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成すべきこと

「……そうだね。ちょっと、心配かな」

不穏な風を感じた私は、読み漁っていたボロボロでところどころ黄ばみ、カビの生えた古文書を閉じると、それを丁寧に元にあった場所へ戻し、私専用の旧書庫を後にした。新書庫は、たまに別のフロート兵も立ち寄ることもあるが、ここ、旧書庫には、私とカガリしか、出入りはしない。そういう暗黙の条件があるわけではないのだが、私がここを住処としていることを知っている兵士たちは、気を利かせて寄り付かないのだ。別に、来てもらっても構わないが、カガリが嫌がるであろうから、その方がありがたいといえば、ありがたい。

 そのカガリが、フィスコニアへ税の徴収の「フリ」をしに行ってから、まる一日が経っていた。フィスコニアは、私とカガリには友好的な街であるし、そこまでの距離でもない。馬で行っても、歩いて行ったにせよ、半日もあれば、往復できる距離にある。それが、一日経っても帰らないとなると、城の者……特に、ザレス国王や、ジンレートの耳にでも入ると、また何を言われるか、されるか分かったものではない。

「それで、風よ……カガリは今、何処に?」

私は、誰もいない窓の外に向かって言葉をそっと掛けた。

『……』

「そうか……それはまた、困ったことになっているね」

風が木々を揺らす音の中に、私にしか聞こえない声が、鼓膜を揺らして響いてくる。いつでも穏やかで、優しい風の声は、今日は少し焦りの色を滲ませていた。カガリはどうやら、ラナンとリオスと共に居るようだ。

 ラナンとリオスといえば、今まさに、私たちが倒そうとしているレジスタンスの中でも最も厄介な人材ではないか。またこれは、どうしてこうもカガリはついていないのだろうかと、私は肩を落とした。あの子は隠しているようだったが、カガリがラナンと師弟の関係を築いていることにも、気づいている。無論、気づいていない「フリ」ならしてきているが、国王に今の状態が知られたら……ラナンを倒せない、リオスも健在。カガリの立場がない……というより、危うい。尤も、ザレス国王はカガリの「力」を欲している為、殺される心配はないのだが、カガリへの精神的攻撃が鎮まっていた今、再び何か始まろうとするのならば、それを黙って見過ごす訳にはいかない。師匠としても、ひとりの人間としても……。ザレスとレイアス隊長のジンレートの遣り方は、人道的なものではない。

「風よ、正確な位置を教えて欲しい。私は、今日も明日も非番なんだ。カガリを迎えに行く」

『ルシエル様……』

「大丈夫だよ。カガリのことは、私に任せて欲しい」

『はい』

ふわっ……と、優しい風が私の前に巻き起こった。それを感じ取ると、瞳を閉じて、流れ込んでくる映像に集中した。そこは、森の中のようだ。まだ、フィスコニアには辿り着いてもいないようである。どうやら、城を出て程なくして、山中でラナンとリオスと鉢合わせしてしまったようだ。リオスになら、剣を向けられるかもしれないが、ラナンとは遣り合えないであろう。しかし、ラナンは相当に甘い人間であるということで有名だ。ラナンはきっと、剣を抜いてもいないであろう。

(だが、それなら何故、カガリは意識を無くしている……?)

風の情報では、森でカガリはラナンとリオスに遭遇し、倒れたと言っていた。何か要因があるはずだ。私は、目立たないよう、ローブを脱ぐと、町民たちと同じような軽装を身にまとい、カガリの匂いを辿って、馬を走らせようとした……そのときだった。背後に気配を感じる。

「どこへ行く? ルシエル」

「ジンレート隊長」

これはまた、厄介な人物と鉢合わせたものだと内心で毒づいた。私は、一呼吸置いてから、にこりと笑みを浮かべて見せた。

「ちょっと、近場を散歩に……ですけど?」

別に怪しいことではない。私は確かに、よく散歩にも出かけている。白いローブを身にまとっていることが多いが、こういう軽装なときもある。特別に可笑しなことをしている様子には見えないはずだ。

「近場? どこへ行く」

「近場は近場。城下町をふらついてきますよ。何か、お土産でも要りますか?」

くすっと笑って見せると、私は彼に背を向けた。こんな談話をしている暇は無いのだ。カガリが戻っていないことを勘付かれるまでに、カガリを呼び戻さなければならない……と、焦る気持ちを必死にこらえながら、顔から笑顔を絶やすことはしなかった。

「土産なら、カガリを連れて来い」

「え……っ?」

私は、胸の中が凍る思いをした。既に、勘付かれていたか……と。確かに、いつもさくさくと任務を遂行しては、戻ってくるカガリが、ただの税の取立て……それも、行って徴収しているフリをするだけの任務を前に、このような時間がかかるのは、あり得ないことなのだ。道中、賊などに襲われたとしても、今のカガリは多数の賊に取り囲まれたって、やられるような力量ではない。だとしたら、考えられるのは遂に城を抜け出していった……ということだけになる。ザレスは、それを恐れているのだろう。

 

恐怖支配とは、その名の通り恐ろしいものだ。


 ザレスは、カガリの「力」を欲し続けている。まだ、カガリ自身気づいていない、特別な力だ。そのカガリが、万一「ラバース」のラナンとリオスのように、フロートに楯突くレジスタンスを興すか、ラナンたちとタッグを組み、レジスタンス「アース」に加わることになれば、厄介だと考えているのだ。そのために、ザレスは幼いカガリを孤立させ、呪いの言葉を掛け続け、生きる術を知らないカガリの居場所は「城」なのだと……此処でしか、生きる価値が無いのだと、思い込ませてきたのだ。


 だが、そのような圧力的支配は、少しのひずみで滅びるものだ。


「フロートを裏切ったのかもしれない」

ジンレートは、重々しい口調でそう言い放った。ジンレートは、ライオンの鬣のように髪の毛を立て、きりっとした切れ長の目付きで私と対峙した。ジンレートは、カガリよりもひとつ年上。現在、二十八歳。まだまだ若く、力もある。レイアスの好む白いローブを身にまといながらも、剣を腰に携えているのが窺い知れた。

「そんなことは無いですよ」

私は即答した。ここで躊躇っていては、変に勘付かれてしまうからだ。

「何故、言い切れる?」

「では何故、ジンレート隊長はカガリが裏切ったとお思いに?」

「……」

ジンレートは言葉に詰まった。今がチャンスだと言わんばかりに、私はにこやかな笑みを浮かべて、軽く頭を下げた。

「案じなくても、カガリは帰ってきますよ。そう、仕込んでいるんでしょう?」

「ルシエル……貴様、何を考えている」

「何も?」

くすっと笑えば、私は後ろで手を組んで、戦うつもりは無いという様子を見せてから、ジンレートに背を向けた。そして、そのまま城壁を抜ける道に向かって、歩き出した。もう、ジンレートの声など聞こえはしない。あのような血の気の多い輩とは、馬が合わないことを知っている。話し合っていても、解決することは無いのだから、相手にしないことがコツなのだ。カガリは不器用で、引き際を見極めることも出来なければ、変に絡まれることをするものだから、より、いけない。どこまでも不器用なところが、私からすると可愛いのだが、それでかなり損をして生きていると思われる。


 城門を出ると、そこは活気の溢れる城下町が広がっていた。フロートの中心部の為、かなりの裕福な上等貴族を中心とした民が住んでいる。郊外になれば、そこそこの稼ぎの者でも住むことは出来るが、それでもやはり、フィスコニアなどの街と比べると、裕福である。フィスコニアは、なかなかの偏狭の地にあるため、物資も供給されにくく、また、それ故に動向が読まれにくいという利点もあった。そのため、私の「小細工徴税」も、やりやすいというものだった。

「フィスコニアは……こっちだね」

地図なんて持ち合わせては居ない。「風」が吹く限り、私は何処へでも行くことが出来る。カガリの匂いを辿って……。私は、早足でカガリのもとへと向かった。




「どうするんです、ラナ」

「どう……って、言われてもなぁ」

声がする。ここは何処なんだろうか。目が重くて開かない。だから、私は今、暗闇の中に居る。静かで、木々が揺れ、擦れあう音も時折響く。

昔から「風」が吹くと、自然とこころが落ち着く気がする。そういえば、父上に昔、言われたことがあった。私たちの部族は「ライローク」といい、通称「風の民」と呼ばれるのだとも。それが何を意味するかまでは、私は知らされていない。私はそんな過去のことを思い出しながら、ゆっくりと感覚を研ぎ澄ませた。身体にはやわらかな草の感触。土の上ではなく、草むらに横になっているようだ。

「カガ……気が付いたか?」

「……あぁ」

目を開けると、そこにはハルナ……に、よく似た少年、ラナンが居た。大きな緑の瞳と、銀色の目を持つ整った顔立ちの青年の顔が視界に映る。

「ラナン、リオス……ここは、一体?」

私がそういうと、ラナンは大きく息を吐いた。そして、私の手を強く握った。

「よかったぁ! いつものカガだ!」

「……?」

何のことだか、記憶になかった。私は、首をやや傾けた。

「カガリさん。錯乱状態にあったんですよ」

「私が……?」

「ううん、何でもねぇ。カガ、ちゃんと飯食ってるのか? 前より痩せた?」

私が混乱し始めているのを察してか、ラナンが話題を変えてきた。それが、頭痛がする今の私には、ありがたいことだった。変に頭を使おうとすると、頭痛がして靄がかかる。まるで、記憶に鍵をつけているようだ。

「前よりは待遇はマシだ。それより、ラナン……お前の方こそ、随分と痩せてしまったな」

私の手を握るそれは、本当にか細く、大きな剣など持てないようにすら見えるほど、華奢だった。いや、手だけではない。顔は子どものように少し丸みを帯びているが、首も足も、胴回りも、全てが痩せ細っていた。孤児院に居た頃は、まだ、食事の供給があったからか、ここまで細くは無かったように思えるのだが……。銀髪の同行者も、ラナンほどではないが、やはり痩せ型であった。彼は、背丈もあるので、その分より細く見えるのかもしれない。

「そんなことでは……」

「フロートには、勝てない?」

「……」

私が言おうとした言葉を、直ぐに察してラナンは言って見せた。真面目な顔をしている。ラナンも、リオスも、本気でフロートを倒そうとしているのだと、改めて実感させられる。

 その点、私は何だというのだ。居場所が欲しくて、ただ、フロートの犬に成り下がっている。ジンレートを悪く言えた義理ではない。自らが恥ずかしくなり、私は俯き目を逸らした。

「フロートなんかに、負けるかよ」

ラナンは、声のトーンを下げて後を続けた。これがラナンの、レジスタンス「アース」のリーダーとしての「顔」だ。私の知らないラナンが、此処に居る。

「カガは、この世界を見て何とも思わないのか?」

「……例えば?」

「貧困の差。潤ってるのは極一部の富裕層。残りの民は、飢えている」

私はその言葉を聞いて思わず目を見開き、起き上がった。私の知っているラナンではない。ラナンとは、天真爛漫で、何を考えているのか分からないくらい底抜けに明るく、声色も高い。しかし、今話しているラナンは、声のトーンが低いだけではなく、賢く、鋭い目で世界を、物事を捉え見ている。

「こんな世界を護りたくて、俺は剣を習ったんじゃない。ラバースに居た訳でもない」

「ラナン……」

「だから、俺は世界を変えたくて、レジスタンスを立ち上げた。このままのフロートじゃ、世界は暗黒時代を迎える……いや、もう、すでに足を踏み入れているんだ」

確かに、ラナンの言うとおり世界はザレス国王の思うがままになっている。世界は、闇に包まれつつある。ラナンは、一筋の光なのかもしれない……この星に生きるもの、全ての。

「だが、ラナン。フロートを、武力を以って倒したところで、何が変わる? 支配者が変わるだけでは、そこまで大きな改革になるとは思えない」

私がそういうと、ラナンは口元をにっと持ち上げて、笑みを浮かべて見せた。

「フロートの国王には、サノに即位してもらう」

「……サノ?」

はじめに聞いたときには、ピンと来なかった。

「サノイですよ、カガリさん」

「サノイ……皇子?」

そう。フロートの大敵であった、「クライアント」王国の軍師だった男。ならびに、その第三皇子であったサノイ=クライアントも、ラナンの「アース」に属していたのだ。元ラバース兵士に、クライアントの第三皇子。なんて面子だと、私は驚きを隠せなかった。

「サノなら、きっと良い王になる。フロートが奪い取った国や街、村々は解放する。当然。そして、真の自由を全てのものに行き届くようにする」

リオスはそれを静かに聴きながら、にこやかに頷いていた。

「それが、俺たちの役目……俺たちの、誓いだ」

風が巻き起こった。ラナンの髪がなびく。色白の肌に緑の瞳はよく浮かびあがり、色素の薄いブロンドの髪は、さらさらと流れている。城に居ると滅多に感じない、時の流れ、いや、時代の流れを感じた。


 変わろうとしている。


 この世界は、変革期を迎えているんだ。


 それを、肌で感じ取った。


(私には、何も出来ないのだろうか……)

ラナンの言葉を聞いていて、そう思い浮かんだ。私は、ほぼ毎日のように国王とも、その力となっているレイアスとも、接触が出来る地位に居る。何より、城の住民なのだ。ラナンたちならず者より、変革を望むならば、私の方がチャンスはあるのではないかと、そう思えてならなかったのだ。

「ラナン……」

「カガ」

私の言葉は、遮られた。ラナンは、私の背後に回ると、そっと後ろから私の背中に向かって抱き着いてきた。小さな身体だ。

「カガ……あったけぇ」

「そうか?」

「うん」

少し、照れくさかった。だが、こんな風に戯れるのも、悪くはないと思った。

「ラナ、何をやっているんです?」

リオスだ。じゃれつくラナンは、今はもう「アース」のリーダーの顔ではなく、いつもの子どもじみた、誰からも好かれる笑顔を持ったラナンの、私のよく知る顔だった。

「また、しばらくは会えないだろうからさ」

「……そうだな……!」

私は、思わずラナンが居ることすら忘れて、立ち上がった。その為、ラナンが地面にしりもちを付く。辺りは暗い。私がフィスコニアを目指してから、もう一日が経ってしまっている……もしくは、数日経ってしまったのだろうか。私は、任務を遂行するどころか、目的地にたどり着く前に、賞金首筆頭に出会ってしまったのだ。それも、重大な話まで聞いてしまった。これをどう持ち帰れというのだ。私の愚かな頭では、処理しきれない。どうしたものかと、私は無い頭をフル回転させ、これからどう道筋を辿るべきか、何が最善なのかを、考えはじめた。

「いってぇ~……カガ、急にどうしたんだよ」

「本当ですよ。何か、忘れ物でも?」

至ってのん気なふたりを前に、私は大きく嘆息した。先ほどまでの、リーダー感は何処へ行ったのだろうか。このギャップに、人々は翻弄されているのだろうか。今の、私のように……。このような顔をしたレジスタンスが、一体どこに居るというのだ……。

「私は、城の人間だ」

「うぃ? そんなの、知ってるけど?」

しれっと言いのけるラナンを前に、私は物怖じしないようにじっと見つめて後を続けた。ここで負けたら、終わりだ。

「殺さないのか?」

それを聞いたラナンとリオスは、ふたりで顔を見合わせ、当然……との如く、言葉を発した。

「殺さないけど?」

「えぇ」

二人そろって、同じ意見らしい。勿論、殺して欲しい訳でもないし、逆の立場になり殺したくもない。だが、どうしたらいいものだろうか。このまま知らない顔をして、ここから立ち去っても良いのだろうか。

「……」

私は言葉に詰まった。そして、胸が苦しくなり俯いた……そのときだった。

「そんなことでは、いつか足元をすくわれるよ、カガリ」

「!?」

背後から妙な風を感じたと思ったその刹那。風と共に見覚えのある中肉中背のブラウンの長い髪を伸ばした男が現れたのだ。

「ルシエル様……何故ここに?」

「ルシエル?」

きょとんとしているのは、ラナンだ。リオスはラバースに居た時期が長い為、何度か城にも顔を出していた。その為に面識があるのか、驚いた顔はしていない。ただ、目の前に世界最強の魔術士……所謂、このふたりにとっての最強の「敵」が現れたのだ。リオスは目の色を変えて、直ぐにでも抜刀出来るよう、柄に手を掛けていた。ラナンは、これといっていつもと違う様子はない。

「あぁ、魔術士の? へぇ~……」

そういうと、ゆっくりと立ち上がり、ルシエル様の顔を下から覗き込んだ。

「よ! 俺はラナ」

「知っているよ」

ルシエル様は、にこりと微笑みながらそう答えた。

「そっか」

ラナンもまた、笑う。だが、ふたりの笑い方はどこか違っていた。ルシエル様は何かを含んだような笑み。そしてラナンは、何も考えていないあっけらかんとしたものだ。

「カガリ。とんだ処で寄り道をしていたものだね。フィスコニアには、行ってないんだろう?」

「……はい」

「全く。ジンレートが妙な勘を働かせていたよ」

「妙な?」

「ここは私に任せて、先に帰りなさい」

その言葉を聞き、私は慌てた。まさか、ルシエル様はラナンとリオスとやりあうおつもりなのだろうか。

「ルシエル様……ここはどうか、見逃してください!」

「カガリさんは、相変わらず甘いひとですね」

そういうと、リオスは刀を鞘から抜きルシエル様との距離を詰めた。それを見たラナンは、ルシエル様の背後へと回り、剣を抜いた。ふたりで挟み撃ちにして攻撃するつもりだ。

「遣りあうつもりは、無かったんだけどな」

それが、ルシエル様の魔術の呪文となっていた。魔術は、言葉を媒体にして、空気や水などを振動させることによって発動されるものだということを、私はルシエル様から聞いて知っている。呪文と共に、炎の柱がルシエル様の周りに立ち上った。

「あち……っ!」

「ラナ、下がって!」

炎の防壁で、ルシエル様は護られた。術者は熱くないのだろうか。顔色ひとつ変えずに、炎の中心に凛として立っている。それを見て怯むかと思ったが、ラナンは構わず炎の中へと突進していった。炎で服が焼かれ、皮膚が焼かれていく。そんな中、ラナンは剣を突き出し丸腰であるルシエル様の足元を狙った。それを察知して、ルシエル様はすぐさま新たな術を放つ。

「甘いね」

剣に向かって強い光の刃が降り注いだ。ラナンはそれを見て、剣を地面に突き刺すと、転がり避け、ダガーを取り出すとルシエル様の方に向かって再度体勢を整えて駆け出した。そして、炎を潜ってリオスもルシエル様のもとへ入り込めば、二人同時に斬り込む。リオスはルシエル様の背中を袈裟懸けに、ラナンは真っ向から突きを入れる。

「ルシエル様!」

私は、ルシエル様がやられてしまうのではないかと思った。この二人の動きは素早く、そして上手く連携も取れている。

「無理だよ、その程度じゃ」


「「!?」」


瞬時に、ルシエル様の姿がこの場から消えた。


 まばたきをした訳でもなく、目を少しも離していないのに、消えた。


「どこに……!?」

リオスは辺りを見渡す。しかし、ルシエル様の姿は見当たらない。

「上だ!」

すぐさま、ラナンはルシエル様の位置を把握した。ラナンが見上げる木の上に、優雅に立つルシエル様の姿があった。

「正解だよ、ラナン。良い嗅覚を持っているね」

かなりの巨木だった。飛び道具が無いラナンたちには、手も足も出ないだろう。

「カガリ……お前はいいから、城へ戻りなさい」

「ですが……」

「いいから……」


ドゥン……ッ。


 突如響いた轟音。


ラナンの左手には、銃が握られていた。私も見たことが無い、シールドがサイドに付いたような変わった形をした銃である。銃弾が放たれ、それはルシエル様の右足を僅かに掠めた。服が破れ、焦げ付いている。

「……成るほど。グレイス……キミが持っていたんだね」

グレイス。神器と謳われる武器のひとつである。それをラナンが保有していたなんて、これまで知らなかった。ラナンは、躊躇わずに尚も銃弾をルシエル様に向かって放った。だが、敢えて急所は外しているのだろう。手足などの致命傷に至らないところを狙っては、掠めていく。これは、威嚇射撃だ。

「カガリ。フィスコニアには私が既に手を打ってきた。だから、お前は帰りなさい。これ以上遅くなっては、益々にお前の立場が悪くなるだけだ」

「で……」

「でも、じゃない。行きなさい」

「……分かりました、ルシエル様」

そして私は、後ろ髪を引かれながらも、この場を去ることにした。これ以上ここに居ても、確かに私は邪魔になるだけだ。どうせ、ラナンに剣を向けることも出来る訳が無いのだし、そういって、ルシエル様を裏切り、ラナン側に付くことも、出来ないのだから。相変わらず、私は城の犬でしか、いられないのだ。

「カガ……待って! 城になんて、戻る必要ねぇ!」

城に向かって歩き出す私を見てか、ラナンが声を掛けてきた。ラナンの気が私に一瞬向いた隙に、ルシエル様は新たな魔術を放つ。

「風よ」

風によって、弾丸の進路が歪められていく。そして遂には、全く銃弾も使い物にならなくなってしまった。これで、今度こそラナンたちに打つ手は無くなった。最強兵士とまで謳われるラナンでさえ、ルシエル様の前では、まるで子ども扱いだ。ここまで力の差を示されれば、レジスタンスを降りてくれるかもしれないと、僅かながらの期待を持った。

「今のキミたちでは、私は倒せないよ」

「まだ、分からないでしょう?」

リオスが口答えするが、ルシエル様は特別に相手にはしなかった。何か、まだ秘策があるかのように思わせて、相手をうろたえさせる策なのだろうが、そんなものは、下級兵士辺りにしか通用しないであろう。尤も、本当に秘策があるのならば、別だが……。

「分かるよ……また、いずれ。カガリ、先に私は城へ戻るよ」

「待て! カガは連れて行かせない!」

「……転移」

私はその言葉を聞いて、ひとつ安心が出来た。ルシエル様は、もうこの場には居ないからだ。私も急いで城へ戻ろうと、駆け出した。これ以上ここに居ては、決心が鈍る。


 私は、城に居たくはない。


 だが、ルシエル様に恩がある。


 まだ城を、抜ける訳にはいかない。


「カガ……っ!」

ラナンが私を求める声。それが頭から離れてはくれない。だが、かぶりを振ると私はここを離れ、城へと向かう足を止めることはもう、無かった。




 ラナンとリオスが、あれからどのように動き、どこへ向かったのかは分からない。だが、言えることは城へは来なかったということだ。真っ暗な中、私は行灯も持たずに城門へと辿りついた。

「随分と遅い帰りだな」

「……」

ジンレートと、門を潜って直ぐの処で出くわした。まるで、私の帰りを待ち伏せしていたかのようなタイミングだ。

「今日はフィスコニアだろう? それほど遠い訳でもない。おまけに、単なる徴税だ。何をてこずっている……それとも」

「城を出て行くつもりだったのか……とでも、言いたいんですか?」

私ではない。先に戻ると言っていた、ルシエル様である。おそらくは、転移の魔術で自室に戻っていたはずだ。そこから、あたかも偶々通りかかったことを装って、私の援護をしに来てくださったのだ。

「ルシエル……お前も、散歩にしてはやけに遅かったそうだな。いつ、戻っていた」

ジンレートは、ここでルシエル様のことも張っていたのだろうか。ルシエル様は以前、「転移」という所謂「瞬間移動」の魔術を扱えることは、他のレイアス兵には告げていないと仰っていた。その為、この門を潜ることなく、自室に戻れる手段があるなんて、ジンレートには想像も付かないのだろう。

「たまには息抜きも必要だよ。ジンレート隊長も、散歩をすると良い。今度、一緒に歩くかい?」

くすっと笑みを浮かべてそう言うと、ジンレートは面白くなさそうな顔をしてみせ、毒づいてからこの場を立ち去った。余計な詮索をされずに済み、私は安堵の息を漏らした。

「おかえり、カガリ」

「……ただいま戻りました」

ルシエル様はまた、にこりと微笑んだ。そしてゆっくりと、自室に戻るように歩き出す。私もルシエル様と少しだけ距離を置きながら、後に続いた。

「国王への報告は?」

「明日、します」

「そうだね、もう遅いから。その方が賢明だ」

気伸びをするルシエル様は、夜空に浮かぶ月を見つめながら、私の方を見た。逆光で、顔が暗くてどんな表情をしているのかは見えない。だが……。

「久々に再会できて、よかった?」

「……はい」

微笑んでくれていることは、見えなくても分かった。それだけ、長い付き合いだからだ。そして、私の第二の父とも想い、慕っているお人だから……。

「レジスタンス……か。まだまだ、これからだね」

「はい」

「私も……」

敗れた服を見て、ルシエル様は目を細めた。

「まだまだ、だな」

ルシエル様がまだまだ、だなんて。私は一体、いつになったらルシエル様の居る世界を見ることが出来るのだろうか。遥かなる高みから、ルシエル様は物事を見ていた。きっと、これからの世界の行く末も、見透かしてしまっているんだろう。それをただ、見物して終わるのか。自らも関わっていくのか……それは、ルシエル様にしか分からないことであり、私なんかが考えるべきことではない。

 私は、自らの進むべき道を、もう一度考えるときが来たのだと、今日は考えさせられた。ラナンは、着実に腕を磨いてきていた。銃なんていう飛び道具も、駆使している。私は、銃の扱いなど、教えてはいない。自己流で学んでいるのだろう。

「カガリ」

「はい」

「不幸になど、なっていないだろう?」

「え……っ?」

唐突に、何を言い出したのだろうかと、私は立ち止まった。その気配を感じてか、ルシエル様も立ち止まり、私の顔を再びじっと見つめた。その顔は穏やかで、とても優しい表所をしている。

「私だよ。お前と関わってから、もう何年にもなるが……ちゃんと、生きている」

「……」

「お前は、疫病神でもなければ、死神でもないんだよ」

「……」

「お前は……カガリだ。ただの、カガリというひとりの人間だよ」

「……師匠」

ひとりの人間。その言葉が胸を打った。私はずっと、ザレス国王、そしてジンレートから、「悪魔」や「疫病神」だと罵られて生きてきた。自分でも、自分は「悪魔」なのではないかと思うほど、周りのものを傷つけて、失って生きてきた。だが、確かに今、これほどこころを許し、接しているルシエル様が、今でも出会った頃と変わらずに、生きている。それは、私がただの「疫病神」ではないということの、証明になるのではないだろうか。

 もしかしたら、ルシエル様は初めから、これが目的で私に近づいてきたのかもしれない。私に生きる希望を与える為に、自らの命を捧げてくださったのかもしれない。はじめは、興味本位のような感じではあったものの、今ではすっかり、私の育ての父親顔だ……事実、その通りなのだから、私にとっても、これ以上の喜びはない。

 

そして、ラナンだ。


 ラナンと過ごした時間は、ずっと短い。だが、充実した数ヶ月間であった。フロート直属の孤児院に足を運んでいたなんて、今思えば、「本当に周りを避けていたのか」と、疑わしいほどの行為ではあるが、師弟の関係を持ったラナンも、未だ、生きている。それどころか、昔以上の力を得て、フロートを倒そうとさえしているのだ。フロートに目をつけられてから、二年の年月が経っているが、ちゃんと、生きている。痩せてきてはいるが、それは旅の疲れだろう。リオスも、サノイ皇子も、今は仲間として居てくれる。きっと、大丈夫だ。

 もしまた、ラナンたちと鉢合わせすることになってしまったら……私はきっと、同じように躊躇うのだろう。だが、私がラナンたちを殺めることは、決してない。むしろ、ジンレートたちがラナンと出くわすより、安全だと考えるようにもなれた。


「ルシエル様」

「何だい?」

ルシエル様は、私が何を言おうとしているのか、先読みしているかのような顔をして見せた。

「私はようやく、ここにてやるべきことを見つけられたようです」

「そう、それはよかった」

瞳を閉じ、やわらかな笑みを浮かべる。私は、この方のもとでもっと鍛錬を積もう。そして、ラナンの師匠として恥じぬよう、生きていこうと決めた。

 私はこれまで、「死ぬ場所」を探して生きていた。そう、「死ぬ為」に生きてきたも同然だった。だが今日、生き生きとしたラナンを見て、生きることも、悪くはないと……そう、思えたんだ。

 ラナンと私は、敵対する間柄になってしまっている。けれども、その関係故に出来ることが、きっとこれからあるはずだと思えてきたのだ。こんなにも前向きになれたのは、大きな大志を抱いている、使命感を持っている愛弟子の姿を間近で見ることができたからに違いない。私も、負けてなんかいられない。そしてこれ以上、ルシエル様にも迷惑ばかりをかけてはいられない。いつも、いつも、尻拭いさせてしまっているんだ。恩返しを、本当にしたいと思っている。

 どんなことをすれば、恩返しになるのかは、今の私にはまだ見えていない。だが、きっと見えてくるはずだ。時間をかけたっていい。私たちにはまだ、「生きる」時間に制限はかけられていないのだから……。




 命は永遠ではない。




 過去は変えられない。




 私のせいで村を失った事実も、変えられない。




 そんな私は、国王の言うとおり確かに罪人なのかもしれない。




 だが……。




 だからこそ未来を、紡いでいく。




 これからこそが、私の人生のはじまりだ。




 こんにちは、小田虹里です。


 この作品も、無事に完結を迎えることができました。

 ありがとうございます。


 絶望の中で生きてきた「カガリ」は、世界最強の魔術士「ルシエル」と出会うことによって、大きく運命を変えることとなりました。

 どこに、人生を左右する出会いがあるかなんて、分かりません。


 「今」に絶望している方へ。


 どうか、絶望しないでください。


 きっと、あなたにも「特別」な出会いがあるはずです。


 それは、「ひと」かもしれませんし、「動物」や「植物」かもしれません。


 生き物が全てではありません。


 なにか、「趣味」を見つけて、没頭するようになるかもしれません。


 それがきっかけで、「夢」を見つけられるかもしれません。


 カガリは、人生に「絶望」していました。


 でも、「生きる」ことを諦めませんでした。


 「生きる」ことに、執着していました。


 

「死」を考えている方。


 死ぬことは、いつでもできます。



 ただし、死んでしまってはもう、やり直すことは出来ません。


 生きていれば、何度でも、やり直すことができます。



 「生きる」ことは、「死ぬ」ことより辛いことが多々あります。


 それでも、生きて欲しい。



 私は、無駄な「命」なんて、無いと信じています。


 だから、いつかは消えてしまうその「命」の灯火を、精一杯燃やして生きていきたいと思っております。


 カガリやルシエル、そして、このシリーズの本当の主人公「ラナン」たちと共に、これからも歩んでいきたいです。


 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。




 次作でも、お会い出来ることを楽しみにしております。



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