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謎多きもの

(……死んだ?)

真っ暗だった。体の感覚なんてない。本当に、あれが最期の言葉になっちゃったのかな。そうだとしたら、どこか間抜けな話だ。

それにしても、天国とか地獄とか、死後の世界にはそういうものがあるって聞いていたけれども、これは……やっぱり、地獄なのかな? 死んだら、もしかしたら死んだ村のひとたちに会えるんじゃないかって少し期待していたんだけれども、死んでもなお、ひとりだった。村のひとたちを殺した罪を問われ、地獄に落とされたのだろうか……うん、きっとそうだ。

死んだというのに、心は落ち着いていた。ただ、少しだけ寂しかった。ひとり。何も見えない、辺りは闇に包まれている。冷たい闇だけが、俺の目の前に広がっている。

(なんか……腹が減ったな)

どこに行けばいいんだろう……いや、どこかへ行くものなのかな? 待っていればいいのか? 何も分からない。俺は、無性に心細くなっていった。

『カガリ』

誰だろう。誰かが俺の名前を呼んでいた。誰かが俺を迎えに来てくれたのかと思い、俺は、声のする方に行こうと思った。でも、どっちから声がするのかも分からないし、相変わらず視界は真っ暗だ。俺は、動き出せなかった。

『カガリ……目を開けるんだ。カガリ!』

目を……? 真っ暗な中なのは、俺が目をつむっているからなのだろうか。あまりにも暗いから、目をつむっているのか開いているのかさえ、分からなくなっていた。




「んっ……」

不意に体に感覚が戻った。なんだか体がこったような感じだった。後から後から、じわりと鈍い痛みが広がってくる。

「カガリっ……大丈夫か!?」

「……ん?」

私はゆっくりとまぶたに力を入れて目を開けてみた。すると、ぼやぼやとしながらも見覚えのある顔が見えてきた。それは、ブラウンの髪に青い瞳。額には、刀傷を持っている青年の姿。

「ルシ……エル?」

今ひとつ状況が飲み込めなかった。とりあえず、このひとがここに居るということが、おかしいということだけは分かる。それに、このひと特有のいつもの「笑顔」が今はまったくない。血相を変え、とても慌てているように見える。このひとも、こんな顔をするのだと思った。

ここが地獄なのか、それとも俺がやって来た国なのかどうかは分からないが、どちらにせよ、この男がここに居るはずがなかった。

「よかった……傷は痛まないか?」

「……あんた、何」

心底心配しているような青年に向かって出た言葉はそれだった。ルシエルは少し考えてから、口を開いた。

「……ルシエル」

「いや……そうじゃなくって」

確かに、俺の言葉も足らなかったとは思う。だが、この返答はなんだ。なんかこの人といると、調子が狂う。真顔でこんなことを言うんだ。さっき、あんたの名前は俺が言ったじゃないか。名前を聞いているのではないと、なぜ分からない? 相変わらずこの男は、訳の分からない男だった。

 意識がだんだんとはっきりしてくるにしたがって、俺は周りを冷静に見ることができるようになってきた。ここはどこかの部屋だ。俺はベッドの上に横になっていた。

体をゆっくりと起こして部屋の中を見回してみる。木製の床板に、白い壁。城にある俺の部屋よりも、綺麗で広々とした個室だった。窓がひとつある。そこからは、優しい陽射しが差し込んできていた。

「どうしてここに?」

あぁ……という感じで、にこっと笑ってきた。こういう笑みを見ると、年齢より若く見える。

「若いのか年なのか、わかんないな」

「……は?」

ついつい声に出してしまったことに、自分のことながらびっくりした。とりあえず、俺が何を考えてこう言ったのかは分かっていないようなんだけど。俺の調べでは、俺とちょうど十歳違う。ただし、若いように見えるけれど、なんだか若作りのような気もするし……というか、若いのにこれだけ強いのはなんだか……妬けてくる。

「私の年か?」

バレていた。

「年に見えるかい?」

なんだか深刻そうな顔をされた。もしかしたら、顔に対してコンプレックスを持っているのかもしれない。俺が、背にコンプレックスを持っていることと同じように。だとしたら、悪いことを言ってしまったかもしれない。

「ぜっ……全然見えない! 若作りとか、そんな風には思えないって! だから大丈夫だよ! 俺、チビだし」

一息でここまで言い切ったけれども、よく考えてみると、なんか俺、変なことを口走ったような気がする。でも、どう訂正していいのかも分からないし……とりあえず、ルシエルはきょとんとしていた。もしかして、俺が早口すぎて聞き取れなかったとか? もう一度ゆっくり言ってくれとか言われるかな……とか思ったけれど、絶対に言うもんかって、自分自身に言い聞かせた。というより、同じことを言えといわれても、勢いで出た言葉を繰り返すことは容易ではない。

「若作りねぇ。最後のチビってところが、どういう意図で言ったのかわからないな。どういう意味?」

バッチリ聞こえてるじゃないかよ。聞こえてなかったことを少しでも期待していただけに、なんかすごく残念だ。

「別に……」

俺の逃げ技だった。こう言えば、どんな会話でも強制終了さ。

「私は別に、顔にコンプレックスを持っていないよ? カガリは背丈を気にしているのかい? 確かに……小さいな」

なんだよ本当に。全てお見通しかよ……というかさ、俺が逃げているのに、どうして話題を掘り下げて来るんだよ。諦めればいいじゃないか。それに、小さい小さい言うなよ。俺は知らず知らずのうちにルシエルのことをにらんでいた。

「あんた、幾つなんだ」

チビチビと言うルシエルに対して、俺もずばり聞いてやった。調べではなくて、本人の口から本当の年が述べられる。

「いくつに見える?」

しかし、そう簡単にはいかないようだ。

「分からないから聞いているんだろ」

ルシエルは、感心したかのような顔をして俺を見てきた。

「なるほどな。私は十九だ」

年は秘密事項ではなかったらしい。隠す様子もなく、ルシエルは教えてくれた。

「十九……」

妥当かもしれない、顔的には……そして、どうやら俺の調べも間違ってはいなかった。でも、十九で世界最強だなんて、どうやって今まで修行とかしてきたんだろう。この人にも師匠とかがいるのかな……とか、やがては興味が芽生えてきた。剣の腕は立つし、魔力は誰よりもある。なんて才能の持ち主なんだろう。何もない俺とは、天と地ほどの差がある。いや、それだけの差では足りないかもしれない。

 そういえば、この悪夢のはじまりは国王の陰謀だった。俺を長年手に入れたがっていたらしいが、生憎、俺は魔術士でもないし有能でもない。国王はきっと誰かと俺を間違えたのだろうと思う。そのせいで、何の才も持たない俺が村でただひとり生き残ってしまい、何の罪もない俺なんかよりずっと有能な村のみんなは無残にも殺された……。

「あ、そうそう。この国はもう落としておいたから」

「そう……はぁぁっ!?」

なんだ……今、とんでもないことを、さらっと言わなかったか!? この男。

「お前、その声はどこから出しているんだ?」

この男にとっては、自分のした行為とか、自分の発した言葉の内容なんかよりも、俺の声の方が重要だったらしい。

「あのさ……今、なんて言った?」

「お前、その声どこから……」

「そうじゃなくって! この国を……ってのだよ!」

本当に、この男はよく分からなかった。頭が悪いわけではないと思うんだけど……天然っていうものがいるって、昔誰かが言っていたような気がする。それは、こういう人のことを言うのではないかと思えてきた。うん、ルシエルは天然だ。

「あぁ。落としたって話? それがどうかしたのかい?」

どうかしたって。ここの連中はみんなすごく強かったぞ? 凄腕の剣士が何人もいるんだぞ? それなのに……もう落とした? いや、俺があの丘から落とされてどれだけの時間が経ったのかは分からないが、そんなには経っていないと思う。

 しかし俺は思い出した。そういえば、この男は魔術士だった。魔術士にとっては、剣士を相手にすることは、なんてことはないのかもしれない。魔術士に敵う人間なんて、居ないのではないかと思える。だからこそ、フロート国王は魔術士による軍隊を編成しているんだ。

「ずるい」

どうあがいたって、魔術士には勝てない。魔術士とは無敵なんだ。多勢でひとりの魔術士に挑んだとしても、軍配は魔術士に上がるだろう。

そういえば、俺の村を焼いたのも魔術士だった。やっぱり、この男も敵だ。それにもしかしたら、この男もあのとき、俺の村を焼きに来た者の中のひとりなのかもしれない。

「魔術士なんて、大嫌いだ」

それを聞くと、ルシエルは悲しそうな顔をした。それと同時に、ルシエルは急に、雰囲気もがらりと変えた。

「魔術士が嫌い? 魔術士が? 誰かを限定するのではなく、魔術士全てが嫌いだというのかい?」

何をくどくどと言ってくるんだろう。だから、嫌いだって言ったじゃないか。魔術士は一様に嫌いだ、敵だ。

「嫌いだ」

「私は君に、何かをしたか?」

していないと思う。でも、したかもしれない。そして、魔術士は敵だ。

「カガリ。そうやって、個人のことを全てで括ってはいけないよ。以前魔術士に、何か酷いことをされたようだけれども……私はそれには関係していない。それなのに君は、私のことを魔術士という言葉でひと括り、嫌いと決め付けてしまうのかい? 会ったこともない魔術士のことも、嫌いだって決め付けてしまうのかい? それは……よくないよ」

ルシエルは急に大人びたことを言い出した。分かってるよ、そんなこと。あんたが悪い奴じゃないってことも、全ての魔術士が悪い奴じゃないってことも。でも、あんた達の持っている魔術は、俺たちにとって脅威なんだよ。この気持ちは、あんた達魔術士には決して分からないだろう。

「うるせぇよ。あんたなんか、大嫌いだ!」

「……やれやれ。お前はなかなか強情だな。俺をあまり困らせるなよ」

なんだ? 今……何か、とてつもなく違和感を感じたぞ? どうしてだろうと思って、俺はルシエルの方を見た。すると、にやっと笑って俺の頭を強引とも呼べるほどの力でごしごしと撫でてきた。

「あのな、カガリ。俺はお前を傷つけた連中とは違うぞ? そりゃ……証拠も何もないけれどさ、それはきっと、これから付き合っていくうちに分かってくれると思うんだ。だから、食わず嫌いとかじゃなくて、一度付き合ってみようぜ」

分かった……言葉遣いだ。俺と似たようなものじゃないか。いや、もしかしたら俺よりも男っぽいか? 今までの気品あふれる雰囲気はどこにいったんだ。これでは年相応、単なる青年じゃないか。謎めいた雰囲気の彼らしくなかった。

「変か? でもな、これが俺だよ。お前は、俺のことをレイアスの最強魔術士としか思っていないようだったから。それってさ、俺からしてみればものすごく悲しいことなんだよ。俺はレイアスのルシエルじゃなくて、ルシエル個人なんだよ。俺は俺だ。他の肩書きなんて関係ない。だからさ、俺のことを見てくれよ。なっ?」

(どうして……)

どうしてこの人は、そこまでして俺と関わりを持とうとするんだろう。だって、俺と関わっても損しかしないじゃないか。それなのに、素を見せてまで……。

「嫌か?」

「……その言葉遣いは何?」

俺は、なんでか分からないが動揺していた。この人のこと、俺は……やっぱり、好きなのかも知れない。あ、変な意味じゃなくてさ、俺、この人のことを、尊敬しているのかもしれない。そう思ったんだ。

「これ? だからさ、これが本当の俺の姿なんだって。俺だってまだ十九だぜ? 言うなれば成人前さ。意識していないと、ついつい地が出るんだよ。前にさ、強くなるには言葉遣いも大切だって言ったよな? あれ、自分自身にも言い聞かせていたんだ」

この人って、なんだか変わっている。すごく強いのに、なんだか子どもっぽいような雰囲気も持っていて、どこか天然っぽい部分も持ち合わせていて。そして何より、他では見せない、隠している地を面に出してまで、俺と付き合おうとしてくる……変わり者だ。

「あのさ……一緒に、強くなろうぜ? なっ、カガリ」

ルシエルはそっと俺に手を差し伸べてきたんだ。その手を俺は、無意識のうちに取ってしまっていた。それを見て、ルシエルは嬉しそうに笑ってくれた。

「この手を取ったってことは……了承したってことかな?」

「あっ、あ……あぁ」

俺より十歳年上のこの人を、俺は信じてみようって思った。堅物のレイアスの魔術士とは、本当に違っているようだ。この人なら、好きになれるかもしれない。俺は、変われるかもしれない。それに何より、この人のもとで修行を続けたら、俺はきっと強くなれる。俺は強くなりたいし、ひとりで居たくなどなかった。ずっと、誰かを求めていた。こんなにも血にまみれた俺のことを、許して傍に居てくれる誰かを。


ずっと、ずっと――。


待ち望んでいた。


俺は、胸が熱くなるのを覚えた。


 俺は、ルシエルのことを、信じようと思った。


 何かを信じることは、怖かった……けれども、信じたいと思えたんだ。


「ルシエルさん。その子、気がついたんだね」

俺は、ぼ~っとしていた。だから、誰かがこの部屋の中に入って来たことに、すぐには気がつけなかった。なんかこの人は、俺を惹き付ける何かを持っているんだ。初めて会ったときから……俺はこの人から何かを、感じ取っていた。俺はこの人に夢中になる、そう第六感が感じさせていたのかもしれない。だからこそ、俺はこの人を避けてきていたのかもしれない。自分が変わることを恐れて。彼が俺に対する態度が変わることを恐れて。

 でも、もう逃げたりなどしない。俺は、この人と歩いていくんだと決めたんだ。国王からも、守ってみせる。この関係を、壊させたりなどしない。

「気がつきましたよ。ベッド、貸してくださってどうもありがとうございました。助かりました」

ルシエルは、またいつもの大人びた口調に戻っていた。声のトーンは、少しだけ上がったような気がする。世渡り上手っていうのかな、こういう人のことを……。

(俺……急に心を許しすぎかな。駄目だ……あまり心を許しちゃ)

必死にそうやって言い聞かせているのに、この人はその俺の行為を完全に悟ってしまうんだ。微笑みながら、俺の頭を撫でてきた。

「硬くならなくていいんだよ。私たちは師弟だ」

「えっ!? ルシエルさんの弟子なんですか!? このカガリって奴」

部屋の入り口には、ルシエルと同じくらいの年の人が立っていた。見覚えがある。さっき、俺と剣を交えていた男のひとりだ。この男も、相当強かった。

「弟子じゃねぇよ」

本当は師弟関係が結ばれてしまったのだけれども、第三者にそのことを明かしてはならないと思っていた。どこから噂が生まれ、国王の耳に入るか分からないからだ。

「言葉遣い」

ルシエルはスイッチが入ったかのように、完璧に師匠の顔になっていた。もしかしたら、さっきの言葉遣いは、俺の気を緩めるための演技だったのかもしれない。ルシエルの本性がつかめない。

「ひどいなぁ。俺たちがいくら剣の師匠になってくれって頼んでも、自分は弟子を取らないから……の一点張りで、断り続けていたのにさぁ」

「うん……そうだね。まぁ、気まぐれってやつかな」

なんだ? このふたりは、どうしてこんなにも親しげなんだ? ルシエルはこの国を落としたんじゃないのか? どうしてこの青年は、敵であるルシエルに対して敵意をまるで抱いていないんだ。いや、それ以前に、このふたりは顔見知りなのか?

あれこれと気になる点をあげていくと、とにかく疑問がたっぷりと出てきた。一番気になったのは、この男ではなく俺を弟子にしたことだ。この男の方が俺なんかよりずっと剣の腕が立つ。それなのに、ルシエルは頼みもしない俺の師匠を買って出て、この男の頼みはことごとく断り続けていたようだ。国王もルシエルも、俺を誰かと間違えているのではないかと思った。

「ルシエル……この人と知り合い?」

「まぁ、そんなところ」

はっきりとは断言しない。どうしてだろうか。何か、知られてはまずいことがあるのか?俺は、どうしても知りたくなった。

「おい、あんた。どうしてルシエルのことを恨まないんだ? ルシエルはこの国を攻め落としたんだろう?」

「はぁ? 何言ってんだお前。攻め落としたって? 誰が?」

誰って、ルシエルだろう? ルシエルの他にいないじゃないか。どうしてこの男と俺とでは話がかみ合わないんだ。ルシエルは、嘘をついていたのか? この国はまだ、落とされてなどいないということなのだろうか。

「ルシエルだよ。こいつがこの国を攻め落としたんだろう?」

そう言うと、この青年は吹き出して笑い出した。どうして笑っているのか、俺には理解できない。説明を求めようとしたが、この様子では、こいつはしばらく笑いを止めることはできないだろう。だから俺は、ルシエルに説明を求めようと目で合図した。でも、ふっと笑みをもらすだけで、語ろうとはしない。それは、俺だけが意味の分かっていないこの光景を、まるで楽しんでいるかのような笑みだった。

 このルシエルって男は、間違いなくいたずら好きだ。俺はそう、確信した。それだけは間違いない。

「ルシエルさんが、そんなことをする訳ねぇだろ? チビ。ルシエルさんはなぁ、すっげぇいいひとなんだから。街や村の貧しい人たちには率先して援助をし、ここら一帯の治安維持だってしてくれてんだ。それを、攻めるだなんて……お前、本当に弟子なのか? ルシエルさんのことを、まるで分かっていないようじゃないか」

分かっていなくて当然だ。俺はルシエルに出会ってまだ間もないし、そもそも師弟関係が正式に結ばれたのだって、今さっきだ。俺はルシエルのことを、何ひとつとして知らない。知っていることといえば、年といたずら好きだというどうでもいい情報ぐらいだ。あとは、この世界のものなら誰でも知っていること。ルシエルは、世界最強の魔術士だということだ。

「うるせぇ。だっ、大体はじめに落としたって言ったのは、ルシエル自身なんだぞ!? 俺は悪くねぇよ。それからなぁ、俺はチビじゃねぇ! カガリだ! 分かったかっ!」

「はいはい。犬っころだな。いやぁ……それにしても、よく吼える犬を飼ったものですねぇ、ルシエルさん。日夜やかましそうだ」

「まぁね」

そう言って、ふたりは俺を見ながら笑いやがった。本当に腹が立つ奴らだよ。人が背丈のことを気にしているっていうのに、ルシエルに至っては、そのことを知っているにも関わらず笑っている。チビだのよく吼える犬だの、ひどいなんてもんじゃねぇよ。なんていう言われ様だ。それに、笑ってないでルシエルはさっさと説明しろよな。俺だけかやの外で馬鹿みたいじゃないか。俺はルシエルに恨みたっぷりの目つきでにらみを利かせた。

「ルシエル! 俺にも分かるように説明しろよ! この国を落としたんじゃないか!?」

ルシエルは、俺の頭に手をぽんと置いた。そして、よしよしと撫でてくる。なんだかその仕草が、母さんが俺にしてくれていたものに似ていたから、悪い気はしなかったんだけれど……子ども扱いすることには、なんだか腹が立った。そりゃあ、俺はまだ九歳だ。確かに子どもだ。でも、もうじき十歳になる。大体、この男だってまだ一九だろ? 大人じゃねぇ。子どもじゃないか。子どものくせに、大人ぶるなよ。さっきの言葉遣いに戻って話してみろってんだ。

「そろそろ話さないと、噛み付かれそうだな。落とした……ことにしたんだよ」

「意味がわからない!」

ルシエルはふっと息を漏らした。こいつ、絶対わざと言葉足らずで説明している。数日間剣の稽古をつけてくれたけれど、その時は本当に説明も上手かった。丁寧だった。ルシエルが話し上手なことは知っている。

「カガリ。私は争いごとが嫌いだ。争って血を流すなんて……愚かな行為でしかない。しかし、敵国を落とさなければ、お前が咎められる。ならばどうすればいい? 簡単なことだ。落としたことにしてしまえばいいと考えたんだよ」

(いや、そんなの国王には通用しないんじゃないのか?)

そう思った。だって、落としたって報告すれば、この国の管轄地からもこれからは税金の取立てとかをすることになるんだろう? そのときに、事実上では落ちていないってバレルじゃないか。その場しのぎなんて、何の意味にもならない。

「税金はどうするんだ!? 税金だけはこの国の奴らに払わせるのか!? それじゃ、なんの解決にもなっていないじゃないか! ただ単に、血を流さないようにするために無条件降伏させただけじゃないか!」

有無を言わさずそこまで言うと、ルシエルは真剣な眼差しで俺のことを見てきた。ルシエルのこの目が、俺は少し苦手だった。なんでも見透かされてしまいそうで……嫌だった。

「カガリ。例えそうだとしたらなんだ? それでも、お前のようなやり方よりは随分といいと思うのだが?」

ルシエルの言葉に、俺は首をひねった。

(俺のやり方? それってどういうことだよ)

理解していない様子である俺を見ると、ルシエルは少し肩を落とした。そんなことをされたって、分からないものは分からないんだから、仕方ないじゃないか。ルシエルはいつでも回りくどいんだ。言いたいことがあるなら、はっきりそう、言えばいいじゃないか。

「カガリ。お前は武力でこの国を落とそうとした。それは、間違ってはいないか? この国には、この国の生き方がある。在り方がある。それを無理矢理崩そうとするのはよくないと私は思う。武力で国を追われる者の気持ちを、分かってあげなさい」

そう言われて、俺の心の中はざわめいた。人に触れては欲しくない領域だったんだ。

「武力で国を追われる者の気持ち? そんなの……俺だってよく分かってるよ! 少なくとも、あんたよりは分かっているはずだ!」

そして俺は、思わず声を荒げてしまった。その様子に、ルシエルの後ろに立っていた男は驚いているようだったけれど、俺と向き合っているルシエルは、顔色ひとつ変えずに、俺の目をまっすぐに見ていた。

「よく、分かっている?」

「あぁ、そうだよ! あんたなんかに言われなくったって、そんなこと、俺が一番よく分かっている! 俺が、俺が……っ」

感情が一気に高ぶって、俺の目からは涙がこぼれた。村のことが鮮明に蘇ってくる。赤く燃え盛る炎に、人形のように横たわる、変わり果てた家族の姿。辺り一面が炎と血で赤く染められ、何もかもが焼き尽くされたあの光景を。

もう、止まらなかった。一度溢れた涙は、枯れ果てるまでこぼれ落ちる。ルシエルは、そっと俺の目元に手を伸ばすと、俺がするよりも先に、俺の涙を拭ってくれた。それから、俺のことを優しく抱き寄せた。

「ごめん、カガリ。何か辛いことを、思い出させてしまったようだね」

ルシエルの声は、とっても優しかった。さっきまでとは違う、本当に……あったかい声だった。それに、こうやって抱きしめてくれている。誰かに抱きしめられるなんて、何年ぶりだろうか。俺は、ルシエルの腕の中で泣きつづけた。

「……クロア。席を外してくれるかな」

そう言うと、クロアと呼ばれた威勢のいい男はこの部屋から出て行ってくれた。今はこの部屋に俺とルシエルだけ。俺のすすり泣きの声だけが、響いていた。ルシエルは何も言わない。黙って俺に、胸を貸し続けてくれていた。




 ルシエルの腕の中はとてもあたたかく、そして、優しかった。


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