明日の僕へ
喫茶店で夕御飯を頂いた。
懐かしい味、軽めのものが食べたいと思っていたとおり、シーザーサラダを中心にして、少しずつ、つまめる程度の食べ物が出てきた。
食べ始めると、意外に食欲が戻って来ていることに気がついた。サラダもおかわりしているし、ソーセージとかにも手が出てしまった。
食べ過ぎだろうか、と思っていたところ、小ぶりながらも、香ばしい和風ハンバーグが出てきた。たっぷりの大根おろしに大葉が刻んで載せてある。肉汁の焼けるジュウっというアツアツを知らせる音と美味しそうな匂いが食欲を誘う。目の前に置かれたハンバーグは瞬く間にたいらげてしまった。もうお腹一杯だ。
僕が黙々と食べるからなのか、他の二人もほとんど話さなかった。だから食事は急ピッチに進んでしまい、僕がハンバーグを食べ終えた時には、お皿の上には何も残っていなかった。
とても美味しかった。満足感に満たされ、気がつくと、すっかり気分が落ち着いていた。
美味しいものを沢山食べたからだろうか?
やけ食いの話を聞くことがあったけど、確かにストレス発散には効果があるのかも知れない。
ただ、その副作用として体重計が怖いという別のストレスが発生するのだけれど……。
まぁちゃんに続いて、いそいそと厨房の洗い場に皿やスプーン類を下げて、いざ洗い物を手伝おうとしたら、叔母から自分の支度をするように言われた。つまり、体良く追い出されたわけだ。
たぶん、厨房に入って欲しくないということなのだろう。他人の台所に勝手に入ることと同じくらい、失礼なことなのだろう。だから仕方なく従った。悔しいことに僕にはまだその意味は理解できない。女子としての常識なら、早いうちに調べてみないといけないな。
叔母にご馳走さまとお礼を言って、まぁちゃんの部屋に向かった。
まぁちゃんの部屋に入るのは、ほぼ小学5年生の頃以来だろうか、かなり久しぶりにお邪魔する。
だが、今でもヒロトの姿のままなら、まず考えられないとも思う。まあ、それはそうだろう。
年頃のお姉さんの部屋にお邪魔するなんてチャンスは、その子と付き合わない限りあり得ない。
それに、まぁちゃんがヒロトの時に色々とアプローチをかけていたことには気付いていたんだけど、あの頃は自分が誰かと付き合うなんて考えられないとしきりに思っていたから、当時の素っ気ない態度で接していたことを今は切に謝りたい。
「ねぇ、ヒロくん。これはどう?」
「おーい、ヒロ?」
口調は強めだが、僕を見るまぁちゃんの目尻は下がりっぱなしだ。
こんな僕のどこがいいのだろうか?
この疑問は、他の友達にも言える。
確かに顔は整ってはいるとは思うけど、騒ぐ程のものではない。
これって、この世の七不思議の一つに値するだろうな。
「ああ、ごめん。少し考えごとしてた。で、これは何?」
「下着一式とパジャマに見えない?」
「うん、そうだけど、……確かに下着は有り難い。しかし、パジャマはヒラヒラし過ぎだよ。ジャージかスウェットなんなないの?」
「私がそんなの持っているわけ無いでしょう」
「じゃあ、まぁちゃんのパジャマはどれ?」
まぁちゃんは、僕の顔を見て、少しニンマリしたと思うと、真っ白な大柄のワイシャツを見せた。
「ヒロくんもこれにする? あと1枚あるから」
「いえ、遠慮します、って、そのネームは、僕の中学時代のワイシャツじゃん。一体どうして手に入れたの?」
「ふふん、あなたのお母さんから貰いました」
「そ、そう。まだ現役で嬉しいよ。しかし、こんなに大きかったかな?」
パジャマとして使う気はないが、いざ体にあてるととても大きい。身体が縮んだとは思っていたけど、顕著に分かる。
なんだか、証拠を突きつけられた気がして、僕の気分は穏やかではなくなった。
……つ、辛い。
ささっと折り畳み、まぁちゃんに突っ返すと、観念してさっきのヒラヒラを手にした。
厨房からお風呂に入るように言われた時に、まぁちゃんが一緒にどうかな?、と僕に詰め寄って来たが、それは丁寧にお断りした。
まぁちゃんの次にお風呂に入って、ドライヤーで乾かしていた時、まぁちゃんから真面目な言葉が投げられた。
「さて、ヒロくん。あなたはどうしたいのかしら? まだ逃げるのかな?」
まぁちゃんの顔は、にやにやしながらも、目は笑っていない。
「別に逃げてる訳じゃない。ただ、少し考える時間が欲しかっただけ。だから、まだ放っといてよ」
「はぁー、あなた、まだ逃げてるじゃん。あのね、人との諍いは、早い解決の方がいいの!
遅くなれば、なるほど、絶対に拗れるから、日にちを伸ばしてはダメだよ。
明日、学校に行きなさい。そして、決着をつけることが私のアドバイスだからね。
それと、その友達にあなたの事を分かってもらえないなら、ここにまたおいで。
そして私の学校に来なさいよ。絶対に私が、ヒロくんの隣に居てあげるからね」
そう言って、まぁちゃんは僕を抱きしめた。
腰に回した腕にグッと手に力が入いり、まぁちゃんの肩が震えているのが伝わって来た。
不甲斐ない僕の為に、まぁちゃんに嫌な思いをさせてしまったみたいだ。
ここでもらった元気を明日は出さないといけないね、まぁちゃん。本当にありがとう。
心の中で、決心するのと気が楽になってきた。
やはり、頼れる人がいるのは、大きく違う。
「まぁちゃん、分かったよ。明日は学校に行って来ます。だから、もう逃げないから大丈夫だよ。それに、いつでもここに来れるんだし、ありがとう。お姉ちゃん」
まぁちゃんはまだ僕を抱きしめたままだったけど、僕が話をした途端、僕を抱く腕を解いて、僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でると、急に後ろを向いた。
チラリと見えた横顔が、真っ赤だったから、僕に見られたくなかったみたいだ。
まぁちゃんの後ろ姿は、とても小さくて、こんな背中に勇気を与えてもらった自分が恥ずかしいと思ってしまう。
そっと、まぁちゃんの後ろ姿に寄り添うと、温かな温もりが伝わってきた。
そして、再びその背中に向かって呟いた。
「僕にはいつも側にまぁちゃんが居てくれる。だから、頑張る。まぁちゃんありがとう」
そう伝えた小さな背中は、小刻みに震えていた。




