プロローグ
季節は秋から冬にかけての頃、その日は雨が激しく降っていた。傘もささずに、フード付きの黒いコートを着て、俺はある小さな村へ訪れた。
その村は既に昔、廃村となっていたらしい。細い道を挟んで数軒建っているが、どの家も明かりがついていなければ街灯もない。
俺はある家の前で足を止める。その家は他の家と違って、蔦も絡まっていなければ崩れてもいない。最近建てられたと言われても、おかしくないくらい綺麗だった。そのまま俺は家の中に入った。
中に入ったが明かり一つない。完全な暗闇を纏っていた。しかし、すぐに家の中の一部分が明るくなった。
明るくなったカウンターの向こう側に、一人の男が立っているのがわかった。その男はこちらに目を合わせようとはせずに、俺に話しかけてきた。
「いらっしゃいませ。今夜はどのような要件で?」
流暢な日本語でそう聞いてきた。その態度は、全くもって俺のことを客だと思っていない様に感じたが、気にすることはない。俺の要件と言うのは簡単な事だ。
「つかぬことを聞くけどさ。あんた、何屋なんだ?」
「何屋と聞かれましてもね。言うなれば、そう。何でも屋、ですかね?」
「何でも屋?」
「そうです。食べ物から雑貨までなんでも。さらに言えば武器や薬、それに」
その男、この店の店主は口を歪ませ、壁にそっと手を当てた。
「奴隷、もありますよ」
部屋全体に明かりがついた。一気に周りが明るくなる。周りを見渡すと、様々な武器が展示されてあれば、使う用途の分からない物もある。そして、
「へぇ。こいつら、最近話題になっている子供たちじゃねぇのか?」
何人かの子供が拘束されていた。全員を知っているわけではないが、最近多くの子供が誘拐されている話を聞いたことがあった。多分、その被害者たちだろうと考える。
「よくご存知で。何分、子供はっていうのはかなりの品物になるらしくてね。ああ、その子たちでしたら一人百万あれば、差し上げられますよ」
「そうかい」
じっくりと部屋を眺める。そして気づいた。やっぱり嵌められたということに。まぁ、毎度のことだから気にはしていないが。
そして奴隷となっている子どもたちを見ると、一人の少女が俺のことを睨んでいた。歳は俺よりも一つか二つくらい下に見える。しかし、その瞳は怒りや憎悪、失望に満ち溢れていた。まったく、普通にしてれば可愛い容姿なもんなのに、勿体無いな。
「一人くれ。代金はこれに入ってる」
持っていたトランクを店主のカウンターへと乗っける。中身の額は知らんが足りるだろう。
「これはまた酔狂な方ですな。それでは確認させていただきます」
店主が呆れた様子でトランクを開けた。中にはいくらか大金が入っており、一枚ずつ確認し、足りていたことを確認した後、満足そうに俺を見た。
「結構です。それではどの奴隷を?」
「悪いけど奴隷じゃないな」
「はい?」
コートを脱ぎ捨て、懐に隠していたナイフを店主に突きつける。これでやっとわかったのか、店主の表情が一変した。
「テメェ! なにもんだっ!?」
「『暗殺対象、更科宗明』」
更科と呼ばれる男が、懐に持っていただろう銃を取り出し、俺につきつけようとする。
「一人百万、だろ? あんたを買わせていただくよ」
あまりに遅すぎる。銃を構える前にナイフで切り上げる。甲高い音と同時に銃が宙へと舞う。カウンターを足蹴にして空中で銃を取り、一回転して対象へと撃つ。
「しかし、まぁ、あんた一人だったら安いもんだろ」
既に対象は聞こえていないようだった。地面に倒れ伏し、赤い液体が床を染めていく。子どもたちが引きつった声を上げるが無視する。暗殺対象はあっさりとクリアした。しかし、
「まぁ、一人だったら、なんだけどなっ!」
言葉を言い切ったと同時に身体を地面へと伏せる。さっきまで立って居た場所を中心に、壁越しに大量の銃弾がばら撒かれる。子どもたちは驚きや恐怖で叫んでいた。
「安心しろ。お前らは対象外だからな。殺しはしねぇよ」
子どもたちにそう言い、外の奴らの様子を伺う。今回の対象は一人だけって聞いてた割には、おかしいと思ったんだけどな。またサービス業ってやつか。
「さて、残すところ四人ってとこか。ついでにあるこいつらは……なんだ弾入ってねぇのかよ。使えねぇな」
壁に掛けてあった銃を手に取るが、弾が入っていないため、即座に地面へと放り投げる。こちらの獲物はナイフ二本に先ほど奪った銃か。さて、どうしようかな。
「めんどくせぇな。いくかっ!」
正面突破あるのみ。突っ込むほか道はない。いや、あるけども面倒なだけだ。行儀よく、入ってきた扉から出て行ってやる。
ドアを蹴飛ばすと、外には銃を構えている男が二人。他の二人は違う出口を見張っているのだと理解する。
「来たぞ! やれっ!」
二人共同時に銃を撃つ。幾つもの銃弾が俺の身体を襲う。そんなもん、当たるわけがないだろうに。
「やっぱりおせぇな」
姿勢を低くし、ジグザグに走りながら急接近する。狙いの相手が同じで、しかも二人同時に撃つってことは、当然弾も同じ所にいく。そんなもんは避けやすいものだ。弾が当たらなくて動揺している間を狙い、先ほど拝借した銃を撃つ。片方の男の足に当たり、体勢を崩したが、もう片方がすぐに照準を戻し、俺の方へ撃つ。
「甘い甘い!」
俺は特攻しながらも、銃弾を左右に動いて避ける。銃口さえ見えれば、大体分かるもんだ。弾切れした瞬間、一気に間合いを詰めナイフでとどめを刺す。ついでにもう一人の方を見ると既に気絶しているのか絶命してしまったのか、わからないけど地面に倒れていた。
一段落ついた、と思ったがすぐに殺気を感じたので体を伏せる。またもや俺の頭上に銃弾が舞う。すぐさま銃弾が来た方向を向くと、銃を持った男は一人しか居なかった。誘っているのかもしれないが、特攻あるのみだ。
間合いを詰め、斬りかかろうとするが、さらなる殺気を感じ上を向く。家の屋根に最後の一人が俺を狙っているのがわかった。やはりあいつは囮だったのか。
上と前、両方から銃弾が飛び交う。だけどな、そんなもんじゃ俺を蜂の巣には出来ねぇよ。
「なっ!?」
銃弾を飛び越え、前方にいる男へと瞬時に近寄り、一撃で仕留める。驚いている最後の一人に向かって銃を撃つが、屋根のせいで上手く当てられなかった。すぐに屋上へと飛び乗り、標的へと近づき銃を向ける。
「どこに逃げようっていうんだ?」
男がこちらを向いた。恐怖と驚きに、体が震えているようだ。でも、だからといって容赦はしない。
「お前がどこの誰かは知らんが、俺を殺そうとしたんだ。それぐらいの覚悟はできてんだろう? それにだ」
男が何か言おうとしていたが、もう遅い。
「子どもたちを売ろうなんて、ムカつくんだよ。そんな腐った考え方がよ」
発砲音が響く。男はそのまま屋根の上から地面へと叩きつけられようだ。まったく、雨のせいで体がびちゃびちゃだ。まぁ血が洗い流せたと考えればまだいいか。
家の中へと入り、ケータイで依頼主へと掛ける。
「任務完了だ。対象を排除した。サービスでそのお仲間もな。それと」
床に座り、怯えながら俺を見ている少年少女たちを見、
「数名の子供が居るから保護してやってくれ。何? そんな面倒事は俺がやれと? そんなの俺の任務には入ってねぇぞ。はぁ? 知るか、んなもん」
一方的に伝えて電話を切る。後はあっちがなんとかしてくれるだろう。カウンターへと潜り込み、奥側に隠されていた鍵束を子どもたちへと放り投げる。
「後で救助が来る。安心して帰るといいさ」
子どもたち一同、ポカンとしていたが、すぐさま歓喜の声に包まれた。
俺はそのまま家を出る。この子たちには、俺のようにならないように、と信じながら。すると、
「あの!」
振り向くと先ほど俺と目があった少女が追い付いてきた。手錠や鎖は既に外れており、元の自由な身体になっていた。
「あの、ありがとうございました! 私達を助けてくれて」
「勘違いするな」
一瞬、少女が驚く。俺の殺気に怯えたのか、それともその言葉に驚いたのか。
「俺はあの店主を殺しに来ただけだ。むしろ人助けなんてのは俺の仕事とは間逆だ」
「でも、結果としては私達を助けてくれたじゃないですかっ!?」
まぁ、そういうことにはなるな。血にまみれた、この手によってだけどな。
「そういうことにしておきな。じゃあな、俺のようになるなよ」
「待ってくださいっ! あなた、名前は?」
人の話を聞いていたのかこの子は。俺に関わろうとしないほうが身のためだろうに。振り向いて真っ向から見てやる。
「俺はただの暗殺者だ。名前なんてものはない。それと」
ゆっくりと近づき懐からある物を出す。少女は驚いて退いたが、
「こんな雨の中に居ると風邪引くぞ?」
小さいけれど、実用性のある傘を手渡す。少女がなにかを言い出す前に、俺はその場を後にする。その場は大雨によって視界が悪く、少女の姿もすぐに見えなくなった。激しい雨音の中、微かに声が聞こえた。
「ありがとうっ! 名前のない暗殺者さんっ!」
俺はその無邪気な声を聞いて、少しだけ笑みを浮かべた。