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名前のない暗殺者 牙狼  作者: ミヅキ
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エピローグ

 結局、彼は行ってしまった。彼は彼なりに考えてくれたんだろうけど、私は期待してしまった。彼がここに残ってくれることを。

 それでも、彼はもう居ない。私を助けてくれた時、あの頃の彼はまだ私と同じくらいの歳だったんだろうな。

 今から五年前の誘拐事件。私もそこに居た。そして、その店にて私が売買される頃に、彼は来た。

 今よりもずっと幼いけれど、その身体は普通の子どもたちとは違った。あっという間に全てを一人で片付けてしまった。そんな彼を、私はヒーローのように憧れたのだ。

 その後、彼を見つけることが出来た時は、本当に嬉しかった。彼は覚えていなかったけど、私はそれでも構わなかった。ただ、もう一度会いたかった。

 でも、私はそれだけで満足は出来なかった。彼はいつも、人を傷つける時、酷く悲しそうな表情をしていたから。だから、彼にはもう、そんなことをしてほしくなかった。

「でも、それは叶わなかったのね……」

 ポツリと言葉が溢れる。既に朝日が上がり始め、外は明るくなり始めている。

 休日の間はどこにも行くことはなく、私はずっと部屋にこもって泣いていた。バトラーが食事を用意してくれていたけど、あまり食べる気が起きなかった。

 そして今日はその休日明けの日。また先週のように学校にいく日だ。まだいつもよりも早いけど、目が覚めてしまった。結局その後は、外の景色を眺めながら、彼のことをずっと考えていた。そうしていると、ドアをノックする音が聞こえた。

「お嬢様、お食事を準備しました」

 バトラーはそれだけ言ってから、私を待ってくれていた。バトラーも気を遣ってくれたんだろう。食堂へと向かう途中、バトラーが先日までの報告をしてきた。

「狐塚拓磨の件についてですが、あっさりと喋ってもらえました」

 私を襲撃した狐塚拓磨は、バトラーの方で尋問していたみたいだけど、あまり時間は掛からなかったらしい。そのまま、彼は警察へと引き渡したようだった。

「ごめん。今、その話はいいわ」

 でも、私はあまりその話に興味が無かった。彼がいなくなってしまったことが、あまりに悲しいことだから。

「お嬢様」

 傍に立っていたバトラーが、微笑む。

「今日はもう学校があります。ですから――」

「分かっているわ。もう大丈夫だから」

 バトラーが言いたいことは分かっている。私だっていつまでも落ち込んで入られない。友達にも心配かけたくないしね。

「もう……大丈夫だから」

「……でしたら、私はすぐに朝食を持ってきますので」

 食堂に着くと、すぐにバトラーが朝食を用意してくれた。いつも私の面倒を見てくれて、本当に助かるわ。

 冷める前に朝食を食べ、一度部屋に戻って制服に着替える。準備をし終えて、玄関に行くと、既にバトラーが待っていてくれた。

「それじゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃいませ、お嬢様」

 見送りしてもらいながら、学校へと向かう。数日前には、もう一人そこに居たことを思い出させられる。外はこないだと違って、雲ひとつない快晴だった。


「お、おはよう! 未亜さん!」

「おはよう。汐梨さん」

 学校に着くと、小城さん、もとい汐梨さんがいつもどおりの席に来ていた。その言葉に周りの生徒たちが驚いていたけど、私と汐梨さんは気にせずに話し続けた。

「み、未亜さん、休日はどこかに行ってた? 私はまたあの子達に連れ回されてたよー」

「そうなの? 私はあまり外出出来なかったから、残念だったわ」

「あ、あっち行ったりこっち行ったりで、未亜さんは来なくて正解だったと思うよ……」

 その頃のことを思い出しているのか、遠い目をしている汐梨さんを見て、笑ってしまった。

「あ、あれ? 未亜さん――」

 ふと、私の顔を覗きこんでくる汐梨さん。その仕草にちょっとドキッとしてしまった。

「そ、その、目、赤くない?」

「え、嘘っ!?」

 行く前に何度も鏡で確認してはずなのに、そう思って目を隠していると。

「え、えへへ。嘘ですよ」

 と、にっこりと笑っている汐梨さん。……騙したのね?

「……が、牙狼くんと狐塚くん、いなくなっちゃったって話、聞いてるよね?」

「……ええ」

 あの問題児二人、牙狼と狐塚拓磨は、学校では二人共急な転校という話になっていた。いや、そうさせていた。

 久遠寺家とその近い方たちに任せていたら、そういう風な話になっていた。勿論これは全部、バトラーから聞いた話だ。

「そ、それで、未亜さんが悲しんでるのかなって、そう思ったの。でも大丈夫そうだね」

 ニッコリと笑う彼女は、私のことを心配してくれたのだろう。だから私も、それに応えるように、

「平気よ。確かにちょっと悲しかったけど、今はもう平気よ」

 心の奥底では、まだ気になっている。でも、それはずっと残っている。また会える時まで、残しておく。

「な、なら良かった! って、先生来ちゃったね。また後で!」

 そうやって話していると、前のドアから皆方先生が入ってきた。それと同時に、教室に居た生徒が一斉に自席に座り始める。

「はい! 朝のホームルーム、始めるよ!」

 そう言うやいなや、生徒の出席を取る先生。それが終わると、先日までいた牙狼と狐塚の話になった。

「聞いている人もいると思うけど、牙狼と狐塚はこの休日に、急な転校ということになったからな。残念な話だが仕方ないことだ」

 皆知っていたからか、あまり意外そうな声は聞こえなかった。一部女の子からは、落胆の声が漏れていた。

「ただ、また異例なことがあってね。また新たに転校生が来たぞっ!」

 その言葉に教室内が湧き上がった。私も知らなかったので驚いてしまった。

「今度こそ女子ですかっ!?」

「もう男はいらないですっ!」

「牙狼くん位のイケメンですかっ!?」

 ……ああ、やっぱりそう思ってたんだ。

「それは見てからのお楽しみだっ!」

 その時、ちらっと皆方先生が私の方を見て笑みを浮かべていたような気がした。でも、すぐに先生は生徒たちに向かって、

「外にいるから喚くなって! じゃあ、入ってこいっ!」

 扉を開けて、教室へと入る一人の生徒。入って来た瞬間、男だということに気づいた男子生徒たちが沈み、女子生徒たちが喜びの声を上げた。しかしすぐに、皆驚きの表情に変わった。それは、

「初めまして、じゃないけどな。俺の名前は――」

 私が知っている、名前の無かった暗殺者だったから。

 私は嬉しくて、誰にも見えないように、涙を流していた――

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