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1.目覚め

(……知らない天井だ……)


意識が醒めた瞬間、目に入ったのは夜空が描かれた天井だった。

(知ってる星座がないなぁ……)

 ぼんやりとそんなことを考えて、それからそんな場合じゃないとハッとした。

(えーと、あれたぶん事故にあったんだよね。眩しかったのは車のライトで……でも、ここ病院じゃないよな……いや、特別室とかそういうのかな……うわ、店大丈夫かな……保険証、どこやったっけ……?)

 頭が急速に現実で回転をはじめる。

(いや、いや、考えてても仕方ないや……とりあえず看護婦さん呼ぼう)

 ナースコールのスイッチを探そうとベッドの上に起き上がって驚いた。

「……すご……」

 天井だと思っていたのは天蓋だった。

 そして、私が寝ていたのは美術館で見たことがあるようなお姫様ベッド。それもかなり豪華なもの。

 ふかふかの敷布もさることながら、ベッドカバーの刺繍の精緻さに目を見張った。庭をそのまま縫い取ったかのように花で溢れている。春の花……ちょっと色合いがくすんでるけど。

 正直、こういうの大好きだ。美術館とか博物館とか好きだし、こういう手仕事も大好き。料理人になってなかったら……つまり、私がもう少し食い意地がはってなかったら、きっと美術方面に進んでたと思う。

「……あれ?」

 ふと気付いた。

(私の手、小さくない?)

 手が小さく、腕も細い。何よりも爪が……長く綺麗に揃えられている。料理をするから私はこんなに長くは伸ばさないのに。

 違和感……何か、すごくおかしいのに、それがわからない。

 そっと床につこうとした足が、思っていたのよりも短く……そして、間違いなく小さい。

(ち、縮んだの?私)

 そう思いつつ、頭のどこかに違う疑惑がわいている。なるべく考えないようにしてるけど。

 光を柔らかく透かす薄絹を開き、ぐるりと部屋を見回した。

(……これ、絶対に病院じゃない。ってか、日本ですらないかもしれない……)

 ちょっとしたホールくらいはありそうな広い室内……大きくとった窓からはレースのカーテン越しに陽光が差し込み、床は毛足の長いふかふかの絨毯に埋もれてる。

 それから、頭上にはシャンデリア……別にここ、広間ってわけじゃないと思うんだけど。

(なんか、ものすごくイヤな予感がする……)

 さっきから頭の片隅で考えてる疑惑の方が正しいかもしれない……。

(……そんなこと、ないはず)

 考えろ、私は自分に言い聞かせる。

 だって、そんなことあるはずないんだから。

 何度も、可能性を否定する。

 でも、何度見ても変わらないのだ。

(子供の、手……)

 ほっそりした……小さな手。

 指が長く、白い手。

 火傷の痕もないし、ちょっとしくじってペティナイフ刺しちゃった時の傷もない。

 爪も綺麗に整えられている。

(私……)

 だから、私はその可能性を考えないわけにはいかなかった。

(……死んだのかもしれない)


 あの夜に。


 そう考えたら、何かひやりとしたものが胸の中にさし込んだ。

 寝台に潜り込み、頭まで敷布をかぶる。

 別に寝台の中が安全ってわけじゃないけど、そうやって布団の中で小さく丸まっていたら少し落ち着いた。

 でも、そうしたら、更に気付いてしまった。

(……怪我、してないんだ……)

 私が交通事故に遭ったのはほぼ確定の事実だ。

 そして、状況だけを言えば無傷で済むようなものではなかった。

 絶対に、怪我をしたはずなのだ。

 それが無傷ということは……。

(………やっぱり)

 感覚は、『もしかして』と『やっぱり』の間を、めまぐるしく行き来する。

(う、生まれ変わりとか……そんな感じ……?)

 だって、『私』の意識があるのは絶対なわけで。でも、この身体は『和泉麻耶』のものじゃないわけで……だとすると、生まれ変わった自分っていうのが真っ先に思い当たるんだけど。

(いや、でも、それはないよ、絶対無い!……いや、でも、子供になってるっぽいし……)

 それに、ふかふかのベッドや絨毯の足触りの感触なんかがこれが現実であることを知らしめる。

(ゆ、夢オチってこともある……きっと……たぶん……)

 でも、どれだけ時間が経っても、何度瞬きしても、布団の隙間から見る光景はまったく変わってはくれない。

(ゆ、勇気を出そう……)

 もう一度、確認するために、もそもそと起きだした。

 布団の中から出て。絨毯を踏みしめてしっかりと立ち、周囲を見回す。

 直射日光の遮られた室内はほどよく光が差し込んでいる……美しく装飾された室内、磨きぬかれた調度類、それから、部屋中に飾られた花々……品の良い豪奢。ただ高価そうというだけでないセンスの良さがある。

 壁には絵やタペストリーがかかっていて、冷ややかになりがちな雰囲気を暖かいものにしている。

 どれも、風景や何かの物語の一場面っぽい。女性が好みそうな柔らかな色合いだ。

(とどめは、このお姫様ベッドか……)

 明るめの色合いの木材で、天蓋の柱部分は蔦がまきついたような彫刻が施されてる。

 その蔦の葉なんて、葉脈までリアルに掘り込まれていて……木製なのに、その質感を感じそうなほど。

 本当にステキなベッドで、こんな状況じゃなきゃ思いっきり満喫するところだ。

(外国ってより、ファンタジー小説とかそういう物語の中に入り込んだみたい)

 正直に言って、私はその手の物語が好きだ。

 ここではない……現実ではない世界の物語。けれど、それは物語だからだ。

 こんな風に物語に入り込むような状況を望んでいたわけじゃない。

(部屋の感じとしては、イギリスとかフランスとかの古いお屋敷っぽいかな……)

 英国旅行した時に見学したカントリーハウスっぽい。……カントリーハウスって田舎の家って意味だけど、ハウスっていっても『家』ではなくて『屋敷』あるいは『城』って言う方が正しい。

 今居るこの部屋は、そういう豪奢で重厚な雰囲気がある。

 ふと、正面の壁にかかっていた絵に目を留めた。

 くすんだ金色の額縁は年代物っぽい。

 背景は明らかにここの部屋で、描かれているのは幼い女の子。

(うわー、可愛い。天使みたい。ここんちの関係者かな)

 年齢は十二、三歳くらい。淡い金の髪に青い瞳……肌は抜けるように白くて頬はほんのりバラ色で、絵に描いたような美少女だ。いや、絵なんだけど……え?

 苦笑して気付いた……これって……。

 半信半疑で手をあげた。

 絵の女の子も手をあげた。

 べろを出してみた。

 絵の中の女の子もベロをだした。

 ……訂正、絵じゃない。鏡だ。


「ええええええええええっーーーーーーー」


 私は盛大な絶叫をあげ、それから、あまりのことによろめいてベッドに逆戻りした。


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