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タケル?どうしたの?」

 紫乃がどこか遠くを見ている武に問いかける。

「名前を呼ばれた気がしたんだ」

 武は紫乃と二人しかいない教室にいた。

「…誰かが呼んだのかもしれないね。

 武の知り合いがここに来たのかも」

「知り合いなんかいないよ。

 僕は学校が嫌いだった。

 苦痛でしかたなかった。

 ここに来ればいじめられるだけだから。

 思い出したくもないよ」

 ああ、でも、一人だけ僕を知っている子がいたな。

 武は目を細めた。

 彼女はいつも悲しそうな目で見ていた。

 助けることが出来ず。

 それを苦しんでいた。

 優しい少女だった。


 木村君。


 名前を呼ばれるたびに、胸が苦しくなった。

「ここへ来たことを後悔している?」

 紫乃は武をじっと見つめた。

「いいや、していないよ」

 ここは楽園だから。

 苦しみのない世界だから。

 あの時、ここへ逃げたことは間違っていないと思っている。

「もうすぐ、ミドリが新しい仲間を連れてくるわ。

 傷ついている可哀想な子よ」

「この前ここを見に来た子?

 確か、良子って言ったっけ?

 まだ決心してないんじゃなかった?」

「そうね、でも決心がついたみたいよ。

 碧が呼ばれたから」

 そうか、と武は頷いた。

 ここは碧の楽園だ。

 生きることが辛いと、もう生きていたくないと思ったら来ることの出来る楽園。

 ただし、碧に選ばれた者だけだ。


 ちょっと出てくる、と紫乃は言い教室を出て行った。

 武はその後ろ姿を眺めていた。

 この楽園に来てからどれくらいの時間が経ったのだろう。

 ここには時間が存在しない。

 だから年を取ることはない。

 いつまでも若いままだ。

 彼女は、今どうしているのだろうか?

 今日はやけに昔のことを思い出す。

 また、名前を呼ばれた気がした。

 武は静かに目を閉じた。

 あの時の彼女の苦痛に歪んだ顔が思い浮かんだ。

 武はシャツをつかんだ。

 胸の痛みに耐え切れず、眉をひそめた。


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