再出発!
叔母との話を思い出して、ベッドの上でゴロゴロしていたが、いまいち現在の僕の状況がわからない。
確か、ゆりはと香澄から意地悪されたのがトリガーだったけど、その中にあやめちゃんとこのは先輩の裏工作があったと思っている。
しかし明確な証拠は無いし、彼女らのメリットもわからない。
どうしたらいい?
手詰まりか?
うーん。
っと、僕はなぜ悩む?
……初心に戻ろう。
あやめと名前が書かれた電話帳のデータを消して、僕のSNSは全て利用停止した。
それからメモっていた番号にショートメールを送った。
「あやめちゃん、ごめん。婚約は僕の気持ちの問題で、一方的に破棄するよ。あなたが僕に対して色々と画策したことは見逃すことにする。今は学校に通うだけで精一杯だから、そっとして欲しい」
メッセージを送ってから回答はすぐだった。
詳しくは秒単位。こわ〜!
「そう。残念です。しかし、私は諦めません。ただ、あなたが疲れきっていることは知っています。気持ち的には嫌ですけど暫くはそっとしておきます。
あなたの心が折れるのは見るに耐えません。
でも、お互いに挨拶だけはしましょう。それがお互いに騒がれないためです」
そっか、いきなり疎遠になり過ぎると逆に噂になるということか。これだけの啖呵をきったのだから、このは先輩からの援護も期待できないよな。
なら、返事は一つしかない。
「はい、承知しました。お互いに顔を合わせたら挨拶はさせて頂きます」
このメールに返事はなかった。
まあ、それは仕方ないし、そう望んだのが僕自身だ。
さて、ゆりは達はどうしようかな?
こちらは縺れてしまっているから、誰かに意図を汲んでもらいたいな。となると、なぎさ先輩しかいない。
コール三回で優しそうな声が聞こえた。
「夜分遅くにすみません。私はヒロトです。
みさき先輩でしょうか?」
「はい、琴美ちゃん。みさきですけど大丈夫ですよ」
待っていたのだろうか?
みさき先輩からみても、僕が手詰まりだと予想していたのだろうか?
「あのっ、もしかして私から連絡があると思っていたんですか?」
「いいえ、私はそんなこと少しも考えていません。
しかし、香澄から相談はされていました。だから驚くことではなかった訳です」
淡々としたやりとりは、特に重要な話には発展しなかったが、それでも三十分は話をしていた。
とりとめのない話にずっと付き合っていたみさき先輩に感謝しつつ、電話を切ろうとした時に驚くべきことが起こった。
「あっ、急な話でごめんね。明日なんだけど琴美さんは何かある?」
「いえ、特には無いです」
「そう、なら少しだけお茶に付き合って欲しいんですけど?」
……んーっ、こっこれは、耐え忍んだ十七年の末に訪れた贈り物か?しかしサンタの日にはまだ早過ぎるし、私の誕生日とも違う。
何かの間違いだろうか?
「間違いじゃないし、あなたの誕生日は知らないわ」
「えっ、みさき先輩、どうして私の考えが分かったんですか?」
……じっと無言の数秒が経過したが、次には盛大な笑い声が耳に届いた。
「どうしてお笑いになるのですか?」
「どうしてかって? そりゃあ笑うでしょう。
だって、あなたの考えが分かったからですよ」
「えっと、みさき先輩って……もしかして超能力者ですか?」
「クスクス…。いや、私が超能力者じゃなくて、あなたは考えていた事を口にしていたってことだわ。
まぁ、可愛いよね。まず香澄はしないし、楽しかったよ。おねーさんは明日が楽しみだ。もちOKだよねー!」
……っつ、痛い。とても痛いっ! 心が。
ズル休みした時に厨二病と診察されて以来の恥だ。
しかもみさき先輩なんて、真っ黒歴史を更に更新したということになる。ああ、恥ずい。
次の日、駅前の商業施設の地下の噴水前で待ち合わせすることになった。
例によって、僕はあやめさんの家から手配された車に乗って帰る。つまり日常的に表面では何ら変化は無かったことで進んでいる。見えない心の変化だけは元には戻らないだろうけど。
それと、あやめさんの家なら別に心配する必要も無い。さくらさんとお母さんが仲良しだし、車の一台程度で揺らぐような家でも無い、
なら、以前どおりの関係と見えるようにするだけだ。
あやめさんの条件にも合致するし、僕にも利点はある。
家に着いてから、まずは着替た。
制服をハンガーに掛けて、薄手の白いシャツに網目が大きな茶色というか、どちらかと言えばミルクコーヒー色の大きめのカットソーを羽織る。
膝丈までの黒いジーンズスカートを履いて姿見を見るが、いまいちかな。インパクトが無い。というか、可愛いだけだ。それでも贅沢な悩みだろうけど。
ちょっと部屋の中を見渡すと解決策が見つかった。
大きめの皮の編み込んだベルトを腰に巻いた。伊達眼鏡は黒いセルフレームで、カットソーに合わせたベレー帽を被った。
……っと、気合いが入る。
あのらなぎさ先輩とのデートだ。
ああ、これが男の時だったなら、最高なんだろうけどなぁ。そんな夢さえ見ることも出来ない自分がとても悔しい。
しかし、もし僕が女子でなかったら、こんな機会は永遠に来なかったかも知れない。
前向きに考えて楽しもう!
リップを塗って、さあ完成だ。
……んー、前髪が少し長くなってきたなぁ。
そろそろカットしに行こう。
では、皆の衆。行って参る!
枕元に連なるぬいぐるみに行ってきますの挨拶をして、部屋を出る。
階段を下りる足音は普段より弾んだ音を出している。
少し大きめのコンバースを履いて玄関を出ると、いつもと同じ景色が少しだけ輝いて見える。
心が整理出来てきたからだろう。
もう振り向かないよ。
今、この時から再出発だ!
心が軽くなると不思議と足取りも軽やかになるのだろうか、僕は久しぶりにウキウキした気持ちのまま駅に向かった。




