ダンジョン探索へ
この日、フィルは森の中に居た。
「えっと。この草は……食べられる」
茎を掴んで力任せに引っこ抜く。おまけとして付いて来た根の土を近くの木の幹に叩きつけて落とすと、ポイッと背負った籠の中に入れる。
「こっちは……食べられない」
視線を外して、さっさと次を探す。
「これは…………食べられるっと」
茎を引っ張って引っこ抜――。
「ぐぐぐぐぬぬぬぬんうぅ!」
両手で茎を掴んで引っ張る。顔を真っ赤にしても抜けそうな気配がしない。
「はぁはぁはぁはぁ……」
肩で息をする。
標的となった野草はなかなか手ごわい。
「くっそー! こうなったら!」
フィルは呪文を唱える。
「ウインドカッター!」
掌から発生した風の刃が野草の茎を根元からスパっと切り落とす。
「ふっ……。大人しく引っこ抜かれていれば良かったものを」
誰も見ていないのに一人でカッコつける。
「よいしょっと」
切り落とした野草を背中の籠に入れる。
「ふぅ…………」
ちょっと疲れたのでここら辺で休憩をとる事にした。
「よっこらせっと」
背負っていた荷物を置いて、フィルは近くの切り株の上に座った。
「あー、疲れた……」
今日はお母さんから家の手伝いを頼まれた。山の中から食べられる野草を採って来てと。
フィルは今日も今日とて隣り合う異世界に居る友達の元へとすぐにでも遊びに行きたかったのだが、その友人と遊んでばかりいたために最近家の手伝いが疎かになっていた。
このままでは不振に思った両親に自分の行動を調べられるかもしれない。蕾森の存在や森の中に鬼界への穴が開いた事などは秘密にしておきたい。だから変に勘繰られる前に今日は家の手伝いを優先して行うと自分から申し出たのだ。
「…………もうちょっとだ」
籠の中を覗き込んで、うんうんと頷く。もう少し採れれば充分だろう。
立ち上がり、お尻をパンパンと叩く。
「今度はあっちに行ってみようかな?」
せっかくだ。まだ行っていない場所へと足を踏み入れてみよう。
「何があるかな?」
リズムを付けて呟く。
今、フィルが居るのは人界ではなく鬼界である。
慣れた山の方がどこで野草が採れるかなど解りきっているが、せっかくなので冒険気分で鬼界の方の山で野草の採取をする事にした。
「いっつも蕾森の所へ真っ直ぐ行ってたもんな……」
蕾森と遊ぶのはすごく楽しい。だからそれに不満は無いが……。
「探検、探検!」
好奇心旺盛な少年にとって、まだ知らないこの森を見て回りたいと常々思っていたから丁度良かった。
「そうだ。蕾森に何かお土産を持って行こうっと!」
そうと決まればと。そこら辺で拾った木の棒で覆い茂る雑草たちを掃って進む。
「…………あっ! 何かあるっ!」
フィルは何かを見つけて叫んだ。
ダッシュでそこへと駆け寄る。
「これ…………多分、遺跡だ」
駆け寄った場所は崖下。そこの一か所にポカンと口を開けた洞穴一つ。知らなければ洞窟と見間違えてしまいそうになるが、フィルは見間違えなかった。
洞窟と遺跡の違い。
洞窟は自然のままの状態の穴で、遺跡は入り口とかが不自然に切れてたり加工されてたりすると村のあるお爺さんが教えてくれたから。
そしてこの洞窟の入り口には石灯篭と呼ばれる人工物が並んで置かれていた。人気の無い洞窟の入り口にある石灯篭。これはもう遺跡で間違いないだろうと確信した。
「よーし! 早速たんけ…………」
入口から頭を突っ込んで中を覗き込む。中からは生ぬるい風と共に、異様な何かが出てきてフィルの頬を摩った気がした。
「…………」
ゆっくりと後ろに後ずさる。
「…………蕾森の所へ行こう」
この遺跡には興味がある。一体何があるんだろうと。
だが同時に恐怖も出てきた。
モンスターに襲われるかもしれない恐怖。トラップに引っかかるかもしれない恐怖が。
「野草は…………もういいかな」
最初の採りたい量にはまだまだ足りないが…………。
「よくよく考えたら、三人家族だからそんなにいらないな」
うん。そうだ。そうしよう!
フィルは山の中を軽やかに走って行く。
*****
「遅いっ!」
蕾森の屋敷へ着いたフィルを、彼の不満が出迎えた。
「ゴメンゴメン。ちょっとお母さんの手伝いをしててさ。それで遅くなった」
背負っていた籠を降ろして中身を蕾森へ見せる。
「…………なにこれ? 草ばっかり入ってる?」
籠を覗き込んだ蕾森が不思議そうに首を捻る。
「これは全部食べられる野草だよ」
「えっ!? これ。食べられるの?」
「うん。そうだよ」
「へぇー。そうなんだ。知らなかった」
「蕾森はホント。知らない事ばっかりだね」
つい口から出てしまった言葉で、蕾森はㇺッとする。
「そんな事ないもん。俺だって知ってる事くらいあるさ」
「へー。じゃあさ。教えてよ。この野草を採ってる時にさ、遺跡を見つけたんだ」
「い、せ、き?」
言われても蕾森は何の事かピンときていない様子だ。
その反応は予想通りだと、フィルは説明を続ける。
「遺跡って。ダンジョンになってるんだ。迷路みたいになっていて、モンスターが住んでいて。中に入った冒険者を襲うんだよ」
「えーっ! 何それ。危ねーじゃん! 入る奴ってバカじゃねーの!」
「バカじゃないよ!」
蕾森の言葉に、フィルはちょっとだけㇺッとする。
「ダンジョンには、夢とロマンがあるんだ」
「夢とロマン?」
「そう。そこに何があるのかわからない。わからないからこそそれを知りたくて人はダンジョンに潜るんだ」
「潜ると何か良い事があるのかよ?」
「あるよ。ダンジョンには秘密のお宝が眠っているんだ」
「お宝…………」
「そう! 金銀財宝がざっくざくってね。…………実を言うと。僕は将来、冒険者になりたいんだ」
「フィルが冒険者に!?」
「うん」
蕾森は驚いて固まる。少ししてから回復して――。
「えー。フィルじゃ無理だって。だって魔法だってあんまり使えないじゃん」
「そんな事無いよ!」
「えー! だって二つしか使えないじゃん。それでモンスターとどうやって戦うのさ!」
これまでフィルは蕾森には二つの魔法しか見せていない。だから彼はそれだけがフィルの実力の全てだと思い込んでいる。
「うーん…………こうなったら!」
フィルは決意した。実はこれは秘密のとっておきの魔法なのだが…………。これを見せてやろうと。
「そこまで言うなら見せてあげるよ! 僕のとっておきの魔法を!」
「とっておき!?」
蕾森は嬉しそうに驚いた。
フィルが知る限りでは蕾森のような鬼人族は魔法を使うのが苦手らしい。ちょっと前に魔法の使い方を教えても蕾森は使えずにがっかりしていた。だから魔法を見せると彼は瞳をキラキラさせて面白そうに見てくれる。
「じゃあ、まずはこれを置いてっと…………」
野草を摘んだ籠を玄関の脇に置いて庭へと回り込む。
びっしり敷き詰められた芝生の庭の端にある雑木林から適当に太い木の枝を持ってきて、地面に突き立てる。
「これを……。見てて!」
「うん!」
危ないので蕾森を自分の後ろに下がらせてから呪文を唱える。
「ウインドカッター!」
風の刃が木の枝を真ん中からスパンと切り落とした。
「どう?」
「すっげぇー! 真っ二つだ!」
「ふふん」
フィルは自慢げに鼻を摩る。
この呪文はフィルが使える呪文で一番殺傷能力が高い呪文だ。危険なので人前では一度も使った事が無い。だから今回が初お披露目だ。
「どう? これならどんなダンジョンだってへっちゃらさ」
「えー。そうかな? それでも危ないって」
「大丈夫だって! そんなに心配なら。さっき見つけたダンジョンに行ってこようか?」
つい口が滑ってしまった。
入口を覗いただけで逃げ出したばかりなのに。蕾森の前だから格好つけてしまった。
ま、どうせ言うだけで行くような事にはならないだろうけどな。
そうフィルは高を括っていたが…………。
「だったらさ。俺も行ってみたい!」
「え?」
予想外の返事に、フィルは戸惑う。
「だ、ダメだって! 危ないって!」
「へっちゃらさ! それくらい!」
「いやいやいや! 僕はいいよ。でも蕾森は危ないって!」
「はぁっ!? 何だよそれっ! 俺なら大丈夫だって!」
「何でそんな根拠が言えるのさ!」
「根拠…………根拠は…………」
蕾森は視線を上へ下へと動かしてから答える。
「大丈夫だ!」
「大丈夫じゃないっ!」
説明になってないじゃないか!
「よーし! こうなったら。ダンジョンの入り口に行ってみようぜ! それで無理そうなら引き返すって」
どうせ逃げ出すだろうとフィルは思ってこんな提案を出した。すると案の定、蕾森は乗り気になって。
「よーし! 望むところだ!」
こうして。二人はダンジョンの探索に乗り出す事になった。