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異世界から来た村人A  作者: 和
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第1話 行き倒れ?



「だぁっ、疲れた……」


カランっとドアに掛けている立て札を逆にし、オープンの文字をクローズに変える。

お昼時がすぎ、客共やつらが各々の仕事に帰った食堂兼酒場の【カナリヤ】。先程まで、戦場だったその場所は静けさを取り戻していた。


「やっと休める」


カランコロンとドアベルが鳴り、カナリヤの中に足を踏み入れる。戦場と見間違えるほど、忙しかった店が今の時間帯では、水の流れる音とカチャカチャと皿を洗う音しか聞こえない。


「休む暇があったら手伝え。居候」


カウンターの向こう側から顔を出し、俺に手伝えと急かすこのジジイの名は、グレイ・ホーンテッド。この食堂兼酒場【カナリヤ】の店主で、俺をここで働かせてくれ、屋根裏部屋に住まわしてくれている【一応】恩人だ。一応な、一応。これ大事。ジジイは、60は過ぎていると前に聞いたことがあるがその身は一切の衰えを見せておらず、筋肉で引き締まっている。短く切り揃えられた白髪に、二、三人は殺していそうな鋭い目つき。右目には昔の古傷が残っていて、たまにその目つきのせいで児童に泣かれている。外見はなんでもないように取り繕っているがジジイは繊細なガラスのハートの持ち主。内心はかなり傷ついている。それを見て、俺は爆笑している。


「うえぇ?俺さん、ちと働き過ぎではないでしょうか、クソジジイ」


「居候させてんだ。対価は労働で返してもらう」


「十分働いている気がしますが?」


「まだまだだ。無私無欲でもっと働け」


「それは社畜っていうんだよ」


とかなんとか言いつつも。ジジイに恩は感じているので、それなりに働くつもりはある。濡らした荒布でテーブルを吹き、濡らしていない布で乾拭きをする。


「あ、塩とか胡椒が少なくなってるから後で足しといて」


「わかった。買っておく」


この世界は、文明の発展が地球と同じとは考えない方がいい。なにしろ、魔法やスキルが存在し、獣人、ドワーフ、エルフもいる。ここ重要。獣人、ドワーフ、エルフもいる。大事な事なんで二回言いましたよ、忘れないでくれ。


さらに地球では幻想とされていたまさに怪物のモンスター達が存在しているのだ。中世ヨーロッパ風のザ・ファンタジーな世界なのだが普通に米や野菜、調味料も揃っている。それに初代国王が風呂好きな人間だった為、浴室や温泉も俺の住むこのトータスの街には存在している。初代国王、明らかに日本人だろ。ありがとう。


ジジイの経営するこの店は自宅も兼ねている為、風呂はあったのが嬉しい事だ。現代社会に暮らしていた身としても、今んところ文化の弊害はなくのほほんと暮らせている。


「衣食住もネットがないのを気にしなければ充実してるんだよな」


中世ヨーロッパのような世界だが、あくまでも【ような】だ。地球とはまた違った発展をしているのが、この異世界だ。

その為地球の常識はここでは通用しない。例えば、魚が空を飛び、野菜が川の中にあったとしてもそれはそういった進化を辿った結果だ。現代文明に暮らしていた身としては、チグハグな文明だと俺は思っている。


「なんとか順応できたし、今んところ無事に暮らせてるからいいけど」


言葉もなんか通じる。だがなぜか、文字は読めないからジジイに教わっている。異世界に来てまで、勉強する羽目になるとは。神よ、どうせなら文字も読めるようにしようぜ。こういうのなんていうか知ってる?職務怠慢って言うんだよ。


「だが、生き物の生態が狂ってんのはどうもなぁ……」


前にサンマが空を飛んでるのを見た時は驚きのあまり口を開けて空をずっと見ていた。

きゅうりを買いに行った時に、きゅうりが水槽の中を泳いでいるのを見た時はシュール過ぎて言葉を失いかけた。昔、絵本で読んだ不思議の国に迷い込んだアリスの気持ちが今なら分かる。


「不思議の国ってか、異世界だけども」


ここでは、地球の常識は通用しない。ジジイに拾ってもらって本当に助かった。もしも、放っておかれたりしたら餓死決定だった。そういや、なんでジジイは俺を働かさせてくれてんだろ?


「ライム、掃除は終わったのか?」


「あ、まだ。もうちょい」


「早く終わらせろ。終わったら飯の時間だ」


「昼飯っ!!!!」


腹の虫がさっきから鳴り止まず、空腹過ぎて腹が痛くなってきていたんだ。テーブルを拭く力も強くなってしまう。


【この店の辛い事その一】


うちの店は二人しかいないので客が完璧にいなくなるまで飯が食べれない


だが、客は目の前で飯を食べるため、うまそうな匂いが店の中を充満する。客は美味そうに食べているのだが、俺は食べれない。なんて苦行だ。


「……そうだ。ジジイ。後で小さい子供用の椅子とか作れるか?安心安全設計の子供椅子」


「子供椅子?なんでまた」


皿を洗い終えたのか手を拭きながら、俺らの昼食を作る準備をし始めるジジイ。


「俺がここに来て2週間ぐらいたって思ったんだけど、昼食の時間にたまに小さい子供を連れて家族が来るっしょ?そんときに小さい子供が椅子に座り辛そうにしてたから」


「そんな事か?別にどうでもいい気もするがな」


「サービス精神って大事。それが店のイメージにもつながる」


「今までそんな事気にしする必要なかったんだがなぁ」


怠そうに溜息を吐くクソジジイ。てめぇは、サービス精神を知らんのか。


「客寄せしてやってんだ。感謝しろ」


「居候させてんだ。おまえが感謝しろ」


このジジイにはなにを言っても無駄なようだ。


「子供用の椅子は家具屋に頼んで作ってもらおう。他になんかあんのか?」


だが、儲けにつながると思ったのか素直に俺の案を取り入れるジジイ。素直が一番。


「あぁ、後店の前で駆け出し冒険者がウロウロして帰ってんのが見えた。だから、店の前に看板を置かない?今日のおススメ、一個何ミリア的な感じで」


ミリアというのは、この世界での円だ。大体、一ミリア=一円。


「なんでだ?」


「駆け出しって貧乏なわけじゃん?Fランクなら美味しい討伐クエも少ないし。だけど、たまにお金が入るクエをクリアした時にちょっと外食してみっか。けど、その店の飯の値段がわからない。もしも入って高かったらお金が払えないし、食べれない。なら、看板でもおいとけば値段も分かるし、初見の人でも入りやすくなると思ってな」


入った事のない店って入るのに躊躇ってしまうと思う。俺も、一人で来た事のない店に入るのは少し躊躇いがある。


「駆け出しの為にも、看板を作るのか」


「あぁ。入ってきそうな客をむざむざ見逃す訳にゃあいかねぇ。客は金を落としてくれる。さらに、子連れなら井戸端会議でこの店の良さを広めて、冒険者なら実力が上がってクエストをこなせたら、収入が増える。それをこの店で浪費してもらいたい」


子連れにはこの店のいい噂を。駆け出し冒険者には成長して一流になった後でもこの店に通ってもらいたい。もしくは、後輩、知り合いの冒険者にこの店をいい店として薦めてもらいたい。


「金稼ぎに目がないなおまえ」


「金が増えていくのってなんか楽しくない?」


目に見える範囲で現金で金が手元にどんどん湧いてくるのってワクワクするよね。俺、貯金も好きだし浪費も好き。ギャンブルみたいなリスクしかないのは嫌いだが。


「てな訳で、ジジイ今言ったことよろしく。無用だと思ったらやんなくていいから」


「おまえ、働くのは怠いくせになんで余計に忙しくするんだ?」


「金はあって困らないっ」


「守銭奴のクソガキが。なら冒険者にでもなって一攫千金でも目指してきたらどうだ?」


「ちっちっちっ」


舌を鳴らしながら、リズムよく指を横に振る。わかってないな、ジジイ。


「切った張ったの血みどろな戦いを俺は求めている訳じゃない。毎日を平和におもしろおかしく暮らせれば満足。俺は、この世界で暮らせるだけありがたい」


そもがそもそも、なぜ俺がこの世界に来たのかわからない。召喚されたわけでも女神にいわれたわけでもない。扉をあけたらそこは異世界、突然すぎる。ラノベみたいなありきたり展開は皆無。ひきこもりでもNEETでもない。ただの学生です。

偶然か必然か、そんなの俺にわかるすべはない。


「根性のねぇガキだ」


「ゆとり世代を舐めんなよ。根性なくとも知恵はあるぞ」


日本の義務教育舐めんな。どうでもいい事も学ばされたぞ、俺は。


「男なら冒険しろよ」


「冒険なんて断固拒否する!俺は、グダグダ生きていたいの!」


できれば働きたくもないの!日がな一日寝ていたいの!ただ、今はそうできない環境だから働いているだけで。


「おまえなぁ、せっかくの人生だぞ?もっと世界を見て回ろうだとかな…


「まだ掃除があるんで失礼いたしまっす!」


話が長くなりそうだったので、無理やり途切れさせる。床掃除は後にしよう!今は玄関先の掃除が先決だ!ジジイを無視し、カウンターの横についているスイングドアを開けて突っ走る。


「おい部屋ん中を走んな!」


背後でなんか聞こえたが、それも無視。ドアを開け倉庫内に入る。


「ふぅっ…危ない、危ない。ジジイに冒険の素晴らしさを語られたら長いんだ」


竹箒を手に取り、火の打ち石を手に取る。火打ち石ではない。火の魔石を利用した物で、ボタンを押すと火がつく魔導具と呼ばれるものだ。


「冒険者は職業としてあるけれど、就職したくはないな」


命を賭けるなんて俺には無理。


「外掃除してくらー」


「早くしろよ。飯がそろそろ出来上がるからな」


「ういっす」


ポッケに火の打ち石を入れ、カナリヤの扉を開けて外に出る。いつも、外には枯葉や小さなゴミが散らばっていてそれを纏めて燃やすのが俺の仕事だ。しかし、今日その場にいたのは


「………お腹、空いた」


「行き倒れ?」


外套を着用している一人の人間だった







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