ゴーレム襲撃
「…………ぁ」
屋敷の敷地を出た途端に蕾森が振り返って小さく呻いた。不安げな表情に怯えたような目。罪悪感を感じてるような、そんな表情も覗かせる。
「…………止めとく?」
フィルが蕾森の肩に手をポンと置く。
昨日、些細な言い合いから始まった勢いでダンジョンへ行く事に決めた。決めた後、二人はその熱のままにダンジョン探索の作戦会議を始めて――かなり盛り上がった。
作戦結構は明日の朝から。蕾森の家を訪れる使用人たちが帰った直後に出発。
そう決めてフィルが帰り――約束の日になった。
打ち合わせ通りに使用人を見送った後、フィルと合流した蕾森は、屋敷に置いてあった手提げ鞄にお昼ご飯を詰め込んで玄関で待っていた。
フィルはすぐにやって来た。
ちょっと話をしてから、いざ出発!
そして――出た早々に蕾森が不安に駆られた。
「…………いや!」
不安を振り払うように、首を横に激しく振る。
「大丈夫だって! 俺だって外に出るくらいは……」
「無理…………。しないでいいよ。怖かったらすぐに戻ろう」
「こわっ! くないっ! 平気、平気だ、ぜ!」
強がって足を踏み出した。
「……わかった。じゃあ行こう!」
「…………おう!」
二人は歩き出した。
目指す先はこの近くにあるダンジョン。だがそこへ辿り着くには、様々な試練が待ち構えていた。
「最初の試練」
フィルが森の中を指さす。
「迷いの森。この森が侵入者を惑わせるのだ!」
「ぅぅ……」
何の変哲も無い森なのだが、フィルは雰囲気作りで最近読んだ冒険物の本に出てくるシーンを口にした。その話を聞いた蕾森は怯えた表情を見せる。
「さあ、行こう!」
「……うん」
フィルが先頭で藪の中を突き進む。蕾森はフィルの服の後ろをしっかりと抓んで付いて行く。
「次の試練はこれだ!」
大小様々な岩が転がっている場所に出た。
「この石の上に乗って、上から上へと渡るんだ!」
「ええっ!? 何で!?」
「実は…………この岩から落ちると罠が作動するのだ」
「ええっ!? 本当っ!?」
勿論真っ赤な嘘。でも探検ごっこ中のフィルはこういう設定だと言い切った。
「よーし。行くぞー!」
慣れた足取りでフィルはぴょんぴょんとごつごつした岩の上を飛んで行く。
「ああっ…………」
その後を追いかけようと、蕾森は飛ぼうとするが…………。
「ぅ」
なかなか最初の一歩が踏み出せないでたじろいでいた。
「ほらほら。頑張れ!」
「うぅ……」
怯える蕾森をフィルは応援する。
「うぅ……うぅうっ!」
意を決した蕾森はジャンプして、次の岩に飛び乗った――。
「うあぁあああっあ!」
――はよかったのだが、バランスを崩しかけて岩の上で変なダンスを踊る事になった。
「危ないっ!」
岩から落ちかける蕾森の体をフィルが支えて助けた。
「ありがとう…………。あっ! フィル、下に落ちてる。罠が!」
「ん? ああ。これ? 大丈夫。だって嘘だもん」
「嘘…………!?」
「うん」
騙されたと知り、蕾森は怒った。
「何で嘘つくんだよ!」
「いいじゃん。だってこっちの方が面白いし!」
「はぁっ!? 全然っ! 楽しくないっ!」
「じゃあ帰る?」
「……………………え!?」
予想もしなかった言葉に蕾森は固まる。このまま帰るのは…………。
「いや。帰んない!」
せっかくここまで来たのに。帰るなんてありえない。
「じゃあ行こう! 今度は普通に行くからさ」
だったら最初からそうしてくれと蕾森は頬を膨らませたが…………。
「でもさっきの石の上を飛ぶ遊び。面白かった」
「じゃあ。それはまた別の日にしよ!」
「うん!」
次の遊びの約束をして、二人は先へと進んだ。
*****
「ここが…………」
「そう。目的地のダンジョンだ」
さんざん寄り道した二人は目的地であるダンジョンへとやって来た。
崖の下にポカンと口を開けたこの入り口から中へと頭を突っ込んで見てみる。
「…………」
「…………ね?」
「本当だ。何か…………変な鳴き声がする!」
耳を澄ませると、奥から何かの鳴き声らしこ音が聞こえてきた。
「…………」
「…………」
二人は顔を見合わせる。
「準備はいい?」
「もちろん!」
「…………じゃあ」
「行こう!」
二人はいっせーのせで一緒に最初の一歩を踏み出した。
「おおーっ!」
「おおーっ!」
思わず感嘆の声を上げる。
「…………」
「…………」
だが声はそこまで。二人は恐る恐る、無言のまま静かなダンジョンを進んで行く。
長方形に切られた岩を並べて積み上げたこのダンジョン。奥が深い。だが一本道なので迷う事はなさそうだ。
トラップも――。
「トラップとか全然、無いなー」
「あったら嫌だよ」
「えー。トラップ解除したかったなー!」
フィルにはそんな技能は無いが、見栄を張るためについ強がってしまう。
「なっ! だったら俺はモンスターと戦いたかったなー。あーあ。モンスター出てこないかなー?」
蕾森が左手で木刀を振る。ちなみに彼の右手はフィルの服を掴んで離さない。
「…………出てこないかも。やっぱりこのダンジョン。もう誰かがとっくの昔に攻略してたんだ」
だからここまで一匹もモンスターが出てこなかった。
「だったら、僕も! あーあ。モンスターにとっておきの魔法があったのになー」
「俺も! この剣が――!?」
奥でがらんがらんと石が転がる音が聞こえてきた。
「へっ、へっちゃらだからな!」
「ぼ、僕の方がへっちゃらさ。見てろよ!」
音の鳴った場所へと向かう。
「へっ。どうだ……………………ぅわっ!」
「みゃぅ~?」
瓦礫の隙間から何かが飛び出してきた。
その瞬間。二人はジャンプして飛び跳ねた。
「もっ! モンスターっ!?」
「い、いや…………。これはっ!?」
いち早く冷静さを取り戻したフィルが出てきた何かを観察する。
「みゃ~う~?」
それは子供が抱えられる位の大きさを持つ楕円形の丸い生き物だった。尖った二つの耳と雫型の尻尾がひょこんと飛び出していて、手足は…………無い様だ。体の表面は毛に覆われていてぬいぐるみのようにも見える。
「…………か、可愛い!」
「可愛い!」
「みゃぅ?」
純粋そうなつぶらな瞳でこちらを見上げている。その姿に二人は骨抜きになった。
「こ、こっちおいで」
「みゃう!」
近づこうとすると、謎の生き物が逃げ出した。
「あっ! 待てっ!」
「追いかけよう!」
逃げた生き物を追いかける二人。辿り着いたのは行き止まりの小部屋だった。
「…………あれ? いない?」
フィルがキョロキョロと部屋中を探し始める。
「どこいったんだ?」
蕾森も部屋を探してみる。
「ん?」
蕾森は丸い石を見つけた。凹凸の無い真ん丸の石を。中央に何やら文字のような物が書かれているが、生憎。それは読めなかった。
「そうだ!」
思い付いた。さっきの生き物を見つけたと嘘をついてやろう。実際にこの石を見せて…………どんな反応をするのか見てみたい。
「さっきの仕返しだ!」
蕾森は手に持った丸い石をフィルに渡す。
「捕まえたぞ!」
「えっ!? ホント!?」
フィルが驚いて石を見て――。
「Whiilililin」
「え?」
石の表面に光の筋が走る!
驚いたフィルはその石を投げ捨て――。
「U――IIIIINN!!」
叩きつけられた石の周りにダンジョンの瓦礫が集まって行く。
それは次第に人の形になった。
「iiiNN」
「なっ!? 何だっ!?」
驚きの声を上げる蕾森。
体が硬直している彼の前にフィルが飛び出した。
「多分、ゴーレムだ! ダンジョンに居る財宝を守る番人!」
「番人…………」
蕾森が腰が抜けてその場に座り込む。すると岩石ゴーレムが蕾森目指し、重たそうに足を引きずって近づいて来る。
「危ないっ!」
フィルが蕾森の体を抱き起し――。
「LIILINN」
岩石ゴーレムが腕を振り上げ――そのまま振り下ろす。
「くっ!」
咄嗟にかわして直撃だけは避けた。
しかし――!
「うわっ!?」
地面に亀裂が入り、床が崩れ落ちた。
「うわぁああっ!?」
崩落に巻き込まれる二人。だがその前にフィルが動いた!
「蕾森っ!」
フィルが蕾森の体を蹴っ飛ばす。すると彼の体は崩れてない床の上へと無事に乗り――。
「フィルっ!?」
蹴った反動で崩れた床のさらに奥へと飛んでしまったフィルの体は、瓦礫と一緒に奈落の暗闇の奥へと消えていった。