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登校

 学校までの道のりは、いつも楽しかった。

 ついこの前までは。でも今は楽しくない。

 車窓から眺める景色は色褪せて、僕の心が枯れたことを表しているかのようにくすんで見える。


 婚約者なんて、全く想像も出来ないことを周りに決められ、トントン拍子に将来まで決まったも同然という味気ない人生を歩むことになってしまった。


 それだけ適当な現実感しか持ち得なかったから、何をしても中途半端だったのだろうが、ご飯の味すら分からない程、生きている実感が無くなった。

 適当に毎日を過ごすことが苦痛と思う日が来るなんて思いもしなかった。


 ☆


 学内の駐車場で車を降りて、ロボットのように学校の下駄箱で上履きに履き替えて、階段を上り、廊下をしばし歩くと僕の教室が見えて来た。

 何故か廊下には人だかりが出来ているようだが、何かあったのだろうか?

 まあ、僕には関係無いだろうが……。


「来たわ。あれよ、あれっ」

「えっ、来た?」


 ……僕のことなのか?


 ドヤドヤと僕の周りに人だかりが移動して来ると、いきなり質問責めされる。


「あの、報道部です。一文字さんと婚約したという噂が有りますが、本当でしょうか?」

「新聞部ですけど、婚約したとの前提なら、どちらが男になるんですか?」

「一文字先輩のファンですが、あなたはどうして先輩に取り入ったんですか? もしかして色仕掛けなんてしてないでしょうね?」


 いきなり取り囲まれて質問責めにあってしまう。


「ハイっ! ここは私が預かるから、みんな解散しなさい。さもないと部活は休止命令、個人は奉仕活動を命じるわ。今後、琴美さんの事はわたくし、このはが取り仕切るから覚悟しておいてくださいね!」

 このは先輩と風紀委員が約十人程僕らの背後から忠告する。


 この発言の後、皆がバラバラと散って行った。

 あっ、このは先輩が助けてくれた。


 …と思っていたよ。


「さあ、琴美ちゃん。本当のことを教えなさい。私はお姉様のことを知る権利があると思うわ。正直に言うなら、また守ってあげるし、お互いにメリットがあると思うけど?」


 ペンネームの一文字はこのは先輩があやめさんの妹ということを証明している。

 ならば、事実を知る権利はもっともだ。

 だが、本来ならあやめさんから聞くのが筋だと思うのだが?


「このは先輩、直接、あやめさんに聞いてください」

「……私はあなたに聞きたい。お姉様にはこんな下世話な話をしたくないし、私の立場はあなたから見てどうなるのかしら?」


 ニンマリといったしたり顔を僕に向けるこのは先輩の瞳は悪戯っ子のように輝いている。


「……妹の位置からすると小姑でしょうか?」

「うん、そうだよね。だから、私にはとても気を使いなさい!」


 如何にもといった満足気なこのは先輩の顔に衝動的に蹴りを入れたくなった。

 しかし我慢だ。やっぱ相手が悪い。


「いや、現実の妹なら分かるけど、学内での慣習の上での妹だから、別にこのは先輩の命令なんて効力はありませんよね」

「誤解しないで! 私はあやめちゃんのお母様から、このとおり依頼を受けています。だから、これも仕方無いと思ってくれないと困るわ。それに、この手紙には学校でのあなたの護衛と躾を一任されています。だから、私の言うとおりにしなさい」


 目の前にほれっとばかりに見せるために広げた手紙を見ると、確かにそういう意味が書かれていた。


 証拠を見せられても、なんだか納得出来ない。

 それをこのは先輩が気付いたのか、自分から独り言のように説明を始めた。


「あやめちゃんと私はね。悲しい事実だけど、姉と妹の関係は表面上のことで、ホントは、私は雇われているだけなんだ。

 下級生で、私以外にあやめちゃんの妹になれる立場にいた子はなぎさぐらいだった。

 でも、なぎさには足りないものがあったのよ。

 それは、あやめちゃんを守る強さと学校での影響力だった。

 私も初めはウザかったけど、私の処女作を一万部購入してくれるという言葉に抗うことは出来なかったの。

 だから、妹役を引き受けたんだけど、別に二人で買い物とかイベントなんて無かったし、これからも無い予定だったけど、その中にあなたが登場したという訳よ。

 あなたは、今後、私に協力なさい。悪いようにはしないし、そろそろ月姫祭の脚本も出来上がるから、キスシーンを入れられたく無いのなら、我慢することね!」

「…………納得出来ませんが、分かりました」


 返事はするけど、二つ返事じゃないことを告げるが、それでもこのは先輩の顔には笑みが溢れていた。この顔を見て、僕への仕打ちは、先輩の本心からでは無い事を物語っていることを察することが出来た。


 先輩から教室の入口まで送られると、足早に自分の席に向かった。

 興味津々にジロジロ見られるけど、それを振り払って自席に座る。

 隣の席が気になるが、まともに見る事も出来ないまま一限目が始まり、僕は少し安心した。いつものとおり校庭を眺めると、やっと日常の学生生活に戻れた気がする。

 しかし、このままではいけない。

 香澄とゆりはと仲直りしなければ、いつまでもビクビクしなければならない。


 そう考えていた時に、隣から小さく折り畳まれたメモ書きが飛んで来た。しかも頭に!

 ちらりと隣を見るが、香澄は廊下側に顔を向けていて、全く表情が見えない。


『はぁ〜っ』

 短く溜め息を吐いて、のそのそとメモ書きを解いて見ると、そこには呆気にとられる内容が書いてある。


『ばーか! ばーか! ばーか!』と。

 香澄の気持ちが十分過ぎるほど書いてある。


 だけど、この書き方には香澄なりの優しさも感じられる。子供っぽい表現が、あえて使われている。僕はちょっと考えてから、返事を返した。


「ばかだから、本当にばかだから、ばかなりに悩んだよ。それにまだ悩み中だよ。

 ……香澄、助けて。僕はばかだから答えが出ない」


 書きながら、抑えていた気持ちがどんどん溢れ出して来た。

 返事のメモ書きに何粒か涙が落ちたけど、気にせず、そのまま香澄に投げ返し、そのまま机に突っ伏した。


 一分も経たない内に、再度、頭に何かが当たる。そのまま無視していると、続けて頭に当てて来る。

 手で涙を拭いながら、香澄に顔を向けると香澄の目が赤かった。僕のことで香澄も悩んでいたに違いない。


 机の下からそっと右手を伸ばすと、香澄も左手を伸ばしてくれて、僕達の手はぎゅっと繋がった。

 今の僕達に言葉なんていらない。

 香澄が僕を見つめて黙って頷く姿は、すぐに霞んでしまう。だけど、ハッキリは見えなかったけど、香澄は僕に微笑んでいるように見えた。


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