ねぇ、聞いて!
「あなたはヒロトの学友だと言われましたよね。しかし、それは違うでしょう」
「はぁ、そうですか。わたしは女性ですけど」
従姉妹の真琴姉さんが奥のソファーから、僕の隣にやって来ると、じっと動かずに顔を見定める仕草に僕の背筋に緊張が走った。
真琴を略して「まぁちゃん」と呼んでいたほど、僕らは仲が良かった。小さな時には、まぁちゃんから、結婚の相手とみなされていた事も、未だに覚えている。
「手の平を見せてごらんなさい」
何かに気づいたのだろうか。
いちばん見られたく無い部分を当てられた。
ふと目を落とした両手は、ゴツゴツしたあの頃の手ではなく、白くほっそりとして、手のひらも薄い。
やはり、自分はヒロトではない。
まぁちゃんの言葉に、多少狼狽えたが断るよりは素直に見せた方がいいだろう。
相手は、手相占いが趣味だと言うことを失念していた自分が恨めしい。
ほれっと言わんばかりに両手を差し出すと、顔の時以上に真剣に見つめている。
「……あなた、そう」
そっと手を離して立ち上がるまぁちゃんの艶やかな金色の長い髪から、良い香りが広がり、主人の後を追うように僕の鼻孔をくすぐりながら通り過ぎていく。
『チリン、ガチャ』
まぁちゃんの行動をチラ見すると、お店のドアを閉めて、閉店にした。
……ということは、たった今、俺は拉致された訳だ。
女二人で住んでいるから、お店のドアは、特に頑丈な木でできている。
この細腕では壊して逃げ出すことなんて、まず無理だ。
「お母さん、それ、そこの人は……」
まぁちゃんとマスターが話し終わるまで待つ必要はない。女の子らしい可愛いピンクと白のチェックの財布から千円を1枚抜き取り、カウンターに置いてマスターなるおばに「ご馳走さまでした」の一言を残し、奥にある裏口に向かう。
「やはりね」
まぁちゃんの声が背後から聞こえたが、後の祭り、もう裏口のドアノブを握っている。
さて、開いたらダッシュだ。
そう思っていたが、俺が握った瞬間にロックがかかる。
「えっ、な、なんで…」
まぁちゃんは、おばの横に並んで、何やら勝ち誇った表情を浮かべてた。これぞ、ご満悦という顔の見本になるかも知れない。
「ほら、お母さん、これで理解した?」
「ええ、あなたの言ったとおりみたいね」
「あ、あの〜、これは一体どういうことでしょうか」
開き直ると、少しは余裕が出来てきた。
「ヒロト、あたしに嘘はつけないからね」
「……さて、なんのことでしょうか」
パーンと派手な音がして、僕のお尻が叩かれた。さすがに顔面という訳にはいかなかったのだろう。腫れると厄介なことになるし、音の割に痛さはそれほどでも無い。
「い、痛いじゃないですか。
わたし、帰らせていただきますから、お店のドアを開けてください」
「ふふん、ヒロトのくせに私にかなうとおもっているならおおまちがいだわ」
再び、まぁちゃんが僕に近づいて来たと思うと、平手を出そうとしている。
今度は、顔面だろう。
ぎゅっと目を瞑り、唇に力を入れた。
その刹那、少し冷たい感触が両頬を包み込んだ。
「バカね。私に連絡してくれれば、なんとかしてあげたのに。目の下にすごいくまができてるよ。ホントにバカなんだから……」
「……ごめん、まぁねぇ」
この言葉に観念してしまった。
優しい言葉なんて、何日ぶりだろうか。
「ごめんなさい」
「はいはい。わかったわ。わたしに謝るのはいいけど、その前に私の言うことを聞いて、今日は泊まっていきなさい。
おば様にはママが電話してくれるし、明日の学校は当然休みだよ。
とても酷い顔だから、学校でなんかあったんでしょうね。よければ、その顔が元気になるまではここにいたら?」
「あっ、いや、迷惑はかけたくないし、学校は休むと行きにくくなってしまうから、帰るよ」
僕の発言に反応した微妙な顔からは真意を読めない。
「そう、ならいいよ。でも、いまのあなたが解決できるというのなら、お帰りなさい。女子の友人関係は難しいけど、大丈夫かな」
うっ、なぜ分かる?
手相に出てしまうのか?
「んー、当たらずも遠からずだよ。でも、手相には出ないし、とても簡単なことだよ。
ヒントはあなたは、女子ってこと」
「僕が女子だから?」
「そうよ。だから、分かるわ。
女子の悩みなんて、好きな人のことか、友達関係ぐらい。ヒロトには、好きな人の悩みなんてないだろうし、残るは友達関係ぐらいだよ」
「いや、色々悩みはあるんだけど……」
「そう、そりゃあ、それなりに普通の悩みはあるでしょうけどね。そんなくまができるなんてレベルなら、少ないはずだわ。どーお?」
「まいりました」
まぁちゃんに当てられたことが引き金になったのか、それはわからないけど、意に反してポロポロと涙が頬を伝う感触がする。情け無いという思いまで、自然と心の中に浮かんで来て、涙が止まらない。
そんな僕の手を優しく包み込むまぁちゃんの目にも、ボヤけた資格の中に光るものが見えたのだった。




