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名前のない暗殺者 牙狼  作者: ミヅキ
3/7

学校へと登校

 どんな日にも朝は必ずやってくる。目が覚めた瞬間、いつもと違う部屋だと気づく。少ししてから頭が回転し始めたのか、昨日の出来事を思い出し、ここが俺の部屋じゃなく久遠寺家の屋敷だと理解する。

 あまり睡眠時間を取ることが出来ず、眠い目を擦り、用意してくれた部屋を出て食堂へと向かった。

 食堂には既に、昨日知った学校の制服とやらを着ている、未亜が食堂にいくつか置いてある、長いテーブルの端っこに座っているのが見えた。

「はぁ……どうしてこうなったのか」

「何よ? 朝からその態度は? 朝の挨拶くらいはないのかしら?」

「そりゃ悪かったな。おはよう、未亜」

「それでいいのよ。おはよう、牙狼」

 ため息をそっと吐いていたのが聞こえていたらしく、既に起きて朝食を取り終えた未亜が不機嫌そうに言う。挨拶をして未亜の対面に座ると、どこからか現れた執事が、調理してきた朝食を運んできてくれた。

「お、ありがとな。それにおはよう」

「おはようございます、牙狼くん。今日から頑張って、お嬢様をお守りください。それに学校の方も楽しんでください」

 執事が用意してくれた朝食は、とてもじゃないが庶民のものとはいえなかった。量は普通だが食べてみたら味が半端じゃなく美味かった。俺が食ってきた料理の中で一番上手かった。悔しい程に。

「それじゃ、バトラー、制服はあるわよね?」

「はい。こちらに」

 食事が終わったと同時に、執事がどこからか服を用意してきた。

「では、君はこの制服に着替えてください」

 執事が差し出したのは学校制定の制服だった。全体が紺色ベースで、所々に金色の刺繍で飾られているブレザーに、同じ色のスラックス、そして真っ白なシャツだ。シャツに腕を通し、ブレザーを着て、スラックスを履く。どの服のサイズはすべてぴったりだった。

「なんでここまで服のサイズが合ってるんだよ?」

「そのくらい、私にはお安い御用でしたよ」

 微笑み執事は答える。この人は、暗殺者から完全超人になったのだろうか? それはそれで凄いと思ってしまった。

「さて。んで、俺は確か星稜せいりょう学園っていうところの二学年の三組ってところに転入でいいんだっけ?」

 昨夜学んだことを口に出す。執事は満足そうに頷き、「ちゃんとわかっているようで何よりです」と、率直にほめてくれた。

「しかしまぁ、俺に学校生活なんてな。全くもって縁のない世界だとは思っていたがまさかなぁ」

「何事も経験よ。さぁ、そろそろ時間だから行くわよっ!」

 頷き、俺は玄関へと向かう。玄関には、ちゃんと俺用のローファーがあった。やはりというか、これもサイズはピッタリだった。

 靴を履いて、振り返ると執事は玄関から「いってらっしゃいませ。お嬢様をよろしくお願いします」と言った。俺は「了解」とだけ言って外にでる。

「ほら、さっさとしないと遅刻するわよっ!」

 前を向けば、既に外に出ていた未亜がさっきとはうって違って晴れやかな笑顔で歩いていた。それとは対極に、俺はこっそりと小さくため息を吐く。

 暖かい空気、雲一つのない晴天であるはずなのに、俺の心境は曇ってばかりだった。


「ここが私が通っている学校、『星稜学園』よ」

 あの屋敷から学園までは数分も掛からなかった。少し急であった坂道を上った先には大きな建物がいくつかあり、その内の一つの建物に入る手前にある、校門というところで俺たちは立ち止まった。

「……屋敷より大きいな」

「それはそうでしょ。全校生徒が入る学校と、うちの屋敷を一緒にしないでよ」

 げんなりとした顔で未亜は俺を見ていたが、気にせずに中へと入っていく。中には既に俺らと同じ制服に身を包んだ人がたくさん居た。

「こいつら全員が学生ってやつか?」

「そ。といっても学年によって分けられていて、さらに一つずつクラスが分かれているわ。そこは理解しているのね?」

「それなりな。さて、んで俺はどこに行けばいい?」

 こんな広い場所のどこにそのクラスというものがあるのか全く分からない。親切にも未亜はちゃんと職員室という場所に連れて行ってくれた。しかし、

「やっぱり俺、なんでこんなことしてんのかなぁ……」

 未亜に聞こえないようにぼそっと呟いた。俺の生業は暗殺者。それがどうして、こんなところで学生の真似なんかをしなくてはいけないのか。

「聞こえてるわよ」

 聞こえてしまっていたのか未亜が恐ろしい形相で睨んでいた。いやまぁ、確かにそういう依頼ではあったけれど。

「あなたは黙って私の依頼をこなすの。だからこの学生生活も黙ってやり通しなさい」

「へいへい」

 困ったことにこのお嬢様は俺の人権なんてものはないと判断しているようだった。そうこうしているうちに少し大きな部屋にたどり着く。ドアの上部には『職員室』と丁寧に掲げられていた。

「失礼いたします」

 未亜が入っていった後ろに着いていく。俺は何も言わずにとりあえず中に入った。そこには多くの大人たちが忙しなく目の前の仕事をこなしていたり、大量の書類らしき紙束を作成していた。

 そのうちの一人の女性がこちらに向かってきた。

「おや? 久遠時じゃないか。どうした?」

 その女性は、栗色の髪の毛を無造作にまとめ、気の強そうな切れ目が特徴だが、割りと砕けた口調で未亜に話しかけていた。

「おはようございます。皆方みなかた先生。実は彼が……」

 ちらっと未亜が俺に目線を促し、皆方先生という人もつられて俺を見ると、「なるほどねぇ」とだけ呟き、

「事情は分かってるよ。ま、短い間だけど学生生活を楽しみな」

 と、俺の肩を叩いて元の場所に戻ってしまう。どういうことだと未亜に聞くと、

「皆方先生も久遠時家とちょっと繋がりがあってね」

「なるほど。俺のこともなんとなく、と」

「そういうこと。じゃああんたはここで皆方先生を待ってて。私は先に行ってるから」

 こちらが何か言おうとする前に未亜はさっと職員室から離れていき、階段を駆け上がっていってしまった。待ってろって言われても、そっからどこに行けばいいんだよ?

「お待たせ。急な転校生っていうからどんな子かと思ってたよ」

 少し不安だったが、すぐに後ろから先ほどの皆方先生という俺の担任となる人が戻ってきていた。

「えーと、どうも」

「あー、いいよ。大体久遠時から聞いてるからね。だけどさ」

 すっと俺の身体に触れたと思ったらすぐに離れる。その代わりその手に、

「こういうものは学校に持ってきちゃダメなんだよね」

「……すみません」

 皆方先生は、俺が屋敷こっそりと隠し持ってきていたペーパーナイフを持っていた。未亜や執事にも見つからないよう、服の中に潜ませていたのだが、あっさりとばれてしまった。ただもんじゃないと理解した。

「君がどういう経緯なのかとかは理解しているけど、学校で物騒なことはしないようにね。勿論、久遠時にだって迷惑が掛かるんだから」

「それがないと落ち着かないというか……」

「ダメだ。ほら、君がこれから過ごすクラスに向かうよ」

 渋々と皆方先生の後を追う。職業柄、手元に何か武器になる物がないと不安になってしまうのはどうしようもないのだが、仕方ないのだろうか。


 階段を上がり、二年の学年のフロアとなり、ついに俺が少しの間過ごすであろう三組の前に着く。皆方先生が、

「合図したら入ってきていいから」

 とだけ告げ、俺の返事も待たずに皆方先生は部屋へと入る。廊下側でも聴こえるほど、うるさかった部屋も、「はい、静かにしろーっ!」という声ですぐに静まった。

「今日はな、なんとこんな時期にもかかわらず、転校生が来たぞーっ!!」

 と思っていたら、すぐに静まった声が、また吹き返した。次いで「女子ですかー!?」や「男の子ー!?」などの声がわらわらと聞こえてきた。

「残念だったな男どもっ! 転校生は男だっ!」

 皆方先生の声に男子は、「なんだよ男かよー」などというため息を吐くような声が聞こえ、逆に女子は「イケメンですかー!?」などの期待に溢れている声が聞こえた。

「まぁ、見れば分かるさ。入ってこいっ!!」

 ものすごく入り辛くなった教室だが、覚悟して中に入る。中に入った瞬間、まず目に入ったのは期待の眼差しを向けている学生――ではなく、とてつもなくにやにや笑みを浮かべている未亜だった。

 一番後ろの席で、他の学生たちにばれないようにしつつも、笑みを堪えきれていないようだった。俺と目が合うと、何もなかったかのように目を背けやがった。

 しかしそんなことを考えられたのも一瞬だけだった。入って数秒も経たずに、教室中に黄色い声が飛び交った。そういや昨日未亜が言ってたな、明日になれば分かる、と。その意味が何となく今分かったよ。

「はい静かにしろっつーのーっ! 転校生も驚くだろうがっ!!」

 皆方先生の一声によって、教室は徐々に静かになっていった。

「じゃあ、自己紹介をよろしく」

「牙狼。牙に狼と書く。どうぞよろしく」

 自己紹介をし終えたが、静かなまま数秒が経過する。なんだ? 俺なんかミスったか?

「ええっと、他に何かない?」

 皆方先生が俺の方に引きつった笑みを見せるが、他に何かあるか?

「彼は元々孤児院の子だから、あまり世間に詳しくないのですよ。そうですよね、先生?」

 教室内の生徒が一斉に発言者の方を向いた。勿論それは、後ろの席に座っている未亜だ。

「そうそう、久遠寺の言うとおりだ。牙狼くんは孤児院から来た子だから、みんな仲良くしてあげてな。それと、久遠時とも知り合いだから、そこんとこ皆よろしく」

「そういうことね。皆も彼は学校に不慣れだから助けてあげてね」

「じゃあそういうことで。牙狼は空いているあそこの席を使って」

 返事をして、指された席を見ると、未亜と同じ一番後ろだけど、窓よりの方だった。とりあえず席に着くと、

「よろしくな、牙狼」

 前の少年が振り向いて挨拶してきた。明るい茶髪を短く整え、細い眼でにっこりと笑っている少年だ。

「俺は狐塚拓磨きつねづか たくま、名前からしてキツネみたいな眼をしているってよく言われているから」

「なるほど、確かにキツネみたいというのは的を射ている」

「割とコンプレックスなんだよねー。学校って始めて?」

「ああ。学校というものが一体何なのか、つい最近まで知らなかったからな」

 学校内では、絶対に暗殺業をやっていたことを口に出すなと未亜と執事にはさんざん言われた。だから孤児院から来たとされたが、どっちにしろ似たようなもんだろう。

「そりゃ大変だったな。まぁとりあえず、大変だろうけどこれからよろしく」

「ああ、こっちこそよろしく」

「はいそこ! 仲良くするのはいいけど朝礼始めるから黙って!」

 すぐに皆方先生に注意される。悪かったと思っているのか、狐塚が前に向き直る前に手だけで謝っていた。俺は小声で、「気にするな」と返答する。

「これが学生ってやつか」

 誰にも聞こえないように呟く。俺が元居たあの世界とはまるっきり違いすぎる。俺と同じくらいの奴でも、もっと殺意のある目しかしなかった。

 それがどうだ。この目の前にいた狐塚も未亜も、なんでこんなに笑顔を向けられる。

 俺にまだ、よくわからないもんだな。

 朝礼終了時、すぐに次の授業、とやらには行かずに休憩が入る。しかし俺のところにそんな休憩なんてものはなかった。

「ねぇ牙狼くんはどこから来たの?」

「部活は? 入るところ決めてる?」

「つーか久遠時さんと知り合いなのか?」

 こんな風に大量の生徒に囲まれてしまい、身動きが出来ないからだ。

「あー、俺そんな頭よくねぇからいっぺんに言われてもわかんねぇんだけど」

「だってさ。ほらそうやって囲まないでやれよ」

「でもさ、あの久遠時さんの知り合いだぜ? 普通の学生って感じじゃないだろ?」

「確かにねー。でも、やっぱりイケメンだわ!」

「だーかーら、寄ってたかってくるんじゃねぇよっ! ほら、もう次の授業始まるだろっ!」

 なんとか狐塚のおかげで難をしのいだ。なんつーか、皆興味ありすぎだなおい。

「は、初めまして。牙狼くん」

 みんなが去って行ったかと思ったが隣の席に居た女子が話しかけてきた。見た目はおとなしそうで、少しおっかなびっくりで俺に話しかけている感じだった。

「ああ、こちらこそよろしく」

「わ、私の名前は小城汐梨こじょう しおりと言います。お隣の席ですので困ったことがあったら聞いてくださいね」

 肩までの黒い髪をピンで留めている小城はニッコリと笑う。しかしその目が、なんとなく笑っていないと感じたのは日頃の馴染み深い感覚からだろう。

「……多分迷惑かけるかもしれない。というわけでよろしく頼む」

 あまり急ぐ必要はないが、警戒しておくべきだろうと考えておく。

「そ、それで牙狼くん。あなたは――」

 何か小城が言おうとしたが言い切る前に先生が教室に入ってきた。一時間目の始まるチャイムとやらもちょうど鳴った。

「悪いが後でだな」

 話を中断して教科書やノートを取り出す。ちらっと小城の方を見ると、小城は未亜の方をじっと見つめていた。


 一限目は数学だった。昨夜呼んだがやはりなんだこの教科書は? なんでこんな数字が並んである? この意味は一体何なんだ?

「じゃあまずはこの問題を……牙狼くん、解いてみてください」

 黒板と呼ばれるでかい板によく分からん図を先生は書いて俺のことを名指しする。さて困った。この図はなんだ?

 よくは分からないが十字の線に下に湾曲した図ではある。さらに細かく点だがなんだが書いてあるがさっぱりだ。

「……すみません、これはなんですか?」

 昨日覚えた敬語というものは、割りとすんなりと理解できた。多分、言語については簡単に覚えられるのだろう、とざっくりした考えだ。現にちゃんと使うことは出来た。

「え? 見ての通りこれは二次方程式の図だよ?」

「にじ……? なんですか、それ?」

 横の方から俺にも聞こえるくらいのため息がした。見なくても未亜だと分かるがな。

「あー、牙狼、お前意外とやばい?」

 前の狐塚が苦そうな顔をして俺を見る。残念ながら、数学やら物理などと、必要なさそうなものはさらっと流して読んでいたから全く分からない。

「やばいも何もない。知らないからな」

「いやそういうことじゃなくてだな」

「分かりました。それではまず、この方程式というものから説明しましょう」

「やっべ、こりゃ長くなるぜ」

 狐塚の言った通り、先生は方程式というものからこの図形の意味まで長い歴史を挟んで話していたが、いかんせんあまりにも先生が熱心なせいでその話だけで授業が終わった。

「さて、と。牙狼、お前の学力は一体どの程度なんだ?」

「そ、そうだよね。割と結構マズいんじゃないかな?」

 間の休憩時間に、狐塚と小城が話し合う。

「基礎的な知識は得ている。こんなことは初めてなんだよ」

「って言ってもね。流石に方程式を知らない学生っていわれたらやばいだろ」

「そう言われても困る」

「心配ないわよ。私がちゃんと後で教えてあげるし」

 と、間から未亜が割り込んできた。

「く、久遠時さん!? あなたが、その……」

「未亜が教えてくれるのか?」

「「未亜!?」」

 驚いている二人だったが俺も未亜も気にせず話を続ける。

「ええ、私があなたを学校に誘ったんだしそのくらいはね」

「分かった、そっちの方はよろしく頼む」

「その代わり、あっちの方はよろしくね」

 悪い笑みを浮かべながら自席に戻っていく。戻っていったと同時に、二人は驚きつつ俺に質問してきた。

「な、なんで久遠時さんを名前で呼んでいるの!? どういうこと!?」

「お前なんで久遠時さんのこと名前で呼べんの!? つーかそっちとかあっちって何!? なんか秘密でもあるんか!?」

「なんで名前でそんなにこだわる? そう呼べって言われたから未亜って呼んでいるんだ。あと狐塚、その言い方には色々と問題があるからな」

「だってねぇ、あの久遠時さんが名前で呼ばれるなんてなぁ」

「そ、そうですよ。何かの間違いでも……」

「元々苗字で呼ばれるのが嫌いって言ってたけどな」

 二人とも首を横に振って怪しそうに俺を見る。

「久遠時さんは絶対にさん付けかつ苗字でしか呼ぶことを許さないんだよ。仇名でもつけた瞬間、そいつは次の日いなくなっていたっていう噂もあるぜ」

「そ、そうなんです。私も名前で呼びたかったけど久遠時さんが嫌がるから諦めたのに……」

 そうこうしていたら二時間目のチャイムが鳴った。そそくさと二人とも席に戻ったが、俺の方を不思議そうにちらちらと見ていた。


 なんだかんだあって昼休みの時間になった。他の生徒も解放されたように教室から出ていく。

「さて、じゃあ飯にするか。牙狼は昼飯は?」

「? 飯なら食うが?」

 ぽかんとした俺に、小城は笑いながら狐塚の言葉を補足してくれる。

「そ、そういうことじゃなくてね。昼食を持ってきているのか、それとも食堂でも言って買うのかってことだよ」

「ああ、そういうことか。持ってきてはいないから、食堂ってことになるな」

「よし! 俺も食堂だから行こうぜ!」

 がっしりと腕を掴まれて教室の外に引っ張り出される。出ていく前に見ておいたが、小城の方は他の女子のグループと既に集まっているようだった。

「……安いな」

「だろ? ここの飯はうまいし安いしで文句なしっていうのも売りにしているらしいぜ?」

 食堂では大量の生徒でごった返してるようだったが、その分飯の量も値段もよさげなのだ。これには少し驚かされた。

「あまり時間もないし、並んでいる人が多いと食えない時もあるけどな。さっさと決めて食おうぜ」

「そうだな。俺は日替わりメニューにしてみるか」

「お、いいもん選んだな。俺もそれにするか」

 食券を買って列に並ぶ。そんなに時間はかからなかったが、次の授業を考えるとあまり悠長してはいられないほどだった。

「さて、食いながらでもいいから聞きたいんだけどさ」

「なんだ?」

「お前、久遠時さんと付き合っているとか?」

「付き合っている?」

「いや、ただ単に久遠時さんを名前で呼んでいるのは牙狼だけだし、そもそも牙狼をこの学校に呼んだのも久遠時さんだしさ」

「よく意味が分からないんだが」

「ええっと、つまりなんだ。お前は久遠時さんとどういう関係なんだ?」

「……しいて言うなら」

 よく考えて答えを探す。流石に暗殺者とその依頼主というわけにはいかないだろう。

「お嬢様とそれに従う犬ってところか?」

「……なんだそりゃ?」

 呆れた顔で狐塚は答える。流石にこれには無理があっただろうか?

「あまりいい答えが出てこないんだ」

「いや、俺はてっきり恋人の関係とか思ってたから。そんな答えが来るとは思ってもいなかったわ」

「? 何を言っているのかわからないんだけど?」

 狐塚の顔がさらに呆れた表情になっていった。

「お前、まさか恋愛とかも分からないのか?」

「? なんだそれは?」

 すごいため息をしつつ可哀そうな目で俺をみる狐塚は、なんか無性に腹が立った。俺はそれからさっさと飯を食って教室に戻ることにした。

 

 それから大したこともなく、放課後になった。いや、ほとんど授業の内容が分からなかったことは大したことではあるのだけれど。

「やっと今日の授業も終わったなー!」

 ぐっと身体を上に伸ばす狐塚。こんな長時間座って勉強をするなら精神も肉体も疲弊してもおかしくはない。しかもこれがほぼ毎日だとなおさらだ。

「そ、それで牙狼くんはこの後は? 部活の見学にでも行くのですか?」

「いや、俺は大して部活に入る気はないからな。学校内の敷地を歩こうかと」

「だったら案内するぜ。どうせ俺もなんもねーし」

「わ、私も同行していいですか?」

「構わないよ。むしろ助かる」

 ということで二人に学校を案内してもらうことになった。まずはこの土地を理解しないと始まらない。教室を出ていく前に未亜に話しかける。

「俺はちょっと学校付近を視察するわ」

「分かったわ。私もちょっと先生に呼ばれてるから、少し時間が掛かるわ。後でまた合流しましょう」

「了解、どのくらいだ?」

「掛かって一時間ほどかしらね。大丈夫、今日は一人きりになることはなさそうだし」

「分かった。後、少し気になることがある」

「何?」

「それは――」

「おーいっ! 早く行こうぜ牙狼っ!」

 教室の外から大声が聞こえた。多分声からして狐塚だろう。まぁ、これについては、急な話じゃないからいいか。

「悪い、また後に」

「……友達、いいでしょ?」

「? なんのことだ?」

「別に。早く行ったら?」

「言われるまでもないさ」

 外で待っている二人に追いつく。未亜が言っていたことをよく理解してみようと思ったが、やはり分からなかった。

「とりあえず、この学校は大して変わった学校じゃあないな。つっても、四階建ての校舎にグラウンド、体育館があってだな」

「で、でも、なんでか分からないんですけど色々と噂が立つんですよ」

「噂?」

 歩きながら狐塚が説明してくれている中、小城が気になることを話した。

「な、なんでも、誰もいない教室から聞こえる足音とか、ただの水がいつの間にか真っ赤に染まってしまうビーカーだったり、屋上はカップルの巣窟だったりとか……」

「最後の、噂でもなんでもなくて事実じゃね?」

「その噂ってのはどこから広まっているんだ?」

「わ、私は友達から聞いていますけれど、発端は分かりません」

「俺もその手の話は聞くけど、どこからかまでは知らないな」

 噂といっても、無視するわけにはいかない。この学校に、俺と同じ匂いがする奴が居てもなんらおかしくはないのだから。

「と、ところで牙狼くん。どうやって久遠時さんとお知り合いに?」

「おー、それ俺も聞きてーな。あんなご令嬢さんと知り合いになるのは難しいぜ?」

 全くもって返答に困る質問だ。捕らえられましたなんて言えるわけもない。

「さてな。あまり知り合った経緯については上手く言えないな。この学校に来たのも、全部未亜が勝手にやったことだからな」

「ふーん? お前自身は不満なのか?」

「……あまり分からないな」

 分からないことが多すぎる。この学校に来て、なんの意味がある? 何故俺は今学校に居る? そして、この感情はなんなのだろうか?

「が、牙狼くんも大変なんですね」

 にっこりと小城が笑う。初対面の時とは違って、それは自然な笑顔だった。

「……そうなのかもな」

 校舎を一階から屋上まで案内してもらい、外のグラウンド、校舎と繋がっている体育館を見回った後、最後に正門とは真逆の方に向かった。そこにあったのは大して大きくもない教会だった。

 教会に入ると、中にはたくさんの長椅子が並んでいた。しかし、それよりも目を引くのは、一番奥の壇上。ではなく、さらにその奥の壁に付いているステンドグラスだ。

 様々な模様が入っているそれは、人の大きさ並みで、ちょうど太陽光によって明るく照らされていた。

「こ、この教会は入学式と卒業式の時だけ使用しているの」

「そういえばあったな、こんな建物」

「た、確かに、ここはあまり使わない場所だから。生徒も立ち寄らないですし、忘れていてもおかしくないんです」

「なるほど、そんなに生徒は入るのか?」

 入学式や卒業式とは言えどもその学年の生徒全員が入るとは思えない大きさだ。

「い、いえ。学年全員ではなく選ばれた方々のみが、中で式を済ませます。他の方は外で待機です」

「そういや、俺は外で待ちぼうけだったな」

 大した場所ではなさそうだが、隠れるにはもってこいの場所だな。もし、学校で待機するならこの場所は最適だろう。

「これでうちの学校の案内は終了だな。大体分かったか?」

「思っていたより広いのと、随分と監視が甘い気がするんだけど大丈夫なのか?」

 これまで見てきた場所、全ての鍵は開いていた。屋上やこの教会も然りだ。こんなに警備がずさんでは部外者が入ってきてもおかしくないのでは、と考える。

「そ、そこは大丈夫です。学校は必ず午後九時に全ての鍵がオートロックされるようになっています。だから学生が居る間は、ほぼ開けっ放しでも問題はありません。それに、不審者が入ったら警報が鳴るようになっているみたいですから」

「なるほど。それだったら安心できるな」

「よし! じゃあ案内が終わったところで、帰るとするか! 牙狼は? 久遠時さんを探すのか?」

「ああ、ちょうどいい時間だから一度教室に戻るとするよ」

「んじゃ、また明日な!」

「ま、また明日です」

 校舎辺りで二人と別れる。狐塚は大きく手を振り、小城は一度丁寧にお辞儀をしてから去っていく。さて、俺も未亜と会って、さっさと今日は帰るとするか。

 二人と別れた後、校舎へと戻り、教室を覗いてみた。校内には部活をやっている生徒くらいしか居なく、教室に残っている人は誰もいなかった。それは未亜も含めてだ。

 まだ、先生にでも呼ばれてるのかと思い、職員室に行っても未亜は居なかった。少し嫌な気がしたが、すぐに頭の外から追い払った。

 他にもいくつかの場所を探した。さきほど回った体育館や図書館を見ても、未亜は居なかった。最初は小走りだったのが、今では走って探している。

 流石にこの時間帯に敵襲はない、そう考えたのが間違いだったのだろうか? 他の教室も見て回ったがどこにも未亜は居なかった。

 深呼吸をし、息を整え、よく考える。そして考えた末、行きついた場所が一つあった。そこは、

「あら? 思っていたよりも早かったわね?」

 先ほど小城がある噂をしていた場所、屋上に未亜は居た。

「学校中走らせて開口一番がそれかよ」

「あら、心配してくれてたの?」

「当たり前だろ」

 冗談めかして言ったのだろう。未亜は心底驚いた顔をした。でも、すぐにその表情は微笑みへと変わった。

「それで、学校の案内はどうだった? 割と面白いところでしょ?」

「まぁ、そうだな。俺には分からないことばかりで、疲れることの方が大きいけどな」

「それがいいんじゃない。未知の世界に一歩進んだのよ? 大変なのは当然じゃない」

「それもそうか。俺が元居た世界とは全く違うってことだけは確かだ」

 俺がいる世界とは全くの別物だ。誰とも敵対視することなく、むしろ友好的な奴らばかりだ。その分、学力を付けるという義務が発生するが。

「……友達、どうだった?」

「ん? どういうことだ?」

 困惑したような、それでいて悪戯めいた笑みを浮かべる未亜の表情は、なんでか見ていて嫌だった。

「狐塚くんと小城さん。あなたのことをそこまで面倒を見てくれるなんていい人だよね」

「ああ、そういうことか」

 確かに気にはなったな。あの二人はなぜか俺に、授業について教えてくれたり、学校中を案内してくれたりと助けて貰った。

「まぁ、それは後で話すとして、だ。なんで屋上なんかに居たんだ?」

「ああ、別にこれといった理由はないわよ。ただ用事も済んだから気が向いただけ」

「本当か?」

「嘘を言う必要はないわよ」

 わざわざこんな人気のないところに来るとは思えない。狙ってください、と言っているようなもんだ。それに何故、俺に伝えなかった?

「ここに来る理由がないなら、次から勝手に移動しないで欲しい。護衛する対象を見失ったら元も子もないだろ?」

「……それもそうね」

 未亜は俺から視線を外し、フェンス越しに学校外へと目を向けていた。俺もつられて視線をずらす。夕焼け空になっていて、綺麗な景色になっていた。

「だったら、なんでそんな顔をする?」

 ちらっと見た時、未亜は照れているような、かといって迷っているような表情だった。夕焼け空の方を見ながら、未亜は答える。

「……私にもわからない。なんでこんな表情をしているのか、この気持ちが一体なんなのかが分からないの」

「それは多分、お前も俺と同じ感じなんだろ」

 よく分からないという感情。理解したくても、言葉として表すことが出来ないのだろう。そんな気持ちは俺も同じだ。

「わざわざ足を運んでくれて、悪かったわね。次からは気をつけるわ」

「ああ、そうしてくれ」

「それじゃあ、用が済んだことだし、帰りましょう」

 さっきとは打って変わって、いつもの表情に戻った未亜が屋上の入口へと向かっていく。俺もそれに着いていく。

「はいよ。帰ったら今後の方針、今日気になったことをまとめよう」

「了解したわ。バトラーも同席させましょう」

 階段を下り、校舎を後にする。初めての学校というものは、疲れるし眠いしで、大変な一日だった。

「それと、あなたの学習能力もキチンと向上させないとね」

 俺を見て悪魔の笑みを浮かべる未亜に対しては、諦めざるを得なかった。

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