なぎさ先輩と。
「あーあ、鼻の頭にクリームが付いてるよ」
その言葉と共に先輩の手が伸びて来て、ひょいと僕の鼻の頭から白いひとひらの塊を拭って当然とばかりに口に含んだ。
「えーっ、琴美ちゃんってば、こんなの食べるの?」
いつもとは違う目線がみさき先輩の好奇心に火をつけたことを物語っている。なんか間違えたかな?
「あっ、なにか変ですか?」
「ええ、多少はイメージがズレたけど、見た目からは全くズレて無いわ」
……見た目からは?
「あらっ、深く考えないようにしてちょうだい。
あのね、ヒロト君ならそんなショートケーキを美味しそうに食べる事はないと思うから多少のギャップがあった訳ね」
……なるほど、確かにヒロトならコーヒーをブラックで飲むようなイメージかも知れない。
自分的に考えても少しこれまでのイメージからは、かなりズレてきたと思う。だが、今やヒロトでは無いし、琴美なら当然に許されることだと思うのだが?
ということは、これが結論かな?
つまり、みさき先輩はこのケーキを食べたいってことだろうか?
「あっ、琴美さん、それは違うわ。別にあなたのケーキを食べたいとは思ってませんし、加えて私は甘党ではありません。どちらかというと辛党なので、ハバネロとかが使われた辛い系のお菓子が好きです」
……ほう、初耳だ。
しかし、別に先輩の好みを知りたい訳ではない。
どうして僕の考えが分かったのか、それが知りたい。
「あなたはホント、わかりやすいわね。だから、みんなの格好の餌食…いえ、いえ、餌食なんて似合わないわね。うーんと例えるなら・・・愛玩具(お人形)かな?自覚が無いから特に可愛いらしいのかな!」
「それは初耳です。そうならもっと早く言って欲しかったな」
「えっ、あっ、そうね。ハァー。やっぱり自覚が足りない」
なぎさ先輩は僕の言葉を聞いた瞬間、キョトンとした表情の後、僕に向かって可哀想なものを見る表情を浮かべた。
……なんか、明らかに失敗したらしい。
そのあと、頭の中には沢山の『?』マークに彩られてしまった訳で、なぎさ先輩からの話はスルー状態になってしまったらしい。なぎさ先輩から人差し指でおでこにデコピンされるまで気づかなかった。
「あってててっ。先輩、いきなり何をするんですか?デコピンなんて今どき小学生でもしませんよ」
「ほらっ、あなたは隙が多いのよ。もっとガードを固めないと、まだまだキツい目に会うかも知れませんよ」
……なんか、それこそ、今日のなぎさ先輩がいつもよりキャラがキツくないか?
そう思った途端、右頬を軽くつままれた。
「だから、あなたの考えはお見通しと伝えた直後にわかりやすく私を非難するのはやめなさい」
「……ははっ、バレましたか。なら、先輩はなんでこんなことをするのでしょうか?」
ど直球で疑問を口にした。
なぎさ先輩からは再び、可哀想なものを見るような視線を僕に向ける。本当になんなの?
「さて、どう説明した方がいいのかな?私も混乱してきたよ。でも直球には直球で返した方が良さそうね。
これ以上、あなたを混乱させるのも意味がないし。
琴美さん、これからどうするの?もちろん将来的な話なんだけど?」
なぎさ先輩が何が言いたいのかはわかった。だけど、どうしてこんなわかり切ったことを聞くのかはわからない。かなり真剣な顔つきを見ると、結構大切なことなのだと推測はできるが、結論というか、僕の選択肢はほとんどない。それはなぎさ先輩も十分にわかっていることだろうに……。
「ええっと、僕はまだ誰と付き合うとか決めてない。
それに婚約してはいたけど、それも解消してる。これはみさき先輩も知ってますよね。だから、これからのことはゆっくり考える。これが僕の答えです」
ヒュっと音がしたと思った瞬間、頭の上からボコっという音が聞こえた。しかし全く痛みはない。薄い手帳で頭を叩かれたのだ。
「先輩、酷いっ!」
「いや、あなたはわざとやってるの?」
クールな表情の中に殺気を感じる。
さて、どうしようか?
謝るか、逆にキレるか?
僕は悪くないよな、ちゃんと答えているんだし、それこそみさき先輩の方が違うと思う。
「ちょっと酷くないですか?僕は真剣に考えて答えてますけど、それに不満があるなら、もっとわかりやすく教えてくれれば良いじゃないですか!」
久々にキレた。
漫画の中なら頭からは湯気が出ていることだろう。
目つきを細め、臨戦態勢で先輩を睨みつけるが、意外にも先輩は唖然としていた。
『また、やらかしたのか?』と心の中では若干の後悔をするも、側から見る僕の姿は少しの変化も見えなかっただろう。
「ごめん」
ぽつりとなぎさ先輩の口から予想外な言葉が出てきた。それと共に頭を下げている。
明らかに僕への謝罪だった。
何故だろう、さっきまでのなぎさ先輩の勢いはもはや感じられない。頭の中をフル回転して考えたが、なぎさ先輩の奇妙な振る舞いの意味を解くことはできなかった。
じっと頭を下げ続けるなぎさ先輩に気付いて、頭を上げるように声を掛けたのは、かなり遅れてしまった。
だけど、僕の一言では何かが足りないのか、なぎさ先輩はまだ頭を上げない。ずっとこのままだと困ると告げて、先輩はやっと頭を上げた。
僕はほっとしたものの、なぎさ先輩は僕から視線を外したままで、これからどうするか迷っている中、なぎさ先輩から意外な質問をされた。
「あなたは、男子と女子のどちらを選ぶの?」
「いや、答えは決まってますよね。いまさら過ぎます!」
「そう、本当に知らない訳ね。なら、やっぱり謝るね。今日は酷いことをしてごめんなさい。あなたは知っているとばかり思っていたわ。だから、わざとだと決め付けていました。だってあまりにも香澄が可哀想だったから、私にできるのはこんなことしかなかった。でも、君は事実を知らない。本当にごめんね。それと今から話すことはかなりショックだと思うけど、それでも知りたい?」
不安気に聞いてくるなぎさ先輩に、無言で頭を軽く上下に振って応えた。そのあと、なぎさ先輩は目を伏せると、少し間をとってから小さな声で話し始めた。




