こんな死後の世界があるのなら。
妻がテレビを見ている。
あぁ、私が好きな俳優が撃たれてしまった。
《次週に続く》
続くのか。
来週には私は死んでいるのだが……。
残念だ。
つい半年前まで定年後は妻と温泉旅行にいこうと思っていたのにな。
なぜこうなったのやら。
もう目を開けるのも面倒くさい。
うまく喋れず、伝わらないし、耳も遠くなってしまったので私は誰とも話さなくなった。
ボケていると見なされているようだが、失敬な。
頭はしっかりしているのだ。
自分の余命もちゃんと受け入れたし、誰がお見舞いにきて、誰が来ていないかもちゃんとわかってる。
失敗した。
手や口が動く内に遺言を遺せばよかった。
知るか……死んだあとの心配までしてられるか。
妻を見る。
「……」
うーん……ババァだ。
私がジジィだから仕方がないが妻はすっかりババァだ。
何度も浮気をして何度も手をあげたが私についてきてくれた。
誇らしい。
私はこの素晴らしい妻の夫なのだ。
考えたこともなかったが、生まれ変わったらまたこの女と生きたいものだ。
まぁ妻はそう思わんだろが。
「……っ」
息がうまくできない。
いきなりだな……死ぬのか。
遺言はこれしかないだろう。
「すまん……ありが……とう」
「……えっ? お父さん!? お父さん!?すいません!誰か!お父さん!」
ナースコールが壊れるぞ。
無駄だよ無駄。
ゆっくり息を吸った。
空気が最高にうまい。
吐いた。
もう一度吸おうと思ったが無理だった。
さて死ぬか。
死後の世界は予想とは少し違った。
私は相変わらず病院にいた。
《続き》の世界だ。
私は私より先に死んだ笹木さんと将棋をしている。
テレビも見られる。
あの俳優は胸ポケットにコインを入れて助かった。
陳腐な筋書きだったが、見たいドラマをまた来週も見れる喜びを教えてくれたから許そう。
また来週もみる。
「負けました」
「なかなか頑張りましたよ。もう一勝負しますか?」
「いえ結構」
ふてくされてベッドに潜り込んだらババァがいた。
妻だ。
「お前どうした?」
「あらあなた」
「自殺したのか?」
「だってあなたがいなくて寂しかったのよ」
「そうか」
後追い自殺するほど愛されてるとは思わなかった。
そうだ。
せっかくだから温泉旅行にいこう。
私は妻の手を取った。
「草津にいくぞ」
「あら。温泉へ?」
「温泉だ。お前といきたいと思っていた」
こちらにも温泉はあるのだろうか?
久しぶりに外に出よう。
死んだ親父やお袋。
祖父母にも会いに行こう。
会える気がする。
いつの間にか妻と私は洋服を着ていた。
靴もはいている。
スリッパ以外の履き物は久しぶりだ。
「笹木さん。お世話になりました」
「はいはい」
病室を出た。
「しまったなぁ」
私は意識不明でここに運ばれてきたからどちらにいけば出口かわからない。
「こっちですよ」
「詳しいな」
「あなたの看病をしに毎日来たんですもの」
「そうだったな。ありがとう」
「あら。お礼だなんて」
「行こう」
妻に導かれ、エレベーターに乗り、待合室を抜け、誰もいない受付で退院の書類を書いて自動ドアの前に立った。
まさか退院できるとは。
死んでよかった。
自動ドアが開く。
久しぶりのお天道様の光は眩しかった。




