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26 下町のにぎわい

「……すごい人出なのね」

「祭だからな」


 荷物が思っていた以上に多かったので、最初に皆で運んでしまうことにした。私も荷物を運ぶ組に入ったのは、街を見てみたいと思ったからだ。

(たぶん、これはまたとない機会だ)

 こんなことしていていいのだろうか、と迷う気持ちがないわけではない。

 でも、正直なことを言えばどうすれば良いのかわからないのだ。

 こういうとき、この世界での人生経験が足りないことをひしひしと感じる。


(……失くしてしまった、私……)


 記憶があれば、もっとうまくやれるのだろうか?

 どうすれば、王宮にいる殿下に無事を伝えられるのかがわからない。

 自分だけではできないから、誰かに頼ろうと思っても、今の私には頼りにすべき人が誰もそばにいないのだ。

(地下を通らなければ、きっと影供の人がいたんだろうけど……)

 影供というのは、わかりやすくいえば忍者みたいな護衛のことだ。騎士と違って、表には出ない人たち……私にはそういう護衛がたくさんつけてあるとナディル殿下は言っていた。

 そういう人がいることを気づくこともあるけれど、気づかないことのほうがずっと多いし、普段はあまり意識しない。

 彼らは気配を殺すことにとても長けているし、私もそれほど敏感な方ではないと思うから。

 でも、その彼らが絶対に立ち入れない場所が幾つかあって、その一つが王宮の地下通路なのだ。

(それに、自分から連絡をとるにしても、誰ととればいいのかがわからない)

 身分を明かさない……名乗らない私がナディル殿下と直接連絡がとれるはずがない。(そもそも、こういう場合はどうすればいいんだろう?)

 王宮では、侍女か女官に言づけるか手紙を渡せばそれで良かった。

 誰か信頼のおける人を間にいれて、と考えるのだけれど、誰を選べばいいのかがわからない。

 グラーシェス公爵やエルゼヴェルト公爵を頼ることも考えていたけれど、よく考えれば彼らもまたおいそれと連絡をつけることができない身分であることに今更ながらに気づいた。

(そもそもが、ツテも何もない一般人が会ったことのない貴族に連絡をつけることができるんだろうか?)

 執事とか使用人に門前払いされて終わりのような気がする。

 そして、こういう時に頼ることができるような人……と考えても誰も思いつかないあたりが、私の交友関係がごくごく限られているということの証明みたいなものだった。


「……お嬢、どうした?」

 前を歩いていたラグが振り向いた。

「いえ、ちょっと連絡をとりたい人がいるのですけれど、どうしていいかわからなくて」

「連絡をとりたい人ですか?」


 私の後ろを歩くルファが興味深そうな声で問う。


「はい。……身分がとても高い人なので、どうすれば連絡がとれるかがわからないんですよ」

「……それでずっと浮かない顔をしていたのか?」

「……私、そんな顔をしていました?」

「おう」

「自分ではわかりませんでしたけど……」

「最初にあった時から、なんか悩んでる顔だったよ。今はちょっと元気になったみたいだけど」

「まあ、お貴族様の話せない事情ってのがあんだろうから深くは聞かねえけど、このへんのことなら俺らが一番詳しいから、話せることがあったら話してみろよ」

「……正直、八方ふさがりなのですけど……」


 そこで、なぜ話そうと思ったのか自分でも不思議だった。

 普通に考えれば、下町の孤児院の孤児でしかない二人に話したところで解決するようなことではない。二人にはコネもツテもないし、そもそもが私より数歳上なだけの子供にすぎない。

 それでも私が口を開いたのは、たぶん彼らが私とは縁も所縁もない人たちだからだ。

 それは、しがらみとか思惑とか、そういういろいろなものがからまないフラットな立場での意見を聞けるということだ。


「えーと、まず前提条件として、大貴族の奥様である私はお屋敷にいることになっていると思ってください」

「おくさま……」

「人妻だと言ったじゃないですか」

「……マジで結婚してんの? お嬢」

「はい。今のところ年齢差は倍以上ですが、それは年々縮まるので気にしなくていいです」

「倍以上……」

「貴族って……」

「別に珍しいことではありませんし、それについては今更どうこう言うことではないです。もちろん政略結婚ではありますけれど、私たち、ちゃんと仲良しですから」


 ちょっとケチはついたけれど、公式行事デビューだって大好評だったんだから!

(……なんか、今ではあれは夢だったみたいな気分だけど……)

 見回した光景は、見慣れない雑多な街並。

 天秤売りと呼ばれる担ぎ売りの人や、一目でわかるペンキ塗りの職人や、大きな籠を担ぐ謎のおばちゃんの集団がいたりする。

 そして、私もまた王宮にいたときとは比べ物にならないような簡素な木綿のワンピース姿で、借り物の少し大きなブーツをはいている。ブーツのつま先には詰め物がしてあって、さっきからすごく気になる。

(自分の足型からつくったオーダーメイドの靴しか履いたことなかったからなぁ……)


「で、私がなぜここにいるかというと、親戚の大叔母さんが襲われたところにたまたま居合わせて、一緒に逃げ出したからなんですね」

「……その親戚の大叔母さんとやらはどうしたんだ?」

「わかりません。……たぶん、具合の悪い私のための助けを呼びに行ったと思うんですけど」

「ねえ、その親戚の大叔母さんってあの馬車のおばあさんじゃないの?」

「馬車のおばあさんって何ですか?」

「えーとね、お嬢を見つける直前に僕らが辻馬車にのせてあげたおばあさんだよ」

「……クリーム色のガウンの、すごく上品な方でした?」

「あー、あんましゃべらなかったから……でも、確かに少し黄色っぽいドレスだった」

「なんでコート着てないか不思議に思ったんだよな」

「……それは室内から逃げ出したからですよ」

「で?」

「最初はその親戚のおばあさんのおうち経由で戻るつもりだったんですけど、おばあさんがもどった以上、それはできないんですよ。……おばあさんの家の人が私を探してくれていてこっそりと接触できればいいんですけど、それは結構難しいと思うんですね」

「そうなのか?」

「……だっておばあさんの家の人たちは私を見たことがないんですよ。向こうは私をわからないんです。そして、私も。運よくこっそり接触できても、私がその人たちを信じられるかは別の話です」


 信じられる人にしかこの身を預けることはできない。

 例えば、ここにエレーヌ様がいてエレーヌ様が自家の人間で信じられる者なのだと言ってくれれば完全に警戒心をとくことはできなくとも保護してもらおうと考えられるけれど、お互いまったく知らない同士で顔を合わせたとするならばそれはできない。


「……まあ、そうだよね。その人たちが本当におばあさんの家の人たちかお嬢にはわらからないんでしょう?」

「ええ、そうです。……で、私には実家もあるのですが、そちらの実家とはつい最近までほとんど没交渉だったのでいまいち頼れないという気もしています」

「実家」

「父親が生きていますが、ほとんど話したことないのです。ついでに、彼は私の母と結婚する前から関係のあった人を後妻にしていて、その人との間に兄が何人かいて、私は彼らとはほとんど面識がありません」

「貴族らしい複雑な間柄ってやつか」

「まあ、そうです。……なので、そちらにはできるだけ頼りたくありません」

 実家の父親と夫は犬猿の仲ですし、というと、よくわかる、というような顔でラグがうなづく。

「そんなわけで、誰に頼れば夫に連絡がとれるかな、と思っているのです」


 私は小さな溜息をついた。


「……普通だったら、絶対に無理っていうとこだけど、お嬢は運がいい」

「何がです?」

「……あのな、明日か明後日……どっちになるかわかんねーけど、うちの聖堂にはおエライさんが来るんだ」

「お偉いさん?ですか」

「おう。別にオエライさんだからっていうんじゃねえけど、ただのオエライさんじゃねえんだ、その人は」

「???????」

「あのね、ギッティス大司教猊下なんだよ」

「ギッティス大司教……え? あ、シオン様?」


 ここがおれたちの屋台だ、とラグは緑で塗られた台に荷物を置いて、そして私をまっすぐと見て言った。


「そう。シオン・ルクセール元王子殿下だ」

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