拝啓、病室から!
ブクマありがとうございました。
評価も嬉しい驚きです。
長らく書いてませんでしたが、やはり書くことは楽しいです。もう少しお付き合いください。
「あっ、ヒロトさん。お目覚めですか?」
霞む視界の端にいた若い美人の看護師さんから声をかけられるが、何のことかはわからない。
「あの、ここはどこ? 私は誰?」
「ここは病院、あなたはヒロト」
即答で答えられたら、次が続かない。
って、だれ?
「今、私のことを誰って思ったでしょう?」
「えっ、夕凪さん? なんで?」
「みさきちゃんじゃなくてごめんね。みさきちゃんも連れて来たかったけれど、今日はやめといたわ。
あなたが、奇声を出す可能性があったから、いいでしょう?」
珍しく夕凪さんが色々と話してくれたけど、その意味がわからない。なぜ、そんな事を言うのだろうか?
それにどうして、あの『みさき先輩』の名前が出るのだろうか?
しかし、いかんせん、夕凪さんの言葉はだいたい三十秒後に的中した。
「ふぇーーーーー?!
な、な、なんだこれ??
……ええええっ、な、なんで、なんで、僕の胸が隆起しているんだ?それに、足の付け根が何となく寂しい。こ、これってどういうことなのか?
……なあ、夕凪さん。よければ話してよ」
「……どうしようかな?
まあ、いっか、大丈夫だよ。お薬のせいだからね。
ほら、今流行りの性転換の為に造られた薬があるでしょう。それを二錠だけ飲めば良かったのに、君は十八錠を全て一度に飲んでしまったのだよ。
だからね。胸だけでも女子みたいにする予定だったけど、あなた自身が多目にお薬を飲み込んでしまったということなのよ。そんな訳だから、みんなを怒らないで欲しいんだ」
……自業自得ということだな。
しかし、香澄と二人きりとは、まだまだ僕にもチャンスがあると考えるべきだろう。
「あとね、ヒロト君には言いづらいんだけれど……」
「あやや、そこで黙られても僕も困るんだけど」
香澄は、暫く天井を見つめて考えた末に口を開いた。
「あのね。ヒロト君、正面切っては言い難いので、少し遠回しに説明するね。
あのお薬の効用は、だいたい三カ月程度で切れるはずなのだけれど、それは摂取量が少ないからなんです。
それ以上を摂取した場合は、一錠で倍、二錠で一錠の効果の乗数になるということらしいの。
完全な女子になるなら、三錠が必要で、三カ月の効用だから、四錠目は三カ月の倍、五錠目なら六カ月かけ六カ月……。もう、私の口から後は言えないわ。
でも、君の飲んだお薬は、副作用は無いらしいから、そこは大丈夫だよ。
制服もみんなで手分けして、プレゼントするし、うちのクラスは女子の方が少ないから、先生をはじめ、みんなも喜んでいるし、仲良くしてくれるから、全然心配いらないわ。もうウェルカムだよ」
……なにがウェルカムなんだよ。
なんだか頭がこんがらがっているし、身体もまだ気持ち悪いし、それに両親は悲しんでいるだろうな。
僕の初恋は理不尽にも告白する前に終わったし、人生設計すら全面的に見直しが必要になったということか……。
だいたい、これのどこが遠回しなのか、余計に人生を諦めろって聞こえたぞ!
それに、なんで香澄がみさきちゃんなんて呼ぶんだよ?ああっ、頭の中が混乱して来ましたよ。
「あの、いいかしら?」
「え、ええ、どうぞ」
今まで黙って僕らのやり取りを見守っていた看護師さんから声をかけられた。
まあ、そうだよな。香澄と話すより看護師さんと話すのが先であるべきだ。
「ええっとね。ヒロトさん、あなたは女子になってしまいました。あなたが目覚める前に全ての検査をしましたが、ちゃんとした女子です。まずは、おめでとうございます。良かったですね!
ずっと、念願だったみたいですけど、可愛いですよ。ご両親も感激してらしたみたいで、本当に良かったですね!しかし、あと二日はここにいてくださいね。やはりオーバードーズは怖いから念のためです」
「はあ……」
看護師さんの話からだいたいの状況が分かった。
だからこそ、何にも返事が出来なかったよ。
また来ますという言葉を残して美人の看護師はドアの外に出て行った。
その後は、香澄と二人きりなのだが、お互いに何を話していいやら分からない。
っていうか、僕が女子になっても困る人がいないということが最大の不幸だろうか?
両親とも女子が良かったらしいし……。
おーい、男の僕、最悪僕はお前の味方だからね〜!
いつか、絶対に戻ってやるんだからな!
そう決意した途端に入口のドアが開いた。
ドヤドヤと入って来たのは両親と委員長とみさき先輩だった。
一体、何が始まるのか心配だったが、みさき先輩を除く三人は名前の事で口論になっていたらしい。
「しろ、このか、かのか……」ってハゲ親父、僕はお酒じゃない!
「瞳、美里、レイ、アスカ、あすな……」は委員長、テメーはアニオタだったのか?
「ガガ、ジャネット、キャリー、まゆゆ……」って、母はテレビのタレントで決めるのか?
袖を軽く引かれたので、三人の口論を無視すると、目の前に生みさき先輩が頭を下げている。
「ねえ、ヒロト君、妹の香澄がとんでもないことをしてしまって、ごめんなさい。私からも謝ります」
うむむ、ここも大人の対応だろうな。
もう、どうにもならないし、半分は自分が悪いし。
「先輩、誰も悪く無いですよ。だから、頭を上げてください。今だから言えますけど、初恋の相手が僕に会いに来てくださっただけでも嬉しいです。
まあ、もう絶対にこの初恋は叶わないんですけどね。
本当にありがとうございます。
先輩は香澄さんとお姉さんだったんですね。
やっと香澄さんとの関係が分かりました。でも、苗字は違うんですね?あっ、ごめんなさい。聞いてはいけない事ですよね。
しかし、悪いことばかりじゃなくて、これでいいことがあった」
少し恥ずかしかったけど、みさき先輩の瞳を真っ直ぐに見つめ返すと、いきなり意外なことが起きてしまった。ふんわりといい香りがしたと思った瞬間にみさき先輩から上半身を抱かれたらしい。
ほんの数秒だったけど、彼女の返事だったのだろうか?その光景を後ろから睨んでいる香澄が怖いと思ったが、これぐらいは役得と思わねばやり切れない。
多分、僕の顔がかなり緩んでいたに違いない。
きっと香澄は、姉思いなのだろう。
色々なことが起きて、頭がパンクしそうだったからなのか、急に眠気がやって来た。
先輩に断って、ベッドに横になると、そのまま意識が遠のいていった。