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6.基本方針

 今日も、状況はまるで変わらない。

 さすがにもう夢オチにも期待できなかったから、目覚めるとすぐに侍女を呼んでおとなしく着替えることにする。

 着換え……これが結構な難物だ。手伝ってもらわないと着用できないものも多い。

 寝間着はいわゆるネグリジェで、寝苦しくないようにレースはだいぶ省かれている。それでも、お姫さまらしくとても可愛い。あちらだったらこのままワンピースで通用する。

(普通なら、下着はパンティでブラ……だけど)

 成人女性にはパンティやブラジャーがあるのかもしれないけれど、この世界の12歳の女の子用下着は、スリップに太腿が隠れるくらいのズロースだ。お姫様オプションで、シルク製の細かいレースが贅沢につかってある。

 そこに更にレースたっぷりのアンダースカートをはく。これはウェストが紐でしめるようになっていた。

(ここまでは一人でもできる)

 できないのが次。袖口にレースたっぷり、身体にぴったりとしたブラウスだ。

 なんでわざわざ背中ボタンなんだろう。しかも十二個も!前ボタンにすれば一人でも着替えられるのに。

(……でも、コルセットがない世界でよかった!)

 心の底からそう思う。コルセットのせいで腰骨が変形して、そのせいで早死にした女性もいたくらい危険な代物なのだ。ハロウィンの仮装パーティで一回だけつけたことあるけれど、あれは拷問器具の一つだと思う。

 このままでも充分平気なようだけど、その上にガウンと侍女達が呼ぶワンピースっぽい服を重ねる。

 これは、淡い水色に白いレースをふんだんにつかったもの。今日のものはすっぽりと頭からかぶるタイプで、アンティークドールほどフリフリではないけれど、まあ、いかにもお姫さまチックな格好ではある。

(ピンクハウスもアツキ・オオニシも着たことなかったけど、ちょっとクセになるかも……)

 手仕事のゴージャスなレースや刺繍は本当に素敵だ。女心を浮き立たせる。

 足元は薄い絹の靴下。靴下の最上部はゴム製のリングでちゃんとさがってこないようにとめるようになっている。これが成熟した女性だとガーターベルトを使うらしい。

(大人になったらガーターベルトの色っぽさで悩殺か、なるほど)

 ……ごめん、何を悩殺するのか目的ないまま横道にそれました。ガーターベルトってそこはかとないエロスを感じさせるアイテムだと思う。

 靴は布製。綺麗な刺繍がいっぱいされていて、きらきらしている。色はドレスに合わせた水色がベース。きらきらと加工した薄い金属の花を縫い付けているんだけど、もしや、これ本物の金や銀だったりするんだろうか……ちょっと恐くて聞けない。

(どっちにせよ、この刺繍の細かさはすごい。一財産になりそうな靴だ)

 底はゴムみたいなものでできている。

 ゴムみたいとしか言えないのは、私の知っている生ゴムの色と違って半透明の白濁した色をしているから。

 これ、後で知ったんだけど、王国の最南方領土ヴァリアスにしか生えない樹木の樹液だそうだ。

(う~、可愛い!)

 鏡の前で思わずくるっと回っちゃった。

 ナルシストはいっててごめんなさい。でも、本当に可愛いんだもん。ちょっと鏡に見惚れるくらいは許して欲しい。

 やわらかにウェーブを描く金の巻き毛。目は鮮やかな青とも碧ともつかぬ不思議な色。お母さんの肖像画も綺麗だったけど、この子も相当だ。

 将来、どれだけ可愛くなるか楽しみだ。

 ……自分のことだと思ったら、途端に自分の恥ずかしさにいたたまれなくなったけど。

 侍女の一人であるジュリアが、私の髪を綺麗に整え、ドレスと共布のリボンで留める。

「お似合いですわ」

 どのガウンに、どんなアンダースカートにするか、どんな靴下や靴をあわせるか、髪型や髪に飾るものまで含めて、私の侍女たちは研究に余念がない。

 満足そうに皆がうなづくので、何だかおかしくてちょっと笑った。

 ほんとにちょっと。口元が緩むくらい。

 なのに、そんな私を見てリリアが泣きそうな笑い顔を見せる。

(……そんなに、アルティリエってお人形だったんだ)

 我が事ながらちょっと涙出そう……。こんな些細な反応を喜ぶくらい無反応だったんだということを思い知らされるたびに申し訳ない気分にさせられる。


「姫様、今日はこの地方の料理を用意していただきました」

 リリアがいつものように夕食のワゴンを運んでくる。もちろん、私が口にする前に侍女達がよそいながら毒見をしている。

(生家でも毒見するってどうなんだろう……)

 でもまあ、それも仕方のない立場である……毒より、料理長の腕のほうが心配だけど。

「今日のスープはあさりです。姫様があさりをお好きですので特別に料理長が腕を振るってくれまして……」

(へえ、あさり好きなんだ)

 我が事ながら、何だからすごく新鮮な気分でそれを聞く。

「あ、あの、もしかして、違ってました?」

 慌てたこの子はエルルーシアという。父親が王太子付武官だという下級貴族の娘だ。

 リリアより一つ二つ年下くらい。武官の家柄の出らしく、武術をおさめていて私の護衛も兼ねているそうだ。

 おおっぴらに剣を帯びて護衛している騎士達とはまた違うけれど。

 ううん、そんなことない、というように私は首を横に振る。

 アルティリエはともかく、私はそんなに好き嫌いはない方だ。まずいモノはダメだけど。

 ほっとしたエルルーシアは笑顔を見せた。

(あさりって、どこで採れるんだろう?)

 脳裏で地図を思い浮かべる。

 エルゼヴェルトの本拠地であるこのラーディヴは海にそんなに近くない。生あさりを活かしたまま運べるのは、この時期であっても最大三日くらいだろう。

 私の心の声を読んだのか、偶然なのか、そばかすを気にしがちなジュリアが笑って言う。

「このあさりは、妃殿下の所領であるアル・バイゼルから運ばれたものだそうですよ。ラーディヴとアル・バイゼルは、船ならば一日かからないそうなんです」

(川、遡れるのかな?……今度、詳細な地図見よう)

 侍女達の言葉に誘われて、白濁したスープを口に運ぶ。

 こちらでは、カトラリーは銀が主流。ナイフとフォークとスプーンの三つですべての料理を食べる。フレンチのコースのように何本もいろいろなカトラリーを使わないでいいから割と楽。

 今のところボロはださないで食事をしていられるので、マナーはそれほど違わないみたいだからだ。

(……これ、ちょっと生姜いれるべき。あと、白ワインを効かせればおいしいのに)

 良かった、香草入ってない。

 ここの料理長の香草の使い方はあんまり私には合わない。

「お気に召しましたか?」

 こくりと私はうなづく。ジュリアが嬉しそうに笑った。……可愛いなぁ。

 私はすっかり周囲の侍女達が気に入っていた。

 だって、可愛い子ばっかりなんだもん。そして、心から私に仕えてくれている。この心からっての言うのがすごくポイントだ。

 何もべったりそばにいてあれこれ世話やくって意味じゃない。いつでも私が必要とした時にその望みを叶えられるよう準備しながらも、用のない時は控えている。

 その完璧なまでのサービス!

 メイド好きな世のオジさんやオタクな子達の気持ちがちょっとわかった気がする。

 ……でも、『萌え』までは求めないでほしい。私には萌えのニュアンスはよくわからないから。





(さて、どうやって王宮に帰ろうか……)

 いろいろ考えたけど、とりあえず王宮に戻ることを基本方針とすることにした。

 今、手に入る範囲のさまざまな情報を総合した結果、覚えてないことが多くなるかもしれないし、わからないまま接する人が増えるかもしれないけれど、とりあえずここよりは王宮の方が安全だと判断したのだ。

(……夫とか、国王陛下や王妃殿下にどう接していいかわからないんだけど)

 会った事のない夫や義父母を信用してるというわけではない。

 ただ、単純に利害関係を考えれば、王家側の人たちには私を守る理由がある。

 私を殺すより守るほうが、彼らにはお得なのだ。

(それに、私が危ないってことはこの子達も危ないってことだし)

 いつも私と一緒に居る侍女達は、ある意味私と一蓮托生だ。

 墜落事件の謎の解明も大事だけど、できれば危険から遠ざかっておきたい。

 真相からも遠ざかるかもしれないけど、この場合慎重さが必要だと思う。

(何が安全で、誰を信じていいかを見極めたい)

 公爵が私を殺そうとしたとは思わないけれど、守ってくれる人とは思えない。

 朝の挨拶の時でさえ、娘の顔をまっすぐと見ようともしない人を信じろというのが無理な話だ。まして、エルゼヴェルトにおける今の私の立場はかなり微妙なのだから。

「……姫さま、どうされました?」

 考えながら食べていたせいで、たぶん、ボーッとしてたんだと思う。がりっと嫌な音がした。

 動きが止まった私を皆が怪訝そうに見る。

 手を口にやる……口元からポタリと落ちる滴……血だった。

「ひ、姫さまっ」

「きゃああああっ」

「だれか、お医者さまを!」

(……いや、騒がないで、違うから。アサリの殻がささっただけだから!)

 でも、私の心の声なんて聞こえるわけないわけで……。

 平気だって身振りで示してもこんな場合はまったくわかってもらえない。

 毒かもしれないと叫んでいる子もいる。

「あ……」

「姫さま!姫さま!」

「吐いてください。早く!」

 でも、意を決して口を開こうとすれば、更にポタポタと血がこぼれて大騒ぎになる。

 真っ青な顔で飛び込んできた医者には問答無用で無理やり水いっぱい飲まされて、それから、吐かされた。

 あさりの貝殻の欠片はすぐに取れた。刺さっちゃった傷がちょっとだけ痛い。

(毒なんて飲んでないってば!)

「失礼」

 医者が私を見る。どこか目つきがおかしいと思うのは気のせい?気のせいだよね?

(え?)

 悪夢を見た!!!!!!!!

 無理やり水をいっぱい飲まされて、いきなり口に指つっこまれた。

 っていうか、あなたの指の方が毒だ!手が汚いかどうかはわかんないけど、中年男の指なんて口に突っ込まれたら誰だって気持ち悪くなる!

 説明なしだよ。そりゃあ、毒だと疑ってれば一刻を争うのかもしれないけど。

(たーすーけーてー)

 私の抵抗なんてまったく無意味。12歳の子供がちょっと手足をバタつかせたところで、成人した男の力の前では役に立たないってしみじみわかった。

 押さえつけられて、無理やり吐かされて……何でもないのに、処置が終わった後はぐったりした。

 うがいと歯磨きはしっかりして、半べそでベッドの中の人になった。着替える気力がなくて下着姿だった。

 ……そのまま寝てしまったからって私を責めないで欲しい。

 気分としては暴行未遂とかそういう感じだったんだから。



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