第2話 いきなりですか
「うんまぁああああっ!」
外套を脱いだ銀髪の少女は、淑女にあるまじき食べ方で、料理を平らげていく。作法を学べ、馬鹿女。
「………」
「………」
それと驚きなんだけど、なにこの行き倒れ。胃の中、ブラックホールでしょうか、某青ダヌキの持つ不思議なポケットなんでしょうか。ジジイの出した料理を、その無限胃袋の中に収納している。既に三人前は食べている。
「おい、クソガキ。てめぇこいつどうした?」
四人用のテーブルを挟み、目の前には見ず知らずの馬鹿女。隣にジジイと中々見れないだろうこの光景。少し機嫌の悪いジジイのすぐ隣ってのも気まずい。拾ってしまった俺が悪いとはいえ。この馬鹿女、もっと俺に気を遣えよ。一応、拾ってやったんだからな?
「拾った」
不機嫌そうに聞いてきたジジイに対し、ハンバーグを食べながら怠そうに答える。あぁ、保健所とかあったら目の前の小娘を放り込んでいるのに。
「拾ったっておめぇ、犬猫じゃねぇんだぞ」
そんなのはわかっている。だが、自発的に拾ったのではなく、無理やり拾わされたんだ。
「可愛げがある分、犬と猫の方がマシだ」
この女には可愛げなんてない。あるのはうざげ。
「奴隷制度とかなんでないんだよ、この国は」
いや、ないのはいいと思うよ?治安も良くなると思うし。だけど、今みたいに怪しい奴がいたら、そこに放り込む気だったのに。
非道?クズ?ハハハ、ここは異世界ですよ?日本の詐欺師なんて目じゃない犯罪者もいるんだぞ。聖職者かと思ったら、聖職者のフリをした盗賊とかもいるらしい。んで、無知な奴はそいつに騙され奴隷にされちゃうんだと。だから、目の前にいるこの俺と同じくらいの女も見た目通りじゃないのかもしれない。疑わしい奴とは関わりたくないのだ。
「あ、衛兵さんに押しつけるか」
「やめろ。これ以上あいつを働かせたら俺に苦情が来る」
衛兵さんというのは、夜によくこの店に来る騎士のおっさんの事だ。ジジイと同い年くらいのこげ茶色の髪をしたおっさん。衛兵さんの事は、結構俺は気に入っている。なんとゆうか、飄々としたあの雰囲気が好き。カナリヤに来れるのは仕事の終わった真夜中なので、客はほとんどいない。そんな中、俺は衛兵さんの愚痴に付き合っている。上司はなにもしないし、部下は使い物にならない。かといって自分が辞めてしまえば、街の風紀も悪くなるし、上からの小言も増える。休みたい、休みたい、休みたいと虚ろな目でブツブツ言っていた。それを見て、ブラック企業に勤めている人ってこんな感じなのかなぁって俺はぼんやりと思った。
「いや、衛兵さんだし大丈夫なはず」
あの人、3日過ぎればパーリナイッ!な人になるから。限界を超えて超人になれる人だから。厄介ごとの一個や百個、解決できるさ。
「あいつが過労死するからやめておけ。既に、おまえかなり迷惑をかけてんだから」
自作で魔導具を作ろうとして暴発した事に関しては、お手製プリンをあげたからノーカンでお願いします。
「ちっ、仕方ない」
この女を押し付けて、俺は楽になってハッピー、衛兵さんはむさい場所に紅一点が入ってきてハッピー。両方ウインウインの関係になれていい案と思ったんだが。
「まじでこいつどうしよう」
今も一心不乱にご飯を食べている。もっとこうさぁ……一応女子なんだから、こう男の胸をきゅんとさせる仕草とかお淑やかさとかないのか?
「んぐっ……ぷはぁっ」
コップの中の水を一気飲みすると袖で口元を拭う女。仕草が男。
「いやぁ、ご飯を食べさせてくれるなんてありがとうね」
よく言うわ、このやろう。マジで1発殴ってやろうか。………いやいやいや、落ち着け。俺の座右の銘を思い出せ。【短気は損気】。ニコニコスマイルを心がけよう。そうすれば、面倒ごとも回避できるはずだ。もう、遅い気もするが。
「腹減った言うなり、俺の服を鷲掴みにしたくせに」
嫌味に聞こえないよう笑みを浮かべながら冗談げに言う。
行き倒れとか、もう面倒くささマックスのやつを、平和にのんびり暮らしたい俺が善意で拾うとでも?
ないないない、天変地異が起きたとしてもあり得ない。昔からそういった類の事には巻き込まれないよう上手く立ち回っていたんだ。俺は、気楽にのんびり暮らしたいの。なのに、この野郎。無視して掃除を始めたらゾンビの如く地面を這いずって俺の服を掴んできた。
「普通、見ず知らずの人間に飯をたかるか?」
「いや、本当に限界だったんだって。村から、徒歩でこの街に来たんだよ?路銀も途中で尽きちゃったし」
そのままのたれ死んでればいいのに。
「なんでそんな目に会ってまでこの街に来たんだよ?」
王都とかに行けばいいのに。そして、そのまま帰ってくるな。
「この街って、ダンジョンも近いし様々な冒険者が集まる街だからね。私みたいな冒険者に憧れる人間が冒険者を始めるにはいい場所なんだよ」
そうか。是非とも俺のいないところで頑張ってくれ。俺のプライベートに全く知らない他人が入り込むのは落ち着けなくて苦手なんだ。
「ん?おい、小娘。おまえ冒険者になんのか?」
おい、クソジジイ。目を若干、輝かせるな。冒険譚なら俺が付き合ってやっから。
「店長さんは昔、冒険者でもやっていたんでしょうね。いいなぁ、私も早くなりたい」
「お?分かるのか」
「そりゃ分かりますよ。だって身のこなしから一般人とは違いますし、この店にある物の内、何個かはモンスターの素材からできてますからね」
え、そうなん?ジジイ、昔冒険者やってたのか。山賊じゃなくて。
「分かるのか!」
わかるから、俺も分かっていたから!だから、立つな、座れ、ステイ!さっきまでの不機嫌じいさんに戻って!
「分かりますよ。さっき店長さんが使っていた包丁は、ドルフロックの鱗から作られた業物ですよね!」
おまえもおまえでジジイとマッチングしないでくれ!
「そうだ!ドルフロック製の物は軽いのに切れ味が良くて中堅冒険者にも防具に好まれてよく使われている。包丁にも使えないかと思ってな!」
「だけど、ドルフロックは曲がりにくい為、曲げると折れやすいはずでしたよね!そこはどのようにしたんですかっ!?」
おい、馬鹿女!おまえは変なスイッチを入れなくていいから!ジジイと一緒にヒートアップしないでくれ!
「そこは、リザルバーの玉を利用するんだ。リザルバーの吐き出す涎は物を軟化させる効果がある。その生成器官である玉ならば、なんとかなると思ってな」
「本当ですか!?リザルバーは幼体でも危険度Cはありますし、玉は稀にしか手に入らないと有名ですが、どのようにして手に入れたんですか!」
だめ、もう話についていけません。これだから、オタクは!
「ご馳走さま。俺は、部屋に戻ってる。ジジイ、その女をよろしく」
椅子から立ち上がり、まだ和気藹々とモンスタートークに会話を弾ませる二人に溜息を吐く。
食べ終わった食器類を厨房に戻すと、そのまま二階へ繋がる階段を上って二階へ行く。
「気晴らしに魔導具でも弄るか」
突き当たりまでいくと、窓ガラスから太陽の光が入り込み室内を明るく照らしている。壁と壁のちょっとした隙間に手を入れ、先がフック状に曲がった鉄の棒を隙間から出すと、天井にある小さな穴に引っかけ、隠しはしごを下ろす。俺の居住スペースは屋根裏だ。
「話が終わるまで、魔導具弄って時間潰そ」
少し、埃っぽいな。窓を開けて換気しよう。外開き窓を開けて、外の空気を室内に送り込む。ベッドのすぐ横にある机の上には乱雑に魔導具を作成する為の道具が置かれている。その中心には作りかけの石ころサイズの小さな魔導具が。魔導眼鏡をかけると肉眼では見えなかった、術式や魔法陣が可視化出来るようになった。
「うーむ。火の打ち石の火力を上げられない物かね」
椅子の背もたれを引き、どかりと座り込む。
火炎放射器までとはいかなくても、5秒で枯葉を消し炭に変えるぐらいに。
「研究の産物で、爆発する奴なら作れちゃったんだけど……」
暇つぶしに、おもちゃに軽い魔改造を施したら、日本のかんしゃく玉のようなおもちゃが爆破物になってしまったのは、最近の事。衛兵さんにこっぴどく叱られました。でも、壁外でやったから、いいじゃんとは思う。
「んー?ここの回路よくわかんねーな」
やっぱり、独学じゃ限界があるか。それに俺がこの世界にきて、まだ2週間だし。たまに、魔導具の心得があるドクターさんに聞きにいくぐらいだし。
「効率を良くしたいんだよな……」
魔導具は魔石を使って、魔力のない人間でも魔法の力を扱えるようにしたものだ。地球でいう、電化製品。化学の知識がなくても、電化製品は扱えるといった具合にな。魔力のない俺でも、魔導具ならば扱える。
「魔石から出る魔力を術式を通して、火を出すまでにムラがありすぎる」
魔導具を電球で簡単に例えるならば、魔石が電気、術式が導線、魔法陣が電球だ。だが、俺お手製のは効率が悪く、魔石から流れた魔力が魔法陣へ到達するまでに45%の魔力が空中へ逃げて、霧散してしまう。せめて60%までには上げたい。
「まぁ、まだ時間はあるし。焦らずやろう」
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「ふぅっ。とりあえずこれでいっかな」
俺の手には先程とは姿が180°変化した、札状の火の打ち石(?)が、机の上に置かれていた。石とゆうか、札だが。石より札の方が術式も魔法陣も設定しやすく、使い勝手も良さそうだったからな。ただ、札にするのはマジで骨が折れた。発火作用をなくさずに、そして、誤作動で札が発火しないようにするのは苦労した。ただ、火の火打ち石じゃなくなり、札状のため、ボタンを押すタイプじゃなく、音に反応するタイプにした。
音を数秒保存する音響石を使うのは、我ながらナイス判断だったと思う。【焔】と言えば反応して札が燃え上がる。
さらに、かかる費用もなんと1000ミリア以下という懐に優しい魔導具だ。あ、ちなみに爆発する魔導具も札型にした。札型にした理由を聞かれれば
「なんかカッコいいから」
としか、言えない。だって、無骨な石やただの球より札の方がかっこよくない?五芒星を描いたりとか、色んなこともできるし、なにより応用すればいいだけだから簡単だし。
目標の60%には届かなかったが、まぁ50%までには出来たし妥協しよう。
「名前はどうすっか」
せっかく自分で作成したオリジナル魔導具だ。……いや、魔導符?まぁ、いいやどっちでも。
肝心なのは、名前だ。なんかないか、なんか。
「……アルカナが妥当かな」
後で、札の見た目をタロットカードにしよう。幸い、占い好きの妹のおかげでタロットカードの絵柄は覚えている。
脳内で連想ゲームをし、爆発の札と発火の札となるタロットカードを決める。愚者、法王、皇帝、女帝、死神……あ、戦車ならどうだ?
……戦争……武器……爆弾。よし、爆発の札は戦車のタロットカードの見た目にしよう。
「こじつけ感がハンパないが」
こういうのは、見た目さえよければいいんだよ。
「次は発火の札か」
発火は決めていた。吊るし人だ。罪人を処刑するときに火刑というものがある。吊るし人はそれに似ているからだ。脳内でイメージがある程度固まった俺は、後でタロットの絵柄にしようと脳内メモに留めておく。魔導眼鏡を外し、疲れた目を瞬かせる。
「あぁっ。つっかれた」
椅子の背もたれに寄りかかるとギシッと軋む音がし、少しドキッとした。緻密な作業により、凝り固まった筋肉を解そうと、軽く肩を回したりする。ボキッと若干、不安にさせる音がしたが大丈夫だろ。
「まだ、話してんのか」
いまだに、賑やかな二人の声は屋根裏まで聞こえている。やはり、好みが合えば話も続くのだろうか。だが、開けた窓の外を見れば夕暮れだ。そろそろ酒場としてこの店を開かなければならない時間帯になっている。
「今日は一旦終わりだな」
札を箱の中に収納し、机の引き出しの中にしまう。はしごを降り鉄の棒を使って、はしごを元に戻す。天井をつついて、はしごがなにかの拍子に落ちてこないか確認する。
「うん、大丈夫そうだ」
確認をし終えると、鉄の棒を隙間に戻し階段を下りて一階へ戻る。まーだ、話してるよあいつら。なげぇなぁ、おい。
「お、ライム。おもちゃいじりは終わったのか?」
ジジイは俺に気づくと、声をかけてきた。
「おもちゃじゃねぇ。立派な魔導具……なに、ニヤニヤしてんだ?」
俺の魔導具をおもちゃ呼ばわりされて、少しむっときたが、ジジイの顔を見てそんな感情は消えた。ジジイはいままで見たことがない、喜色満面の笑みを浮かべており、その隣にいる女も嬉しそうな笑顔。……なんなんだ一体?
「ライム。おまえ、明日から店の手伝いは夜だけでいいぞ」
「………は?なんだ突然」
俺がいなきゃこの店は回らないだろうが。
「いや、この嬢ちゃんと話していたらな。いいことを思いついたんだ」
俺の勘が告げている。
嫌な予感しかしない、と。
ジジイは椅子から立ち上がり、俺の前まで歩いてくるとすっと指先で俺を指差してきた。
「おまえ、明日から冒険者な」
心底笑いが堪えられないのか、笑みがこぼれているジジイの言葉に呆気に取られる。
おまえ、明日から冒険者?
理解しがたい言葉に脳が復唱する。
明日から、冒険者
明日、冒険者
冒険者
なるのは誰?
【俺】
3秒かけて理解できたその言葉に、俺は
「……………………………は?」
こう答えることしか出来なかった。
ただ一つ理解できたのは
ジジイはどうやら、俺を殺したいようです。