動乱前夜(nonside)
「三学科の併合?!」
理事長から出た驚くべき言葉に、議場はざわりと揺れた。
「理事長!それは本気で言っているのですか?!正気の沙汰とは思えませんぞ!?」
「ああ。私だって出来ればこんな馬鹿な事させたくないさ」
「ならっ!」
「だが、私にはこれが精一杯だった」
ぐっと眉間に皺をよせ言い切った理事長に、誰もが口を噤む。
既に諦めてしまったような、この男らしからぬ言葉。
腑抜けたか、と詰め寄るのは簡単だ。しかし、この男がそんなタマだろうか。
考えたくない可能性であるが、もしかすると―。
「…理事長。一つお答え頂きたい。貴方はこの先も理事長で在り続けられるのですか?」
「…おい。よせ、東雷。杞憂だって聞きたくない」
「やれやれ。先に言われてしまったね。混乱が大きくならないよう、もう少し後で告げるつもりだったが」
深く息を吐きだし、理事長は苦しげに嗤った。
「そうさ。解任されたよ。私は、―来年度からは学園にはいられない」
議場は、痛いほどにしんと静まり返った。
***
新理事長は金の力でゴリ押ししてきた教会派貴族で、調和学園が調和を謳いながらも代々獣人に理事長を務めさせてきたところを指摘し、不公平であると糾弾したのだ。
どこが不公平なものか。
獣人差別が色濃く残る現状で教会派などを理事におけばあっという間に蹂躙され尽くしてしまう。それがなくとも調和など建前で本音は立場の弱い獣人保護のための学園だ。誰がむざむざ好き好んで敵に餌を投げ渡すと言うのか。
とはいえ、正論らしきものを突きつけられてしまえば逆らえないのが獣人の運命。
「取りあえず、教会ともあろうものが徒に学園内を急変革し幼気な生徒たちを混乱の渦に陥れる気か、と正論モドキを突き付けてね。どうにかこうにかいくつかの条件を毟りとってやったよ」
にっこりと黒さを湛えた微笑を浮かべた理事長はさすがやり手の男とも言うべきか。ころんでもただでは起きないところに、召集されていた学園関係者たちは知らず安堵の息を吐き出した。
今ここにいるのは、魔法科に関係する以外の全学園関係者たちだ。
重要な話だからと緊急招集をかけたが、魔法科の狂信者たちとのお飾りの打ち合わせはまた後日となっている。
別に気に喰わないからそうしている訳ではない。
マトモな話し合いができないから、自然と慣例でそうなっていっただけの話である。
「そもそも三学科の併合と言っても、実際に学科を併合するのならばそれは調和ではなく統一だ。個性を重視し他者との共存を図ることを目指す学園の理念にあわない。そう述べたらソイツ、あろうことかせめて教棟を併合しろってゴネてきてね。もうどうしてやろうかと思ったよ」
「それで、受けたのですか?」
不安げに確認をとる教師に、理事長はにやりと嗤って告げた。
「受けたさ。―ただし、二年の普通科・魔法科の授業のみだがな」
ざわりと議場がざわめいた。『三学科併合』を一学年のみの被害に収め、なおかつ普通科までで食い止めたのだ。理事長は悪戯っぽく嗤って、続けた。
「一つ目に、授業内容の違い。
特別科のカリキュラムでは授業内容が他学科と違い過ぎて合わないからね。特別科は今後も独立を保ち続けることとなる。
次に、学園のシステム上の問題。
我が学園では三年になれば各自職業別で別個のカリキュラムを組み始めるのが慣例だ。そうなれば、もはや学科という枠自体が無意味だからね。やりようもないんだよ。
最後に、生徒たちへの負担について。
一年次は入学したばかりで不安定な生徒が多い。彼らを落ち着かせるためにも、むしろ学科別に纏まって結束させた方がいい、と唆してやったさ。不安定な魔法科の生徒を広野に解き放って目が行き届くのかい?とね。何かあれば即刻首を刎ねて上げるよ、ともご忠告して差し上げたよ」
理事長はくつくつと嗤った。
「っ、…それでも、生徒にとってはかなりの負担です」
「その通りだ」
焦ったような職員の声に、理事長は重々しく頷く。
二年になり多少精神が安定してきたと言え、普通科の生徒はみな獣人。
耳や尾が生えるだけで大型な如何にもな獣化をする生徒がほとんどいないのが救いだが、それでも天敵とも言える教会派の巣窟の魔法科の生徒と関わって平静を保っていられる生徒が果たしてどれだけいるだろう。安全策として帽子などの着用を義務付けたいが、それをすれば逆に教会側にいらぬ嫌疑を与えてしまう。
「…加えて、ヤツから一つ要求を突き付けられてね」
「それは、」
「娘の編入さ。魔力の適性はあるから、魔法科所属だ。実質、教会からの手先と考えていいだろう。警戒しておいて損は無い」
ばさりと投げ出された書類が出席者たちに回されていく。少女の顔写真付きの経歴書は、既にこの会議の出席者全員分のコピーがとられていた。当然だ。彼女は彼らにとっての敵なのだから。
「それと、生徒会なるものの新設を要求されたよ。なんでも、生徒の自主性を高めるためだとか」
「一体そんなものを作って何をさせるんですか」
「さあね。気狂いの考えることはわからないよ。一応代々魔法科と特別科の特選コースで運営してきた学園内の治安維持を目的として動いていた組織を『生徒会』として推しておいたが…」
理事長は力なく首を横に振る。
「…全く。惣火ゆまを特別科に転科させていたのが不幸中の幸いだったな」
「…ええ。本当に」
教会派が直々に人を寄越すということは、少なくとも件の少女は生粋の教会派だ。そして、獣人を断罪すべく内部から壊しにかかる密偵のような存在。そんな存在が、旧家でイレギュラーである惣火ゆまに接触しないはずがない。異端として先導を切って惣火ゆまを排除する未来以外、彼らには思い浮かばなかった。
「研究は密かに続行する。…が、くれぐれも無理はしないでくれ。私も、しばらくは庇える立場から離れてしまうので、ね」
「…了解しました」
「では、今日のところはお開きとするよ。…みんな。私が留守にする間も、どうか息災で」
理事長はそれだけ告げると颯爽と去っていった。
桜が散っていた。
なにかが、変わりだそうとしていた。




