人を想うこと
目が覚めたのは、午前五時過ぎだった。
気持ちが落ち着いたからなのか、これから起こることに無意識に不安感を感じているからなのか、どちらとも言えない微妙な目覚めだった。
隣のベッドに寝ているまぁちゃんはまだ夢の中、なるべく音を立てず静かに洗面所に向かう。台所というか、厨房から料理する音が聞こえる。もう叔母は仕事しているのだろうか?
厨房に顔を出して、おはようと挨拶すると、叔母からおいでと呼ばれた。
なんだろうと思いながら、厨房に入ると、小皿が出された。
「これを作ったけど、味見してもらえない?」
出された小皿の上には、卵焼きの端とアスパラのベーコン巻きとかが載っていた。
お弁当のおかずかな?
卵焼きに刺してあるピックで一口食べると、なんとも言えない味がした。
この頃は、自分でお弁当を用意するから、その差がわかる。自分のとは、どことは言えないけど、とにかく違って、とても美味しい。やはりプロは違うな。
そう思っていたら、僕の考えが伝わってしまったのか、叔母から思わぬ話を聞かされた。
「今、私が料理人だから美味しいと思ったでしょう。でもね、それは違うと思う。ヒロくんはお弁当を作る時は、何を考えているの?
私は、まぁちゃんが私のお弁当を食べて、どんな時でも笑顔になれるようにと思って作っている。お弁当を食べて授業で緊張した心をほぐしてくれると嬉しいな、とか、いつもそう思っているのよ。私が何を言いたいことは伝わったかな?」
いきなりの話でどう反応すれば良いのかな。
だけど、盲点だった。
いままで、どうせ自分が食べるし、と思いながらお弁当を作っていた。でも、叔母の話はなんとなくわかる。たぶん、そのとおりだろうと思う。じゃあ、自分が食べる時はどう考えるといいのだろう?
「あの、自分用のお弁当は、どう考えると美味しくなるのかな?」
「あらっ、簡単ですよ。自分用に作らなければいいんじゃないの!」
「というと?? 具体的に教えてください」
「そうねぇ、ヒロくんの好きな人に食てもらえる、という気持ちで作るといいと思うよ」
「好きな人?それは少しハードルが高いけど」
「好きな人も色々だよ。友達もその中に入るし、お父さんやお母さんもね」
そうか、それならいる。
今はうまく付き合えないけど、やはり香澄とゆりは、あやめさんのことを考えるといいのだろうな。
だけど……。
これはまだまだ先の話、その前に解決しないといけないことがある。
解決しないなら、別の選択肢を選ぶほかないけど、どちらにしろ立ち止まっているだけではダメだとまぁちゃんからは教えられた。
そっか、まずはまぁちゃんに対して感謝の気持ちを料理で表せればいいのかな?
なら、またここに来る理由ができる。
「ねえ、ヒロくん。まぁちゃんのために、このミニトマトを空いたところに入れてくれる?」
「はい、分かりました」
既に冷蔵庫から取り出されたミニトマト、これを単にお弁当箱の空いたところに入れるなんて、どうして僕に頼むのだろうか?
多少の疑問を持ちながら、流水で洗いヘタを取り、そのまま詰めた。
「できました」
「あら、早かったわね。で、これを見て私は思うことがあります。これはヒロくんの食べ方でしょう。少し違うと思う」
「あっ、丸のままより、二つに切った方が良かったでしょうか?」
「いいえ、そんなことじゃなくって、これはまぁちゃんのお弁当と思って作ってないのが一番の間違いだと分からない?
つまり、まぁちゃんがどんなミニトマトを好きかということを覚えていないのに、美味しいお弁当にはならないでしょう。私はそう言いたかっただけです」
「えっ、それはそれですね。だけど、僕はまぁちゃんのトマトの食べ方を知らないから仕方ないですよ」
そう言った後に叔母から可愛そうな目で見られていることに気づいた。とても残念だなぁと思っているような目で。
「ねぇ、叔母さん。僕はどうすれば良かったのでしょうか?」
「それは、とても簡単なこと。私に聞けば良かったのに、自分で自己完結するからよ」
「あっ、その発想はありませんでした。ごめんなさい」
「ヒロくん、謝る必要はないわ。こんな発想をするようにならなければ、友達との付き合い方はスムーズにいかないと思う。ぼっちの時の考えを、捨てなければ解決しないこともあるということですよ」
「はい。そうですね。僕はぼっちを逃げることと取り違えていたのかも知れません」
そう言った後、叔母から優しく頭を撫でられた。その表情はとても満足していた。
「そうよ、それがわかるようにってほしいと私もまぁちゃんも思っていたから、気付いてくれたなら大丈夫ね。もう迷わないと思うし、どうすればいいのか、考えられるでしょう。
今日のお弁当は、ヒロくんの分もあるから、頑張って学校に行ってらっしゃい。もちろん、あなたが頑張るような気持ちを込めたお弁当だからね」
そう優しく言われて、不安に思っていた気持ちが和らぎ、心の中が少しほっこりした。




