがこの得体の知れないクソ女を雇うだと?
「てんめぇ……どんな魔法を使った!」
ギリギリと歯を噛み締め、殺意の込めた鋭い瞳で睨みつける。ジジイに、色気など通用しない事は知っている。俺の居住スペースが屋根裏なのが理由だ。ジジイは絶対に二階のある部屋には入れてくれない。なんでも、元パーティメンバーの暮らしていた部屋で、ジジイはそいつ以外は愛せないと言っていた。だから、色気を使った可能性はない。だが、この世界にはスキルや魔法というものが存在するらしい。中には精神に関与する能力があるかもしれない。
もし目の前の女がジジイになにかしたならば……
「てめぇが、ジジイを騙してんならぶっ殺してやる!」
縄を力づくで解こうと、力を込める。だが、きつく縛られた縄が非力な俺に切れるはずがなく、その場でジタバタするだけ。
「………はぁ。な、言ったろ?」
「そうだね、店長。これは凄い」
俺を見下すジジイは溜息を吐いて肩を落とし、女は何故か呆れている。
「ほどけぇっ!?」
「あー、客来て説明すんのも面倒だ。そいつは屋根裏に放り込んどいてくれや。降ろすための道具は壁の隙間にあっから」
「おーけい。りょーかいだよ店長」
ビシッと手を額にやり、敬礼をする女。ジジイはその女の仕草を見ると満足げに頷き、酒場を開くための支度をし始めた。
「じゃあ、ちょっと痛いかもしんないけど我慢してね」
「いだだだだだっ!?」
乱暴に俺の足を掴むと、女は引きずる。足を掴まれたせいで、うつ伏せになった俺の顔面が店の床に擦り下ろされる。
「人を引き摺んな!バカか、おまえはっ!?」
「だから、忠告したじゃん」
こいつ、いつか泣かしてやる。
「だって、私女の子。貴方みたいな人を持ち上げられないない」
「だとしても、やり方があるだろうやり方が!?」
「ちぇっ、文句の多い人だな〜全く」
俺、こいつ嫌いだわ。ジジイは、ジジイで笑いを堪えながらこっちを見ないようにしてるし。
「グエッ」
だからといって、こういう事ではない。
首根っこを掴まれ、ズルズルと引きずられていく。首が締まってる、締まってるか、ら……。
「ギ、ギブギブギブッ……」
「えぇ、これでもダメ?」
当たり前だ!
「ぐふっ…」
俺の苦悶の声を聞き、ぱっと首根っこを離すくそ女。顔がまた地面に打ち付けられ、頭蓋骨に衝撃が走る。こいつ、いつか泣かしてやるっ。
「じゃあ、どうしろっていうのさー」
「丁寧に運べ」
「いけるかなぁ?」
首を傾げて、試しに俺の体を持ち上げる女。
「おろ?意外にいけた」
男の俺を軽々、お姫様抱っこをする女。持ち方的に、俺の腕になにか当たるはずなんだけども、柔らかい感触はない。骨が当たっているのは分かる。
「おまえ……怪力女か」
女にお姫様抱っこをされ、階段を上がる。足先か壁に当たり、地味に痛いがそれを言ったら引きずられそうだから、やめておこう。
「君が軽いんでしょ。もう少し、筋肉つけたら?明日から冒険者になるんだし」
馬鹿にしてくる女に、かなり苛立つ。
「ハッ。おまえは脂肪をつけたらどうだ?少しは貧相な体がマシになるだろう」
視線と視線が交じり合い、互いに睨み合う。売り言葉に買い言葉。
「減らない口だねぇ。君の口はストッパーがないのかな?」
「その生意気な態度を少しは改めれば、考えなくもない。まぁ、おまえみたいな低脳の考える事なんかたかが知れてるけどな」
「なんだとう?」
「あ?っんだよ」
絶対、俺こいつとは仲良く出来ないわ。性格が合わない。
「君ってめんどくさい性格してるね」
「おまえがもうちょい礼儀を備えていればまた変わっただろうな」
出会いが最悪、その後も最悪。そうなれば、態度が最悪なのも当たり前だ。なんせ、第一印象が底辺なんだから。
「店長さんに頼まれちゃったし、態度は変えないよ!」
「あ?なにを頼まれたんだよ」
「内緒。にひひっ」
悪戯っ子のように笑う女。
いつか、ジジイにそれとなく聞いてみるか。
「で、君の部屋はどこかなどこかな?」
「突き当たりの天井のはしごを下ろせ」
「あれ?」
はしごのある天井を指差し、俺に確認を取る女。
「それだ」
「わかったよー」
鉄の棒を探り当てた女は、天井からはしごを下ろした。
「脇に抱えても君の重さなら余裕だよね」
持ち方を変え、脇に俺を抱える女。普通、こういうのは逆ではないだろうか。はしごを登り、屋根裏に立ち
「あぁ、疲れ、った!」
「うおおおおおおおおおおっ!?!?」
グッと踏み込んだかと思えば、遠心力で俺の体を放り投げる女。おまえは人の痛みを知った方がいいと思う。
「グエッ!」
投げられた俺は、口から変な声が漏れてベッドの上に着地。ズキズキと後頭部に鈍痛が走る。
「てんめぇ……ほんとうに女かよ」
痛みを我慢し、ベッドの上でゴロンと転がり見上げる形で女を睨む。色々雑すぎんだろ。
「女の子に決まってるじゃないか。見よ、この美しい姿を!」
なんか、決めポーズを取っている所、悪い。俺の目が悪いのか美しい女の子なんて見えないんだけど?
「なんだい、その目は。一応こう見えて村でも美人で評判だったんだからね」
美人(笑)、美人(仮)だろ。
「ん?これなに?」
「あ、馬鹿、勝手にいじんな!」
机の上にある道具を触り、勝手に弄り始める女。
お、俺のプライベートルームが……。
「それにしても、散らかってるねー」
「いいだろ、別に。俺の部屋なんだから」
俺の部屋を、俺がどう扱おうと俺の勝手だ。
「駄目だよ〜?散らかしっぱなしにしちゃ。今日からここは私の部屋にもなるんです」
「おまえ、まじなんなんっ!?!?」
縄で縛られていることも忘れ、立ち上がろうとしベッドの上から転がり落ちた。………もう、嫌だ今日という日が。
「だって、冒険者になるとしたら私、駆け出しだよ?駆け出しってお金がない貧乏って知ってる?」
「じゃあなんでなろうとしたんだよ………」
「そこに夢があるからさっ!」
「もうやだこいつ……」
こいつとは、絶対に相容れない。
夢を見るこいつと現実を見てる俺。
ロマンティストなこいつとリアリストの俺。
性格が真逆だ。
「君も明日から、冒険者!それに、私と同じパーティメンバーだよ!」
「勝手に話を進めんな!」
頼むから俺の話に耳を貸して!?
そんな俺の悲痛な願いも届かないご様子で、女は俺に手を差し伸べると
「つまらない君に私が、世界は美しくて広いって事を教えてあげる!」
今日一番のとびっきりの笑顔を俺に見せてきたのだった