いつもと違う日
その日は、ちょうど郡が風邪を引いて学校をお休みした日でした。
当初は、郡が休むなら、と看病がてら私も休もうとしたのですが、それを止めたのは意外なことにお父さんでした。
曰く、「学べるときに学びなさい」と。
「学べる場所があること自体、とても幸福なことなんだよ」
そう言って、お父さんは寂しそうにわらいました。
お父さんもおじいちゃんも学園出身ですが、普通科、特別科出身の調和学園の卒業生はよく、学園を思い返す時に「国」という言葉を使うのだそうです。
獣人と言うだけで、―あるいは、その家系の血を引いていると言うだけで、迫害され、無碍に扱われる。そんなどうしようもない世界の中で、学園にいる間だけは、一個人として生活することを許される。
だからこそ、旧家でも、庶民でも、学園内では基本的に身分は重視されず、皆平等なのです。
もっとも、古い家ほど獣人の血も濃いので、旧家は世間に出れば侮蔑と羨みという二重の意味をもつ複雑な視線に晒されるわけなのですが。郡が旧家の直系という立場にも関わらず、普段、敬語を使っていないのもそういうわけです。
ともかく、お父さんは学んだ「その後のこと」を知っているからこそ、そんなことを言ったのだと思います。
お父さんは当初精霊魔法の理論を研究する研究者になりたかったらしいのですが、惣火の直系に近い獣人であるというただそれだけの理由でその道を閉ざされてしまったそうです。表向きは、精霊魔法が使えない、という理由で断られたそうですが、精霊魔法が使えない人間の研究者は数多く存在しているのです。
「郡くんはお父さんたちが見ているから、ゆまは安心して学校に行きなさい」
「でも…」
『ゆまぁっ…』
狐に戻ってしまってぷるぷると震えながらこちらを見上げてくる郡は、引き留めようか引き留めまいか葛藤しているようでした。
私だって、郡が本家を離れたその日からほぼずっと傍にいるのです。寂しくないはずがありません。
…でも。
『ううー…』
郡はというと狐になって小さくなってしまっている身体を更に小さく丸めてうーうー唸っています。
…ううううう。でも私は…。
『ゆまぁあっ…』
助けを求めるような熱っぽい目。
苦悩している眼差し。
それでも、「行くな」とは言わないでいてくれる優しさ。
「…すぐに、帰りますから」
私は後ろ髪を引かれるような思いで、家を後にしました。




