父と母
「今日はどんな事をして遊んだの?」
「んー。別に。いつもと同じ。森の中で魔法の練習とか」
食事が終わり、のんびりしているフィルに母親が今日の出来事を聞いて来た。
隣の世界に行っている事、蕾森と言う鬼人の友達が出来た事は、誰にも内緒なので適当に答えて誤魔化した。
「そう。魔法の練習もいいけど、たまにはお父さんのお仕事のお手伝いもしなさいね」
「えー。お母さんの手伝いはしてるじゃん」
「それはお母さん。すっごく助かってるわ。感謝してる。でもね。お父さんの畑も手伝ってほしいのよ。お父さん。最近、腰が痛いって言ってるし」
「うーん……」
チラリと父親の様子を伺う。ソファーの上でうつ伏せに寝て、腰を揉んでいる。
「お父さんの手伝いは、フィルが自分からやりたくなったらでいいぞ」
話しを聞いていた父親がそう答えた。
「フィルは何だかんだで、お家の手伝いをしてくれてるからな」
「……はーい」
フィルは立ち上がり、自分の部屋へと戻る。
「お父さんの手伝いか……」
正直、めんどくさいと思うが……。
「蕾森とさよならしたしな。僕もお家の手伝いをするべきなのかな?」
病気が治った蕾森はこれから家族と一緒に暮らせるようになる。きっと彼も家の手伝いをする事になるだろう。
なら。自分も同じように家の手伝いに勤しむべきではないのか?
いつの日か。蕾森と再開した時に、恥ずかしくないように頑張るべき…………。
「はぁ……。そっか。もう…………居ないんだ」
今更ながらに、友人が遠くへ行っちゃうと言う実感が湧いてきて悲しくなってきた。
「また……。独りぼっちか」
自分は一人に戻る。でも蕾森には……。
「兄弟か……。いいなぁ」
自分にも兄弟が居ればこんなに寂しい思いをしなくてもよかったんじゃないか。そう思う。
「お兄ちゃん……。蕾森のお兄ちゃん。かっこよかったなぁ」
蕾森の兄、炎覇。彼は蕾森をそのまま大きくした感じだが。背が高く、体も大きくて筋肉もあって強そうで頼りがいがあった。
「お姉ちゃんか」
綺麗な人だった。そして優しそうな人。若い女の人と言えば家の母親ぐらいしかこの村に居ないから、正直、居たらどんな感じなのか想像も出来ない。
「はぁ……」
ベッドの上に寝っ転がって天井をぼんやり見つめる。
「…………あ! そうだ! 誕生日プレゼント」
蕾森に誕生日プレゼント渡したい!
「それくらい……いいよね?」
炎覇にもう来るなと警告されたが……。最後なんだし。我がままを押し通そう!
「これで……本当にさよならだ」
*****
「お代わりっ!」
「はいはい。ちょっと待っててね」
実の久しぶりの母親の手作りの料理を前にした蕾森は、嬉しそうに空のお茶碗を母親へと渡す。
伸ばした蕾森の手を、母親は覆う様に掴んで――それからお茶碗を受け取った。
「まだまだ沢山あるから……。しっかり食べなさい」
「はいっ!」
ご飯が大盛りのお茶碗を受け取った蕾森は、一気に口に運んだ。
「うっ! ごほっ!」
「あらあら。落ち着いて食べないからそうなるのよ」
咽る息子の背中を優しく摩る。
「ごほっ! ごほっ! …………はぁ」
「はい。お茶を飲みなさい。ゆっくりとね」
「…………はい」
言われた通り、お茶を飲むと胸の苦しさがスーッと消えて行った。
「凄いです。母上! 母上は何でも知ってるのですね!」
「ええ…………」
満面の笑みを浮かべる息子の顔を、母親は直視できずに背けた。
「…………清璃!」
席の向かいに座って食事をとっている旦那に注意された母は、悲しそうな笑みで息子を見つめ――ギュっと抱きしめた。
「はっ! 母上!?」
驚きと、恥ずかしさで母親から逃げようとする蕾森。だが母の力は強く、抜け出せない。
「ど、どうしたのですか? 急に……」
「もう少し。もう少しだけこのままで……」
「母上?」
よくわからないが……。蕾森は言われた通り大人しくされるがままにしていた。
*****
「一体。母上はどうされたのですか? 父上」
食事が終わり、今度は父親と二人っきりで風呂に入っていた。
「ん……」
父親は口を結んで険しい顔をしている。
「…………?」
正直、蕾森は父親が苦手だった。無口でいつ会っても怖い顔をしている。怒られる事は無いが、近寄りがたい雰囲気を出していて話しかけ辛いから。
しかし、今夜の父は何か雰囲気が違って見えた。何がどう違うのかはわからないが。
「蕾森」
「はい!」
「体を洗ってやる」
「はっ! はいっ!」
ビックリした。まさかそんな事を言われるとは思ってもいなかった。
やっぱり。今日の父は変?
「行くぞ」
父はタオルに石鹸を付けて泡立てると、蕾森の背中をゴシゴシ洗い出す。
力が強くて、ちょっとだけ痛いが……蕾森は我慢した。
「大きくなったな」
「そうでしょうか?」
「ああ。お前が産まれた時を今でも鮮明に思い出す。ワシの両手ですっぽり収まるくらいの大きさしかなかったのだからな」
「父上の掌くらい……」
父の手は大きい。だがそれでも収まるくらいなら、相当小さい筈だ。
「……本当ですか?」
「ああ、本当だ」
ふっと漸く鉄面皮の父の頬が緩んだ。
「……父上。今度は俺が父上の体を洗います!」
「そうか。……ではお願いしよう」
「はいっ!」
蕾森が立ち上がり、父の背中をタオルでゴシゴシ洗い出す。その背中は大きくて広い。
「父上。俺も鍛えたら父上のように、立派な体になれますか?」
「ん!? ……ん、ん……。ああ。…………そうだな」
「やったぁ!」
父の様なこんな大きな体を手に入れたら、フィルは絶対にびっくりするだろう。今度会う時のまでにもっと鍛えておこう。
そんな事を考えていた蕾森は気づかなかった。
父の苦しそうな表情に。
*****
風呂上り。蕾森は部屋で待つように言われた。
そこでは母親と兄、姉が座って待っていた。
部屋は暗く、何となく空気も重い。
「母上。一体何があるのですか?」
気になって尋ねるが、母は答えない。まるでさっきとは別人のように怖い。
「座って待っていなさい」
「はい」
蕾森は部屋の真ん中に座らされた。
するとすぐに父も部屋に入って来て、蕾森の目の前に座った。部屋が暗いせいか、父の表情も怖い。
「蕾森よ。お前に説明しなければならない事が沢山ある」
「はい!」
「まず。この鬼界にはいくつかの国家がある。これはわかるか?」
「はい。存じております」
フィルに鬼界の事を教えるために勉強しなおしたから。
「それぞれの国にはそれを収める王と王族たちが居る」
「それも存じております」
そんなのは当たり前だ。父は何を言いたいのだろうと不思議がる。
「鬼界にある国家の一つ。炎魔国。我ら角鬼人が暮らす国だ。この国を治めているのが我らが東雲家になる」
「え? それって……」
「そうだ。お前は炎魔国の第二皇子となる。そしてワシが現国王だ」
「…………っ!?」
自分が皇子!? 知らなかった。驚きで声が出ない!
「そして王族は国民のために、国のために。その身を捧げなければならない」
「……はい」
父――国王、東雲頼派は言葉を続ける。
その話しが終わる頃には、蕾森から笑顔が消えていた。