疼く好奇心
「それじゃあ、お母さん。行ってきます」
ドアノブに手をかけた所で、フィルは母親に呼び止められて振り向いた。
「気を付けてね。モンスターに遭ったら何が何でも一目散に逃げなさい」
「わかってる!」
心配してくれる母親に背を向けて、フィルはㇺッと眉と口を曲げて答える。
ドアを開けて外に出ると、扉を勢いよく閉めた。
「まったく……いつもいつも同じ事言って」
心配して言ってくれているのは勿論わかっている。だがこうも毎日。一人で外に出かける度に同じ事を言われては、いい加減に聞き飽きた。
「僕だってもう九歳なんだよ!」
玄関脇に置いといた木の棒を手に取る。昨日、森へ入った時に拾ってきた木の棒だ。
「あーあ。僕も早く街に出たいなー」
手に握った木の棒の先端を、足で蹴とばしながら適当に村の中を歩いて行く。
ここはトーヤの村。
カナッシュ公国の最果てにある小さな村だ。辺境にあるせいで人の往来が少なく、過疎化が進み遠出など出来ない爺さん婆さんばかりが暮らしているような村だ。
人手が少なく、もはやこの村は森の木々に飲み込まれかけているような終わりかけの村。
その村でフィルがこの村の最年少で、唯一の子供である。
「今日は何をしようかな?」
昨日は森へ入った。なら今日は?
畑に行けばお父さんが居る。行けば畑の仕事の手伝いをさせられるだろう。
それは嫌だ。今日は遊びたい気分なのだ。
なら他の家に遊びに行く…………のも却下だ。
行っても爺さん婆さんの話し相手になるだけ。
「あーあ。早く街に出たいなー」
口癖のように同じ事を呟く。
適当に村の中を歩いて、辿り着いたのは森の中にあるいつもの遊び場だ。
どこへ行こうか考え事しながら歩いていたにも関わらず、体は無意識にいつもの行動を取っていた。
「結局。いつものように……」
いつもの場所で、いつもの遊びをやって一日を過ごすだけだ。
*****
落ち葉がクルクルと宙を舞って――ストンと落ちた。
「うーん……また失敗しちゃった」
疲れたフィルはその場にペタンと座り込む。これをやるとズボンのお尻が汚れるから止めなさいとお母さんに叱られるが、そんな事は別に気にしない。
「どうやるんだろう……?」
フィルは幼い頃の記憶を頑張って思い出す。
「…………ダメだー!」
諦めた。
「はぁ……」
地面の上に大の字に寝っ転がる。
「魔法…………どうやったら上手くなるんだろう?」
フィルがいつもやっている遊び。それは魔法の練習だ。
小さい頃。村で唯一魔法を使えるお婆さんに魔法を見せてもらってからずっと魔法に心を奪われていた。
「僕も魔法を使えるようになりたい!」
その思いを魔法使いのお婆さんに伝えた所。
「坊やが大きくなったらね」
そう答えたので早く大きくならないかなとずっと待ち望んでいた。
しかし――そんな日は訪れなかった。
フィルの成長を待たずに亡くなってしまったのだ。
その日からフィルはそのお婆さんの遺品である魔導書や道具など、魔法に関係ありそうな物を引き取った。幸いにも読み書きは教えてもらっていたので、読む事は出来たのだが…………。
「やっぱり、独学じゃキツイよ」
こうして途方に暮れるのもいつも通り。
こうして今日も一日が過ぎて行く…………筈だった。
ガサッ。
「!?」
どこかで葉が擦れる音がしたのでフィルは慌てて起き上がる。その時に、横に置いていた木の棒をギュっと握りしめる。
「っ…………!」
息を飲む。
「…………!」
ガサッ!
「わっ!?」
音がした方を振り向くとそこには――!
「もっ、モンスター!?」
「ブルルルルルルッ!!!」
一匹のモンスターが鼻息荒く、前足で地面を蹴っていた。
「う、あ、ぁ!」
フィルは一歩後退る。
怯えた瞳に映るモンスターの姿。猪に似たそいつは獣ではない。腕や足、体や頭から黒い水晶のような棘が皮膚を突き出すように生えている。これがモンスターである証だ。
「ブルルルルルルッ!!!」
猪モンスターはこちらを威嚇しながらゆっくりと近づいて来る。
目の前にいるのは九歳の小さな子供なのに、いきなり襲い掛かってこないのは、少年が手に握った木の棒を警戒しているのかもしれない。
それに気が付いたフィルは木の棒をギュっと握りしめる。自分の運命を自身よりもちょっとだけ背の高い曲がった木の棒に託すのは普通ならばあり得ないが、今はそれでもすがるしかなかった。
「くっ! 来るなっ!」
「ブルルルッ!!」
猪モンスターがどんどん近づいて来たので、木の棒を振り回す。しかし猪モンスターは警戒はすれども歩みを止めようとはしない。
「うっ! うわぁあっ!」
パニックになりそうな頭を心で無理やり抑え込む。
冷静に! 冷静に!
こんな時はどうする!? どうすればいい!? どうすれば助かる!?
必死になって頭をフル回転させる。
「あ…………!」
いい事思い付いた。
ひょっとしたらこの猪モンスターを何とか出来るかもしれない秘策を。
「くらえっ!」
「ブルッ!?」
ドシッ、ドシッと近づいて来る猪モンスターへ向かって木の棒を投げつける!
木の棒は猪モンスターの鼻先へ当たり、一瞬ひるませる事に成功した。
「うわっ!」
その隙を衝いてフィルは走り出す。村とは反対方向の森の奥へ。
「こっちだ!」
「ブルッ!」
猪モンスターは当然その後を追いかけてくる。
九歳男児の足と猪では当たり前だが猪の方が足が速い。勿論、フィルはそんな事など解りきっている。そこでフィルはワザと足場の悪い場所を――切り株の上や木の枝を飛び移ったりして逃げる。
この山は産まれた時から遊び場だったのだ。どこに何があるのかは全て把握済み。
「こっちだ!」
「ブルッ!」
目的の場所までもうすぐだ。ここら辺で呪文を唱え始める。
「っ!」
フィルは立ち止まる。逃げる必要が無くなったからだ。
「ブルッ!」
猪モンスターはこちらが逃げるのを諦めたと思っているのだろうか?
向こうも立ち止まり、ゆっくりと近づいて来る。
フィルは前へ腕を突き出す。
「今だ! エアロボム!」
掌から発射された風の魔法は猪モンスター…………から大きく外れて、そのずっと上空で炸裂する!
魔法が放たれた瞬間。驚いてビクッと硬直した猪モンスターは、攻撃は外れたと思ったに違いない。
「当たった!」
フィルは喜んだ。そして視線を上から下へと降ろす。落ちてくる物を目で追いかけて。
「ブル?」
猪モンスターの頭から突き出している黒い水晶の棘に丸い物が突き刺さる。その中からブウゥウンと羽音を鳴らして無数の蜂たちが巣から飛び出してきた!
「ブルルルッ!!!!????」
巣を壊された怒りを猪モンスターへと向ける蜂たち。さすがのモンスターもこれにはたまらないようで、フィルの事など忘れて暴れ回っている。
「よしっ!」
自分の作戦が上手くいって喜ぶ。
「っと!」
いけない。いけない。早くここから逃げなければ。巻き込まれる前に。
こそっとその場を後にするフィル。村から遠く離れてしまったが、大丈夫。この辺もよく知ってる場所だ。
だから帰り道の足取りに迷いなど無い。
だが…………。
「何だ…………これ?」
それを見つけて驚いた。この場所にこんな物なんて無かった筈だ。
「…………穴?」
首を傾げる。
目の前にあるのは『穴』だ。それも普通の……地面に掘った穴ではない。地面に対して垂直に空に浮かんだ穴。穴の大きさは大人が一人余裕で通れる大きさで、その向こうには違う景色が映っていた。
「…………?」
穴の後ろに回り込んでみる。後ろは木が三本立っている。前に戻って見る。穴の中に映った景色には木が無い。つまり穴の向こう側は何か変なのだ。
「…………何だろ。これ!」
フィルの胸が高鳴る。
元々、探求心の強い――特に不思議な事に関して興味をそそられる性格のフィルはこの穴の向こう側がどうしようもなく気になってしまった。
ついさっきまで猪モンスターに襲われていたと言うのに、その恐怖心などどこかへ消え去っていた。
「…………行ってみよう」
好奇心には勝てず、フィルは穴の中へと入って行く。
帰れるかどうかも解らないのに…………。
こんにちは。
別の作品を執筆中にも関わらず、他の作品も執筆するようなバカな奴です。
もう一つと違い、こちらは書き方と文量を変えてるのでちまちました投稿になります。
なるべく短い期間で投稿出来るように頑張ります。
こんな奴の話しで良ければお付き合いください。