ひどい。
待っていた読者さま、遅くなりました。
えっ、待ってない。
……失礼しました(笑)
「琴美さん、お顔が……」
「…………ぁぁ、だぃじょうぶ。 た・ぶん、すこしすれば、元気になると…おもう」
結局、この後の食事は全く胃が受け付けなかった。
☆
「私と、さくらはね。あなた達の先輩になるんだよ。二人とも仲がとても良くて、卒業する時に約束したのよ。
お互いの子供を婚約させようってね。
それで私には男の子が一人と女の子が一人、さくらの家には女の子が一人という状況だったわけ。
そこに一つだけ問題があったのよ。
あやめちゃんが……」
「まてまてまてっ!
お母さん、うちは男が二人だったよね。ねえ、そうでしょう。だから、絶対に変っ! おかしいよ!」
「ふふふふふっ、実は変じゃなかったりして!
あやめちゃんが気に入ったのは、お兄ちゃんじゃ無く、琴美ちゃん、あなただったの。
でも、TS薬のお陰で私達の希望は叶ったよね」
「そうね、紘美」
ご満悦な二人を除いて、僕は終始無言を貫いた。一言話し始めると、絶対に止まらないだろう。
それに、今日はあやめさんの記念日だそうだ。
十八歳という節目、この年には将来の伴侶を登録する事が出来る。
別の言い方をすれば、ある程度の期間に登録が義務づけられている。
十八歳の誕生日は、お祝いの日だけでは無く、特別で義務が発生する心穏やかではいられない日となる。だから、今回の僕への手紙はあやめさんの将来に関わるということだろう。
二人の母親の考えは簡単に見透かせることが出来た。
つまりは、僕とあやめさんが二人とも女であろうとも、同性婚が成立し、どちらかが男になれば子供を授かることが出来るということだ。
しかし、僕が男に戻ることは、もはや出来ない。
んっ、あれれっ?
……って、なんか変だぞ。
僕が産まれながらに女の子なら、TS薬で男になっている訳だよな。
それなら、この前の薬で、さらに男の期間が延長されてないとおかしい。
それなのにどうして、僕は女に戻ったのだろうか?
いっそ、男のままの方が良かったんだが……。
こう考えると微かな希望が心に宿る。
この現象を突き止めると、いつかは男に戻れるチャンスも有るかも知れない。
淡い期待がだんだんと色濃くなる。
しかし、僕は元に戻れるならどうしたいのだろうか?
やりたい事は特に無い。
なりたい職業も無い。
欲しい物など、ほとんど無い。
だけど、一つだけ願いはあった。
…………誰かと恋をしてみたかった。
それは誰なのだろうか?
その人を特定することは出来るのか?
──頭の中にある人の顔が浮かぶ。
『『……………………やっぱり無理だよな』』
頭の中で答えが木霊する。
「……ちゃん。琴美ちゃん? 大丈夫?」
「ああっ、さくらさん。大丈夫です」
「じゃあ、話したい事があるから聞いてください。これは紘美には了承してもらっているから、あとはご本人の承諾だけ。
もちろん、あやめは了承しています」
さくらさんが神妙な顔で僕の顔を覗き込む。
人からじっと見つめられると妙に恥ずかしい。
特に美人には極力弱い。
「何でしょうか?」
「単刀直入に言うと、あやめと同じマンションに住んでください。生活費は私が出します。
その中には学校の費用も含みます」
「あらっ、さくら助かるわ」
とても嬉しそうなお母さんの気持ちを裏切りたくはないが、この話は無理だよな。
あやめさんと二人きりなんて、モヤモヤしてしまうだろうし、多分、いや絶対に眠れない。
それと、香澄やゆりはがどう反応するか、怖いものがある。
また、それ以上に怖いのが、あやめファンからボコられる可能性だ。もしボコられたら半端ない痛さだろう。
「ごめんなさい。僕にはそんな勇気は有りません。単なるヘタレで生きていきますから、ご勘弁ください」
即答すると、みなさんは圧倒された様子だ。
僕から言えば、これぐらいは朝飯前だ。
学校以外では、不良に謝り慣れている。
「琴美ちゃん。まあ、そう言わないで話だけでも聞いてください」
みんなが呆気に取られている中、さくらさんだけは、一文字家グループの役員だけあって対応が早く、流石と思えた。
つまりは、こういうことにだった。
僕には結納とばかり色々と出資する代わりに、あやめさんの片腕になって、将来の一文字家の経営を行うべく、英才教育するということ。
簡単に訳すると、一文字家への人身御供と訳できる。
お母さんは乗り気満々で、お父さんも初めは反対したらしいが、家に別途、支度金という名目である程度の金額を提示され、陥落したとのことだった。
確かに、住宅ローンを軽々返せて、新車と兄の大学の費用を捻出しても、まだまだ余るという額には目もくらむことだろう。
だから、これは仕方ないことと自分でも思ってしまう。
現在、僕の味方はおらず、残りは僕一人という四面楚歌状態である。
「何かご不満かしら?」
さくらさんはブランド物の上品なスカーフを解いて、僕の首に巻いた。
端を尖らせると、ちょうどリボンのように見える。
……僕はプレゼントですか?
「不満は無い。でも、イヤっ!」
「何でなの? 欲しい物は全て揃えてあげるし、ハイソな暮らしが約束されますよ」
それって、女子なら玉の輿というヤツなのだろう。
しかしながら、僕は男の精神を持っている。
男というものは、自分で夢を叶えるものと分かっていない。
なら、ここで言ってやろう。
「あのね、さくらさん。僕は元々は男の子なんです。つまり、男の気持ちが分かっていないようですね。
男って言うヤツは、逆玉なんて狙わない。自分の夢を叶えるため生きているんです。
だから、この提案は僕には無理なんです!」
毅然と言い切った。
「ほう、ならば、その夢を語ってごらん!」
「うぐっ………………」
ああ、確かに僕には確固たる夢なんて無かったな。これには、反論のしようが無い。
「ほら、言ってごらんなさい?」
さくらさんは楽しくて仕方がないようだ。
二人の母親は余裕をかましてニヤニヤしている。その中で一人、あやめさんだけが困った顔をしていたが、ついに僕の口からは夢を語ることは無かった。
つまり、その後の切り返しができず、僕は撃沈されてしまったのだった。
酷いよ!




