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生きる道

「カガリ……話してくれないかな」

しばらくしてから、ルシエルが口を開いた。そして、俺の体を自身から離した。俺の目を見ようとしていたのかもしれない。事実、ルシエルとの間に距離ができると、ルシエルは俺の目をじっと見てきた。

「……何を」

まだ涙が完全には止んでいない俺の声は震えていた。

「お前の、過去のことだよ」

はっきりと言ってきた。さっき、辛いことを思い出させてしまってごめんって、謝っていたのに……どうしてまた、その話題を出してくるんだ。俺は、話したくないのはもちろんだけれど、思い出したくもないんだ。だって……思い出すだけでも、胸がこんなにも苦しくなるんだから。

「カガリ。私は、お前のすべてを知りたい」

そして何より、知られるのが怖かったんだ。知られたとたんに嫌われるのなんて、目に見えていたからだ。俺は、多くの人の命を奪ってしまった男だ。俺のせいで、村の人たちは死んでしまった。

「そして……私はそのすべてを、受け入れたい」

「えっ?」

俺は自分の耳を疑った。俺のすべてを受け入れたい? どうしてそんなことを……? そんなことをしたって、ルシエルには何の特にもならないし、むしろ、それはルシエルにとってマイナスになるはずだ。だって、もしも俺に情を寄せてるってことが国王に知られたら……ルシエルまでもが、国王の毒牙にかかってしまう。そのことを、ルシエルだって認知しているはずだ。

「お前ひとりで背負うことはないだろう? 私にも、お前の重荷を背負わせて欲しい。こんなことで、お前の重荷が軽くなるのかどうかは分からない……でもきっと、お前にとってこれは、いいことじゃないのかな?」

俺にとって……。俺にとっては、どうなんだろう。だってこんなこと、今まで誰かに話したことなんてなかったから。人に話した後の俺のことなんて、分からない。話した方がいいのか、話さない方がいいのか、俺には判断できない。

「私なら大丈夫だから。絶対にすべてを受け入れる。そしてお前を、守ってあげるから。だから……どうか私を、信じて欲しいんだ」

「……どうして」

「……?」

ルシエルは首を傾げた。

「どうしてあんたは、俺に優しくするんだ。俺なんかに関わっていたら、本当にあんたまで不幸になるんだぞ。それが……分からないのか? 人生が無茶苦茶になっちまうんだよ!」

胸が痛い。どうしてこんなにも痛むのか、それすらもよく分からなくなってきた。

「俺は嫌なんだ! 俺のせいで誰かが傷つくのは……俺のせいで、誰かが苦しむのは。俺のせいで誰かが死ぬのは……もう、嫌なんだ!」

俺が絶叫すると、ルシエルは静かに俯いた。ほとんど息をする間もなく叫んだから、俺の体は酸素不足になって、息を荒げていた。

 そして、黙ったままのルシエルを見ていた。俺はベッドに座っている状態で、ルシエルはそのベッドの横に置いてある椅子に腰掛けている状態。だから、俯いたルシエルの顔を見ることはできなかった。

 しばらくルシエルは黙っていた。何もせず、ただ黙って俯いていた。何を考えているのかなんて、俺には分かるはずもない。沈黙が訪れた。あまりにも静かで、外からこぼれてくる声がとても大きく感じられた。

「大丈夫だよ」

長い沈黙を経て、ルシエルは軽く息をついてそう言った。

「私は傷つかないし、苦しまない。それに……死なない、絶対に。お前に関わったら不幸になるだとか、そういう変な考え方やジンクス。私がすべて消し去ってやる。一生お前と関わって、一生を楽しんで、そして……一生を全うしてやる」

顔を上げたルシエルは、俺の目をまた、じっと見てきた。それも、優しく微笑みながら。彼の目には迷いがない。どこまでも澄んだ瞳で、俺の目を見つめていた。

 彼の言葉に、嘘はない。そう思わせるのは、きっと、この澄んだ青い目だ。

「カガリ……私と共に生きよう。私は、お前の傍にいたいんだ。お前の助けになりたいし、私の助けになってほしい」

俺は、不思議でたまらなかった。どうしてこの人は、俺を選んだんだろう。この人は、世界最強の魔術士で、望めばレイアスの最高位すら、ものにできる人なのに。周りには、もっと有望で、賢いものがたくさん居るだろうに。それなのにルシエルは、どうして危険を冒してまで、俺のことを選んだんだろう。

呆然としている俺を前に、ルシエルは眉をひそめた。

「なんだい? カガリ。嫌なのかい?」

「えっ……いや、あの……その」

「こそあど言葉はもういいよ。なぁ、カガリ。私では力不足かい? 私では、お前の力にはなれないのかい? それとも、私の力になることが嫌?」

俺は思いっきり頭を横に振った。嫌じゃ……ないんだ。本当は、こうやって言ってくれる人を、ずっと待っていたんだ。それでも、こういう受け入れは拒否しなくちゃいけないんだって、言い聞かせる自分がいて……。

俺は分かった。どうしてこんなにも苦しいのか。俺の中にある、ふたつの心がぶつかるから、俺はずっと胸が苦しかったんだ。

 混乱している俺を、ルシエルはまた、そっと抱きしめてくれた。すごく温かくって、母さんを思い出す、いい匂いがした。

「カガリ。余計なことは考えなくていいから、《はい》か《いいえ》で答えて。いいね?」

俺はこくりとうなずいた。

「カガリ。君は私のことが嫌い?」

「いいえ」

「じゃあ、私と一緒には居たくない?」

俺は、ためらいながら目をつむった。本当はどう思っているのか、俺自身に問いかけながら。

「……いいえ」

出した答えは、それだった。

「じゃあ……」

ルシエルはまた、俺を抱きしめるのをやめ、俺の顔が見えるように距離を置いた。そして、最後の質問をした。

「私と共に生きてくれるかい?」

「……い」

震える口から、絞り出すように言葉をつむぐ。ゆっくりと。今度は、ルシエルにもちゃんと聞こえるように。

「……はい」

その言葉がルシエルに届くと、ルシエルは嬉しそうに俺のことを抱き上げた。子ども扱いするなっ……って、怒ろうかとも思ったけど、俺も嬉しかったから……そのまま、ルシエルに体を預けていた。

「カガリ。今日から私とお前は、師弟であり、家族だ。よろしく頼むな」

「はい……師匠」

俺がそう呼ぶと、ルシエルはまた、嬉しそうな顔をした。

 それでも、やっぱり国王にこの関係を知られるのは怖かったから、俺はルシエル……師匠に、お願いをしたんだ。

「師匠。俺との関係は国王にばれない様にしてほしいんだ。万一、あんたに……師匠の身に何かがあったら、俺……」

それを聞いてルシエルは、ゆっくりと頷いた。

「あぁ、分かった。そんなにも心配なら、気をつけるよ。じゃあ、私とふたりきりでいる時以外は、私のことを師匠と呼んではいけないよ? いいね? 私はあまり好きではないのだけれど……そうだな。無難にルシエル様とでも呼ぶようにしなさい」

「ルシエル様?」

そうか。このひとは、レイアスの魔術士。それも、世界最強と呼ばれる男だったんだ。そんなひとが俺の師匠になってくれるなんて。そんなひとが、俺の……新しい「家族」になってくれるだなんて。なんだか、実感がわかなかった。たったひとつ、けれどもあまりにも大きなものを、俺は手に入れてしまったんだということを、改めて実感した。

「……嫌かい? そうだよねぇ。私もそう呼ばれるのは好きではないんだ。成人前の青二才に、《様》なんてねぇ。でも、他にいい呼び名もないしな」

「いや、別に俺は嫌じゃないけど……」

ルシエルはまた、優しく笑った。でも、その瞳はどこか寂しげだったような気がした。ほんの一瞬そう感じさせただけで、気づいたときにはいつもの笑みに戻っていたから、俺の見間違いだったのかもしれない。

「カガリ……帰ろうか」

「……うん」

俺もそのまま帰ろうと思ったんだ。でも、ふと大切なことを思い出した。ルシエルが話を摩り替えるもんだから、すっかり忘れていたけどさ、この国はどうするんだよ。税金問題は一体どうなったんだ?

「ルシエル師匠……この国からの税金、どうするんだよ。税金取り立てちゃったら、それって落としたことと何ら変わりなくなっちまうじゃないか」

「分からない子だねぇ。だから、この国は落としたことにしてもらったって言っただろう?」

分からない子はどっちだよ……と、俺は胸中で呟いた。それじゃ、何も解決していないんだってば。いい加減気づいてくれ。

「いいから、カガリは気にしなくていいの。ちゃんと上手い具合にできているんだから。ほら、帰るよ」

「え、でも……」

ルシエルは構わず俺の手をぐいぐいと引っ張って、俺を馬に乗せた。ルシエルは、国王にも内緒でこっそりここに来ていたらしいから、俺とは一緒に帰れないんだってさ。てっきり命令でここへ来ているのだとばかり思っていた。

税金問題だとか、結局なんだか腑に落ちなかったんだけど、このひとが言うんだから、きっと大丈夫なんだろうと信じ、城に帰ることにした。

ルシエルはこれまでに、色々な村から国まで落としてきているけど、きっとそのほとんど……いや、もしかしたら全て、今回と同じ手を使っていたんじゃないかと思うんだ。

ルシエルは武力を持って誰かを追いやることを、何よりも嫌っているようだ。だから、そんな彼が、魔術や剣で人々を追いやってきたとは考えにくかった。

それでも、今までに落としてきた国々で、何の問題も浮上してきていないってことは、税金のことも、ちゃんと上手い具合にできているんだろうって思った。それがどういうからくりになっているのか、俺には想像もできなかったけれども。




「ただいま戻りました」

国王に命令どおり落としてきたことを報告すると、驚いたような顔をした。さらにその横には、つまらなそうな顔をするジンレートもいた。想像どおり、俺ひとりじゃあの国を落とせないことぐらい、はじめから分かっていたんだ。そう、今回の任務は単なるいじめにすぎなかった。

 俺は、無性に腹が立った。俺を虐めるだめだけに国ひとつを天秤にかけるなんてあまりにも馬鹿げている。人道に反している。いつものことだとは言え、それは許し難い行為だった。俺にルシエルのような力があったら、こんな国、こんな国王……などという浅はかな考えが脳裏をよぎる。

俺は心に誓った。これからは、たとえ敵国の者であっても、傷つけないようにしよう……と。ルシエルのように……師匠のように生きようと、こころから思った。それによって、俺がどれだけこの男たちから非難や暴行を受けようとも、それで多くのものが救われるのなら……と、思ったんだ。そう思えるようになったんだ。ほんの少しだけでも、俺は前に進めたような気がした。

武力で自分の故郷を追われるひとの気持ちを、俺は忘れていた。「生きる」ことに必死で、何故、そうなったのかを忘れてしまっていたんだ。一番大切なことを、俺は忘れていた。

でも、ルシエルが思い出させてくれたんだ。幾ら非道いことをされたからといって、仕返していいものではない。そんなことを繰り返していても、恨み辛みが絡んでいくだけだ。負の連鎖を生み出すだけであり、何の解決にも至らない。そして、そんなひとの恨みを買うようなことを続けていては、俺まで可笑しくなってしまう。

俺は、いつまでも「人」であり続けたい。眼前に居る、「鬼」のような人間になどなりたくはない。俺は、ルシエル師匠のような、「人」を「人」として敬えるものとして、生き続けたい。そのための、剣士でありたいとも思えた。


俺は、ようやく見つけたんだ。


俺が、心の拠り所とすべき場所を。


もう、国王のために剣を振るうことはない……一生。


俺が忠誠を誓う人物は、この悪しき国王ではない。




(俺が目指すべきひと、忠誠を誓うひとは……師匠、ルシエル様だ)




 俺は、新たな「生きる道」を、師匠によって導かれた。




 この道を、信じて突き進もうと……こころに強く、決意を描いた。




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