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29 改善

 屋台を観察して気が付いたことは二つある。


 一つは、安ければ売れるというわけではないということ。

 建国祭の屋台というのは、公の主導で行われているらしく一般の店も出店している。

 初めから屋台の格安商品というのとは違い、普通に店で並んでいる品……たぶん、不良在庫となっているか、なりかかっている品……を格安価格で販売している。そういう商品は、店売りの品に比べれば確かに破格の値段ではあるけれど、屋台の商品としてはなかなか高価だ。

(それでも売れる)

 それは、その店の商品だからという信用なのだと思う。

 これを突き詰めると、たぶんブランド力ということになるんだと思う。

(つまり、私のお菓子にはその信用がないんですね)


 二つ目、何を売っているのか一目でわからないと売れないということ。

 孤児院の屋台では、いつもお花を売っていた。

 花は見れば何を売っているのかわかる。

 というか、屋台で販売しているものはだいたい剥き出しなので、見れば何を売っているのかわかるのだ。

 でも……。

(良かれと思って包装にこだわったのが仇になりました)

 クッキーと糖蜜豆は、蝋引きの紙で作った紙袋にいれて、リボンで留めてある。

 琥珀飴は、袋をわざわざテトラ型に作って、リボンで飾った。

 どちらも簡易ではあるけれど、ちょっとひと工夫というか、そのまま誰かにプレゼントできるようなおしゃれさを目指した。見た目はとても可愛いけれど、中身はまったく見えない。

(パッケージを開ける楽しみよりも、中身が見えない不安が先にたつわけで……)

 これはほんとに私の失敗だ。

 これまでうまく行きすぎるほどにうまく行っていたから、あちらとこちらの違いをちゃんと考えていなかった。

 こちらの一般の店の例をあまり知らないのだけれど、屋台では最初から包装している商品なんか一つもみなかった。

 だから、たぶんこちらの人は中身が見えないものを気軽には手に取らないのだ。

(ほんと、大失敗だ)

 安易に考えすぎていた。

(最初からもっとちゃんとリサーチすればこんな失敗しなかったのに!)

 今はこんなにもシンプルにわかることがわからなかったのは、たぶん、私も冷静じゃなかったのだと思う。

(もう同じ失敗はしないんだから!) 


 ここからどう改善すればいいか。 

 まず、まっさきに思いついたのは試食で、これはもう実行している。

 商品にできないものを試食してもらって、売り上げに結び付くなら万々歳だ。

(……でも、待って。待って。もしかしたら、それ以前の問題があるかも?)

 私のこれまで見聞きした範囲では、無料で商品を配るなんてことをしている屋台は一つもなかった。

 試食、と言われても、そうそうすぐに手を伸ばせるものではないだろう。

(そうなると、試食させるのは売り子……じゃなくって、試食係の腕ってことになるよね)

 私は、試食してもらう物の入った籠を大切に抱え直し、それから、周囲を見回して試食係をやっている子の姿を探す。

(あ、ジャーロ……)

 視界の端に淡い金の髪が映る。

 孤児院の子供だった。私より二つ年上のジャーロだ。

 ジャーロは愛想が良いことで知られていて、近所の奥様方のアイドルなのだと皆が言っていた。

 ご近所さまからはよくジャーロご指名の『奉仕のお仕事』が入ってくるらしい。

 『奉仕のお仕事』というのは、孤児院の子供達が引き受けている地区内のささやかな仕事で、私が助けられた祠の掃除なんかもこれにあたる。

 公的な仕事ばかりじゃなくて、普通の商店からの依頼も受ける。依頼内容は聖堂で厳しく精査されていて、依頼主は依頼時に聖堂に喜捨をし、依頼完了時に孤児院にも喜捨をする。

 この奉仕のお仕事を通じて、孤児院の子供たちは自分たちの将来の仕事を決める。中には仕事ぶりが気に入られて養子先が決まったりすることもある。


「ねえねえ、そこのお姉さん。甘いものは好き? そう。良かった。良ければおひとつどうぞ。そこの角の屋台で売っているから、気に入ったらぜひ買ってね。あ、まって、そこのお兄さんもクッキーどう? え、クッキーは食べごたえがなくて好きじゃない? じゃあ、こっちの糖蜜豆がいいよ。歯ごたえあるからね。どうぞどうぞ、食べてみて」


 満面の笑み────どこまでも爽やかに見えるけれど、仲間内ではジャーロは毒舌家で知られている。

 だから、その愛想の良さも、流れるような話術も、すべて営業活動だ。

 これまでに何度となく養子に望まれてきたけれど、ジャーロは一度もうなづかなかったそうだ。

(……ジャーロは、もしかしたら……ううん、たぶん、貴族の子供だったと思うんですよね)

 孤児院の子供たちが私に興味津々な時も一人だけ離れていた。

(なのに、無視するわけではなくて、すごく私を気にしていたし……)

 それは王太子妃アルティリエを知っているからというほどのものではなくて、たぶん、私が貴族だからなのだと思う。

(それに、ジャーロの言葉は、イントネーションの端々に貴族特有の響きがあるんですよね……)

 私が見ている間に、ジャーロは次々と試食させる標的を替え、そして、そのすべての人が笑顔で屋台で積みあがっているものを買って行く。

(さすが、ジャーロ! 私も負けてはいられません)


「奥様、よろしければクッキーのご試食をおひとついかがですか?」


 通りかかった子連れの奥さまにっこりと笑みかけると、一緒に居た子供が歓声をあげる。


「やあだ、奥様なんて言われるような身分じゃあないんですよ」

「お子様たちもどうぞ」


 もちろん、子供たちにも奨める。

(食べておねだりしてくださいね~)


「わー、お口の中でとける~~」

「たくさん甘いです~」


 子供たちの歓声に足を止める人たちがちらほらと出る。

 人のいない屋台には人は寄ってこないものだ。どういう法則かはわからないが、列がずらっと並んでいる屋台にこそ皆が寄ってくる。


「そちらのおじさまもおひとつどうぞ。……お気にめしていただけましたら、ぜひお買い求めください」


 試食をしてもらうと、ほとんどの皆が屋台の方に足を向けてくれる。

 飛ぶように、というわけにはいかなかったけれど、じりじりと在庫が減ってゆくのをみながら、私は次の手をうつことにした。

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