すれ違い
家に着いたら学祭の劇の台本が届けられていた。ポストに入っていたのを母が僕に届けてくれた。誰が届けたのか分からないが、香澄達ではないのだろう。
香澄とゆりはとの友情には既に亀裂が入っているし、僕から謝る言葉はない。
こんな状況で今更、学祭の劇に出たいとは思わないが、こんな目にあわされる羽目になった原因にはケリをつけたい。
つまり、見事に演じて女子とは決別するんだ!
だから、逃げない。
僕に絶望を運んできた原因を乗り越えて、次のステージに進む為にも、必要な儀式と言える。
夜中まで掛かって、台本の隅々を読んで、自分の出番には赤線を引いた。
読めない漢字や読みがなに自信が無い部分はスマホで調べて、フリガナを振って、万全の状態で、次の日を迎えた。
登校中の車の中で嫌な考えが心に浮かぶ。
稽古する時間もない時期に台本がやって来た理由を考えると、嫌がらせされたという思い。
全ての女子が僕に好意を持っているという認識も無いし、目の上のたんこぶと思っている人も多いだろう。
昨夜の夜中まで台本を頭に叩き入れた成果は、次の日にちゃんと出た。
とちりながら話す端役のクラスメートと主役級では話す量が違っている。
当然、相手役の香澄はちゃんと覚えている。
やはり、僕には遅く台本が来たんだ!
確証は無いが、そうとしか思えない。
軽く息を吸って、二、三秒目を閉じて覚悟した。
今日の稽古は香澄やゆりはの瞳を見ることなく、やり過ごす。
当然、ぎこちない仕草となってしまうが、劇の途中なので怪しまれる事もない。
香澄とゆりはは最初だけ何が起きたのか分からないようだったけど、その後、僕への態度は一変した。
『まあ、ぼっちだったんだし、別に困らない!』
しっかりと考えた上で決めたことだから、相手を見て態度を変えるなんて事はない。
これから陰湿ないじめがあるかも知れないが、その時はその時だ。
全ての人が敵になっても別にかまわない。
その時は、家に籠もるだけのこと。
将来は、大検を受けて、ネットで資格を取るまでだ。
香澄には、最後にバイバイのつもりで軽く嫌がらせでもしてやろう。
☆
「さあ、これでお互いに元の姿に戻れる」
「そうですね。私も女子に戻って誰かと結ばれ、幸せな一生を送れるでしょう。
では、最後にお別れを」
僕は香澄の顔にそっと両手を添えて、軽く引き寄せると軽いキスを唇にした。
抗うことは無く、大きな瞳をより開いて僕を見つめていた。
「じゃあな」
香澄から離れる瞬間に一言だけ残したが、予想以上の周囲の喧騒に聞こえたかどうかは定かでは無い。
放心状態の香澄の横で頭を低く下げる。
僕らの出し物は割れんばかりの拍手の前で頭を下げたまま幕が引かれた。
これでクラスの出し物が終わった。
周りを見ると、別の意味で放心状態のゆりはが見えたけど、特に何も言うことはないので、そのまま放っておいた。
あとは後夜祭までたっぷりと時間がある。
だが、時間はあるけど居場所がない。
面倒だから、職員室で先生にお腹が痛いと伝えると、すぐに帰る許可が下りた。
その足で下駄箱に向かい、逃げるように校門から抜け出した。
これから何所かになんて、行くあてはなく、ただぶらぶらするだけ。
さて、どうしよう?
歩きながら考えると、ふと懐かしい場所を思い出した。あの場所なら、一人でゆっくり出来るし、まず、この学校の生徒は来ないだろう。
そう考えると、駅までの足取りが軽くなった。
☆
「香澄にゆりは、あなた達はやり過ぎでしょう。
あなた方は、琴美を嫌っていたの? それに嫌われたかったの?
これからどうする? 琴美は早退したから後夜祭で一緒に騒いだり、打ち上げに行くなんて出来ないじゃない。
私のお姉さまもかなり落胆されていて、私まで困ってしまったわ!
さあ、すぐに解決なさい。私のお姉さまのためにも、明日までに仲直りするんです!」
容赦ない言葉が目の前の腰に手を置いた姿勢の才女から弾丸のように放たれる。
抗弁する時間すら与えてくれなかったが、やっと言葉がとぎれた。
「このはお姉ちゃんだって、琴美に写真を売りつけたよね。それも私達よりも高く!
あれは何なの? あれだって琴美がこうなる原因の一つですよねっ!」
ゆりはがこのはに詰め寄り、言いたかったことをやっと伝えた。
私達だけが悪いわけではなく、あんたも同罪だって事を伝えるために。
香澄は後ろで頷くばかりだが、珍しくもゆりはに隠れながらもこのはの真正面にいる。
香澄は余程のことがない限り、普段はこのはを怖がって、顔も出さない。
これには、今までのトラウマが起因しているらしい。
しかし、そのトラウマは多すぎて特定できない。
一方、二人に詰め寄られたが、このはの顔色は全く変わらなかった。
というか、余裕の表情を保っている。
「ほうほう、私が悪いんですか?
しかし、みんなの興味を集めているから、ここは静かに話しましょう。
そうですね。確かに、私は琴美の恥ずかしい写真、……いや恥ずかしい表情をした写真を売らない約束で五千円いただきましたよ。
それは、あなた方とは違って作戦だったとしたら?」
「いや、作戦でも傷つけた事には変わりないし、既に巻き上げた五千円はライトノベルで全て使ったでしょう」
「まあ、それも認めましょう。しかし、私は大丈夫なのよ。
私が、琴美から金品を巻き上げるとして、それはあやめちゃんに知れる事になるし、ならなければ私から言うわ。
こんな時にあやめちゃんはどう動くと思う?」
その一言でゆりはが我に返った。
「……そう言う訳ね。おねえちゃん卑怯だわ」
「ほほほっ、何とでも言いなさい。あなたはまだまだ私に勝てないわね」
そう言った後、このはは教室から颯爽と出ていった。
「ねえ、どういうこと?」
「これは、最初から仕組まれていた。それも、分からずに私達はだまされたんだ」
……?
香澄は未だ少しも理解していない。
「香澄、これは計画的なの。お姉ちゃんがあやめ先輩にこの事を言ったらどうなる?」
「ん~、あやめ先輩なら、あなたのお姉さんから取り返すと琴美に言うでしょうね」
「そうそう、それで終わりじゃないよ」
「んっと、そうか。このは先輩からお金を取り上げなくても、あやめ先輩なら取り返したと言って琴美にお金を返すことは出来るんだよね。
つまり、このは先輩のバイトだったというところか……」
「それだけじゃないよ。私達も悪のりして、琴美と絶交状態だからあやめ先輩の誘惑に引っかかる可能性もある。だから、これはあやめ先輩にしてもお姉ちゃんにしても一石二鳥というわけだ」
「じゃあ、このは先輩はなんでさっきのような事を言ったの?」
「パフォーマンスに決まっているでしょう。私達の教室で、私達が琴美に意地悪したということをみんなに触れ回るために。
あと、自分達は仕込んだ側のくせに正義の味方みたいに振る舞うなんて、あ~あ、間違えたとしか言いようがない。ホントまずったな!」
「……そう。私達ははめられた訳ね。それなら、あとをどうするかは決まっているわね」
「ええ、仲直り……、してくれるかな?」
「……それよねぇ」
香澄とゆりはは二人で仲良く同時に溜息を吐いた。




