未来のための第一歩
郡のために頑張ることを決めたゆま。まずは現状把握だ!と息巻くのはいいのですが…。
「なにかしら?ゆまちゃん」
柔らかに微笑んでいるお母さんの前で、一旦息を軽く止めて落ち着く。
まずは、現状把握から。何かを調べるには、まずその現状を知ってからでなければ適切な行動ができないのだと、どこかで聞いたことがありますから。
「そうかのおうちについてしりたいのです。『こだいまほう』とか、『けもののち』のこととか」
私がそう告げると、お母さんの顔が笑顔のまま一気に凍りつきました。
ある程度、予想はついていました。お母さんとて嫁いできた以上、「惣火家」の問題には多少なりとも関わっているはずです。私は、それでも、今ここで敢えて聞いておかなければならないと思いました。
「あまりおはなししたくないことだろうなって、わかってます。でも、わたしはどうしてもしりたいの」
「ゆま」
いつもは笑っているお父さんが、眉間に皺を寄せて怖い顔をしていました。
「どうしてそんなに知りたいのか、聞いてもいいかい?」
どこか張りつめた声音が怖くて、胸がきゅっとなりました。でも、―それでも私は退くわけにはいきません。
「こおりが、―こおりが、ひどいめにあってたから」
郡は、最近では人と獣の姿を自由自在に変えられるよう、おじいちゃんに扱かれる日も増えてきていました。離れる時間が増えたのには少しさびしく思いましたが、郡がより一層そういった『訓練』を頑張るようになったのはあの約束をしてからなのです。
―二人で、強くなる。
私は郡を守るし、郡は私を守ってくれる。だけど、その約束を実行するためには、今の私は郡と『惣火』のことを知らなさすぎるのです。
「こおりといっしょにいるためには、しっておかなくちゃいけないことだとおもうの。むけられるあくいに、たちむかうためにも」
対岸の火事ならば、私はそっと目を閉じて、耳を塞いで、何事も無かったかのように過ごしたかもしれません。きっとその行動が誰にとっても正解であったでしょう。
でも、郡はもう既に、渦中に巻き込まれてしまっています。
ですから、これからも郡の傍に居続ける気でいるならば、私は今の惣火家の現状を把握し、自分でもうまく立ち回れるようにならなければならないのです。郡を守るというのならば、それは最低限、必要な事なのです。
「それは、―郡くんは、許可しているのかい?」
「おとうさま」
私は、お父さんを真っ直ぐ見つめながら静かに告げました。
「きょかなんて、していてもしていなくても、…わたしたちはもう、まきこまれているのでしょう?」
その言葉に、お父さんは目を見開き、お母さんは少し申し訳なさそうな顔をしました。
そもそも「本家の息子を別宅へ引き取った」時点で、私たちは既に、惣火家からは関係者として見られているはずなのです。それでもなお、私に対して事情を伏せようとしていた考えも、わからなくはありませんが。
「あのね、おとうさま。わたしは、こおりからはなれるきはないの。こおりがわたしをすきでいてくれるかぎり、わたしはずっとこおりのそばにいるつもりなの」
その言葉に、お父さんは渋い顔をしました。
きっと、お父さんは頃合いを見て、公では郡から距離を置くようにとでも私に告げるつもりだったのでしょう。そうすれば、外では守れなくても中では支えてあげられますし、向けられる悪意に挫けて郡を恨んでしまう、なんて悲劇も未然に防げるのですから。
でもですね、お父さん。
郡は、ソレに耐えられるのですか?
郡が今日常生活を送れているのも、きっと私が傍にいるからなのです。
長い間一人でいた郡は容易く人を信じられなくて、でもまた一人に戻ることをすごく怖がっていて、絶対裏切らない存在である「私」に強烈に依存することで平静を保っているところがあります。そんな郡が、果たして私と離れて平気でいられるでしょうか。
少なくとも、もうしばらくの間は外だろうと中だろうと郡の傍から離れるわけにはいきません。郡の人間関係がもう少し広がって、郡が私以外にも信じられる人間を作ったら、私はその時やっと郡から距離をおくことができるのだと思います。
でも、それがいつの話かなんて今はわからないし、郡から信じられる人ができたという報告を受けたとしても、私自身がその人のことを認められると判断した後でないと郡は任せられません。そう考えると、私が郡と離れるのは随分先のことになるでしょう。
だからこそ、事前の準備が必要だと私は考えたのです。
「おしえて、おとうさま。『そうか』って、なんなの?」
その言葉に、お父さんは深く深く溜息を吐き出しました。
「ゆまの気持ちはよくわかったよ。でも、惣火家のことについて知るためには、今のゆまには知らないことが多すぎるんだ。
…明日から、家庭教師の先生を呼ぶよ。
その人からたくさんのことを学んで、色んなことを知って、―それから、惣火のことについて教えよう」
私はその言葉にこっくりとうなずきました。
お父さんの言っている言葉は、正しかったからです。ゲーム知識が片隅にあるとはいえ、今の私はこの世界のことさえも、まるで理解していないのです。そんな状態でいきなり惣火家のことについて話されても、もしかすると理解できなかったかもしれません。
「ゆまっ!!」
訓練の時間が終わったのでしょうか。勢いよく襖を開けて、郡が転がるように部屋の中へと飛び込んできました。
「おれもっ、…おれもいっしょだから。『ふたり』で、つよくなるんでしょ?」
郡は泣きそうな顔で、私の両手を包み込むようにして握りこみました。ちらりと襖の方へと視線をやると、おじいちゃんがちらっと顔を出してにやにやしていました。安定の大人げなさです。
「おとうさま」
「そうだね。郡くんも明日から、ゆまと一緒にお勉強してくれるかい?」
「はいっ!!」
一時期はどうなるかと思いましたが、今はもう、お父さんもお母さんも笑っていました。
少し急ぎ過ぎた感もありますが、郡が笑って過ごせる未来を目指すためにはやりすぎということはないでしょう。なにせアレは強大な…、
…アレって、なんでしたっけ。




